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リアクション
■
ぜーはーぜーはー。
いかにも洋館内に命からがら転がり込んだ、という様子の『臆病者』を横目に、夏侯 淵(かこう・えん)は手にした銃で、中に残ったマフィアを的確に無力化していく。派手な突入を決めて、大多数が外への迎撃に出たか、散発的に一人二人姿を見せる程度となれば、 夏侯 淵にとっては鴨撃ちもいいところだった。
「備えあれば憂いなし、とは言うものの、いざ備えが必要ない時になってしまうと、重荷が煩わしいだけだな」
拍子抜けを隠さず、つい愚痴っぽい言葉を漏らしてしまう。
「でも、まだ全部終わったわけじゃないわ。これから必要になることもあるかも」
ルカルカが言うも、言った本人もそうは思っていない口調だった。おそらく、もう館内にはそれほどの人数は残ってはいまい。
けれど、残った中には、
「お前の元仲間はどこにいる?」
ろくな返答を期待せずに、ダリルが『臆病者』に尋ねた。どうせまたぞろ「知るかよそんなの。あいつらに直接会って聞けよ」とか、そんな箸にも棒にもかからない答えが返ってくるのだろうと、答えの前からため息が出ていた。
『臆病者』が答えた。簡潔だった。
「上」
予想とは違った返答に、思わず顔を上げた。
嘘をついている顔ではなかった。
「他はどうだか知らねェけど、でもまぁ、一人は必ず上にいるよ」
「なぜそう言い切れる?」
「そりゃ、王様が低いところにいたんじゃ格好がつかないだろ。そういう『役』なんだし」
分からない答えだった。ただ、どうにも『臆病者』の方では煙に巻くつもりはないらしい。ここまで足を引っ張ることはあっても、それを意図して行うことはなかったし、知っているかはどうあれ、ものを聞かれれば素直に答えようともする。協力的であるのは認めてもいい。『臆病者』の監視として付いている者たちも、その程度には信用し始めていた。
だからこそ、『臆病者』の答えは分からない。
「どういう意味だ?」
鉄心が訊いた。
「そのままの意味」
「だから、それが分からないんですの! あんまりヘンなこと言ってると、ズドン!とやっちゃいますのよ?」
イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が『臆病者』の背中から、杖を突きつけ、魔石を見せつけ威嚇する。言葉の上ではともかく、珍しく強く出られる相手を前にして、嬉しげな声音は隠せていない。
『臆病者』は嫌そうに顔をしかめて、鉄心を振り返った。
「おい、子供のしつけがなってねェぞ」
「わたくしは子供ではありませんの!」
鉄心が苦笑する。
ティーがイコナをなだめながら、
「でも、やっぱり私たちには分かりません。もっと色々説明してもらわないと、分かり合うこともできませんし……」
「いいよ分かり合わなくて」
「というか、名前くらい教えて下さい。呼びにくいです。どうしても教えてくれないなら、『おくさん』って呼んじゃいますよ」
「ああ、いいんじゃね? 『おっくん』なんてのもおすすめだ」
けんもほろろで取り付く島もないとはこのことか。これでは埒があかない。根は素直そうなのに、わざと捻くれ、斜に構えた態度を取っているように思える。『野生の勘』や『シックスセンス』、実際に話してティーが感じたのはそれだった。
「だいたい、上から調べるってのはそんなに悪い手じゃねェだろ。どの道全部調べるんなら、適当に分けて、上から調べるやつと下から順々に調べるやつとで分けりゃいい」
『臆病者』の提案に、夏侯 淵が「ふむ」と頷いた。
「なるほど、理に適っているな。この分なら戦力の分散も、さほどの痛手ではないだろう。しかし、珍しくためになることを申したな。よもや偽物ではあるまいな?」
これは明らかに考え過ぎの心配である。
洋館内に突入した人員を二手に分けて進むことにした。その際、「階段なんて登りたくねェよ。疲れるし」などと文句をたれる足手まといのことは、誰もが黙殺した。
階段を一つ上がってさあ二階、というタイミングだった。あるところにはある財力を見せつけた必要以上に広い廊下で、銃声が響いた。
「あ、外した」
続いて、呑気な声。舌打ち。耳を済まさないと届かないような足音。
「やあ、お久しぶり」
呑気な声を発した男が銃を持った手を上げた。
「おい、当てろよ。不意打ちだっただろうが」
そこに続くのは舌打ちをした男。そして一言も発しない男。
面妖なのは、その三人が三人とものっぺりした面を被っていたことだった。
呑気な声の男は文句に取り合わず、場違いな声で挨拶をした。
「お初にお目にかかります、お嬢さんを含む野郎ども。僕たちはロイヤルストレート、の三人。それぞれ自己紹介が必要かな?」
必要なわけがなかった。なにせ、その面こそ物言わぬ自己紹介だったのだから。
呑気な声の男はクラブの10、舌打ちした男はスペードのJ、一言も喋っていない男にはダイヤのA、それぞれのマークが描かれていた。
どのみち自己紹介なんてする気もないのか、返事を待たずに10が仕草だけはフレンドリーに両手を広げた。無表情な面のせいで、親しみどころか不気味さしか感じられない。
「よかった、生きてたんだ」
「へえ。いやよかったよ、ホント。どっかで野垂れ死んでるんじゃないかと思ってたからな」
Jからははっきりとした悪意を感じられる声。『臆病者』に向けての声だった。
「一週間かそこらでくたばるかバーカ」
『臆病者』の憎まれ口に構わず、「さて」と10が銃を放り投げた。
「何人か置いていってもらおうか。ほら、いくら僕らがキングやクイーンを信頼してるっていってもさ、やっぱり数の暴力には抗えないわけで。こっちは三人、そっちも三人置いていってみない? それとももっと置いていってくれれば万々歳。理想を言えばそこの『臆病者』以外とか」
面を被っているせいで表情は窺えないが、わりと気安いやつのようだった。口数の多いところなどは、少し『臆病者』に似ているところがあるかもしれない。
だから、というわけでもない。銃を放り投げて両手を空にしたから、というわけでもない。ただ、その二つが合わさって、ほんの少しだけ気が緩んだのは事実だった。
10はゆらゆらゆるゆると少しずつ距離を詰めていて、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がそれに気付いて注意を促そうとした時には、一瞬前まで空だったはずの右手に、ごく小ぶりなスローイングナイフを魔法のように出現させていた。
「危ない!」
『臆病者』目掛けて投げつけられたナイフを、詩穂が盾で弾き飛ばす。そこへ、Jが走り寄る。
「あんたは、あたしに釘付けにでもなってなさいよ!」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がJの足を狙って、二挺の拳銃、『【シュヴァルツ】【ヴァイス】』の引き金を引いた。
その弾丸がJに命中することがなかったのは、セレンフィリティにとって狙いを外した結果ではあるが、廊下に大穴を開けたという結果は、Jの動きを止めるに十分なものだった。
「おいおい、なんだよその銃。なに撃ちにきてんだ。こんなもんで撃たれたら原形なくなっちまうよ」
「それが嫌なら、両手を上げて投降しなさい。命までは取ることしないわ」
全長20cmもある銃を向けて命を取るつもりはないというのも、甚だ説得力に欠ける言葉だが、少なくともセレンフィリティは本気だった。ただし、
「止むを得ないことも、あるわよね?」
それもまた、本気だった。
「怖い水着のおねーさんだよ、ったく」
言いながらも、Jは右手の片手剣を収めることはしなかった。
そこで、セレンフィリティは視界の端に、低い姿勢で短剣を走らせる姿を見た。死角。鎌首をもたげるような短剣の軌道が、セレンフィリティの首を狙った。
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、短剣を振るうAに向けて槍を突き出した。刃がまさしくセレンフィリティの首筋に触れる寸前、Aはその短剣を手放し飛び退いた。
「格好つけてないでよ」
フォローするのは私なんだから、とこぼすセレアナに対して、セレンフィリティは不敵に笑った。
「あら、あたしが格好つけるのはこれからよ。それに、あたしはセレアナを信頼して背中を預けてるの」
「物は言いようね」
詩穂が10と、セレンフィリティがJと、セレアナがAと向き合う形になった。詩穂がほかの面々に呼びかける。
「ここは詩穂たちに任せてください。あんまり大人数で残っても動きづらいだけですしね」
「そうそう。向こうの望みどおり、っていうのはちょっと癪だけど。でも、ちょっとは動けるみたいよこいつら」
セレンフィリティとセレアナも構える。
三人を残して、ほかの面々は上の階に上がることにした。『臆病者』も、一度だけ振り返って、すぐに向き直り階段を登った。
10が芝居がかった動作でくるりと一回転した。
「それでは、足止めの仕切り直しといきましょう。なるべく、慎重に来てくださいね?」
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