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リアクション
希望の産声
二十二時。空京、街外れの廃墟の周辺。
真の連絡を受けて壮太の死を知った東條 カガチ(とうじょう・かがち)は携帯の通話を切り、寂しそうな表情で呟いた。
「そっかあ、瀬島は死んだかぁ。……まあ、しゃあねえよな
あいつはあいつの信念の元に疾って斃れたんだ。俺は俺の出来る事をしよう」
カガチの心は友人が死んだのに、悲しくも悔しくも無いし、憎しみも怒りも無い。もちろん、絶望なんかしていなかった。
言い表すことが難しい心境だが、それを言葉で表現すると言うなら、多分一番近い表現は寂しいだろう。
彼は顔だけで振り返り、ナタリーの介抱をしている東條 厳竜斎(とうじょう・げんりゅうさい)やその周りを見ながら、静かに口にした。
「この未来はこうなっちまったけど。この行動が、より良い別の未来に繋がる事を期待して。
……それで出来れば、明日も瀬島と真とバカできますように」
いつもと変わらない日常をまた過ごせるように、何気ない明日を迎えることを願って。
カガチは手を合わせ、久しぶりに神様に祈った。
――――――――――
カガチに渡されたスプリブルーネの水を口にして、休憩したナタリーは少しばかり元気を取り戻した。
そんな様子の幼い少女を見た厳竜斎は安堵の息を洩らし、傍にいた神凪 深月(かんなぎ・みづき)は腰を落とし確認のため声をかける。
「もう大丈夫かの? ナタリー」
「……はい。心配をおかけして、申し訳ありません」
その言葉はどこか弱々しかったが、安心した深月はナタリーに微笑みかける。
しかし、幼い彼女の表情は相変わらず憂いだものだった。
そんな様子を見かねた一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)が静かな声で、声をかける。
「……今の貴方は故郷に居たままの私です。他人に使われ傷つけられて……。
でも……でも……それだけじゃないはずです。私がパラミタに来て知った事を……貴方にも……知って貰いたい」
「……知ったこと……?」
「はい。それに……私は生きたいと思うんです。大好きな……方々と一緒にこれからも……だから」
悲哀は優しく微笑みながらそう呟くと、暴れまわる暴君に視線を移して呟いた。
「私は、彼女を止めてきます」
「ま、待って――!」
ナタリーの静止もきかず、悲哀は戦場に向けて駆け出す。
「……そろそろ、わらわもシスターを止めに行ってくるのじゃ」
悲哀の姿を見ていた深月は、そう呟くとゆっくり立ち上がる。
が、ナタリーによって服の裾をつかまれ、その行動を一旦中止した。
「どうしたのじゃ?」
「……あなたは、あなた達は、どうしてこんな状況で笑っていられるんですか?」
ナタリーの問いかけに、深月は笑顔を作り答える。
「差し伸べられた手の暖かさを知っているからじゃよ。……だから挫けぬし、前に進めるのじゃ」
深月の答えを聞いて、ナタリーははっとした表情を浮かべた。
彼女は優しく小さな手を掴むと、それを軽く握ってから、踵を返して暴君の下へと急ぐ。
「深夜。そろそろ出番じゃぞ」
「はいはーい。呼ばれて飛び出たー」
軽い返事と共に、廃墟の影から深夜・イロウメンド(みや・いろうめんど)が現れた。
深夜は手に持った封印の剣を深月に手渡すと、一緒に暴君との戦場まで駆けて行く。
その後ろ姿を見送ると、ナタリーは深月に触れたことで体温の残る手の平に目を落とした。
(差し伸べられた……手の暖かさ……)
「なあ、お嬢ちゃん」
そんな様子のナタリーを見て、厳竜斎が優しく諭す様に声をかけた。
「その二つの眼でちゃあんと見たな?何が起きたか。何をしてしまったか」
「……はい」
「じゃあ、それを忘れるなよ。
十年後の今日。真に絶つべき絶望を。実に繋ぐべき希望を。決して間違えるな」
「…………」
「ナタリー。お前は何も悪かぁねぇ。お前はただ無知であっただけさな。
だから決して消えようとするな。決して己を殺そうとするなよ」
ナタリーは厳竜斎の話しを真剣な表情で聞いていた。
としおえた彼は続けるために、言葉を紡いでいく。
「いいかお嬢ちゃん。もし忘れちまってもいい。人間辛いことは忘れなきゃよう生きていかれん。
だけどな。あの忍者野郎や。お前を護ろうと奔走し死んでいった奴らの顔を見たらきっちり思い出せよ。その気持ちを裏切るような真似すんじゃねえぞ」
ナタリーはしっかりと頷く。
それを見た厳竜斎はよし、と呟くと柔和な笑みを浮かべた。
「さて、疲れたじゃろ。よく分かったら眠れ」
「――ッ。嫌、です」
その言葉を聞いた厳竜斎は、驚いて目を見開ける。
「私は……きっと、まだ」
ナタリーは頬に手をやる。そこにはまだ、暴君に成り果てる前のシスターの体温が残っている気がした。
「やるべきことが、あるはずですから」
「やるべきこと?」
厳竜斎の質問に、ナタリーは困ったような表情を浮かべた。
「……それは、なにか、まだ分かりませんが」
「分からないって、お嬢ちゃん……」
厳竜斎は呆れたように顔をしかめる。
と、彼と同じくナタリーの介抱をしていた桐生 円(きりゅう・まどか)が少しばかり嬉しそうな表情のまま声をかけた。
「ナタリー、ヒントをあげるよ。本当にシスターは一人だったのかな?」
「……え?」
「ナタリーに自分の目的と理由を伝えたのは、きっと特別だから。
自分と似たような境遇で、唯一気を許した子に覚えていてほしかったんだとボクは思うんだ。キミは一番危険な場所に居ても、死ななかったから」
円の言葉を聞いて、ナタリーの心の中に生まれた不鮮明だったものが、だんだんとはっきりしていく。
「ナタリーは、シスターが一人だった思う? 姉妹か、家族だと思えなかったな?」
そこまで聞くと、ナタリーははっとした表情を浮かべ、円にお礼を言った。
「はい。ありがとうございます。おかげで、気がつきました。私がやるべきこと、それは――」
ナタリーは暴れる暴君に目をやり、強い意志がこもった声で口にした。
「私の大好きなお姉ちゃんに、一人じゃなかったっていうのを伝えることです」
「……うん。じゃあさ。一緒に、シスターにそれを伝えに行こうか」
円は腰をかがめ、微笑みながらナタリーに手を差し伸べる。
「きっと、シスターを本当の意味で救えるのはナタリーだけだからね」
ナタリーは答える代わりに差し伸べられた手を掴み、しっかりと握った。
それは今まで気づかなかったけれど、びっくりするぐらい暖かいものだった。
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