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古代兵器の作り方

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古代兵器の作り方

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     ◆

 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)はパートナーのティアン・メイ(てぃあん・めい)を連れ、ひたすらに歩いていた。玄秀の眉間には皺が寄り、如何にも機嫌が悪そうだった。
「何が何やらわかぬまま、こうして歩き続けて約一時間……いつになったら出れるんでしょうねぇ」
「………………………………」
 全く、と続けるが、今のティアンから期待のできる返事が返ってくるわけもない、と思っている彼は、以降何を言うこともなく、再び不機嫌そうな顔をしながらに歩き続ける。と、目の前には先程、レンと武尊が凝視していた機晶姫、試作型改造機晶姫 ルレーブ(しさくがたかいぞうきしょうき・るれーぶ)の姿があった。武装をしているため、それが逃げ遅れている一般人だとは思わず、玄秀はその場で足を止める。
「あなたは誰です? 此処で何を――」
 口調は固い。低く、凍てつくような声で目の前のルレーブへと話しかけた彼は、しかしいつ、何が起こっても良いように、と、悟られないように踵を浮かせ、術式の用意をしている。
「…………………………」
 それに対し、ルレーブは何一つ返答を返さずにただただそこに佇んでいた。普段の彼ならばどうだろうか。この状況ではない時の玄秀ならば、或いはこの時の彼の行動は行わないかもしれない。しかし、ただしかし。今の、この時の彼にして言えば、彼は頗る機嫌が――
「悪いんですよ! そこを退かねば退けるまで。至ってこれが単純明快。怨み言、辛み事は一切において聞きませんの、悪しからず」
 この空間にはルールがない。ルールのあるようなスポーツだと、少なくとも彼は思っていない。立ち塞がった悉くを、須く穿ち、薙いで、斬り捨てる。
それが今の、それが現時点での、玄秀の思う全てなのだ。既に言葉の最中で、彼は行動をシフトした。避け、守るために置いていたその身、その意を攻勢に向ける。傾ける、等と言う生易しいものではなく、ひっくり返す。黙して語ることないルレーブに向かい、いつの間にやら抜いていた悪霊狩りの刀を投げた。と、そこで漸くルレーブが動きを見せる。沈黙を守り、故に玄秀に攻撃対象と認識されたルレーブが動きを見せた。
「敵ヲ捕捉。シーン425、ケース73。各種伝達ルートクリア。コレヨリ殲滅行動ヲ開始シマス」
 固い電子音声微かに聞こえ、六連ミサイルが作動――玄秀の投げ放った刀へと向けてそれを射出した。
「どうせそんな事だろうと思っていた!!! 出でよ、広目天王!!!」
 すかさず式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)を召喚する玄秀。彼の回りから黒とも、紫とも言えない煙が立ち込め、彼と、彼の横で呆然としているティアンを包む。と、その煙から目も留まらぬ早さで『何か』が飛び出し、ミサイルが近付く刀へ一直線に向かっていった。そしてその『何か』は、きっちりとミサイルを六基、三本からなる鋭利な刃物で穿ち、刀に届く前に爆破させる。そして未だに姿を現さない何かによって、刀は更に加速し、ルレーブ目掛けて飛んでいった。
「迎撃失敗、敵行動認証エラー。物理的防御行動二移行」
 ルレーブは両の腕を前に並べ、頭や胴体を隠すようにしてそれで覆う。腕に着いている装甲へと刀が突き立つ瞬間に、腕から煙を吐き出した。
「両腕部装甲解除。敵攻撃ノ無力ヲ確認。反撃行動開始」
 ルレーブの装甲に突きたった刀は、しかし本体にダメージを与えることなく無力化され、飛んでいく腕部装甲事地面に落下した。
「面倒なもんだな。生身と違えば平然と自分の体を落とすか」
 ゆっくりと煙が晴れ、中から現れた玄秀は、しかし詰まらなそうな表情を浮かべていた。傍らにはティアンと、玄秀に膝まずく天目天王の姿。その手にはしっかりと三つに刃先の分かれた刀、三尖両刃刀が握られている。
「玄秀様、ご下命を」
「あの機晶姫が行く手を遮る。僕は此処から出たいが、あれがあっては進むに進めん。取り除け」
「御意のままに」
「僕も攻撃をしよう。どちらが後方支援でも構わん」
「はっ!」
 低く、小さな声でやや捲し立てるように命を下した玄秀に、深く頭を下げた広目天王はその言葉と共に再び姿を消す。
「攻撃対象ノ消失ヲ確認。残存兵力ヲ攻撃――」
 ルレーブが再び六連ミサイルを構えて攻撃を行おうとする。が、それは最も避けるべき行為である。機械的な選択は正しく無駄のない、より効率的な選択となる。が、だからといって確実に戦闘で勝利することができるかと言えば、それは否。そしてこの時のルレーブの判断は、そう言った類いの物だった。
「恨みはないが、道を開けて貰うため――すまぬな」
「!? 背部装甲緊急解除――」
「…………小賢しいっ!」
 再び姿を現したら広目天王の声に反応したルレーブが、今度は背中を覆う装甲を勢いよく飛ばして広目天王を牽制した。そしてすかさず二人に攻撃する。玄秀とティアン目掛けて。
「ちっ! それなら持ってあと数回しか避けられんぞ!!!!」
 ミサイルが着弾し、煙が立ち込めるが人影は二つとも立ったまま。勢いよく煙を切り裂いたのは、ルレーブの装甲を貫き、地面に落ちていた彼の刀。
先端に刺さる装甲が今の衝撃でひしゃげていた。更に玄秀はアイスフィールドを展開し、その攻撃を完全に無効化している。
「ポンコツ、本質的において『防御行動』ってのはこうやってやるものだろう? えぇ!?」
「シュウ…………」
 口を閉ざしていたティアンは、そこはじめて口を開いた。
「私…………やれるわ。私も、戦う…………大丈夫だから、大丈夫だから」
 アイスフィールドを展開している状態の彼の腕を半ば押し退ける形で、ティアンは前に出ながら刀に手をかける。
「大丈夫、やれる……………嘘じゃないよ、嘘じゃ…………ないわ。私がやらなければ…………………シュウも、そこにいる、機晶姫さんも、みんなみんな、辛い目に――あっちゃう、から」
 亡霊のような足取りで、一歩、また一歩とルレーブとの距離を詰める彼女の瞳に、光はない。
「攻撃対象ノ接近ヲ確認――攻撃続行」
 何とも無慈悲な電子音声が響く。
「広目天王!!!」
「御意」
 ルレーブのミサイルが射出されたタイミングで、広目天王は爆発的な加速を見せてティアンへと駆け寄り、彼女を玄秀の元へと放り投げた。
「…………うぐっ……………」
「無理をするなら前に出るな。足手まといになりたくないなら下がってみれいればいい(クソっ…………今のは危なかった)」
「シュウ……………」
「…………………………………」
 ティアンを庇う形でルレーブの攻撃に巻き込まれた広目天王は、そのままミサイルを迎撃することが出来ずに着弾した。
「目標ノ沈黙ヲ確認…………残リノ敵ヲ殲滅シマス」
「待たれよ――」
 聞こえない筈の――声がした。
「貴公自慢の『蜥蜴戦法』は無理であろう。観念するがいい」
「……………………………」
 背後を取られたルレーブはしかし観念するどころか彼へと向き直り、用意していた次弾を、零距離でもって射出した。拳についた装甲を片方犠牲にし、完全に彼を掴んだままに撃ち抜いた。
「………やはり貴様はその戦い方か。心底気分が悪い、もう知るか――」
 覇気のなくなった、虚ろな言葉。
「申し訳ありません、玄秀様」
「謝るな、貴様に非はない。大義だったよ。下がっていい」
「しかし――」
「下がれ。同じ舞台に立ってやる。たった上で、潰してやるのさ」
「シュウ…………」
「玄秀様………」
 一歩、また一歩と、彼はルレーブへと歩み寄る。ゆっくりと、着実に、その距離を縮める。
「なぁ、ポンコツ」
「目標、ロックオン」
「今度は気分が良いときに会いたいもんだな」
「攻撃ヲ開始」
「そう、思うだろう? そうだよな」
 後ろから見るティアンと広目天王からすれば、どれ程長い時間に思えただろうか。
彼は歩きながら、飛んでくるミサイルをアイスフィールドで受け止める。ボロボロと崩れ落ちるそれを腕から剥ぎ取り、なおも足を止めることはない。
「次弾発射――」
「何せ、気分が悪い」
 迫られるルレーブからすれば、どれだ短い時間に感じることか。
彼の一歩があまりにも早く感じただろう。だから撃った。残弾を気にすることなく、射出口が許容以上の温度になっていたとしても、ありったけのミサイルを撃ち込むのだ。そしてそれ、目の前で悉く無力化されていた。アイスフィールドを展開するよりも、ルレーブの射出感覚の方が僅かに早い。にも関わらず、玄秀に一切当たらないのは、彼の周りを飛び交う刀が、弾頭を切り落としているからである。
「こんな戦いは不愉快極まりない。だからな」
「次弾――」
 迫る玄秀にすれば――この数歩間はどう感じただろうか。
彼の周囲に漂っていた刀と、そして彼の手が、ミサイルの射出口へと吸い込まれた。勢いよくルレーブの頭部装甲に額を叩き付けた彼は、心の奥底から詰まらなそうな顔をして、呟く。気だるそうに。虚ろなそれで。

「撃てるものなら撃ってみろ。機械なら、わかるんだろう? 射出口何かが詰まったままで無理に撃つとどうなるのか。だったら教えてくれよ。そうだな、授業料は、僕も両手と、僕の愛刀。それから貴様の命なんかでどうだ?

 ルレーブは沈黙する。

「なんだ、教えてはくれないか。ならいいさ、僕が教えてやろうか」
 頭を離し、刀と両手とを射出口から引き抜いた彼は、変わらない口調のままに背を向けて言う。
「僕の邪魔をしたらどうなるか――」
 見向きもしない。ただただ今、ゆっくりと歩いてきた道を帰っていく彼を見るルレーブの両足に、何とも嫌な感覚が伝わった。気付いたときにはもう遅く、体が膝から崩れ落ちた。背に向けるルレーブ両足、関節の番井の部分に、器用に二本、悪魔狩りの刀と三尖両刃刀が刺さっているのだ。と、此処まででルレーブの世界一度、暗転する。眩い光がその両膝にある刀に直撃し、ルレーブは以降沈黙した。
「こう、なるんですよ」

 初めて振り返った玄秀の顔は、いつしか朗らかな笑顔に彩られている。