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想いを継ぐ為に ~残した者、遺された物~

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想いを継ぐ為に ~残した者、遺された物~

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第1章(2)
 
 
 ザクソン教授を通じて集落に住む獣人の貴重品を運び出す依頼を出した篁 隼斗(たかむら・はやと)篁 雪乃(たかむら・ゆきの)は獣人の女の子、ミソラと一緒に崩落前からあった正規の出入り口の前で協力者を待っていた。
 近くのイルミンスール方面や反対のヒラニプラ方面からやって来た者を皮切りに次々と依頼を受けた者達がこの地に降り立って行く。
 最後に隼斗と雪乃の兄である篁 透矢(たかむら・とうや)を箒の後ろに乗せた火村 加夜(ひむら・かや)が到着する事で全員が集まった。
「俺達が最後かな。助かったよ加夜」
「思ったよりも時間がかかっちゃいましたね。お待たせしました雪乃ちゃん、隼斗くん。その娘がミソラちゃんですね?」
「うん、依頼には集落の人の宝物を運び出すってあったと思うけど、一番の目的はこの娘のお母さんの形見である笛を持ってくる事なんだ」
 隼斗がミソラの背中を優しく押す。皆の前に出たミソラは少し緊張しながらも、依頼に応えてくれた者達の顔をゆっくりと見回した。
「あ、あの。私、ミソラと言います。皆さんにはご迷惑をお掛けしますけど……そ、その、よろしくお願いします!」
 ぺこりとお辞儀するミソラ。そんな彼女に次々と優しい言葉がかけられる。
「お母様の形見ですか……それは何としても無事に手に入れなければなりませんね。及ばずながら私もお手伝いさせて頂きますね」
「私もよ。大切な人との繋がりは決して失くしてはいけないわ。それが形見なら、尚更ね」
 東雲 いちる(しののめ・いちる)グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)は純粋にミソラを思いやって。
「そうだよね。お母さんとの思い出の笛なら絶対に持って行かないと」
「あぁ、せっかく遺してくれた物は大事にしたいよな……その人を強く思い出せるから」
「そういう訳でミソラちゃん、中に入ってる間はオレ達があなたを護らせてもらいます。道中、よろしくお願い致しますね」
 月音 詩歌(つきね・しいか)冴弥 永夜(さえわたり・とおや)リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は自身の過去に思う所があるのか、優しさの中にも強い想いを持って彼女へと協力を申し出る。
「はい、皆さんありがとうございます」
 皆の言葉を受け、ミソラは改めて深々とお辞儀をするのであった。
 
「それにしても……笛って財宝になるくらいなら、かなり良い物なんじゃないかな。もしかしてミソラ自身にも何かあるのかな」
 ミソラ達を遠巻きに見ながら陽風 紗紗(はるかぜ・さしゃ)はそんな事を考えていた。仮にミソラがそういった物を受け継ぐ存在であるのならば誘拐など、彼女自体が狙われる存在となるかも知れない。
 そんな事を考える紗紗だったが、別の意見を持つ者もいた。キリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)だ。
「形見の品がただの笛でも貴重な笛でも関係ありませんよ……世界にたった一つの大切な物なのですから。その価値は他人が決められるものではないのです」
「あの娘にとっての宝物なら、それだけで十分って事?」
「えぇ」
 キリエは両親の記憶が無く、形見の品すらも持っていない。だからこそミソラの気持ちを十分窺い知る事が出来た。それと同時に何が一番大切かも理解している。
「ですが、この洞窟は危険な状態となっています。最後の手段になりますが、どうしても無理だと判断したら笛は諦めて急いで脱出しなければなりませんね」
「そうね……もしあの娘に何かあれば、お母さんも悲しむと思うわ」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が同意する。二人の共通点はパートナー達『家族』に対して保護者としての立場でいる事だ。
「はい。彼女が無事である事。それこそが何よりもお母さんが望んでいる事だと、私はそう思います……」
 
 洞窟の出入り口のそばではクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)達が相談を行っていた。
「盗賊か……洞窟内での犯行であれば、普段ならこの出入り口を抑えれば対処は容易い事ではあるが……」
「来る途中に少し見えたけど、他にも穴が空いてる所があるみたいね。中もどうなってるか分からないし、今のままだと網を張るには面倒が多すぎるわね」
 出口が多いという事はそれだけ盗賊達にとっては脱出しやすくなる。さらに別の情報をハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)がもたらした。
「別の入口から盗賊とは異なる集団が入り込んだとの情報もあります。確認した所、教授とは別に盗賊を排除する依頼が一件ありましたのでそちらの陣営だとは思いますが」
「その人達が中の物を持って行っても困っちゃいますねぇ」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)の言葉に皆が頷く。盗賊退治という目的が同じであれば共闘すれば良いが、仮に文化財を持ち出す目的もあるのだとしたらその集団も止めなければならない。
 とりあえずは方針をまとめる為、ハンスとクレアが皆を見回した。
「別集団に関しては盗賊を抑えるだけならばこちらから事を荒立てる必要は無いでしょう。万が一文化財が目的であればこちらが現地の獣人の依頼である事を話した上で手を引いて頂き、それが不可能であればその方達を抑える事も視野に入れなければなりませんね」
「そうだな。相手の規模が不明な以上は何点かを持ち出される可能性も考慮せねばならない。その場合はあの少女の証言を基に市場に手を回し、横流しが起きた時点で差し止められるよう手配しておこう」
「私とクレア様でここを抑えるとして、問題は他の出入り口ですね。あまり外ばかりに戦力を割く事は避けたいのですが……」
 現時点では新しく出来た穴が何か所あるかも分からない為、どの程度の人員を外部に回すべきかを考えるハンス。そこに緋雨が意見を出す。
「それなら、いっそ他の穴は埋めちゃったらどうかしら?」
「埋めてしまうのですか?」
「えぇ、聞いた所だとこの洞窟には変わった仕掛けもあるみたいだし、完全に使えなくしてしまうのは惜しいわ。だから私達は穴を見つけたら塞いでしまって、今までみたいに洞窟が使えるようにしたいと思ってたの。それで逃げ道を塞げるなら一石二鳥じゃない?」
「確かにそれも一つの手ですが、それでも人手が必要ではありませんか?」
「大丈夫よ。私以外にもあと二人連れてくし、埋めてしまえば張り込み続ける必要もないしね。後はそうね……せっかくだから最後の穴だけは残しておいて、盗賊達が出てくるのに備えて罠を張ろうかと思ってるんだけど」
 簡単に脱出出来そうな場所を残しておいてそこで相手を確保する。そう考えていたのは緋雨だけでは無かった。明日香も彼女の意見に同調する。
「急に明るい場所にでるから油断してるかもしれませんしねぇ。私はそこで出てくる盗賊さん達を待ち伏せして、持って行こうとする物があったら返してもらおうかと思います〜」
「ならば私とハンスはこの本来の出入り口で検問を敷き、不審者を外に出さないようにするとしよう。その間に水心子達は他の出入り口を一か所残して封鎖し、脱出を阻止する。その一か所では神代が中心となって検問を避けた盗賊を抑え、文化財の持ち出しを阻止する。これでどうだろうか?」
 全体の意見をまとめてクレアが案を提示した。緋雨と明日香もそれに異は唱えない。
「分かったわ。穴を埋めきったら私達も罠の方に向かうから」
「はい〜。暴れて洞窟を崩されると大変ですから、出来るだけ穏便にすませてあげましょう〜」
 
「ふむ、金品、食料、書物、楽器、農具……そして獣人の崇める像か」
 ミソラから内部の構造を聞いていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がノートパソコンに大まかな図を表示した。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)夏侯 淵(かこう・えん)は両隣からそれを覗き込みながら、優先するべき物を考える。
「やっぱり芸術品を最優先した方がいいんじゃないかな」
「それよりは書物を運び出すべきだろう。特に歴史書の類だな」
「何を言っている、二人共。この場合優先すべきは食料と金品、次いで農具と狩猟具だろう」
 二人の提案をあっさりと退けるダリル。だが二人だけでなく、そばで見ていたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)月崎 羽純(つきざき・はすみ)もが彼の考えには同調出来ないという表情を見せていた。
「……何だ? まず必要なのは生存する事、それから生活して行く事だ。ならば優先順位としては当然の事だと思うが」
「ん〜、理屈ではそうなんだけどね。それだけじゃ駄目だと思うのよ」
「自分もルカルカさんに同意です。お金や食べ物は援助出来ても、失った文化財はそうはいきません。お金には代えられない価値のある物を一つでも多く運び出した方が良いのではないかと思いますよ」
「ザカコの言う事にも一理あるが……羽純、お前も同じ考えか?」
「あぁ。確かに芸術品も書物も生き抜く為には決して必要な物じゃあ無い。しかし……無いと心が枯れる。俺達は別に、生きる為に生きてる訳じゃ無いだろ?」
 過去に封印された剣の花嫁という同じ経歴を持つ男の言葉を理解は出来ても実感は出来ないダリルが、複雑な思いで羽純を見る。そんな彼を後押ししたのは、別の形で過去からの時を超えて来た淵だった。
「ダリル、俺の前世の国は既に無いが……その歴史の一端は今も知られている。二千年にも及ぶ時の流れの中で、誰かが覚えてくれているというのはとても有り難い事だ。絵画や歴史書に込められた想いが、時を越えて記憶を受け継いでくれているのだ」
「記憶……それを継ぐ為に『時の旅人』として生み出された物、か……分かった、今回はお前達の言う通り、絵画や書物の収められている場所へと優先して向かう事にしよう」
 ダリルの言葉に頷くルカルカ達。羽純は少し驚いた表情を見せた後、からかうように声をかけた。
「意外だな。硬いだけのヤツかと思ってた」
「理解は出来るというだけだ。それにこれはあくまで俺達の方針。他の場所に回る者もいるだろうと判断しての事だからな」
「素直じゃないな」
「俺の事はどうでもいいだろう。それより……カルキノス」
「お? 俺に何か用か?」
 ダリルがカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)を呼ぶ。
「あぁ、お前には特別な役割を与えようと思う」
「特別ねぇ、そう聞いちゃ張り切らねぇ訳にはいかねぇな。で、どんな役割だ? 先導か? 殿か?」
「待機だ」
「おぉそうか、待機か……待機!?」
「他にも外を担当する者がいるから問題は無いとは思うが、盗賊や何者かが崩落を狙った際に備えて、入り口を死守してもらう。それに――」
「……それに?」
「その図体ではお前が洞窟を損傷しかねんからな」
「むしろそっちが理由だと言いたそうだな、オイ……」
 結局、カルキノスは本当に留守番を命じられ、洞窟入口で待機する事になったのだった――