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リアクション
死中求活
二十二時四十五分。盲目白痴の暴君、前衛。
隣に立つ者が死んでも、決して振り返ることなく、契約者達は走っていく。
そしてうっすらと暴君の肉体が見え始めた頃、契約者達を襲う触手の数は飛躍的に増え、さらなる猛攻が彼らを襲い始めた。
「ははっ、そうこなくちゃね……!」
ミルゼア・フィシス(みるぜあ・ふぃしす)は迫り来る触手を見て僅かに微笑むと、ディザスター・オリジンを<乱撃ソニックブレード>を乗せて思い切り振るう。
そして生まれたソニックブレードにより、細切れにされた触手の肉片と血が彼女に降り注ぐ。
「この程度じゃ……この黒無垢は染まらないわよ?」
ミルゼアはそう呟くと、肉片と血の雨の中を風よりも速く疾走する。
<百戦錬磨>の経験で触手の渦中を突き進み、<イナンナの加護>で危険を察知。
処理しきれない量の触手が迫ってきたときは急所のみを庇い、そのせいで傷だらけになった身体のいたるところから血が吹き出ていた。
それでも、彼女は微笑んでいた。それはまるで、戦いを司る女神のような凄惨な笑み。
「この大剣でその心臓、八つ裂きにしてあげるわ」
ミルゼアは上から襲ってきた触手を<ブレイドガード>で防御して、受け止めながらそう呟く。
そんな彼女の後方を、どこかいつもと調子の違うマリサは二丁のマシンピストルを手に駆けていた。
(私はただ、リュシルを取り戻すために……でも、)
マリサはそれだけのために未来からやって来た。そのためには、なんでもすると覚悟を決めていた。
が、戦いの前、暴君のあまりにも醜悪なその姿を目にして、一瞬だけ何とも言いようのない恐怖に捕らわれた。
それが、彼女の心にしこりとなって存在していた。
(ううん。今はそんなことを考えるな。あいつを、あいつさえ倒せれば――)
マリサはそう思い、首を左右に振って、考えを振り払う。
そして、彼女は顔をあげ暴君を見た。真横に裂かれたような口からは、嘲るような咆哮があげられている。
恐怖は振り払ったはずなのに、その鼓膜が破けんばかりの叫びを聞いて、無意識的に足がすくんでしまった。
「あっ」
マリサが気づいたときにはもう遅かった。
肉の塊のような触手は、自らを貫こうと、目と鼻の先まで近寄っていて。
衝撃が、彼女を襲った。
「……え?」
しかし、それは触手が自分を貫いた衝撃ではない。横から誰かに体当たりされた衝撃だった。
地面に尻餅をついたマリサが、衝撃の正体を確認するため見上げる。そこには相棒のレアが、迫っていた触手に身体の右半身を抉られていて。
「いやああああああああああああああ!!」
マリサは絶叫しながら、マシンピストルを発砲。
レアを刺し貫く触手を蜂の巣にして、前のめりに倒れる彼女に駆け寄り、慌てて支えた。
「レア、レア! どうして……ッ!?」
「どうしてって、決まってるで、しょう?
私は、あなたには、幸せになって、ほしいから、それ以上でも、それ以下でもないわ。私のことはいいから、私のことはもう、忘れて、」
レアはそこまで言うと、マリサの腕の中で事切れた。
触手はレアの血の匂いに惹かれて、二人を蹂躙しようと肉迫する。が。
「……たまるか……ッ」
マリサは俯いたまま近づいてきた触手を察知して、マシンピストルでそれを撃ち落した。
次々と排気孔から飛び出た空薬莢は、地面に落ちて清音を響かせる。それは死者を追悼する教会の鐘のような音色だった。
「もうこれ以上……奪われてたまるか──ッ!」
マリサは双眸から涙を流す。
自分の心の中でなにかが崩れ落ちる音がした。理性がプツリと切れる音がした。
傷口の血と混じり合い、血涙のようになった雫は、彼女の心境を表しているようだった。
彼女は素早く弾層を交換すると、<封印解凍>と<血と鉄>を発動し、一人触手の渦中へと突っ込んだ。
「待て! 無謀すぎる!」
桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は一人で突撃するマリサに気づき、大きな声で呼びかける。
しかし、届いているのかいないのか彼女は歩みを止めず、触手の渦中へと飛び込んだ。
「……おい、命掛けれる連中はついてきな。あいつに続いて、道を切り開くぜ」
エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)はそんなマリサを見て、近くの契約者達をちらりと横目で見てそう呟いた。
こくりと数人の契約者が頷くのを見ると、エヴァはアクセルギアで加速し、先頭を切って無理やり触手の渦中へと突撃する。
「うぉぉらぁぁぁ!!」
エヴァは最大火力の<パイロキネシス>を発動。辺り一面が炎に包まれ、多くの触手を焼き払う。
周りにいた契約者達も、各々の技を繰り出し、多くの触手を切り払っていく。
が、同時に処理し切れなかった触手が彼女の腹を、肩を、腕を、抉る。
「ッ! エヴァっち!!」
致命傷を負ったエヴァを見た煉は、足を止めて進行方向を暴君から彼女に変えようとし。
『立ち止まるな! ここで化け物を倒せば全部解決するんだ。あたし達の覚悟を無駄にするんじゃねぇ!』
直後、自分へと送られてきたエヴァの<テレパシー>を受けて、断腸の思いで踏みとどまった。
「くそっ、あいつらの覚悟を無駄には出来ない……!」
煉は歯を食いしばり、暴君の心臓へと突撃を開始する。
残った触手をヴァナルガンドで切り払い、<ゴッドスピード>で加速して切り開かれた道を駆け抜ける。
エヴァは大量出血により狭窄する視界で走る煉を見て、呟いた。
「それで、いいん、だよ。それで、こそ、煉だ」
エヴァは僅かに微笑むと、するりと足から力が抜けていき、その場に倒れる。
数秒後、彼女の身体を数多の触手が貫き、跡形も無く蹂躙した。
――――――――――
煉はただ走る。ヴァナルガンドとマーナガルムを狼形態に変形、立ち塞がる触手に体当たりさせて時間を稼ぐ。
そして動きの鈍った触手達にユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)が<氷術>で凍りつかせ、道を生み出した。
「相手が化け物でもこの魔法少女ぼーいずめいど☆ゆーりんが成敗しちゃうんだから!!」
ユーリはそう叫ぶと、続けて<アンボーン・テクニック>で凍りついた触手を破壊した。
そんな戦いの様子を見ながら、白鐘 伽耶(しらかね・かや)が震える身体に無理やり渇を入れて自分を奮い立たせた。
(怖い……あの化け物が怖いです……でも倒さなきゃ被害が増えてしまう! 僕だってやるんだ!!)
伽耶はそう決意をすると、二丁の銃で触手に向けて発砲。
吐き出された幾多もの銃弾は触手に穴を空けて、血を撒き散らせた。
しかし。
(!? ユーリさん!?)
魔法でいくら倒しても、銃でいくら撃ち抜こうとも、触手は無限に思えるほど湧いてくる。
そして、そのうちの一本が、伽耶より少し前方にいるユーリの死角から迫っていて。
(――!)
伽耶は二丁の銃を触手に向け、引き金を引く。しかし、不幸にも弾詰まりが起こった。
伽耶は使い物にならなくなった銃を捨て、作戦前にとある男性からもらった黒真珠を懐から取り出し、駆けた。
(ユーリさんにはトリアさんがいるから死なせちゃいけないんだ!!)
伽耶は思い切り触手へとその黒真珠を放り投げた。
黒真珠はとある男の魔力がこめられた特性の爆弾。それは触手に当たると同時に爆発し、肉を弾け飛ばした。
爆発に驚いたユーリは近くまで触手が迫ってきたことに気づき、それを助けてくれた伽耶にお礼を言おうとして――。
「か、伽耶……っ?」
伽耶の身体を、他の触手が刺し貫いていることを目撃した。
ユーリは魔法でその触手を吹き飛ばし、伽耶のもとへと駆ける。
「伽耶、伽耶! しっかりして!!」
ユーリが伽耶を抱き寄せたときには、もう虫の息となっていた。
伽耶は途切れ途切れの言葉で懸命に、言葉を紡いでいく。
「ユーリさん、僕とは、かけがえのない、友達です、よね?」
目に涙をたっぷりと溜めたユーリは、うん、と頷く。
それを見た伽耶は青ざめた顔でにこりと笑みを作ると、震える唇を動かし言葉を続ける。
「良かった。……ユーリさんと、過ごした、日々は、楽しかった、です。ありが、とう」
伽耶はそう口にすると、そこで目を瞑り冷たくなった。
ユーリはパートナーロストの影響で、身体に激痛が走り動きが止まる。そこに間髪入れず触手が迫ってくる。
「――なにを立ち止まっている」
が、その触手は黒真珠を作った男性による銃撃で、ユーリを貫くよりも前に撃ち落された。
「おまえは、友人が守ってくれた命を粗末にする気か?」
「……違、う」
「なら立ち上がれ。人の足というものは、そのためにあるのだから」
彼の言葉を聞いてユーリは歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がった。
その前には幾多もの触手が立ち塞がっていて、彼らの行く手を阻み、少しだけ離れている契約者の群れと分断していた。
それを見た彼は刃物がついた二丁拳銃を構え、ユーリに声をかける。
「俺なら死んでも、奴に傷跡を残すことは出来る。
これは俺にしか出来ない戦い方だ。だから、邪魔だ。おまえはあいつらに合流しろ」
「……いいの?」
「ああ。俺の戦いは特殊なんでな。さっさと行け」
「でも、」
「……何度も言わせるな。その命は、もうおまえだけのものではない。守ってくれたあいつのためにも、生き残ることを優先しろ」
「ッ。……ごめん」
ユーリはそう言うと、契約者達に向かって走り出した。
彼はそれを見送ると、地面に伏せる伽耶に視線を移して、申し訳なさそうに呟いた。
「悪いが、利用させてもらったぞ」
彼が謝るのは、シンクロサイトと呼ばれる彼の魔法の特殊さゆえだ。
その効果は自分と対象物、相手を完全同調するというもの。自分の腕が切り落とされれば相手の腕も、といった具合に。
しかし、これには条件があって、自分の魔力で対象が怪我する事が必要。けれど、それはさっきの伽耶による黒真珠の爆発で条件を満たした。
「さぁ、今からおまえの身体は俺と文字通り一心同体だ。道連れにしてやるよ」
彼は無表情でそう呟く。勿論、彼は自分が死ぬことで暴君の心臓が壊れるなどとは思ってはいない。
だって、あの化け物は人間ではないのだから。けれど、前衛が心臓までたどり着く間の時間稼ぎぐらいにはなるだろう。
そう思った彼の近くで、黒いコートを被った影のような男が小さく獣のような唸り声をあげた。
どうやら、自分の自殺行為につきあってくれるらしい。
「悪いな。最後の最後まで迷惑をかける」
影のような男は再び獣のように小さく唸ると、両手を地面につけ四足歩行となる。
そして両腕の獣のように変化させ、彼と共に触手の大群へと突っ込んだ。