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 ぜーはーぜーはー。
 いかにも洋館内に命からがら転がり込んだ、という様子の『臆病者』を横目に、夏侯 淵(かこう・えん)は手にした銃で、中に残ったマフィアを的確に無力化していく。派手な突入を決めて、大多数が外への迎撃に出たか、散発的に一人二人姿を見せる程度となれば、 夏侯 淵にとっては鴨撃ちもいいところだった。

「備えあれば憂いなし、とは言うものの、いざ備えが必要ない時になってしまうと、重荷が煩わしいだけだな」

 拍子抜けを隠さず、つい愚痴っぽい言葉を漏らしてしまう。

「でも、まだ全部終わったわけじゃないわ。これから必要になることもあるかも」

 ルカルカが言うも、言った本人もそうは思っていない口調だった。おそらく、もう館内にはそれほどの人数は残ってはいまい。
 けれど、残った中には、

「お前の元仲間はどこにいる?」

 ろくな返答を期待せずに、ダリルが『臆病者』に尋ねた。どうせまたぞろ「知るかよそんなの。あいつらに直接会って聞けよ」とか、そんな箸にも棒にもかからない答えが返ってくるのだろうと、答えの前からため息が出ていた。
 『臆病者』が答えた。簡潔だった。

「上」

 予想とは違った返答に、思わず顔を上げた。
 嘘をついている顔ではなかった。

「他はどうだか知らねェけど、でもまぁ、一人は必ず上にいるよ」
「なぜそう言い切れる?」
「そりゃ、王様が低いところにいたんじゃ格好がつかないだろ。そういう『役』なんだし」

 分からない答えだった。ただ、どうにも『臆病者』の方では煙に巻くつもりはないらしい。ここまで足を引っ張ることはあっても、それを意図して行うことはなかったし、知っているかはどうあれ、ものを聞かれれば素直に答えようともする。協力的であるのは認めてもいい。『臆病者』の監視として付いている者たちも、その程度には信用し始めていた。
 だからこそ、『臆病者』の答えは分からない。

「どういう意味だ?」

 鉄心が訊いた。

「そのままの意味」
「だから、それが分からないんですの! あんまりヘンなこと言ってると、ズドン!とやっちゃいますのよ?」

 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が『臆病者』の背中から、杖を突きつけ、魔石を見せつけ威嚇する。言葉の上ではともかく、珍しく強く出られる相手を前にして、嬉しげな声音は隠せていない。
 『臆病者』は嫌そうに顔をしかめて、鉄心を振り返った。

「おい、子供のしつけがなってねェぞ」
「わたくしは子供ではありませんの!」

 鉄心が苦笑する。
 ティーがイコナをなだめながら、

「でも、やっぱり私たちには分かりません。もっと色々説明してもらわないと、分かり合うこともできませんし……」
「いいよ分かり合わなくて」
「というか、名前くらい教えて下さい。呼びにくいです。どうしても教えてくれないなら、『おくさん』って呼んじゃいますよ」
「ああ、いいんじゃね? 『おっくん』なんてのもおすすめだ」

 けんもほろろで取り付く島もないとはこのことか。これでは埒があかない。根は素直そうなのに、わざと捻くれ、斜に構えた態度を取っているように思える。『野生の勘』や『シックスセンス』、実際に話してティーが感じたのはそれだった。

「だいたい、上から調べるってのはそんなに悪い手じゃねェだろ。どの道全部調べるんなら、適当に分けて、上から調べるやつと下から順々に調べるやつとで分けりゃいい」

 『臆病者』の提案に、夏侯 淵が「ふむ」と頷いた。

「なるほど、理に適っているな。この分なら戦力の分散も、さほどの痛手ではないだろう。しかし、珍しくためになることを申したな。よもや偽物ではあるまいな?」

 これは明らかに考え過ぎの心配である。
 洋館内に突入した人員を二手に分けて進むことにした。その際、「階段なんて登りたくねェよ。疲れるし」などと文句をたれる足手まといのことは、誰もが黙殺した。
 階段を一つ上がってさあ二階、というタイミングだった。あるところにはある財力を見せつけた必要以上に広い廊下で、銃声が響いた。

「あ、外した」

 続いて、呑気な声。舌打ち。耳を済まさないと届かないような足音。

「やあ、お久しぶり」

 呑気な声を発した男が銃を持った手を上げた。

「おい、当てろよ。不意打ちだっただろうが」

 そこに続くのは舌打ちをした男。そして一言も発しない男。
 面妖なのは、その三人が三人とものっぺりした面を被っていたことだった。
 呑気な声の男は文句に取り合わず、場違いな声で挨拶をした。

「お初にお目にかかります、お嬢さんを含む野郎ども。僕たちはロイヤルストレート、の三人。それぞれ自己紹介が必要かな?」
 
 必要なわけがなかった。なにせ、その面こそ物言わぬ自己紹介だったのだから。
 呑気な声の男はクラブの10、舌打ちした男はスペードのJ、一言も喋っていない男にはダイヤのA、それぞれのマークが描かれていた。
 どのみち自己紹介なんてする気もないのか、返事を待たずに10が仕草だけはフレンドリーに両手を広げた。無表情な面のせいで、親しみどころか不気味さしか感じられない。

「よかった、生きてたんだ」
「へえ。いやよかったよ、ホント。どっかで野垂れ死んでるんじゃないかと思ってたからな」

 Jからははっきりとした悪意を感じられる声。『臆病者』に向けての声だった。

「一週間かそこらでくたばるかバーカ」

 『臆病者』の憎まれ口に構わず、「さて」と10が銃を放り投げた。

「何人か置いていってもらおうか。ほら、いくら僕らがキングやクイーンを信頼してるっていってもさ、やっぱり数の暴力には抗えないわけで。こっちは三人、そっちも三人置いていってみない? それとももっと置いていってくれれば万々歳。理想を言えばそこの『臆病者』以外とか」

 面を被っているせいで表情は窺えないが、わりと気安いやつのようだった。口数の多いところなどは、少し『臆病者』に似ているところがあるかもしれない。
 だから、というわけでもない。銃を放り投げて両手を空にしたから、というわけでもない。ただ、その二つが合わさって、ほんの少しだけ気が緩んだのは事実だった。
 10はゆらゆらゆるゆると少しずつ距離を詰めていて、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がそれに気付いて注意を促そうとした時には、一瞬前まで空だったはずの右手に、ごく小ぶりなスローイングナイフを魔法のように出現させていた。

「危ない!」

 『臆病者』目掛けて投げつけられたナイフを、詩穂が盾で弾き飛ばす。そこへ、Jが走り寄る。

「あんたは、あたしに釘付けにでもなってなさいよ!」

 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がJの足を狙って、二挺の拳銃、『【シュヴァルツ】【ヴァイス】』の引き金を引いた。
 その弾丸がJに命中することがなかったのは、セレンフィリティにとって狙いを外した結果ではあるが、廊下に大穴を開けたという結果は、Jの動きを止めるに十分なものだった。

「おいおい、なんだよその銃。なに撃ちにきてんだ。こんなもんで撃たれたら原形なくなっちまうよ」
「それが嫌なら、両手を上げて投降しなさい。命までは取ることしないわ」

 全長20cmもある銃を向けて命を取るつもりはないというのも、甚だ説得力に欠ける言葉だが、少なくともセレンフィリティは本気だった。ただし、

「止むを得ないことも、あるわよね?」

 それもまた、本気だった。
 
「怖い水着のおねーさんだよ、ったく」

 言いながらも、Jは右手の片手剣を収めることはしなかった。
 そこで、セレンフィリティは視界の端に、低い姿勢で短剣を走らせる姿を見た。死角。鎌首をもたげるような短剣の軌道が、セレンフィリティの首を狙った。
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、短剣を振るうAに向けて槍を突き出した。刃がまさしくセレンフィリティの首筋に触れる寸前、Aはその短剣を手放し飛び退いた。

「格好つけてないでよ」

 フォローするのは私なんだから、とこぼすセレアナに対して、セレンフィリティは不敵に笑った。

「あら、あたしが格好つけるのはこれからよ。それに、あたしはセレアナを信頼して背中を預けてるの」
「物は言いようね」

 詩穂が10と、セレンフィリティがJと、セレアナがAと向き合う形になった。詩穂がほかの面々に呼びかける。

「ここは詩穂たちに任せてください。あんまり大人数で残っても動きづらいだけですしね」
「そうそう。向こうの望みどおり、っていうのはちょっと癪だけど。でも、ちょっとは動けるみたいよこいつら」

 セレンフィリティとセレアナも構える。
 三人を残して、ほかの面々は上の階に上がることにした。『臆病者』も、一度だけ振り返って、すぐに向き直り階段を登った。
 10が芝居がかった動作でくるりと一回転した。

「それでは、足止めの仕切り直しといきましょう。なるべく、慎重に来てくださいね?」