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All I Need Is Kill 【Last】

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All I Need Is Kill 【Last】

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 終わりと始まりの明日

 零時。空京、街外れ。
 盲目白痴の暴君の肉片と血に塗れた契約者達の、戦いが終わった。
 隣に立つ者が死に、多くの人が大切なものを失ってしまった、悪夢のような一日が終わりを告げたのだった。

「……これで良かったんだよ、ね」

 盲目白痴の暴君と戦っていた場所の中央に降り立ったルカルカは、今にも泣きそうな表情のまま耀助に笑いかける。
 彼はその悲壮な笑みを受けて、どう返せばいいか分からず戸惑っていた。

「……耀助」

 そんな様子の耀助を見かねて、ダリルが彼の肩にポンと手をかける。
 そして、彼にしか聞こえない声でそっと耳打ちをした。

「助かったよ、と笑ってやってくれ。それだけでルカは報われるのだから……」

 ダリルの言葉を受けた耀助は、歩を進めてルカルカにゆっくりと近づいていく。

(笑え。いつもみたいに、へらへらと。それで、目の前の女の子が報われるんだ)

 耀助はルカルカの傍まで近寄ると、彼女に笑いかけようと無理やり口角を上げて笑顔をつくる。
 恐怖や緊張、悲観や安堵など様々な感情が入り混じり、凍ったように動かない喉をどうにか震わせて、言葉を口にした。

「助かったよ。ありがとう」

 ――――――――――

 暴君の肉片や血で塗れた顔をあげ、ホープは夜空を見上げていた。
 その瞳はどこまでも空虚。それは彼女が復讐を果たし終え、胸に大きな穴が空いたように空っぽになっていたからだ。

「一杯失って、それでもまだ誰かを救えなくて。……また、生き延びちゃいました」

 ホープはただ夜空を見上げ、一人乾いた声色で呟く。
 その声は誰にも届かず、吹き抜ける風に流され、いつの間にか消えていった。

「助けようと、思ったのに。やっぱり、また失敗して。はは……私ってどこまでもドジだなぁ」

 ホープが自嘲気味の笑いを零し、手に持った拳銃に目を落とした。

(もう、生きてる意味なんてない。それなら、いっそのこと――)

 ホープが拳銃を持ち上げようと、力をこめたとき。
 同時に、彼女のポケットの携帯電話が僅かに震えた。

(誰、こんなときに……?)

 ホープは携帯を取り出し、パカッと開く。
 液晶に映っていたのは、一通のメール。届いていた時間は昨日の十六時三十分。どうやら戦いに夢中になっていて、気がつかなかったらしい。
 彼女は携帯を操作してそのメールを開く。

「え……?」

 ホープは送信者の名前を見て呆気にとられた。それは、目の前で死んだライガからのメールだった。
 死ぬ覚悟をしていたライガはホープ宛にメールを作っていて、自分の生命反応が消えた際、自動送信する仕組みにしていたのだ。
 彼女は慌てて、彼からのメールに目を通し始める。

『親愛なるホープ。君がこのメールを見ているという事は、恐らく、俺はもうこの世には居ないだろう。
 このメールを打っている今、俺は自分がどういう死に方をするのか想像が出来ていない。死ぬ覚悟をしていた、とそう言うと……君は怒るかな。
 ただ、これだけは言えるよ。俺は俺の信念を貫く。それは最後まで変わらないだろう』

 文面を読むたびに、ライガとの思い出が、ホープの脳裏に蘇る。

『俺は君に笑顔で居て欲しい。初めて会った時から、君の本当の笑顔を見た事がない。
 君は何時だって自分を責めているから……。俺にはそれが辛かった』

 糾弾される覚悟で初めて出会ったとき優しく声をかけてくれたのは、彼だった。
 惨劇の仇だというのに部隊のなかで一番気にかけてくれたのは、彼だった。
 過去に来る前に事あるごとに自分を励ましてくれたのも、彼だった。

『俺も家族を失った身だ。
 家族の無念を想う時、何かを恨まずにはいられない時はある。
 けれどな、ホープ。こう思うんだ。
 失ったものは取り戻せないが、これから掴める未来は手放すべきでない』

 いつの間にか、携帯を操作する手の上にぽとりぽとりと水滴がこぼれ落ちていた。
 ホープがそれが自分の涙だということに気がつくまで、そう時間はかからなかった。

『君に生きて欲しい。笑顔が見たい。
 ……本当は面と向かって伝えたかったけど。――俺は、君が好きだよ』

 ホープは息を飲む。それは不謹慎かも知れないけれど、ずっと彼から聞きたいと心のどこかで願っていた言葉。
 けれど、自分にはそれを望むことなど出来ないと思って、向き合うことから逃げていた感情。

『君の未来に幸せがあるよう祈ってる。
 どうか、ホープの進む未来に幸福がありますように』

 その言葉が、彼のメールの最後だった。
 ホープは今は亡きライガへと想いを馳せ、携帯を胸に抱き声をあげて泣いた。

「ありが、とう。ライガ。私、あなたのぶん、きっと――」

 ホープの心に、生きようという強い想いが小さく芽吹いた。

 ――――――――――

 暴君との戦場から少し離れた場所。

「きゃは。終わっちゃったねー」

 まとも喋れるぐらい回復したヴィータは戦場になった場所を見て、そう呟いた。
 彼女の身体は縄で拘束されていて、身動きのとれないようにされていた。それをしたのは恭也だ。

「……さて、じゃあ大方物事は終わったんだ。そろそろ俺の質問に答えてもらうぞ」
「はいはーい。負けちゃったもんは仕方無いしね。なんでも聞いていいわよ」
「おまえ、今の状況が分かってんのかよ。……まぁ、いいけどよ。聞きたいことは三つだ」

 恭也は辟易とした表情でそう呟くと、ヴィータに質問を投げかけた。

「まず一つ。おまえの存在についてだ」
「わたしのこと。いやーん、もしかしてわたしに興味でもあるの? なら、この縄を解いてくれたら好きになっちゃうかも」
「……話をはぐらかすな。そろそろいい加減にしねぇと殺すぞ。おまえ」
「おお、怖いこわい」

 おどけた様子でそう言うヴィータに、恭也はパルスアームを突きつけた。

「いいから余計なことは言わず、質問されたことだけ答えろ」
「きゃは。分かったわ。で、わたしの存在についてね。
 でもね、それ、話せば長くなるから。出来れば後がいいなー」

 ヴィータがそう言うと、恭也はしばし考えたあと、舌打ちをしてから言い放った。

「……チッ。話すのなら順序は構わねぇ。じゃあ、次だ。
 二つ目。この事件の首謀者であるシスター、彼女の村に言い伝えられてたって言う盲目白痴の化物。
 普通この手の言い伝えは当時の被害状況を伝えてるもんで、召喚方法までは伝えない筈だ。なのに何故おまえは召喚の詠唱を知っている?」
「おっ、いい目のつけどころね。
 そうそう、あなたの言うとおりシスター自身はあの化け物について、村を壊滅まで追い込んだ暴君、ってことぐらいしか知らないわ。
 それで何故、わたしがその召喚方法を。ましてや、召喚に必要な詠唱まで一言一句のがさずに知っているのかと言うと――」

 ヴィータはきゃは、と嗤いながら、続けるために言葉を紡いだ。

「わたしはね、ずっと前に出会っちゃったのよ」
「出会った……?」
「ええ。でも、残念ながらそれ以上は教えられないけど」
「……ふざけるな。状況を理解しろ。本当にいい加減にしねぇと殺すぞ?」
「ええ、殺しなさいよ」

 ヴィータは愉快そうに口元を吊り上げる。

「っていうか、わたしには今この状況を抜け出す幾つかの方法がある。いつだって逃げられるのよ?
 そこをぐっと我慢して、教えてあげてるの。あなた達の奮闘に敬意を表してね。そこを忘れてはいけないわ。あなたこそ本当に、状況を理解できているのかしら?」

 ヴィータの言葉に、恭也は思わず息を飲む。
 それを見た彼女はしてやったりとどや顔を浮かべ、口を開いた。

「で、三つ目は?」
「……どんな理由でシスターに協力した?」
「それは簡単。楽しそうだったのと、シスターに同情したから。それと、一番大きな理由としてわたし個人の目的のためよ」
「個人の目的?」
「まあ、言い換えれば実験かなー。この化け物の万能性とか、どんな状況に相応しいか、とか。
 これで粗方の実験は終わったし、あとは実践するだけだけど。あ、この内容は教えらんないよ? で、最後はわたしの存在についてかぁ。んー、やっぱめんどくさくなってきたなぁ」

 ヴィータはうーんと唸ると、何かいいことを思いついたのか、パチンと指を鳴らせた。
 それと共に<降霊>したモルスが、彼女を拘束する縄を噛み千切る。
 真司は慌てて、彼女を止めようと武器を振るう。が、それよりも早くモルスが彼を地面へと押し付けた。

「きゃは。乱暴しちゃってごめんね。でも、まあ、これも演出ってことで許して」

 ヴィータはそう呟くと、両腕を交差し、自分なりのカッコいいポーズを決めてにやりと笑う。

「こんなくだらない世界をぶち壊してやるもの、とでも言っておこう」

 芝居がかった口調でそう言うヴィータは、満足そうな表情で取り上げられた小刀を拾い上げる。
 そして証拠隠滅のために自らの喉につきつけ、切り裂き自分を殺した。