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リアクション
避けるべき衝突と避けられない衝突
大勢のパラ実生を従えて横山 ミツエ(よこやま・みつえ)の三人の英霊が攻めてくる──。
種もみ学院のカンゾーは覚悟を決めて迎撃する気でいた。
教室にしている種もみの塔屋上にある望遠鏡から大軍の様子を見ると、当初予想していたよりもずい分と規模がふくれあがっている。
対してカンゾー側は、契約の泉にいる虹キリンの守りにチョウコがあたっているため半分程の人数だ。
「せっかく高いところにいるんだ。こいつを利用しねぇとな」
カンゾーがあれこれと作戦を考えていると、サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)がそっと声をかけてきた。
「乙王朝の現状を少し調べてみましたわ。瑞兆と言われた虹キリンがいなくなったということは、王朝に不満があったからかと思いまして」
「どうだったんだ?」
「それが、王朝は平和そのもの。これといった軍備を進めているわけでもありませんし、暴動が起きているわけでもないのです。腑に落ちませんわ」
眉をひそめるサルガタナス。
話を聞いたカンゾーも同じ気持ちだ。
「いなくなったことを隠しているのか?」
「どうでしょう……。ですが、このように大軍になっては、もう話が行っている可能性もありますわね。何にしろ、乙王朝が種もみ学院と争うことには何の益もないことは明白ですわ」
「一度、英霊達を塔に入れてみたらどうかな」
別の望遠鏡から外の様子を見ていた風馬 弾(ふうま・だん)が、二人へ振り向いて言った。
訝しげな顔をするカンゾーに弾は詳しく説明した。
「乙王朝とはできれば衝突は避けたいでしょう? 幸いにもここには虹キリンはいないわけで、捜査に協力ってことで英霊達だけ立ち入りを許可するんだよ。そうすれば、契約の泉側の人達がアルミラージや虹キリン君を何とかする時間稼ぎになるし、こっちも捜査に協力したということで敵対することを防げるよね。後ろの軍勢とも切り離せるし」
「ふむ……そうだな。仮に三人が暴れ出しても、俺達だってそう簡単にはやられねぇ。返り討ちにして迷惑料と治療費をふんだくることもできるか……」
「いや、それは……」
英霊達が力ずくでくることを疑っているカンゾーの物騒な発言に弾は苦笑し、ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)を見やった。
彼女も同じような表情だ。
もともと弾が言ったことはノエルの発案だった。
最初、弾は『とりあえず、厄介そうな後ろのパラ実生をブッ飛ばしたらいいのかなぁ』と言い、ノエルに脳筋と却下された経緯がある。
成り行きを見守っていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)がもう一つの案を示した。
「塔の案内しながら気になる点を聞いてみればいいんじゃないかしら。塔は60階もあるから、時間はたっぷりあるわ。その後に会談に持ち込めばもっと時間を稼ぐこともできると思うわよ。その間に泉のほうが落ち着くかもしれないし」
「それいいね。塔内を案内する時はフロアの隅々まで見るといいかな」
「会談に出す料理はダリルに任せて」
ルカルカの案に弾は賛成するとノエルも頷いた。
「料理は私も手伝いますね」
そう言ったノエルに、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はよろしくと返した。
ルカルカがカンゾーに意見を求める。
「つまり、お前らは英霊達が力に物言わせてやって来たとは考えてねぇわけだな?」
「そうね」
「わかった。だが、後ろの連中は見た感じそうじゃなさそうだな」
「そのことなんだけどさ」
と、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が口を開く。何かをたくらんでいるような目をしていた。
「オレも後ろの連中と英霊トリオの間に食い違いがあるように思うんだ。で、そいつを利用しようと思ってな……」
ゴニョゴニョゴニョ、と声をひそめたシリウスはその場にいる者達にだけ聞こえるくらいの声の大きさで、ある作戦を告げた。
カンゾーがニヤリと笑う。
「敵を味方に見せかけるわけだな」
「ああ。もしここを攻める気でいたとしても、混乱させられるだろ」
「そうだな。よし、じゃあ俺はここで待っていたほうがいいな?」
「ああ。出迎えはオレ達がやる。カンゾーが出て行ったら、たぶんトリオの後ろが騒ぎ出すだろうからな」
本当は前に出たいだろう気持ちを抑えるカンゾーを気遣い、シリウスは彼の腕を軽く叩くとリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)と共に教室を後にした。
そして、それぞれが動き出すとジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)がカンゾーを隅に呼び、大きな紙袋を渡した。
「虹キリンはここに置きたいんだろう?」
「できればそうしたいな。何だ、秘策か?」
「英霊達も手ぶらで帰るわけにはいくまい。こいつに適当な奴を詰めて押しつけてやればいい」
カンゾーは紙袋をそっと開き、中身を目にしたとたん吹き出した。
「まさか、お前が作ったとか言わねぇよな!?」
「オレを見くびるなよ」
「マジか……。で、適当な奴はお前が捕まえてくれるのか?」
「ジンベーなんてどうだ?」
ジャジラッドが挙げた名前にカンゾーはハッとした。
「あの大軍は……何てこった。お前ら、あいつを疑ってたのか」
「いたらの話だがな。いなかったら、それこそ適当だ」
「ですが、これは最終手段ですわ」
いつの間に来ていたのか、サルガタナスがジャジラッドの傍らにいた。
「これはその場しのぎにすぎませんわ。偽物と知れればミツエは烈火のごとく怒り狂うでしょう」
サルガタナスの言葉にカンゾーは頷いた。
「英霊共もバカじゃねえ。何が王朝の利になるかわかるはずだ」
そう言い残し、ジャジラッドとサルガタナスも下におりていったのだった。
種もみの塔を目指すパラ実生の大軍の中に、黒崎 天音(くろさき・あまね)は何ら浮くこともなく混じっていた。
照りつける日光を遮るものがない荒野を歩くために纏っていた、見た目使い古してくたびれたローブが一役買っていたようだ。ローブのフードも目深に被っていて、彼の端正な顔立ちが隠されていたせいというのもある。
同行者のブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も、ゾディアックローブに身を包んでいるためかやはり馴染んでいる。
たまたま向かう方角が同じだったために何となく混じっていた天音だったが、その耳が聞き覚えのある声の物騒な呟きを捉えたのはつい先ほどのことだった。
「村を潰した……? いったい二人の過去に何があったんだろう」
小さくこぼれた呟きは隣のブルーズにしっかり届いていて、彼は天音を見上げて言った。
「詮索より、まずはこの状況をどうにかするのが先のような気がするぞ。こいつらは種もみの塔を襲撃しに行くんだろう」
「それもそうだね」
そう言って足を速めた天音が向かうのは、先頭の英霊達。
ブルーズの口から思わず呆れのため息が出た。
「直接聞きに行くのか」
しかし、この声は天音には聞こえていなかった。
天音が声をかけたのは劉備 玄徳(りゅうび・げんとく)だった。
彼の目には劉備が一番常識的に見えたからだ。
「ちょっと聞きたいんだけど、この集団は種もみの塔へ向かってるんだよね?」
「ええ、そうですよ。塔の屋上の種もみ学院へ行くつもりです」
天音は一度後ろを振り向いてから続けた。
「それは喧嘩を売りに行く感じ?」
「後ろの彼らはいつの間にかついて来ていたのです。揉め事にならなければよいのですが」
「ふうん。種もみの塔へはミツエの命を受けての使いかな?」
「いえ……実はあの人には内緒で来ているのです。我が国の神獣、虹キリンがいなくなってしまいまして。種もみの塔のあたりで見かけたと、通りすがりの人に聞いたので、これから伺うところなのです」
劉備はやや気まずそうに言った。
「この広い荒野で虹キリン探しか。大変だねぇ。でも、そんなに簡単に外に出られるって、虹キリンはふだん王朝でどう暮らしてるの?」
「自由にしていますよ。神獣を閉じ込めるなんてできませんからね。たまに、ふらりといなくなることもありますが、それでも夕餉には帰っていたのです。なのに、今回は三日も戻ってきていないのです」
虹キリンはけっこうのどかに暮らしていたようだ。
劉備は心配そうに表情を曇らせている。
天音は後ろのパラ実生と劉備の意思がまるで違っていることを話した。
劉備はますます顔を曇らせため息をつく。
「やはりそんなところでしたか。困りましたね」
「何を困ることがあるものか」
突然、曹操 孟徳(そうそう・もうとく)が口を挟んできた。
「種もみ学院とやらがどの程度の力を持っているかわかるではないか。ミツエの覇道の妨げになるかどうかが」
「いや、種もみ学院て分校だろ? 危険視する必要がどこにあるんだ?」
孫権 仲謀(そんけん・ちゅうぼう)は首を傾げる。
ふだんからあまり意見が一致しない三人だが、今回もそれぞれ別の方向を向いているようだった。
「たぶんカンゾーはこの大軍を見て迎撃するつもりでいると思うけど、もし誤解を解くというなら力になるよ。彼らとは知り合いだからね」
「そうですか。もしかしたらお願いするかもしれません」
劉備はホッとしたように口元を緩めた。
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