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リアクション
■
少しだけ嫌な予感はしていたが、Qの話ぶりは、聞いていてげんなりするくらい下手くそだった。とにかく、とりとめがない。あちらこちらに行ったり来たりする。
『ロイヤルストレート』なんて役は実際のポーカーになく、いわゆるAハイストレートのことである、という話をしていた最中に、急に、
「そういえば、借りてきた猫のよう、とかって言葉あるけど、借りてきた猫っておとなしい? ペットをレンタルしたことはないしなー」
といきなり脱線をはじめて、今はなぜか『猫耳は黒と白どちらがそそるか』などという世にも頭の悪い話を一人でぺらぺら喋っている。一種の屈辱、拷問ではないかとアリアはぐったりとしていた。
さすがにその様子に気づいたか、
「あ、ごめんごめん。でもさ、おとなしい人を見ると猫を連想するし、仕方ないと思うの。うん、おとなしいのが悪い」
囚われの身でどうしろというのだ。
「『フラッシュ』がつかないのは、みんなそれぞれスートが違うから。テンがクラブ、ジャックがスペード、エースがダイヤ、わたしはハート。ほら、これじゃフラッシュにはならないでしょ」
こつこつ、とQは自分の面、マークが描かれた部分を軽く叩いた。
なんの前触れもなく話が戻る。こういうところも本当に疲れる。アリアの身はともかく、心はボロボロだった。
「もちろんこんなものは自分たちで決めたごっこ遊びで、意図してスートを揃えてないんだけどさ、じゃあなんでって話だよね」
さしてもったいぶるでもなく、Qはあっさりと自分の面を外した。
「その正体はこれ。みんな、顔が『同じ』であることが嫌だったのね」
『臆病者』と同じ顔が笑って、二本の指を立てた。
「第二の疑問。わたしたちは一体なにが目的か」
次々と生えてくる植物を撃って斬って焼き払う。襲い来るとはいえ、所詮はただの植物であるし、さすがに埋め尽くさんばかりに生えるというほどの数ではないのだが、一つ片付けた先から新しい植物がうねうね生えてくるとなればそう変わったものではない。
結果として、ローザマリアや一寿は術者であるエッツェルを狙うことができず、防戦一方だった。
「一応聞いておくけど、あんたはなんでそんなところにいるのかしら?」
ローザマリアが銃を撃ち放ち、エッツェルへ苦々しく問う。
くつくつくつ、と笑い声を響かせながら、エッツェルはそれでも律儀に答えた。
「知れたことですよ。より大きな混沌のためには、災いの種子は少しでも多く、広く撒くにこしたことはない。例え小さい種でも、思いもよらぬ大収穫に繋がることもあるでしょう」
ほらこのように、エッツェルは両手を広げて、足元の植物を示すようにする。
「勤勉で結構なことだな」
グロリアーナが短くコメントした。エッツェルに近づくどころか、植物を前にじりじりと後退していっている状況が歯がゆい。
「混沌だって? 馬鹿なことを。武器はそんなものをもたらさない。武器がもたらすのは力と金であって、そこから生まれるのは武力による『秩序』だ! あんたが目指すものとは、およそ正反対だと思うね!」
一寿が声を張り上げてエッツェルを糾弾した。
なるほどなるほど、エッツェルが肩を震わせた。
「いいでしょう、武器がもたらすのは力と金、そこから武力が生まれる。同意しましょう。そこまでは同意しましょう。ですが、そう、こういう常套句をご存知ですか? 『使う人間次第だ』」
差し伸べるようにした手の平から、じわりと闇黒が広がっていく。頭痛、吐き気、不安などを催す『エンドレス・ナイトメア』の闇黒だった。
「あなた方と私たちの、立場の違いを端的に表した言葉ですよ」
「ならば、私たちはどこまでも反対の立場の人間として、必ずあなたを止めます!」
ヴォルフラムが『アルティマ・トゥーレ』により放った冷気で攻撃する。
無駄とも言える攻撃を見やりながら、エッツェルは首を巡らせた。つい興が乗って持論の言い合いなどしてしまったが、どうも気に入らない。戦闘を有利に進めている側であるエッツェルが無駄口を叩くのはともかく、押されている側から進んで無駄口を叩くのは普通、なにか考えがあってのことに他ならない。例えば挑発。例えばなんらかの合図。
例えばカモフラージュ。
首を巡らせたエッツェルが見たのは、『グラビティコントロール』で床と平行になって壁を駆け上がっていくローザマリアの姿だった。
「さすがに用心深いわね」
それでも、もう遅い。壁を駆けて、そのまま天井に『立った』。天井に足をつけ、頭が地面へと向かっている格好。
床から生える植物は天井までは伸びていないし、『エンドレス・ナイトメア』の闇黒も今はまだ天井まで届いていない。
ローザマリアはシャンデリラの留め金を外して、エッツェル目掛けて蹴り落とす。煩わし気に払われたシャンデリラは目くらましにもなりはしないが、ほんの一瞬の時間を稼げた。
その一瞬で銃を構え、引き金を引いた。
天井から降ってくる弾丸は、エッツェルの右肩を貫き、その衝撃で『擬態皮膚』が剥離した。
もはや物言わぬギフトであるクルーエル・ウルティメイタム(くるーえる・うるてぃめいたむ)を取り込んだエッツェルの異形の姿が露わになる。
「ここまで、ですか」
ぽつり、とエッツェルが言った。
時間は稼いだ。殺し合いをする気は初めからない。種子は撒いた。収穫を思うと頬も緩む。
「逃がすかっ!」
グロリアーナや一寿が駆け寄るのも構わず、エッツェルはクルーエルの力を限界まで引き出す。
弓を引くように体をしならせ、爆発。
弾け飛ぶような速度でエッツェルがかっ飛んでいく。あまりの勢いに、その場にいる全員の腰がわずかに引けた。
壁をぶち抜き、外へ。あっという間に見えなくなった。
誰かの細く長い息が聞こえた。戦いの終わりを示す音だった。
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