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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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     ◆

 ウォウルの病室があるのは二階であり、昴、天地、明子たちがいる場所も二階。場面はそこから一つ上の階へと移る。
「ねぇねぇチュイン? ところで自分、ちょっと質問なんスけど、これって何の仕事なんスか?」
 春華はハツネの後を歩きながら、そんな事を聞いていた。
「ねぇ、春華。それもう四回目なの。ハツネ、いい加減説明するの面倒なの」
「うぇ、そんな意地悪言うのは寂しいッスよぉ! だってだって、兄貴に聞いたら殴られそうなんスもん………「さっき説明してやったろうがぁ」ゴチンっ! みたいなぁ!? だからぁ、自分はチュインに聞くしかないんスよぉ!」
「…………出来ることなら、ハツネも春華をゴチン! したいの。はぁ…………」
 大きくため息つきながら、しかしハツネは廊下を見渡す。手には何やら、黒い塊を握りしめて。
「さ、此処を曲がったら最後の設置場所なの。そしたらハツネたちはそのまま二階に向かうの。前に仕留め損ねたお人形さんがいるらしいから、ハツネと春華はお人形さんで遊べばいいの」
「成る程っ! って事は、此処の人間を八つ裂きのバランバランにしてやればい――ぶっ」
 満面の笑みで、屈託のない笑顔で、何とも物騒な事を言いかけた春華の顔面に、そこで腰に下げているポシェットを叩き込んだハツネ。
「確かにハツネもそうしたいのはやまやまなの。でも、そんな事したら鍬次郎に怒られるの。誉めてくれないの」
「チュ、チュイン………今日のツッコミは激しいッスよ………イッタタ、鼻取れちゃうかと思ったッス………ん?」
 鼻を撫でながら、ハツネの後に続こうと歩く春華はそこで、何やら発見し、ハツネの肩を叩く。
「チュイン、チュイン! あれ、何か人が歩いてないッスか?」
 指された方へと目を向けたハツネは、至極詰まらなそうな表情のままに「あ、本当なの」と呟いた。
「誰だか分からないけど、見られたら厄介なの。早い内に眠らせておくの。春華――」
「アイサー合点っ!」
 流れる手つきでダガーを取り出すハツネは、グリップと腹を両手で押さえ、事もあろうに春華へと向き直る。『ウォーミングアップ』とばかりに数回その場で跳躍した春華は、まるで踊っているかのようなステップを踏みながら数度回転し、ハツネに向けて蹴りを放った。彼女の蹴りは、ダガーの腹を弾くと涼やかな音と共にハツネを弾き飛ばす。そしてハツネは――

 春華が見付けた人影めがけ、一直線に飛んでいく。

「ばぁ! お兄さん、こんなところにては物騒なの。暫く眠っておいて貰いたいの」
 『お兄さん』。そう呼ばれた人影は、屋上の異常を調べようとしていた武尊、その人。彼の肩に手をかけたハツネは、武尊の瞳を見ている。
「なっ!? お主は一体……………!?」
 驚き、身構える彼の言葉はしかし、語尾へと向かうにつれ辿々しいものへとなり、次第に消えていった。勢いを殺すことなく、ふわりと床に着地したハツネは、ダガーをしまうと一度武尊のもとへと歩み寄り、屈んで彼の顔を覗き込み、しっかりと眠っている事を確認した。
「『おやすみなさい』なの。『ヒプノシス』だから、二時間もあれば起きれるの。バイバイ」
 ヒラヒラと手を宙に泳がせ、ハツネは定まりのない笑顔を浮かべて春華の元へと戻っていく。
「鮮やかっ! お見事っ! さすがチュインッスねぇ!」
「どうでもいいから早く最後の爆弾仕掛けるの」
 止まることなく春華の横を通りすぎるハツネは、その足で自分たちが今いる三階の電源制御室へと向かった。扉の前に到着し、春華が『ピッキング』で目的の部屋の扉を開けて二人が中に入る。
「此処に爆弾を設置して、っと。うん、これで準備は万端なの。あとはお人形遊びの続きをするの」
「自分も楽しむッスよぉ! チュイン、何人殺れるか勝――ぶっ! ま、また鼻がぁぁ!」
「今度同じこと言ったら、今度はギルティ出すの」
「……………………」
 「冗談通じないなぁ」等と呟きながら、ハツネの後を追って春華も電源制御室を後にした。



     ◆

 武尊を見送った来栖は、ただただ目前で妖しげな光を放っている陣を見ながらに考えていた。
一体何かもわからない。誰がどういう意図で残していったのかも不明なまま。が、彼女にはただ一つ、確信できる事があった。

 なによりこれは、良くないものだ。

ただのそれだけであり、しかして最も重要なことに気付いている来栖は、一度大きくため息を着くと、陣の近くに腰を下ろした。
「危なければ、誰もが近くに来なきゃあいい。ただそれだけなんでしょうね。結局のところは」
 それが、手がかりが極めて少ない今の状況かで考えられる最善の選択肢だ。と、自身で結論付けて来栖が腰を下ろしたときだった。夜中、時刻は午前零時十五分を廻った頃、本来誰も来るはずのない屋上の出るための扉が開いた。座ったままの来栖は直ぐ様『偽陰剣・李鶯』と『偽陽剣・曾燕』を左右の手に握り投擲する。目標はドアの手前、丁度扉を開けた人間の足元を目掛けて投げつけ、それは確りと二本ともが地面を穿った。
「すみませんが此処は立ち入り禁止ですよー」
 棒読みのままに言って、来栖は懐から再び煙草を取り出すと咥えて火をつけた。が、彼の咥えた煙草は不思議と、先端に灯る火種を失う。既に無くなった火種の代わりに、彼女の視界には銀色のそれが禍々しい殺意の光を放っていた。
「そいつぁこっちの台詞だよ。なんだか知らねぇが嬢ちゃん、あんた、あれにゃあ手ぇ出してねぇだろうな」
「……………」
 視線を銀色に沿わせて上げていくと、一人の男と目があった来栖。
「何か言えよ。こっちに投げたもん考えりゃ、こう言ったもんで泣くようなタマじゃあねぇだろよ」
「さぁ? 怖くて怖くて泣いちゃいそうですよ」
「言ってろよ」
「鍬次郎さん、特に変わったところはないみたいですよ」
「おう、ご苦労だな、葛葉。さぁて……それで? どうするよ、嬢ちゃん」
 決して来栖から目を逸らすことなく返事を返した鍬次郎は、にんまりと笑みを浮かべて彼女へと尋ねる。来栖は、と言えば別段表情を変えるでもなく、ただただ値踏みするかの様な瞳を鍬次郎へと向けていた。
「そうですね、どうしたもんでしょうかね。うん、困っちゃいますよね」
「大人しく観念して、何企んでたか言えば、特に何にもしやしねぇ」
「どうですかね。何にせよ、そこは退いて貰いたいんですけど」
 言い終わるや、彼女は再びその手に『偽陰剣・李鶯』と『偽陽剣・曾燕』を握る。投擲した筈の二振りを握り、両手を広げて来栖が動きを止めた。
「ん………? 何の真似だ、お嬢ちゃん」
「なぁに、ただのお祈りですよ。ただの神頼みだ。気にしないでください」
 と、にっこり笑った来栖を見下ろしていた鍬次郎に、不意に葛葉の声が聞こえる。
「鍬次郎さん、後ろ――!」
「――っ!?」
 後ろへと振り返るのが遅かったのか、半身の状態の彼の横を、何かが恐ろしい速度でもって通過し、手にする刀の切っ先を向けている方向へと飛んでいったのだ。慌てて来栖へと向き直るが、彼女の体勢は変わらないままであり、祈りと称していた状態のままだ。手にはしっかり二刀の剣が握られている。
「んだよ、見間違いか…………? でも確かに何かが」
「何かお探しですか?」
「何でもねぇよ、それよりだな――」
「探し物は、これですよね」
 来栖は鍬次郎の言葉を遮り、そう言って手にする二刀を投擲した。鍬次郎本人としては、この時点の動きを折り込み済みである。何せ自分たちが屋上に上ってきたとき、彼女は同じ方法で警告してきたのだから。既に攻撃の選択肢としては考慮していた。が――
「あぁ? なんだよ、何でお嬢ちゃんの得物四つになってやがる………? ちっ!」
 来栖の手に握られていたのは確かに二振りの剣。しかし今、自分に向かって飛んでくるそれの数は四つ。刀を突きつけたままだった彼は、やむ無く後ろへと飛び退き、先に来栖が投げた二刀を払い落としてから広報から続く残りの二刀を切り払う。
「おい葛葉、何だってアイツの武器が増えたんだ………?」
「原理は知りませんけど、さっき僕たちに投げ付けてきた剣が急にあの人の元へと飛んでいったんです。そしたらあの人、今まで持っていた剣を二本とも後ろに投げて――」
 数歩下がって葛葉の隣に並んでいた鍬次郎は、静かに葛葉が見た事に耳を傾ける。
「そうですよ。まぁ種明かしをしちゃうと、ですね。その剣は呪われているんです。互いが互いを想い、互いを求め、惹かれ合う。今、貴方の足元にある一対の剣。それはそう言う類のもので――ならばそれがもし、二対あったどうします? そしてそれがもし、地面に刺さっているそれに、貴方たちの上にある一対が呼び寄せられるとするなら――」
「葛葉、ちゃんと受け身を取れよ」
「えっ――!?」
 来栖が言い終わる前、鍬次郎はそう声を荒げると、隣にたっていた葛葉を思いきりと突き飛ばした。今まで二人が立っていた場所に、更に一対の『偽陰剣・李鶯』と『偽陽剣・曾燕』。
「二本持ってたって事か。なんだよメンドクセーなぁ…………」
「ちょ、ちょっと鍬次郎さん!? 随分な扱いじゃないんですかねぇ」
「いちいち叫ぶなっつーんだよ。ったく」
「あぁ、因みに」
 ゆっくりと二人に近付きながら、来栖が両掌を二人に突きだし、翳しながらに言う。
「二対、と決まったわけではありませんので悪しからず」
 何処からともなく、更にもう一対の『偽陰剣・李鶯』と『偽陽剣・曾燕』が、彼女の手に握られる。
「……………………鍬次郎さん!?」
「………心配すんな。こっちは殺し合いに来てる訳じゃあねぇ。誰がまともにやり合うか、時間の無駄だ」
 小さく、葛葉にしか聞こえないような声で呟いた鍬次郎は、手にする刀を鞘に収め、屈めていた腰を立てて近付いてくる来栖へと足を進めた。
「わーったよ。降参降参。つえーのはよーくわかったから、とっととそれをしまってくれや。こっちはお前さんに話がある」
「……………話、ですか?」
 思わず首を傾げ、彼女はその場で立ち止まり武器をしまう。
「そうともさ、話だ。俺達、どうやら話が食い違ってたみたいなんだよ」
「………急ですね」
「今気づいた。だってそうだろ? あれを壊すのが目的なら、とっくに壊しててもおかしかねぇ。それをやらねぇって事は、もっと別の目的があんだろ?」
「まぁ……そうですけど」
「俺達ぁよ、あれを守りに来たんだよ。そんだけさ。お前はさっき『あれに近寄んな』みたいなことを言ってたよな? だったらよ、あれに近付かれたくないのは俺等と一緒ってこった。此処まではいいか?」
「えぇ、まぁ…………」
「だったらよ、いっそ俺達手ぇ組まねぇか? どうだ?」
 暫くの沈黙が続く。が、それもわずかに数十秒程度の話だった。来栖は首を縦に振り、鍬次郎の申し出に了承する。
「仕事の為。ですか……………大人って怖いなぁ……………」
 その様子を後ろで見詰めていた葛葉は、肩を竦めてそう呟いた。