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手の届く果て

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手の届く果て

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「ここなら人目につかないでしょう」
 第二階層まで降りてきて、坂上 来栖(さかがみ・くるす)はきり出した。

 その様子を少し離れて見ていた七刀 切(しちとう・きり)は、自前の大剣を地に刺し、それを手に腰を下ろした。
 切の役目はパートナーであるリゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)と来栖のやり取りを見届け、近づく敵を排除するだけである。
「ふわあ……さて、わてはちょっぴり寝ますかねぇ」
 敵がくればわかる――切はそのまま瞼を閉じ、直ぐに船を漕ぎだした。

「ご注文の品をお届けに、そして見届けに参りました」
 リゼッタは対人外用12mm拳銃マリスを来栖に手渡した。
「もう完成しましたか、スピーディーな仕事って好きですよ?リゼッタさん」
 来栖は手渡された銃を愛でる様に撫で、様々な角度から見た。
 その間にリゼッタは説明を始める。
「銃というより小型大砲、本来撃つ事はおろか、まともに構えるのも難しい代物です。グリップには逆十字、銃身には『是は救い齎す必要悪也』という意味の文字を刻ませていただきました」
「パーフェクトだ、ミス・リゼッタ」
「感謝の極み」
「私なら何も問題はない。使いこなせるだろう」
「それでは、試し撃ちもしたいでしょう。ワタシが獲物を引っ張ってきます」
「手間をかけさせるが、頼もう。しかし――」
 頭を垂れ、リゼッタが後ろを振り返った時だった。
「獲物が飛び込んできました……」
「そのようだ」
 向いの通路から、ガーゴイルが羽ばたきながら、高速で突っ込んできた。
 リゼッタは射線を開ける様にスッと避け、来栖の前に道を作った。
「牽制の必要もないな」
 そう呟き、来栖は銃を両手で構え、少しだけ腰を落とし重心を固定してから、引き金を引いた。
 その重さに、直撃とはいかなかったが、地を抉り、ガーゴイルを巻き込んで炸裂した。
 土片、石片、様々なものが舞った。
「っはぁ……ん……血は流してないのにまるで貧血……そのくせこんなに身体が熱い……」
 それは果たして興奮なのか、それとも――。
 来栖にそれはわからなかったが、武器には満足いったようだった。
「帰ろ……」
「はい」

 ――カランカランカランッ!

「……ンッ……?」
 浅い眠りについていた切の身体に、転がってきた棍棒がぶつかった。
「なに? 棍棒? 転がってきた?」
 ヒョイと持ちあがて、転がってきた先を見る切には、ハッキリとゴブリンの群れの姿が見えた。
「ふぁあ……なんだか随分興奮してるゴブリン達だねぇ……。落し物でも……探してるのかねぇ……例えばこれ、とか」
 切は剣を抜き、立ちあがると、近づいてくるゴブリン達の真上に棍棒を投げた。
 勢いよく突っ走ってきたゴブリンは急停止し、空中を見上げた。
 その瞬間、切は大剣に負けないように大きく身体を回し、まとめて薙いだ。
「おっかないゴブリンは殲滅、と。ん、来栖さん、リゼ、帰るのん? そんならワイもお暇しますかねぇ」
 ――カランカラン……ッ。



 ――迷宮内・第三階層――



「シュバルツ、本当にこっちであってる? 私達、相当潜ってきちゃってるよ?」
 東雲 いちる(しののめ・いちる)の疑いに、エヴェレット 『多世界解釈』(えう゛ぇれっと・たせかいかいしゃく)は悲しみながら言った。
「あああん、いちるは私を疑うのね? しくしく、いちるに疑われたら私はぁぁぁ〜シクシク」
「わかりました、わかりましたから、ね? シュバルツを信じています。書同士の導きを私は信じています」
「あああ、いちる、嬉しいわ」
 エヴェレットはそう言っていちるに抱きつくのだが、内心は相当マズイと焦り始めていた。
 確かに導き合うという事もあるのかもしれないが、エヴェレットには今は何も感じることはできないし、道のりは覚えてきているものの、どこに何があるのかサッパリだ。
 しかしながら、同行させてもらえた手前、張り切るなと言うのも無理な話であり、現在に至る。
 こっそりでも偶発を装っても2人きりになれればと思っていたが、道中スケルトンの湧き場で四苦八苦したのが重しになる。
(私だけでは守り切れないでしょうし、本末転倒ものですわ……)
 ガンガンッ――!
 何かを力強く叩く音が響くと、荒事に長けたパートナーのクー・フーリン(くー・ふーりん)モルゲンロート・リッケングライフ(もるげんろーと・りっけんぐらいふ)が、2人の前に出て様子を伺った。
 続き、いちるとエヴェレットも覗くと、野盗が3人――2人が石で木製の扉を叩き壊そうと試み、もう1人は壁を背に煙草を吸って――がいた。
 ――クソッ、本の山が見えるってのにッ!
 幸運――まさに幸運――ッ!
「なんとも品のない……。迷宮を傷付けてまでも欲するというか……ッ」
「おじさま……」
 いちるがモルゲンロートを仰ぎみると、笑顔で応えた。
「ああいう輩には、少し身体に言うことを聞かせるのが一番でしょうな。優しい主殿はそんなことは望まぬかもしれぬが、あの手のものに書物を渡すわけにもいかぬだろう? のう?」
 それはクーへの同調を求める言葉。
「書庫に至る障害は私とモルゲンロートにお任せを。獣人達のため、書は見つけ出さなければならないでしょう?」
「はい……クー様」
「では、行きましょう、モルゲンロート。エヴェレットは我が君の傍にッ」
 クーとモルゲンロートが揃って野盗の前に出た。
「そなたら、そこで何をしている?」
「アッ? 調査隊か迷宮守の野郎か? ああ、ワリィ、オレっちのライターあっちにおっことしてよ。だからさー、さっさと行けよ、オッサン達」
「それほどまでに、熱病の書が欲しいか?」
 その言葉に、野党達の動きが止まり、
「……ッ! ああ……アアッ、欲しいねェッ! あんな金になるもん、見逃すわきゃあねえだろぉがッ!」
 3人で一気に襲いかかってきた。
「本性を現しおって……この卑しいブタど――ッげはぁっ!」
 クーは槍で大きく薙ぐと、野盗は3人まとめて吹き飛ばされ、勢い余った柄の部分が、モルゲンロートの頭を打った。
「失礼。またヒドイ発言が出そうだったもので勢い余って」
 フンと鼻息を鳴らして、モルゲンロートは扉を開いた。
 なんとも非力な野盗達である。
「これほどまでの書物が……ッ」
 駆けよったいちるが見たのは、天に昇る勢いで山積みされた本、本、本――!
 逸る気持ちを抑えられず、3人に見守られながらその山に、いちるは飛び込んで行った。
 しかしここにも、熱病に関する書は――なかった。