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想いを継ぐ為に ~残した者、遺された物~

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想いを継ぐ為に ~残した者、遺された物~

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第5章「盗賊退治 その2」
 
 
「さぁどうする? あんたの態度次第では優しくしてあげない事もないけど」
 洞窟の一角、皆とは別の場所で盗賊と戦っている二人組がいた。
 その片方、茅野 菫(ちの・すみれ)は相手を召喚獣で囲み、黒い微笑みを向けている。
「けっ、てめぇみてぇなガキに――」
 盗賊が反抗的な目を向けた瞬間、菫の手がスッと上がった。次の瞬間、召喚獣サンダーバードが相手のそばを飛んで身に纏った電気を伝わらせる。
「ギャッ!?」
「降伏するの? しないの?」
「っざけんな、この――」
 今度はフェニックスが。
「返事はハイかYesかJa、それ以外は認めないわ」
 続けてウェンディゴ、またサンダーバード、フェニックス、ウェンディゴ――
「も、もう勘弁して下さい……」
 何周かした頃、ようやく盗賊が膝をついた。そのまま土下座同然の格好で平伏する。召喚獣の攻撃を止めた菫に代わり、今度はパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)が前に出て来た。
「大丈夫? 痛かったでしょう。さぁ、手を出して」
 恐る恐る差し出した盗賊の手を優しく引き、立ち上がらせる。冷静な雰囲気ながらも微かに微笑む彼女の姿はまるで菩薩か、それとも天使か。
「私達も無益な争いは好まないわ。ただ今は獣人の皆が落ち着いた暮らしを出来るように協力して欲しいだけなの」
 菫達はある獣人の村を再開発する行為に協力した事があった。その為今回も似たケースという事でこうして盗賊達の討伐へと回っているのだが、その反面、菫自身には裏社会を牛耳るという夢もあった。
 夢の面からは彼らの略奪を全否定する事は出来ないが、獣人の面からはそれを阻止したい。そうして考えた末に取ったのが今行っている『独自に動いて盗賊を強引に自身の傘下に置く』というやり方だった。
 菫が痛めつけ、パビェーダが救う。こうして鞭と飴、両面から攻める作戦に盗賊達は一人、また一人と投降して行く。続けて菫の視線が次の盗賊へと向いた。
「さて、次はあんたね……」
「ひぃっ!?」
 やる事はまだ沢山ある。彼らを調教――もとい、『脅』育して手駒としなければならない。そうして従順になった盗賊達を集落の再建に必要な人手として提供し、見返りに彼らを護衛役として集落に住まわせる。
 獣人に感謝され、盗賊を支配し、自身の裏への影響力を強められる一石三鳥な作戦。
(その為の手はあるわ。獣人村の村長の紹介状なら集落の人達を説得出来るはず。ふふ……これであたしの夢に一歩近づくわね)
 パビェーダのそばで大人しくしている盗賊達を一瞥し、菫は満足そうに微笑を浮かべた。
 ――もっとも、既に洞窟の出入り口は固められ、残された箇所にはクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)達が張っているのだが。
 シャンバラ教導団。その説得は獣人よりも遥かに厳しい。


 盗賊討伐を中心に行っている本隊は、大岡 永谷(おおおか・とと)を始めとした後方へと回り込んだ部隊の奇襲を利用して大きく歩を進めていた。
 その大きな原動力はセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)、二人の女剣士と間を走る篁 大樹(たかむら・だいき)だ。
「見つけたわ! リーズ、大樹、一気に行くわよ!」
「オッケー! それじゃ……突撃ー!!」
「おう! 突っ走るぜ!」
 通路が狭く敵味方共に後衛の援護を受けにくい中、三人はわざとタイミングをずらして波状攻撃を行う事で相手に対し優位に立っていた。
 脇道に潜む敵は無視し、まずはとにかく血路を開いて行く。
「1、2、3……結構隠れてるわね」
「うん、でも陣くん達なら大丈夫だよ!」
「そうね。背中は任せたわよ……真人」
 彼女達の後方では御凪 真人(みなぎ・まこと)が中心となり、周りのメンバーと連携を取っている。その隣には七枷 陣(ななかせ・じん)ライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)の姿が。
「じゃあ俺達は作戦通りに動きます。玲奈さん、行きましょう」
「うん。二人共、こっちは任せたよ!」
「ほいさ。広範囲に被害を出す訳にはいかんからな……一人ずつ潰させてもらおうか」
「よーっし、セフィロトお墨付きの一撃を喰らわせちゃうよっ!」
 真人と如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が脇道に消えたのを見送り、ライカの手に炎が宿る。そのまま魔力が『禮火』と呼ばれる彼女の弓を通して矢の先端へと移り、微かに燃え上がった。
「避けられないし、避けさせないっ! フレイム・サイドワインダーッ!」
「こっちはただの火術やけど……甘く見ると痛い目にあうからな?」
 二つの炎が真っ直ぐに走り、横から不用意に顔を出した盗賊を捉えた。ライカ達による次の攻撃を警戒した盗賊達の気配が少しずつ消えるのが分かる。
「透矢様、いかがですか?」
「左右両方から殺気を感じるな……やっぱり裏から回ってくるつもりらしい」
 小尾田 真奈(おびた・まな)に尋ねられた篁 透矢(たかむら・とうや)が周囲から伝わってくる感覚を伝える。脇道が多く誕生しているこの状況で本来の通路を抑えた場合の行動を予測しての動きを、皆が行おうとしていた。
「じゃあ私達も行きましょう。足元に気を付けて下さいね」
 暗視出来る火村 加夜(ひむら・かや)が先頭へと立ち、皆が一気にセルファ達の向かった方へと駆け抜ける。盗賊達が再び姿を現した時、既にそこに自分達はいないという寸法だ。
「さて、もういっちょ炎をお見舞い――ん? リーズ、?」
 反転しようとした陣が先にいるパートナー達の様子に気付く。左右に穴が空いて十字路のようになった地点でそれぞれ別の方向を向き、何かを警戒している。
「陣くん気を付けて! 誰かが近くにいるよ!」
「多分盗賊だと思うんだけど、牽制だけで仕掛けて来ないから途切れ途切れにしかいる場所を感じられないのよ」
 セルファの視線の先、そこに一瞬だけ何かが現れる。が、その影は再び闇の中に消えてしまった。
(こちらに集まって来たか。向こうの思惑でもあるようじゃが、わらわにとっても良い傾向ではあるな)
 闇の正体、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が気配を殺して移動しながらそんな事を思う。彼女は盗賊に雇われて彼らの行動を支援する為に動き回っていた。
 討伐隊の狙いが盗賊に及ぶと死角からダガーの投擲を行い意識をこちらに向けて戦いを妨害し、さらに自身は牽制以上の行動を行わない事で相手の狙いを分散させていたのだ。
(さて、この辺だとまた『あれ』が出て来るじゃろうしな。精々利用させてもらおうかの)
 刹那の考えに呼応するように壁からガーディアンが現れる。それらは一番近くにいる真奈達に狙いを定めると、ゆっくりと行動を開始した。
「ご主人様、あれがこの洞窟の防衛装置でしょうか」
ミソラちゃんの言うとったガーディアンっつー奴か。こいつらからしたら俺らも敵に見えるんやろな」
「ど、どうする? 陣くん」
「とにかく後ろから刺されんように気ぃつけながら迎撃――ん?」
 警戒態勢をとった陣達の動きが止まる。こちらを狙おうとしてたはずのガーディアン達が急に向きを変えたからだ。それらの向かう先にはようやく回り込んで姿を現した盗賊達がいる。
(先ほどまでと動きが違うじゃと……?)
 これまでは侵入者のほとんどを分け隔てなく狙っていたガーディアンが明らかに陣達を狙わなくなったのを見て疑問を抱く刹那。それでも盗賊達を援護する為に移動し始めた所、それより先に真人と玲奈が通路に向かって行くのが見えた。
「少し予想外の事態が起きているようですが、まだ現時点では想定していた位置取りですか。玲奈さん、このまま予定通りやりましょう」
「狙いはあの辺の壁だね。思い切りぶつけちゃうよ」
「き、気を付けて下さいよ玲奈〜、魔力を調整出来なくて私達まで埋めるとかは止めて下さいね」
 玲奈の肩に乗っているレーヴェ著 インフィニティー(れーう゛ぇちょ・いんふぃにてぃー)が心配そうな声を出す。実は玲奈は最近魔法の訓練をサボり気味だったので、今回は物理攻撃禁止令を出されたのだ。
「大丈夫大丈夫。心配しないで」
「安心しきれませんよ……」
「ではいいですか? 行きますよ」
「うん。降り注げ雷……サンダーブラスト!」
 真人と玲奈、二人の呼ぶ雷が洞窟を走る。崩落で脆くなっていた脇の通路が次々と崩れ落ち、飛び出した盗賊達はメインの通路におびき出される事となった。
「フィー、どう? ちゃんと狙い通り崩したでしょ?」
「えぇ、生き埋めにならなくて一安心です。サポートのお陰な気もしますけど」
 インフィニティーの視線の先、そこには加夜の姿があった。玲奈達がサンダーブラストを撃つ直前に氷術を放ち、雷の誘導と崩れ落ちそうな場所の補強を纏めて行っていたのだ。
「私は洞窟が崩れないように雷系は使わないつもりだったんですけどね。まさかそれを逆手にとった作戦を執るとは思いませんでしたよ」
「そこは真人君の作戦勝ちだよねぇ」
「スムーズに行ったのは皆の協力のお陰ですけどね。さぁ、俺達が盗賊を無力化すれば他が楽になります。理由は分かりませんがガーディアンもこちらを狙ってこないようですし、このまま追い込んでしまいましょう」
 優勢に立った真人達に対し、追い詰められたのは盗賊達だ。選択肢を狭められただけでなく、ガーディアンにも徐々に接近されていた。
「くそっ、あそこだ! あそこが残ってる!」
 唯一崩落せずに残っていた横穴に逃げ込もうとする盗賊達。
「うおっ!?」
 が、先頭が何かに滑って転び、次々とそれにぶつかっては折り重なっていく。倒れながら彼らが見た物。それは――
「バ……バナナ……?」
 そう、バナナの皮だ。どこからどう見ても、紛れも無くバナナの皮。遠くでは突破前にそれを仕掛けておいたライカが仁王立ちしていた。
「バナナを笑う物はバナナに泣く……たった一房のバナナが運命を変える事だってあるんだよ」
「何か無駄に格好良いな。ま、それはともかく!」
 陣が魔力のエネルギー弾を放ち、盗賊達を越えて壁に命中する。その衝撃で再び崩落が起こり、最後の穴が埋まってしまった。
 振り返った先にはトントンという擬音が聞こえそうなポーズをとっている陣の姿が。目の錯覚だろうか、彼が熊のようにすら見えてきてしまう。
「ねぇねぇ、今ヤバイ逃げようって思ってた矢先に唯一の退路を断たれちゃって、どんな気持ち? NDK?」
「くっ、舐めたマネしやがって……てめぇだけでもブチ殺してやらぁ!」
 前後をガーディアンに挟まれた盗賊達がせめてとばかりに陣目指して突撃してきた。まぁ無理もないだろう。
 とはいえ、彼の下に辿り着くのは容易ではない。動きの鈍いガーディアンを躱せたとしても、今度は陣のガーディアンが待っているからだ。
「ご主人様には近づけさせません……撃ちます!」
 ハンドキャノン、ハウンドドックRを構えて引き鉄を引く。反動の激しい武器なだけに威力は折り紙つきだ。
「よし。加夜、ここで片を付けるぞ!」
「はい、透矢さん!」
 真奈の横を一陣の風が駆け抜ける。続けて加夜の魔道銃から援護の魔力弾が飛び出し、透矢が肉薄した盗賊へと命中した。
「これも……持って行け!」
 のけ反った敵に追い打ちの蹴りが決まる。その頃にはセルファやリーズもこちらへと戻り、そのまま透矢を追い抜いて残った盗賊を無力化しようとしていた。
 前衛を彼女達に任せて、気絶させた盗賊が逃げないように縛り上げる透矢。そこに同じく援護役を交代した加夜が近づいてきた。
「お疲れ様です、透矢さん。さっきセルファさんやリーズちゃんが気にしていた相手の気配はまだしますか?」
「いや、殺気は特に感じないな。真人と玲奈が道を塞いだから退いたのかもな」
「だとしたら結構手慣れた相手ですね」
「あぁ。退き際をわきまえてる敵はいざ戦うとなると厄介だからな」
 二人が話している通り、相手である刹那はこの場から立ち去っていた。彼女の戦法は気配を消しての攪乱と奇襲。それに対して脇道を塞がれ、攻撃出来る方向が前後どちらかに限られる今の戦場は相性が悪いと言えた。そして盗賊達の中心人物を宝の所まで護衛するという一番の依頼は既に果たしている。
(あの石像の動きも気になるしの。少し調べてみる必要があるか……)
 他のガーディアンに狙われないよう気配を消して洞窟を進む刹那。そのまま加夜達に気付かれる事も無く、再び洞窟の闇へと消えて行った。
「ふふ、それにしても……まるで一年前みたいでしたね」
「ん? ……あぁ、確かにそうだ。懐かしいな」
 加夜の言葉で昔の事を思い出す。
 正確にはおよそ十か月前。透矢は自分が住んでいる村の子供達を助ける為、森の中で盗賊達と戦った事があった。その時も加夜の魔道銃による援護を受けた末に透矢の蹴りで決着をつけたのだ。今はミソラの護衛についている冴弥 永夜(さえわたり・とおや)も加わっていた点が違うとはいえ、概ね過去の再現であった事は間違いない。
「そういえばあの時も森に行く時は加夜の箒に乗せてもらったよな」
「あ、そうですね。本当に……懐かしいです」
 二人が軽く笑う。盗賊を縛り終わって立ち上がった透矢は、気分を切り替えるように振り返った。
「よし。次に行くとしようか」
「はい、頑張りましょう」
 以前は村の子供達の為に。今回は集落の人々や小さな少女の為に。
 透矢と加夜の二人は真人達の戦いに再び加わるべく、走り出すのだった。
 
 
 ――同じ頃、白砂 司(しらすな・つかさ)サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は軽い疑問を抱きながら洞窟の中を進んでいた。
「……どうもガーディアンの狙いが盗賊達に絞られている気がするな」
「えぇ、私達より先に誰かが御神体に向かったのでしょうか?」
 二人の目的は御神体が鎮座するエリア。過去にこの洞窟について聞いた事のあるサクラコは獣人の祈りによってガーディアンの動きが変わるという話を受け、盗みを働こうとする者のみに攻撃対象を絞るべくやって来たのだった。
「その可能性は高いだろうな。だが……」
「少し過剰な気がしますね……あまり良くない傾向だと思います」
「あぁ。急ぐぞ、サクラコ」
 道中のガーディアンは途中から盗賊だけを狙った動きへと変化していた。恐らく自分と似た考えを持った者が先に辿り着いたのだろう。
 だが、それはあくまで『似た』であって『同じ』では無い。というのもガーディアンの攻撃は当初よりも苛烈さを増していたからだ。動きが鈍いのが幸いしてはいるが、あれは完全に殺す事のみを考えた動きだ。
「……話して解決すれば良いのですが、ね……」
 
「これで良いんですよね、ミソラちゃん。君を……僕を苦しめるあいつらを消してあげますよ。フフフ……」
 御神体の前、祈りを捧げていた天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)はゆっくりと立ち上がり、黒い笑みを浮かべていた。
 現在このエリアにいるのは葛葉ただ一人。獣人以外の侵入を拒む結界が広間の入口にある為、パートナー達は入口で待機している。
「クスクス……葛葉ちゃん、愉しそうなの。何かを壊したくてたまらない顔なの」
 結界の向こうに見える葛葉の表情を見ながら斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)も笑みを浮かべた。隣には大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が立ち、さらに近くの岩に腰掛けながら斎藤 時尾(さいとう・ときお)が一服している。
(あいつはクソ野郎共の『躾』のせいで大人しくはなってるが、中にはでっけぇ『化け物』を飼ってやがったからな。そいつが段々表に出て来たって事か。さて、どんな結果になるのか……依頼とは別に、見物ではあるな)
「ねぇねぇ鍬次郎、もうやる事はやったんだろう? 早く帰ってのんびりしたいんだけどねぇ」
「そう言うな時尾。まだ邪魔が入らないとも限らねぇからな。少し様子見だ」
「邪魔ねぇ。あたしは戦いなんて面倒な事はしたくないから隅っこで大人しくしてるよ〜」
「好きにしな……ハツネ、お前も隠れとけ……来たぞ」
「うん、分かったの……」
 ハツネが光学迷彩で潜伏すると同時に、通路の向こうから一組の男女、司とサクラコがやって来るのが見えた。
「ガーディアンがいないって事は、てめぇらはあのザクソンって奴の協力者か。盗賊じゃなけりゃ別に敵対するつもりは無いが……事と次第によっちゃ邪魔させてもらうぜ?」
「そう言うお前達もどうやら別組織のようだな。ガーディアンの動きが変わったのはお前達の仕業か?」
「あぁ、そうだ。盗賊を片付ける依頼を受けてるんでな」
「片付ける、か。随分過激なようだが」
「その辺はあの白狐の按配だ。まぁだからと言って止めさせはしないがな」
 通す気は無いとばかりに刀を抜く鍬次郎。それに対し、司も槍を構えた。
「サクラコ、俺があいつを抑える。見た所あそこから先には獣人以外は入る事が出来なさそうだからな」
「分かりました。司君も気を付けて下さいね」
 最初に司が走り出し、相手を抑えにかかる。対する鍬次郎も自身の速度を上げた状態で一気に前に出て来た。
「――速い! 実力行使と言う事か。だが……!」
 槍のリーチを活かし、接近前に技を封じ込む。その横を素早く駆け抜けたサクラコが結界を超えようとし――直前で立ち止まった。
「……もう少しだったの。良い勘してるの」
 彼女が進もうとした場所、そこには矢が突き刺さっていた。袖箭と呼ばれる暗器でそれを放ったハツネが光学迷彩を解除し、姿を現す。
「危ない所でしたね。ここぞと言う所で罠を張る。適切な手です」
 これまでの戦いの経験から不測の事態にもある程度は対処出来るようになったサクラコだからこそ、微かな殺気も捉える事が出来た。そのまま突破する隙を入念に伺う。
(後ろは司君が抑えてくれると信じましょう。だからこの子をかわす事が出来ればいいのですが)
 ハツネはこちらを注視しながらも、結界に向けて古銭を投げていた。それ自体は弾かれるものの、音を聞いた中にいる葛葉が反応して御神体へと祈りを捧げ始める。
(襲撃された時を想定して別の指示内容を作戦立てていた? これは、早い所止めないとマズいかもしれませんね……)
 その時、司の後方から大型の狼が現れた。崩落の兆候が見られるからと今回は騎乗せずに引き連れて来た司の騎狼、ポチだ。
「行け、ポチ!」
 鍬次郎と武器の抑え合いを続けながら司が叫ぶ。彼の言葉で大きく跳躍したポチが二人を飛び越え、ハツネへと襲い掛かった。
「! やらせない、の……」
 素早く回避するハツネ。その一瞬の隙を逃さず、サクラコが結界の向こうへと滑り込んだ。
「助かりました。出来れば普段もこうして私と協力してくれれば嬉しいのですけどね」
 肉食獣同士という認識でもあるのか普段は懐いてくれないポチに心の中で感謝しつつ広間を見る。そのまま御神体への祈りを終えた葛葉へと、ゆっくり歩み寄って行った。
(サクラコは行ったか。さて、問題は俺の方だな。数的不利は承知の上……やるしかないか)
 内部での戦いには両者とも手が出せない。だからこそ行われる外での戦いの為に、司は槍を強く握りしめるのだった――