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想いを継ぐ為に ~残した者、遺された物~

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想いを継ぐ為に ~残した者、遺された物~

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第3章「形見と心」
 
 
 盗賊退治を目的とした者達が洞窟へと入り込んで行った後、少し間を置いて内部に保管されている物を持ち出す為のグループが続けて入り込んで行った。そして――
「そろそろ俺達も入っていい頃合いかな」
 入口を漠然を眺めていた蔵部 食人(くらべ・はみと)が振り返る。彼はミソラを護衛する最後尾組の一人だ。そんな食人に魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)が素朴な疑問をぶつけた。
「ねぇねぇダーリン。ボク達も盗賊退治の人達と一緒に行った方が良かったんじゃないの? ボク、大立ち回り出来るかな〜って思ってたんだよ」
「困ってる人がいるのなら助けに行くのが俺達の役目だからな。それに俺達は護る戦いの方が得意なんだから、こっちの方が良いだろ?」
「そういう事なら仕方無いんだよ。ダーリンの幼子を護ろうとする熱い想い、伝わって来たんだよ〜」
「ちょっと待て」
「えぅ?」
 
 そんな疑惑が生まれた事はさて置き、突入の準備が整った一ノ宮 総司(いちのみや・そうじ)が立ち上がる。
「さぁ、それでは参りましょう。ミソラ、あなたが母君の笛を取り戻せるよう、僕らが絶対に護ります!」
「は、はい。よろしくお願いします!」
 皆に護られるとはいえ、やはり不安が完全に無くなった訳では無いのだろう。いささか緊張した面持ちでミソラが答える。そんな彼女の気持ちを落ち着かせるように、陽風 紗紗(はるかぜ・さしゃ)月音 詩歌(つきね・しいか)、そして蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)がすぐそばへと寄って来た。
「ほら、あんまり硬い表情してるとせっかくの可愛い顔が台無しだよ」
「紗紗さん。えっと、これ……」
「時間があったからそこの草花で作ったのさ。ま、戦うも護るもあたし達に任せておいて」
「そうだよミソラちゃん……えいっ」
「じゃああたしはこっち!」
 詩歌と夜魅がミソラの手を優しく握る。ミソラはその手と頭に乗せられた花冠で幾分か不安が和らいだのか、次第に表情は笑顔へと変わってきた。
「は、はい。よろしくお願いします!」
 先ほどと同じ言葉。だが、そこに篭められた感情はより良い物となっていた。
 
「形見の品、か……」
 ミソラ達を遠巻きに眺めながらギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)がつぶやく。かつては別の地を守護する貴族として過ごしていた彼は、自分亡き土地がその後どうなったのかを知らない。ミソラの母のように形見と呼べる品があり、それを求める者がいたのかどうか。
(いや……いなかったろうな。あの時、それを含めて全部失ってしまったのだから……)
 今はパートナーの東雲 いちる(しののめ・いちる)がいる。ギルベルトにとってはそれで十分だ。だが――
「自分が存在していたという証があり、近しい人が必要としているのであれば……託したいだろうな」
 共感。それがギルベルトにとっての動く理由となっていた。そんな彼の言葉を聞いていたソプラノ・レコーダー(そぷらの・れこーだー)クー・フーリン(くー・ふーりん)が対照的な反応を見せた。
「私には良く分かりません。形見の品という物はそんなに大事な物なのでしょうか? 生者がそれを求めて危険を冒しては意味は無いのでは?」
「ふふ、ソプラノにはまだその意義がいまいち分からないようですね。私はギルベルトに同感ですよ……物であるからこそ後世に託せる事もあるのですから」
「私は機晶姫だから『記録』した物は消えない。でも『記憶』はどんなに望んでも薄れて行く……だから形を求めるという事なのでしょうか?」
 ミソラのそばに立ついちるを見る。もし『死ぬ』事があるとするなら、その時自分はどうしたいだろうか。もし自分の『形見』が遺されたとしたら、それをいちるに持ち続けて欲しいと思うだろうか。
「……やはり良く分かりません。でも、もし私がいた証をマスターがそばに置いてくれると言って下さるのなら、その時はそばに置いて欲しいと思うのです。これが形見の意義なのでしょうか?」
「そうですね。『死』を仮定するというのは悲しい事ではありますが……こうして悩めるのは決して悪い事ではありません」
 それがソプラノが成長している証だから。それがソプラノが『生きている』という証だから。
「大丈夫、あなたの疑問は我が君が教えてくれますよ」
 優しく微笑みながら頭を撫でるクー・フーリン。その手の感触を受けながら、ソプラノはいちるの方を見続けるのだった。
 
「あの……本当に大丈夫なのでしょうか?」
「お気遣いありがとうございます、いちるさん。足手まといなのは承知の上ですが、それでも何かのお役に立ちたいのです」
 ミソラと共に進む中、アレス・フォート(あれす・ふぉーと)が杖を突きながら歩いていた。彼は数年前に事故にあった事により片目の光と片腕を失い、さらにこうして杖を使用しないと歩けないほどの障害を負っていた。それでもミソラの話し相手にでもなれればとの思いでこうして皆に同行しているのである。
「ミソラさん。よろしければお母さんの話などを聞かせて頂けませんか?」
「あ、私も気になるね。やっぱり笛が上手だったの?」
 前方を歩いていたキルティ・アサッド(きるてぃ・あさっど)が会話に加わる。手を繋いでいる詩歌と夜魅も興味深そうにしているようだ。
「はい。もっと小さかった頃はいつも寝る前にお母さんが笛を吹いてくれてました。それを聞くとどんな夜でも安心して眠る事が出来たんです」
「子守唄のような物ですか……優しい方だったのですね」
 アレスの言葉に微笑みながら頷く。音色を聞けなくなってもう何年も経ってはいるが、ミソラの中では今でも自分を護ってくれる、大切な音色だった。
 
「……ふむ。こちらの道は避けた方がいいな。少し狭くなるが右の道を行こう」
 集団の前の方を歩くアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が一番広い道の前で他の者達を止めていた。彼は地質学の知識がある為、軟弱な地盤を出来るだけ回避する事で皆を安全に目的地まで連れて行こうとしていた。
「アイン、気を付けてね。見通しが悪くなってるみたいだから」
「大丈夫だよ朱里。仲間がこれだけいるんだからね」
「そうだぜ母ちゃん!」
 入り組んだ地形。奇襲や不測の事態が起きやすい場所へと先陣を切る夫に向けて蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が声をかけるが、アイン、そして二人の息子である黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)がそれに心強い答えを返した。
 ザクソンや篁家から連絡を受けて協力を申し出た者達は今回の事件に対し、大きく分けて盗賊退治を主にする第一陣、その後に進入して各場所で保管してある物を運び出す第二陣、そして最後に中へと入るミソラを護衛する第三陣を構成していた。その際ミソラを護衛したいと申し出る者が他の二つと同じくらい現れ、実に三十人以上がこの場を固めているのである。
「それより朱里さん、あなたの方こそ気を付けないといけませんよ。大事な身体なんですからね」
 妊婦である朱里の隣を歩いていたコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が、かつて自身が妊娠中にあれこれ世話をしてくれた友人を気遣った。
「ありがとうコトノハさん。大丈夫、私はサポートに回るから無理をするつもりは無いわ」
「それならいいのですけど。いざという時は私達には構わず、先に逃げて下さいね」
 コトノハが自身から垂らしている紐を見せた。彼女は戦乱の絆と呼ばれる、決して断たれる事は無いと言われるこの不思議な紐を利用して歩いてきた方向を分かりやすくしていた。本当は端を入口に縛り付けておきたかったのだが、残念ながら戦乱の絆は最長でも20m程度にしかならない。それでも急に視界を奪われた時などに退路が大体でも分かるというのは大きいので、こうして地面を這わせているという訳だ。
(さすがにいないとは信じたいですけど、この中で煙を充満させようとする相手がいないとも限りませんからね)
 一番懸念すべきは盗賊やそれに加担する者達が意図的に火災を起こす事。幸い仲間がこれだけいる分直接的な戦力は足りているので、コトノハは安心してそういった事への対処に回る事が出来た。その最中、同時に思いついた事を尋ねてみる。
「ミソラちゃん、同じ集落の人達は盗賊に追われて散り散りになってしまったのですよね? なら他にも同じように洞窟へと戻って来てる人もいるのかしら」
「……どうでしょう。私達は他の人が囮になってるうちに逃がしてもらったような物なので」
「そう……追っ手を引き付けて逃げたのなら、近くにはいないと考えるべきかもしれませんね。洞窟の方は宝を護る像があるという話ですし」
 風の噂に聞いた事がある、洞窟を護るというガーディアンの存在。それ自体にもコトノハは興味を持っていた。それらを生み出す御神体とはどのような物なのか。生み出されたガーディアンは創造された物か、はたまた召喚された物なのか。
 疑問は尽きない所だが、残念ながらそれをミソラに尋ねる事は出来なかった。彼女達の前に噂の対象が姿を現したからだ。
「皆気を付けて! 辺りの壁、何かおかしいよ!」
 最前列の一人、寿 司(ことぶき・つかさ)の声で全員が周囲を見回す。するとまるで壁からにじみ出るように岩が像の形を成していった。一行を取り囲む形で姿を現したガーディアンの目が赤く光り、ゆっくりとした動作ながらも明確な敵対の意思を見せる。
「これがガーディアンか……造られた目的を考えると敵対はしたくない所だが……」
 冴弥 永夜(さえわたり・とおや)がヒプノシスで眠らせようと試みる。が、石像はなおも包囲を縮めようと歩み寄って来た。
「さすがに耐性はあるか。仕方が無い、対処するとしよう」
「それしか無いか……行くぞ、ヴェイダー!」
「うん! ダーリン、右だよ!」
「僕は正面を護る。司、君は左を!」
「オッケー!」
 シャインヴェイダーを纏った食人、アイン、司が先手を取って前に出、盾で攻撃を防ぐ。その横を縫って、こちらからはアンヴェリュグ・ジオナイトロジェ(あんう゛ぇりゅぐ・じおないとろじぇ)と総司、さらに土方 歳三(ひじかた・としぞう)が飛び出した。
「俺が動きを止めさせてもらおう。後はよろしく」
「任せて下さい……さぁ歳兄ぃ、行くよ!」
「あぁ。洞窟の番人よ、お前達が戦うべきは俺達では無いぞ……!」
 アルティマ・トゥーレに続いて刀と槍の連撃が決まる。頭部を狙い打たれたガーディアンの動きが鈍り、赤い光が消えると同時にその場で活動を停止した。
「手応えはあったけど……どう? 歳兄ぃ」
「簡単に倒せるなら番人にはならねぇだろう。油断はしない方がいいな」
「そうだね。でも、僕としては盗賊を相手にするよりは良かったかな」
「同感だ。無駄な殺生をする気はねぇし……それに、年端もいかぬあの少女の前で血生臭いやり取りを見せなくて済む」
 周囲を見た限り、この場にいるのはガーディアンだけだった。これは盗賊退治を目的に先行して洞窟へと入って行った者達が多かったお陰だろう。彼らの活躍によって盗賊達は奥へと向かった者以外は既に退治されているか逃走を開始しており、ミソラ達のいる洞窟手前側に残っている者は誰もいなかった。
 もっとも、壁から現れるガーディアンはその限りでは無いが。
「リュース! 今度は後ろに出たよ!」
 最後尾で奇襲を警戒していた紗紗の声で反転したリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が二刀を構えて飛び出すと同時、現れたガーディアンの振り下ろす石棒が襲いかかった。
「ふふ……後ろからオレの仲間に手を出そうとするとは……貴様、石コロから塵に変えて欲しいみてぇだな……!」
 徐々に鬼神力による強化で押し返そうとするリュース。彼の口調がキレた時特有の物になったを聞きつけて慌ててグロリア・リヒト(ぐろりあ・りひと)が諫めに入った。
「リュース、落ち着いて! あなたが本気で暴れたら洞窟が崩れるわよ。あの娘の笛が失くなってもいいの!?」
「……! そうだった。いや……そう『でした』ね」
 グロリアの言葉を聞き、ぎりぎりの所で感情を落ち着かせるリュース。彼は身内が傷つけられると止めようとした者にすら攻撃を行うほど暴れるという不安定な精神の持ち主だった。幸い今回は動きの遅いガーディアンが相手であり、かつ紗紗も後方を警戒していた為に実際に傷つけられる事は無かったが、もしこれが素早い盗賊が相手だった場合は取り返しのつかない事になっていた可能性もあるだろう。
「私達の目的はあの娘を護る事。それは笛を持ち帰って初めて達成されるのよ」
「えぇ……危うくオレがミソラちゃんを悲しませてしまう所でした。有り難うございます、グロリア」
 今度は無理なく、受け流す事でガーディアンとの膠着状態を終わらせる。そのまま洞窟へ衝撃が行かないよう、グロリアとの連携攻撃で静かに相手を斬り伏せた。
(すみませんが行かせてもらいますよ……あの娘と母親の絆の為に)
 幼少期にテロで両親を亡くしているリュース。原因は異なれど似た境遇である少女の力になる事が、今自分がするべき事だった。
 
「ねぇ、一つ気になったんだけど……あのガーディアン達、狙う相手が決まってないかしら?」
 時折襲い来るガーディアンを退けながら進む中、朱里がそんな事を言い出した。朱里達のやや前を歩いていた司狼・ラザワール(しろう・らざわーる)とアレスがその声に振り返る。
「オレもそんな気がするんだよな。ミソラに手出しはさせねぇと思って注意してたんだけど、全然こっちに来ないんだよ」
「確かに俺の方にも攻撃が来た覚えはありませんね。いざという時は戦う覚悟もしていたのですが……」
「私は狙われたと思ったら、健勇が助けに来てくれた途端にガーディアンが余所に行っちゃうの。まるで健勇を避けるみたいに」
 司狼、アレス、そして健勇。その共通点に気付いた永夜が皆を見回した。
「……集落の守り神だから『獣人』に対しては攻撃してこないのかもな」
「じゃあもし私達が狙われなかったら……ラザワールもちょっと来な」
「え、おいちょっと!」
 仮説を確かめる為、キルティが司狼を連れて前に出る。二人はわざと無防備な状態でガーディアンの正面に立ったが、攻撃を受けるどころか狙われるような素振りすら無かった。これは二人が別々に立っても同様だ。
「なるほど、どうやら本当に獣人は狙われないみたいだな。健勇、これからは皆のサポートに回ってくれ」
「分かったぜ、父ちゃん!」
 アインと共に戦っていた健勇が朱里の下に戻り、銃型HCを使った位置確認と盗賊に対する情報攪乱に専念する。さらにアインの確認した地盤のうち、可能な箇所は夜魅達の氷術で補強する事でガーディアンとの戦闘も最小限へと止める事に成功していた。
「あたしも頑張るよ! 健勇、ミソラ、どんどん行っちゃおう!」
「おう!」
「は、はい!」
 少年少女の声と共に、一行は目的の広間へと突き進んで行く。目指すは母の形見、それを手に入れる為に――