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All I Need Is Kill 【Last】

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All I Need Is Kill 【Last】

リアクション

 粉骨砕身

 二十三時三十分。盲目白痴の暴君、前衛。
 契約者達は暴君の動きが緩慢になった隙に、肉眼ではっきりと心臓を捉えられる深部までたどり着いた。

「元々想念鋼糸は、こういうデカブツや一匹一匹潰してたら手間な、刀一本じゃ面倒な相手用に作ったからねぇ」

 八神 誠一(やがみ・せいいち)はそう呟き、想念鋼糸を伸ばし始めると、顔だけ振り返り背後にいる日比谷 皐月(ひびや・さつき)に声をかけた。

「さて、速く行ってあのデカブツに止めを刺してきてよ。もしも、日和ったりしたら張り倒すからねぇ。兄弟」

 しかし、そいつは正確に言えば前回までの皐月ではない。なぜなら、日比谷皐月は先ほどの戦いで死亡してしまったからだ。
 では、何故彼はここにいるのか。それは彼が再生したからだった。
 ルーシュチャ・イクエイション(るーしゅちゃ・いくえいしょん)の写本たる脳髄と。現存する翌桧 卯月(あすなろ・うづき)の肉体と。錬鉄されし魂の鋼鉄たる魔鎧。
 その三つが揃ったとき、日比谷皐月は不老不死など生温い、不朽不滅の幻想へと昇華したのだ。
 皐月はクラウチングスタートの構えを取り、氷蒼白蓮を前に構え、抱く気勢を炎のように燃やしながら口を開く。

「……ここで退くような人間が、一体何処に居るんだよ。ハッピーエンド、目指してみようじゃねーか。なぁ?」

 皐月は不敵な笑みを浮かべ、魔装と<神速>によって強化した脚力と独特の歩法で走り出す。
 誠一が触手に潰されないルートを読み、怪物の真上まで日比谷皐月が走りぬける事が出来るよう作りあげた鋼糸の上を、捨て身の全力疾走で駆けていった。

 ――――――――――

 誠一は想念鋼糸を限界まで伸ばしつつ、暴君の動きを見ながら巧みに操作し、網の完成を急ぐ。
 そんな彼を守るように前に立ち、迫り来る触手を<奈落の鉄鎖>で動きを鈍らせ、<朱の飛沫>で始末していたシャロン・クレイン(しゃろん・くれいん)は声を張り上げた。

「くそっ、もう大分追い込んだってのに。それでもまだ、こんだけ抵抗すんのかよ……!」

 シャロンは自分に襲い掛かろうとする複数本の纏まった触手を、両手に持つ二丁の銃を腕を交差しながら連射し、<クロスファイア>による十字砲火で焼き払う。
 そんな彼女の隣で同じく誠一の防御に回るオフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)は、触手に向けて<バニッシュ>を連発しながら呟いた。

「奴はあんな気持ち悪いなりでも異貌の神の一柱、その筆頭格。
 どれだけ追い込んでも、倒しきるまでは安心など出来なのだよ。そういうわけで、せ〜ちゃんには早くあの封なんたらを完成してほしいのだよ」
「全く、だ。まあ、こんだけでかくて触手も大量、ぶっ放しゃ必ずどっかにゃ当たると思えば気楽なもんだぜ……!!」

 二人はそう会話をしながら、触手を誠一まで届かせないよう必死に攻撃を続ける。
 その後方で、彼女達が取りこぼしたものを伊東 一刀斎(いとう・いっとうさい)が<ソニックブレード>で迎撃し、切り払っていた。
 一刀斎は後方の誠一を見てから、心臓に向かって想念鋼糸の上を走る皐月を見て、一人ごちた。

「あの小僧どもを助けてやるのも、こちらの役目と言うもんじゃろうて」
「そうだな。一刀斎の言うとおりだ。そのためにも――」

 一刀斎の隣に立つダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はそう呟くと、今だ勢いの衰えない暴君を見た。

「心臓を破壊しようとしている仲間達に、一切危害が加わらないようにしないとな」
「ごもっともじゃ。さて、もう一働きと行くかのう」
「ああ」

 ダリルは相槌を打つと、全体の動きを注意深く観察をして把握する。
 そして、銃と<真空波>の弾幕で適切な援護を行いながら、前を行く契約者の危険を少しでも減らす。
 その手を止めずに、ダリルは考えた。

(そして、事が終われば俺はこの戦いの全てを記録しよう。……歴史を守る意味でもな)

 隣に立っていた者が死に、大切なものを多くの人が失ったこの一日。
 悪夢のような今日を経験した一人として、この空京をめぐる戦いの記録者となることを、彼は人知れず決意した。

 ――――――――――

「たとえ俺の体が肉片になろうとも」

 幸村は轟咆器を抱えながら突き進み。<一刀両断>の研ぎ澄まれた一閃で、目前に立ち塞がる触手を切り払う。

「一矢であろうとも報いてやる……!」

 鈍く黒く光る刃は、振るう度に唸り声のような風切り音が巻き起こる。
 幸村は自身の身体に残った力をあますことなく使い、<クライ・ハヴォック>で叫びながら<アナイアレーション>を放った。

「これは先に逝った仲間達の分だッ!!」

 幸村の鬼気迫る斬撃の数々は、群がる数多の触手を切り裂き、心臓への道を切り開いた。

(……あれは、幸村くん? っていうことは、きっと氷藍ちゃんも。……懐かしい。なぜこんなところに……)

 昂翼のアネモイで飛行する女性は上空から、獅子奮迅の活躍をする幸村を見て思う。

(……今の私を見たら、あなた達はなんて言うのだろう。こんな、磨耗してボロボロになった私の姿を見て……)

 彼女は暴君に恋人を殺されて以来、ぼろぼろに酷使してきた自分の身体を見て、悲壮な表情を浮かべた。

(ううん。今はそんなことを考えている時じゃない。……目の前のアレに集中を――!)

 彼女は幸村から視線を外して、暴君の心臓に向けて飛翔した。
 暴君から発せられる召喚者の魔法を紙一重で回避して、心臓を内包する肉の壁まで接近。
 その時。

「……ッ!」

 彼女の右腕を千切れかけた触手がもぎ取った。腕の根元だった部分から勢い良く血が噴出して、彼女の身体を濡らす。
 それでも、まだ、彼女は止まらない。目の前でどくんどくんと脈動する肉の壁をキッと睨み、シャホル・セラフを取り出した。

(……必要なら、体の一部くらい食わせてやる)

 彼女は決死の思いで右腕を心臓に伸ばし、シャホル・セラフを肉の壁に押し当てた。

(痛みも悲しみも、もうどこかに置いていきました。今さら、この程度……ッ!)

 シャホル・セラフの銃身に刻まれた術式『厭わぬ者』が光り輝く。
 その式は魔力を増幅させ、彼女はあますことなく魔力を行使して、桁違いの威力を持った<ブリザード>を零距離で発動。

(奴を殺せれば、それで……!)

 凍てつく氷の嵐が圧縮された弾丸は、心臓を守る精神障壁に威力を削られる。
 が、彼女の想いが乗った氷の嵐はそれだけでは止まらず、心臓を守る肉の壁を凍らせた。

(……後は、お願い、します)

 魔法の余波を受けた彼女の半身と翼は凍りつき、狭窄する視界で他の契約者を捉えながら、地面へと急速転化。
 墜落していく彼女と入れ替わるように、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が内臓の表面のような暴君の肉体を駆け上っていく。

「これ以上はやらせない」

 唯斗は心臓に近づくことを阻止しようとする触手を<燕返し>で切り払い、<スウェー>を使い紙一重で避けながら最短距離で駆けて行く。

「この手が届く限り何度でも、何度だって――」

 ここまでやって来る間に傷ついた身体から血が吹き出す。
 それでも、唯斗は身体を駆け巡る激痛に耐えながら、動く足を止めることはない。

「アンタを止めてやる……!」

 唯斗は心臓の部分まで近づくと、暴君の肉体を強く蹴り、飛んだ。
 そして、凍りついた肉の壁に、羅刹刀を思い切り突き刺す。
 ピキピキと言う音と共にヒビが走り、肉の壁を構成していた肉片がこぼれ落ちる。
 が、暴君を殺しきることは出来なかった。

「gggggggggggggggg!!!!」

 暴君が痛みに咆哮をあげ、唯斗を再生した触手で絡みつかせ捕獲する。
 そして跡形も無く殺すため、彼の目の前に魔法陣を展開する。

「……知ってるか? 忍者は耐え忍ぶ事が求められるものだ。
 目的達成の為に、たとえ仲間が倒れようとも、あらゆる屈辱に塗れようとも、どんな危険に立たされようとも」

 絶体絶命のその状況で、唯斗はフッと小さく笑った。
 彼の目の前で魔法陣が強く光り輝く。今にも魔法が発動されようとした、その瞬間。

「どんなことをしてでも達成しなければならない。
 それは、たとえ、自分の身を囮にしてでもな。行け――ハイコド!」

 唯斗の上空から、<隠形の術>で隠れていたハイコドがフェンリルの背から飛び降りる。そして、落下しながら肉の壁に迫る。

(ここまで追い込んだんだ。もし、<完全回復>でもされれば論外。封じれば、倒すことも……!)

 ハイコドは肩に担ぐオブスタクル・ブレイカーのソード形態の刃に、<シーリングランス>を発動する。

(みんなのために。そして何より、ソランのために。僕は――!)

 それに気づいた暴君が魔法の発動を一時停止して、一本の触手で彼を迎撃する。が、彼は左腕の義手を盾にして、その攻撃を防御。
 粉々に砕け散った義手の破片が、月明かりを浴びてきらきらと輝いた。

「うぉぉおおおおおおおお!!」

 ハイコドは片腕一本でオブスタクル・ブレイカーを肉の壁向けて振るった。
 羅刹刀が生み出した亀裂に重力を乗せたその一撃が叩き込まれる。
 と、同時。肉の壁が音をたてて崩れ落ち、今まで内包されていた心臓が姿を現した。

「gggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggg!!!!」


 暴君が悲鳴をあげ、<完全回復>の魔法を発動しようとする。が、魔法陣は展開できない。
 ハイコドの<シーリングランス>によるスキル封じは、成功したようだ。
 激怒した暴君は目の前の唯斗とハイコドを飲み込もうと、鋭利な牙が並んだ大きな口を開けた。が。

「――言いだしっぺと待っている相手がいる人が、なに死にかけているのさ」

 彗星・輝の翼を羽ばたかせ、小型飛空艇の三倍のスピードで二人に近づいた永井 託(ながい・たく)は呆れたように呟いた。

「命を賭けるなんて、そんなくだらないことはもうおしまい。目的は達成出来たんだから」

 託は唯斗を捕獲する触手を切り裂き、地面に向けて落下している二人を素早く回収する。
 と、彼は二人を両脇に抱えながら、暴君の口が閉じる前にその場を離れ、触手の追撃を巧みに避けていく。

「ハッピーエンドというなら、生き残ってこそでしょ?」

 託の言葉に二人は反応しない。どうやら、力を使い果たして気絶しているようだった。
 彼はそれを見てやれやれといった表情をすると、暴君と戦うのを一旦止めて、二人を安全な場所まで避難させようと飛行する。

「正直に言って、僕の大切な人じゃないなら誰が死のうとかまうことはないけれど。
 ……遺される者の気持ちは良く知っているから。生き汚いと言われても、生きるべきだと思うよ」

 託は年不相応の悟ったような表情を浮かべると、横目で暴君を見ながら静かに呟く。
 それは二人に言っているのか、それとも嫉妬のあまりに化け物に成り果てたシスターに言っているのか。

「……生きていれば、きっといつかはいいことがあるだろうしね」