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リアクション
■
一階の片隅、応接室として利用している小部屋にも、外の喧騒は届いた。
「ふむ、どうやらこの取引は不成立のようじゃのう」
マフィアの頭目に逃げることを進言する辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)の見切りは速かった。騒がしいということは、敵は正面突破を選んだのだろうし、つまりそれだけの戦力があると踏んだのだ。頭目は取引を惜しんだが、刹那の言に逆らうことはなかった。こういう時、下手に具体的な話をするよりも、勘や経験上などと説明した方がかえって話が速いというのは、業界でそれなりの実績を持っている故だ。
「ということじゃ。悪いの」
頭目とそのボディガードを逃がす準備をしながら、刹那はテーブルを挟んでソファに座る相手に形だけの謝罪をした。
相手は肩を竦めた。
「いえいえ。こうなっては致し方ありません。またのご利用をお待ちしていますよ」
「また、があればいいがの」
「それはその通り」
声が弾んだ。あるいは笑ったのかもしれないが、面を被っていては判別はつかない。ハートのQ。声や仕草からすると女性のように思える。
刹那はソファから立ち上がりもしないQを見下ろした。
「逃げぬのか?」
Qはふるふると首を振った。
「一緒に逃げては、そちらが逃げるにあたって不都合でしょう? これでも、こちらの立場はわきまえていますので」
「殊勝なことだ」
どれだけ本気で言っているのやら。面で顔を隠していては窺い知ることが難しい。また、のんびりと詮索して時間を浪費するのも面白くない話だった。
「では、時間稼ぎの方は任せたぞ」
Qから視線を切って、刹那は傍らの女魔術師に声をかけた。女魔術師は妖艶に笑った。
「心得ておりますとも」
リビングらしき広間で待ち構えていたように、一人佇む女魔術師を一目見た時、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、戦力を分散した判断は正しかったと確信した。
やばい。
ただ嗤う相手に危機感を憶えて、警告もなしに手にした銃から弾丸を発射した。
『曙光銃エルドリッジ』から発射された光の弾丸は、女魔術師の周囲に展開される『対消滅魔力結界』によって逸らされ、頬をかすめるだけに終わった。
間髪入れず、もう一丁を構える。今の一発でフィールドの形も読めた。今度は外さない。
命中を確信して、引き金を引いた。
が、弾丸は魔術師の足元から生えてきた植物に風穴を開けて、その勢いを大きく殺された。そのためにフィールドを抜くことができず、女魔術師の笑みを消すことができなかった。
「なっ!?」
ローザマリアの足元にも同じような植物が生えてくる。生えてきた植物が、ローザマリアに襲いかかった。
「やらせんよ!」
ローザマリアに噛み付く寸前、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の剣が植物を一刀のもとに斬り捨てた。
「助かったわ」
「今更、礼には及ばん。しかし、これは拙いな……」
目の前に広がる光景に、グロリアーナは顔をしかめた。
植物がうねうねもぞもぞ瞬く間に増殖していく。魔術師とローザマリアらの間に無数の植物。これでは銃弾も届かない。
「術者をなんとかできればいいんだろうけど……」
普段はのんびりした口調の堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)も、この時ばかりは緊迫した様子を隠せない。
植物を操り敵を襲わせるというところから、『ラブアンドヘイト』がベースとなった魔術なのだと思しいが、見るも不気味アレンジされた植物からは、術者のおぞましさが透けて見えて、常より危険を感じる。
くつくつくつ、とやけに響く笑い声が届いた。
「残念です。死体でもあれば、より素敵な舞台となったでしょうに」
「そういう客観性を欠いた芸術は、いつの世も埋もれていくだけですよ」
軽口で応じながらも、ヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)の顔は険しい。
「面倒な時に、面倒なやつがいたものね」
ローザマリアが、女魔術師の正体を察して吐き捨てるように言った。
女魔術師は艷やかな笑みを浮かべながら、涼しげな声を上げる。
「死体がなければ作ればいい。芸術とは、創造でしょう? 幸いにして、材料はあるのですから」
『擬態皮膚』で女魔術師の姿をしたまま、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は夢見るように言った。
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