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手の届く果て

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手の届く果て

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★プロローグ



 広い家が欲しい。
 玄関は広々と、石像2体で出迎えて、真っ赤な絨毯をしきましょう。
 キッチンはさながらダイニングバーのように、賓客全てを迎え入れる長さにして、料理人のような大きな調理器具を揃えましょう。
 リビングは、余暇の一時のために、家族を包み込むような大型スクリーンを付けたホームシアターも兼ねましょう。
 プレイルームはさながらカジノのように。
 あれはああして、これはこうして。
 でも思ってしまう――。



 ――地下迷宮――



「ヒィィ……ッ」
 ああ、オレはついていない――。
 男はそんな言葉を溜息に混ぜながら、後ろの相棒に振り返り、喉元にナイフを突きつけた。
「ヒ.ヒィィ……ッ」
 思わずどっちも目を見開いた。
 二度目の溜息は苛立ちと諦めの反する感情を混ぜた謎色吐息。
 ナイフを突きつけた男は野盗の一味である。
 そして突きつけられた男は擦り切れた白衣を着た学者である。
「テメェらみてぇな軟弱者は大人しく地上で待機してればよかったんだよッ」
「し、しかし……他に目ぼしいモノの区別がつくのはボク達だけで……」
「だったら必要な時以外は声を出すなッ! わかったか、アアンッ!?」
「ヒィィッ!」
 一度でも地べたを這いずり回り、裏世界にどっぷりハマった学者は数多くいる。
 負債を重ね、踏み倒し、逃げてもまた研究を続け負債を作り――。
 ある意味ヘビに似た執念を感じるのだが、野盗側から見れば、こういう類の奴らは獲物を前にして子供すぎる。
 弁えをというものをどこかに落としてきたらしい。
 熱病の特効薬を調合する本の話も、落ちぶれた学者集団から野盗に持ちかけられたものだった。
 荒らされる前に入ることができたのはいいものの、骨董品級の置き土産のトラップに何人もかかり――無論、その多くの犠牲者は学者で――、終いには少女の影を見たなんてイカれた報告の後に叫び声まで聞こえてきた始末だ。
 ウッ、と思わず野盗はたじろいだ。
 今探索している部屋の奥から、明らかに生物の部位がビン詰めされたものと、血で作ったような魔方陣が出てきたからだ。
 流石に死人は見慣れているものの、コレクションのように保管されたものに抵抗は少ない。
 ただただ気色が悪い。
「ネ、ネクロマンシーの類の研究ですね。この迷宮は広く、そこそこ快適です。いろんな魔法使いが集っては、研究に明け暮れていたんでしょう」
 一気に感情が急上昇した学者の言葉に、野盗は思うのだ。
 オレらはオレら。
 ヤツらはヤツら。
 互いの領分に踏みいって何かをしようなんざ――。



 ――持て余している。
 ――不相応だ。
「まだ……そんなことを……想っているの……?」
 少女はその問いに首を振った。
「それとは、ちょっと違うかなぁ」
 聞き方が悪かっただろうか。
 うんうんと捻ってみるが、うまく言葉が紡げない。
「じゃ、また行ってくるね!」
「……うん……」
 だから、見送るしかなかった。
 『私』にはもったいない――。