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All I Need Is Kill 【Last】

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All I Need Is Kill 【Last】

リアクション

 盲目白痴の暴君の脇から、リタリエイター・アルヴァス(りたりえいたー・あるばす)と合流した深月はダークブレードドラゴンに乗っていた。
 前方に立ち塞がる触手はドラゴンの闇のブレスで焼き払い、焼却してから心臓にむかって飛行する。

「……神凪深月……背後から触手が……迫って……ます」
「そうか。分かったのじゃ」

 魔鎧となって装着されたリタリエイターにそう言われると、深月は背後を見ずに封印の剣を薙いだ。
 横に裂かれた触手が血を吹き出し、彼女の顔を濡らす。
 深月はそれを腕で拭い、前方で暴れまわる暴君を見て、哀れむように呟いた。

「お主のその気持ちを……恨みも妬みも苦しみも……全部お主が幸せになる為に使ってよかったのじゃ。
 なのにお主は、自分も巻き込んで不幸にする事に気持ちを使ってしもうた……お主は阿呆じゃ……」

 深月は憂いの色を帯びた双眸で、暴君を見つめる。
 そんな彼女の視界の端に一艇の小型飛空艇ヴォルケーノが映った。窓越しに操縦を行う円とナタリーの横顔がちらりと見える。

「お主には……思ってくれる者が傍にいたというのに……」

 深月はそれを見て、もう遅いとは知りながらも、やり切れない気持ちでそう呟いた。

 ――――――――――

 二人が乗車するヴォルケーノの道を、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が触手をなぎ払い作っていく。

「……まぁ、孤独って嫌よね。ずっと一人で居ると、周りが輝いて見えて私だけが孤独とか感じちゃうのかしら?」

 オリヴィアはそう呟きながら、二丁の魔導銃に大魔弾『コキュートス』を装填する。
 ガコンと音を立て大魔弾のリロードが終わると、銃口の狙いを縦横無尽に動き回る触手達に定めた。

「そんなあなたに同情はする。だから、少し遅いけど、救いがあっても良いとは思うわ」

 オリヴィアは魔道銃の引き金を引く。
 銃口から飛び出した大魔弾は着弾すると、闇色の冷気を撒き散らし、多くの触手を凍らせた。

「あーそびーましょー。ミネルバちゃんあたーっく!」

 氷の粒が降りしきるその中を、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が突っ込み、凍結した触手に向けて<ライトブリンガー>で伸ばした刃を振るう。
 <ソードプレイ>の卓越した剣技であるその一閃は、凍らせた触手を全てぶった切る。断面からずれるように落ちた凍結した触手は、地面に落下し音をたてて砕け散る。
 そうして作られた活路を<行動予測>しながら全速で進む円は、暴君の心臓がうすっらと見えるほど接近するとヴォルケーノを停止させた。
 ヴォルケーノの窓からナタリーが顔を出し、暴君を見た。

「シス、ター……」

 ナタリーはその醜悪な姿を直視して、目を見開け本能的に恐怖する。
 だが、幼い彼女は精一杯の勇気を振り絞り、拳をつくって震える声で語りかけた。

「……こんな、こと。無駄かもしれない。あなたは私のことを、家族だなんて、思っていなかったのかもしれない。
 でも、これだけは、聞いてください。わたしは、神父は、他のみんなは、あなたのことを、家族だと思ってた。あなたは、一人なんかじゃ、なかった」

 しかし、もはやシスターではなく暴君と成り果てた化け物は、その声など気にする様子もなく暴れまわる。
 それを見たナタリーは唇を血が出るほど強く噛み締め、涙をぽつりぽつりと零しながら言葉を続けていく。

「覚えて、いますか? 私が教会に引き取られたとき、あなたが言ったことを。
 ……一番いけないことはお腹を空かせていることと、一人でいることだって。あなたは教えてくれました」

 ナタリーはそこまで言うと、暴君を見つめ、大声で言い放った。

「だから、もうこんなことはやめて――お姉ちゃん!」

 幼さゆえの、どこまでも純粋なその想いは。
 僅かだけれども、確実に、盲目白痴の暴君の動きを止めた。

「……gggggggggggggggggg!!」

 まるで戸惑うかのように動きを止めた暴君は、また咆哮をあげ破壊行動を開始する。
 動きが停止したのは一瞬の間。けれど、それは――悲哀にとっては十分すぎる時間だった。

「ナタリーさんは、精一杯の勇気を見せてくれたました……」

 悲哀の細い指から伸びる幾重の細く頑強な糸が、月明かりに乱反射しながら暴君の数多の触手に絡みつく。

「……仁科さんが居て、ナタリーさんが居て。そんな未来を壊そうと言うのでしたら――」

 悲哀は巧みに指を操作して、ナラカの蜘蛛糸を暴君に張り巡らせる。

「私は、全力で世界にあがないます!」

 動けば動くほど食い込むその糸は、暴君を捉え動きを鈍らせた。

 ――――――――――

 盲目白痴の暴君、後衛。
 未来の自分から送られてきた手紙を読み、この戦場にやって来た斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)はこの状況を見て呟いた。

「ぎりぎりまで悩んだせいで乗り遅れた、まったく自分が嫌になる」
「仕方無いわよ。あんな嘘くさいくせに信憑性のある手紙を見て、悩むなっていうほうがおかしいわ」

 隣に立つパートナーのネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)は辟易とした様子でそう言った。
 それも無理はない。送られてきた未来の手紙には邦彦にしか知らないはずの情報が書いてあり、信じるに足る要素が多々あったからだ。

「ほんっと、未来を知るってのはやりにくいわね。何もあんなところまで手紙に書く必要ないじゃない」

 ネルの不満も仕方ないことだろう。手紙の内容には、自分の死に様まで書かれていたのだから。
 邦彦は彼女の言葉を聞いて苦笑いを浮かべると、暴れまわる暴君を見据えて思った。

(あの手紙には逃げろと書いてあった。ご丁寧に、暴君と会った時に撤退に使えるだろう土産まで添えて。……だが、ここで退く訳にはいかんわな)

 未来の自分の無念、仕事人としてのプライド、年下の契約者たちが未来を知ってなお戦っている。
 そして何より、知ってしまった以上ここで退いてしまえば後悔が残る。

(……未来の私、俺はネルを失い後悔していた。だが逃げても俺は後悔するだろう。どちらにせよ後悔するなら、抗ってみるか)

 それだけ揃えば、邦彦にとっては戦うのに十二分に足る理由だ。

「事前情報や戦力から考えて未来と今の状況は違う。なら勝機は充分ある……今回は抜け駆けはなしで頼むぞ、ネル」

 邦彦は十年後の自分から送られてきた土産――粘着性の物質を詰めた特殊弾を手に取った。
 それは盲目白痴の為、閃光煙幕が通じないだろう暴君をひるませる、動きを封じる手段として未来の自分が長い年月をかけて調べ作成した弾丸だ。

「……判ったよ、邦彦。勝機があるなら抜け駆けする気はない、私も死にたくないしね」

 ネルはそう応えると、後衛の自分達にまで襲い掛かろうとしている触手を見て武器を構える。
 邦彦は自分の防御を彼女に任せて、グレネードランチャーに特殊弾を装填すると、狙いを暴君に合わせた。
 悲哀の糸によって動きが鈍く図体のでかい暴君は、彼にとって格好の的だ。

「十年分の思いの詰まった特注品だ。遠慮せず、受け取れ」

 邦彦が引き金を引くと同時に発射された弾丸は、暴君に着弾すると瞬時に固まって動きを封じた。

 ――――――――――

 粘着性の物質によって動きが固まった暴君に、後衛の者達が怒涛の反撃を食らわせた。

「あははははは! 盲目白痴の暴君……キミにとびっきりの不吉……届けにキタヨ?」

 深夜は笑い声をあげながら、絶えず赤々しい魔法陣を展開させる。
 魔力を受けて発動する<ファイアストーム>は、炎の嵐で数多の触手を焼き払う。
 それは前衛の前に立ち塞がるもの、後衛の自分達に襲いるもの、邪魔なものを全て焼却していった。
 しかし、取りこぼしはあるようで。
 焼かれて地面に落ちた触手の一本が、死角から勢い良く深夜に迫る。が。

「――死なせんよ。もう誰も」

 <オートガード>を発動した平 将門(たいらの・まさかど)が、その触手を忘却の槍で断ち切った。
 勢い良く宙を舞うその触手からは肉が焦げる異臭が発され、空中でぼろぼろと焼け爛れ、崩れ落ちる。
 その横で、同じく将門に守られながら触手を攻める柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は叫ぶ。

「死んじまったあいつに申し訳ないからな……絶対生き残ってやる。
 俺は巫女だ、生き残って皆を弔ってやる義務があるんだ……!」

 氷藍は暴君が放つ召喚者の魔法を水晶華で打ち返す。
 自らの魔法を喰らい触手は壊れ、暴君は悲痛の叫びを洩らした。

「gggggggg!!!」

 そんな様子の暴君を見ながら、氷藍は鬼払いの弓を引き絞り、叫んだ。

「ここまで来たんだ。あとちょっとなんだ!
 俺達に託していった奴らのためにも……全員、死ぬ気で生き延びろ!!」

 氷藍の放った矢は、触手を刺し貫き、前衛の道を切り開いた。

 ――――――――――

 心臓への道を後衛がどんどんと切り開き、前衛は進んでいく。
 その中一人、パートナーのハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)を、触手の届かないところで見守りながらソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)は思う。

(……まだ、安心しちゃだめだ。心臓を壊す、その時まで)

 ソランは自分の唇に触れ、戦闘開始直前にハイコドとしたキスを思い出す。
 それと共に、彼が言ったことも思い出した。

(……あんな博打同然の戦法なんて上手くいくかどうかも分からないのに。
 しかも、成功したとしても四方八方触手だらけ。止めは味方に任せて触手を攻めてればいいのに)

 自分はダメだと言ったのに。彼はいつもと同じ笑顔で、大丈夫だから、と言った。

「あぁ、もう。馬鹿コドったら!」

 ソランに出来ることはなにもない。しかし、なにかしていないと落ち着かない。
 だから彼女は藁に縋る思いで両手を握り合わせ、いるかどうかも分からない神様にお祈りをした。

(朝起きて、今日は暑いなぁとか、昨日のテレビはどうだったとか。くだらない話ばかりして、でもそれが楽しくて)

 視線の先でハイコドは進む。彼を襲う触手は、心臓に近づけば近づくほど多くなっていく。

(ねぇ、そうでしょ。ハイコド)

 ソランはぎゅっと目を瞑り、強くつよく願った。

(お願い、神様。ハイコドを生き残らせてください。当たり前に来る明日を、私達に迎えさせてください――)