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手の届く果て

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手の届く果て

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★3章



 誰もが持て余す世界の迷宮で、少女との鬼ごっこが開始された――。



 ――迷宮内・第一階層――



「僥倖ッ!」
 草薙 武尊(くさなぎ・たける)は、銃型HCからの情報を得、思わず拳を握りしめた。
 早い部類で迷宮に先行したはいいものの、見事にその広さに嵌って第一階層から下層へ進めずにいた。
 しかし、それがどうしたというのだ――。
 今得た情報は、謎の少女を第一階層で目撃したというものだ。
 バーストダッシュで加速し、今まで以上の速度で通路を進む。
 ――ドンッ!
「ッ――! 失礼した。つい急いでいたもの……で……」
 通路の先でぶつかった人影は、見たこともない少女――。
「いてて……ハッ――!」
 少女は武尊に気付くと、煙幕を投げつけて掛けた。
「ゲホッ! ま、待てッ! 何故此処に潜み、侵入者を拒むのか?」
 と言っても、少女はそれに答えず。
 こうなれば、追いかけてでも話を聞くしかない。
 煙が染み涙目になりながらも、武尊は煙を追い払うように駆けた。
 ここから先は見た限り長い直線――バーストダッシュを使えば追いつけぬはずはない。
 武尊の必死に走りは、ついに通路の先に少女の背中を捉えた。
「その目的の為に、蒼学等の外部と取引するつもりはないか?」
 背中に語りかけるが、少女はスピードを緩めるつもりはないようだ。
 何か、何か語るべき言葉はないのか――。
「な、ならば最後に……我の友人に成らぬか?」
 苦し紛れの言葉。
 だがしかし、少女は武尊に振り返った。
 止まってくれるか――そう思った矢先、少女は更に加速をかけ武尊を振り切った。
 その速さについていけず武尊は、手を伸ばしたままスピードを緩めるしかなかった。
(……友が欲しいのであろうか……?)
 武尊はそんなことを思いながら、情報を伝達した。



 ――迷宮内・第二階層――



「これは……」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、謎の少女を『侵入者を自動的に排除する囚われの身』との過程から、迷宮を探り続け、とある一室の一冊のノートを手に取っていた。
 中をめくるとそれは日記帳のようであり、少女らしい丸文字で刻々と書かれていた。
「こんな悲しいのは……嫌だね……」
「アッ!」
 突然の背後からの声に、唯斗が驚き振り返ると、そこにも驚き指差す少女がいた。
 明らかに契約者ではない。
「……リーシャ……だよね?」
「――ッ!」
 少女はその名を聞くや否や走り出した。
 『この』少女で間違いない。
「待ってくれ、俺は話がしたいだけだ」
 唯斗は急ぎ、リーシャの背を追った。
 少女は速い。
 それは本当の意味で逃げ続けてきたからこその速さ――。
「リーシャッ! 君はシャンバラ大荒野の生まれで、ここに流れてきたんだろ? 俺達は君を襲ったりはしない。傷付けたりもしない。だから、少し話を――」
「人の日記を勝手にみるお兄さんなんて嫌いだぁ!」
 振り返り手を挙げたリーシャはそう言い、更に駆けた。
(ああ、年頃の女の子の日記を盗み読みしてしまったから、俺はなんて……って、そういうことじゃなくて……ッ)
 まずは誤解を解こう――。
 俺の話をしよう――。
 その次はリーシャにいろいろと話してもらおう――。
 唯斗は思うのだが、しかしながら、リーシャの逃げ脚の速さには参ってしまう。
 あっさりと巻かれ、姿を見失ってしまった。
 ――少女の名はリーシャ。
 ――シャンバラ大荒野の生まれで、蛮族に襲われた村の唯一の生き残りの少女。



 ――迷宮内・第三階層――



「ンッ……?」
 氷室 カイ(ひむろ・かい)は、自分のシルバーウルフが顔をあげたのを見逃さなかった。
「もしかして女の子を見つけたの?」
 パートナーである雨宮 渚(あまみや・なぎさ)は、シルバーウルフの頭を撫でながら聞いた。
 レオン達が落ちた場所にやってきたカイ達が、シルバーウルフをそこに放ち、野生の鼻に期待をしていた矢先の動きである。
 シルバーウルフは仰ぎ、視線は天井を泳いでいる。
「上の階が騒がしいのが気になるのか? どうせ戦闘か何かだ、気にするな」
「でも女の子だったら機会をみすみす逃すことになるわ」
 そう言われれば、気になるし、行くしか選択肢が浮かばなくなる。
「アッ」
 渚は篭手型HCに入ってきた情報に思わず声を上げた。
「女の子がいたって!」
「何、じゃあ上の騒ぎは……ッ!? 上に戻るぞッ!」
 カイと渚は来た道を猛然と戻り始めた。
「階段だッ! 行くぜッ」
 上階へ続く薄暗い階段をカイは飛ばし飛ばしで登って行った。
 そのとき、
「ウワッ!」
「ちょ、ちょっと!?」
 ドンッ!
 何かがぶつかってきてカイは渚とシルバーウルフを巻き込んで、階段の下に転げ落ちていった。
「す、すまんっ」
「おいおい……ツツ……何慌てて降りてきてんだ……」
 ぶつかってきたのは唯斗だった。
 ウウウッ――!
「どうしたの?」
 渚が唸るシルバーウルフを見ると、その視線の先に一冊のノートが落ちていた。
「まさか、それは女の子の?」
 その問いに、唯斗は頷いた。
「見てもいいかしら……?」
「俺はさっき……怒られたがな」
「それはきっと男だからよ。女の子同士ならきっと平気よ」
「多分違うと思うが、まあ、情報が何もないんじゃ手の打ちようがないからな、見せてもらう」
 渚がノートを拾い捲ると、カイも肩口から覗きこんだ。
 ――リーシャは偶然この遺跡を見つけ、1人で隠れ続けた。
 ――だがある日、迷宮の底から、ポツリ、ポツリと、嗚咽が聞こえた。
 ――そこで、友達と出会った。
 ――名はベル。
 ――臆病な臆病な、女の子。
「なるほど。外に出たがらないわけだ……」
「そうね……。きっと人間も嫌いなのかもしれないわ。そしてこのベルって子……」
 カイはガシガシと頭を掻きながら言った。
「ああ。探し物のベルティオールの調合書は、リーシャの友達だろう」
 1つ、真実が見え出した。