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アイドル×ゼロサム

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《1・はじまる。そして、》

 12月の肌寒い空気の空京、青井アスレチック場の平原地帯では。
 もうしわけ程度に生える草がひやりとした風に寒そうにゆれるなか、そんな空気をものともしない生徒達の熱気が満ちていた。
 普段ここは芸能事務所・A01(あおい)プロの青井社長が、冒険や修行のために生徒たちへ開放している場なのだが。今だけは、オーディションの戦いの場と化している。
 集まったのは参加者の証であるエントリープレートを胸元につけた、生徒達。
 煌びやかな衣装をまとった生徒、のどの調子を何度も確認している生徒、ステップの確認に余念がない生徒など……夢にかける情熱を抱いた者たちでいっぱいだった。
 そして中には、参加者を応援する者の姿もまたある。御神楽 陽太(みかぐら・ようた)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)もその部類に含まれていた。
「マピカちゃんを応援するよ! いっしょに頑張ろう!」
「ありがとうっ! あたし、絶対アイドルになるよ!」
「「イエーイッ!」」
 蒼空学園の制服と、ボーイッシュなショートカットの赤色髪が印象的な、表情から元気さがでている少女マピカ。
 ノーンはオーディションの広告を見て、興味を持ち会場に遊びにやって足を運び。同じ学校のよしみでマピカと話をするうち、わずか十数分たらずでもうわきあいあいとハイタッチする仲になっていた。
「やれやれ。開始前からあんなにはしゃいでいて大丈夫でしょうか」
 呆れるのをとおりこして感心しながら肩をすくめる陽太。彼個人としては、このあと愛しい妻と共に、取引先との会合に行く予定があるので悠長にしていられないが。
 同時に、パートナーの笑顔を見るのも悪くないとは思っていた。
「あ、そうだ。これ『外郎売の教本』だよ。いまからすこしでも演技力をあげていこう!」
「おっけーっ! ついでにテンションもアゲアゲでいこうっ!」
「「ヤーッ!」」
「ふたりとも、人生楽しそうですね」
 そんな喧騒からすこし離れたベンチで佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)仁科 響(にしな・ひびき)は用意してきたカモミールティとクラブハウスサンドを堪能していた。
 実際審査を受けるのは響のみで、弥十郎はなぜ響がオーディションを受けることにしたのか最後まで聞かされぬままここまで同行することになったのだが。
 気になる気持ちはいまは置いて、家族として、初めてのパートナーとして。やるからには全力で応援をして行こうと決めていた。だからこそいまもこうして、緊張を和らげるべくお茶を堪能している。
「今日は一発勝負だけど、君ならできるとおもうなぁ。ほら、どんな時も君に傍らには本があるよぉ」
「本? どういうこと? 今ここには持ってきてないけど」
「ない? いやいや、そこじゃないよ。心の中にね。それは、『仁科響』という本だよ。パニクったら思い出してね」
 もちろんそれだけでなく。スキル、コールドリーディングでの激励をする弥十郎だった。
 それぞれが、各々の方法で高ぶる気持ちをおさえ、またはより強く抱いて。
 ようやく時刻は13時を回り、オーディションの開催が宣言される。

「第1回、アイドル×ゼロサム・オーディション! いよいよ開催致します!」

 マイクを使っていないのに、とんでもなくうるさい声に全員が思わず耳を押さえる。
「ちなみに司会進行はワタシ、A01プロ・広報部の多々田太々郎がお送りします! ついでに言うと本名ではないですよー」
 そのあとも長々と前置きを続ける進行役の男に「はやくはじめろー」という野次が飛びはじめ、太々郎はコホンと咳払いののち、
「ハイハイわかりました。ではルール説明などは、皆様もうすでにご存知かと思いますので割愛しまして。早々にスタートするとしましょうか」
 ピストルを上に向けて構える太々郎。
 たいていこういう場合、音と煙が出るスターターピストルを構えるものだが、明らかに本物の拳銃のように見えるが。そんなことに気を払う参加者は、ひとりとしていなかった。
 オーディション参加者は誰も彼も、これから待つ戦いに意識が向いているのだから。
 そして、
「よーい……」ドォン!
 という、やはり本物の銃だったらしい発砲音と共に、生徒達はわっと走りはじめました。
 スタート地点であるこの平原は、アスレチック場の一番南側に位置する区画。
 なので当然皆は北方向へと進路をとって走りはじめているのですが、
「あら? みなさんどうしてそちらにばかり行くのでしょう?」
 参加者のひとり、姫乃だけはいきなり方向を間違えて逆方向に向かっていました……。

◇◇◇

 その数分前。平原地帯から何キロか離れた中央ステージ。
 特設審査場として設けられたそこは、大きさこそデパート屋上の一角にあるような舞台ではあったけれど、即興で作ったとは思えないほどしっかりとした骨組みで、音響機器も最新のものが取り揃えられ、赤や青の無数のライトで彩られている。
「参加者のみんなはここでアピールするんだね。ちょっと豪華で気後れしそうだね」
「多少プレッシャーを与えてるんだろう。アイドルになったら今後、これ以上の舞台に立つ機会もあるからな」
 そんなステージと、忙しそうに動き回るA01プロのスタッフを見つめているのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)
 ふたりは今回、大会側に頼んで審査員として参加したのだった。
「あ、あそこにいるのCY@Nじゃない?」
「ん。ああ、本当だな」
 やがてステージへとゲスト審査員のCY@Nこと早水紫杏が姿を現していた。ルカルカが歩み寄ると、彼女のほうも気がついたようで軽く手をあげて。
「水泳大会以来ね、元気してた?」
「うん。あのときはいろいろ大変だったけど、アイドルに苦労はつきものだし。疲れてなんかいられないよ♪」
「ルカも審査員なの、あとでデュエットしてもいいよね」
「もちろん! ちょうどオーディション後にライブする予定だから、そのときにね」
 そこへ、遠くから喧騒がわずかに耳に届き、オーディションがはじまったのを察したルカルカ。
「あ……っと時間だ、ルカ達はフィールドに散るから、じゃまた後でっ」
「うんっ、またあとでねー」

 こうしてオーディションははじまった。
 ただひとりの、アイドルを決めるために。