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王子様と海と私

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王子様と海と私

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【楽しい夏の思い出】

「今年初の海ね!」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)と共に、何とか確保した数日間の休暇を楽しむべくパラミタ内海へバカンスに来ていた。
「確かに今年初だけど、状況によっては今年最後になりかねないわ」
「仕方ないでしょ。私たちは軍人だもの」
 不服そうなマリエッタを窘めて、ゆかりはさっそく水着に着替えにいった。

「うーん、波打ち際を歩くと、海! って感じがするわね」
 寄せる波に足を浸して歩く、水着を着こなしたゆかりの後ろで、マリエッタは自身の体型とゆかりの水着姿を見比べていた。
(…………)
 ゆかりの見事なプロポーションを見ると、マリエッタは何故自分の体型は中学生体型なのか……と、凹まずにはいられない。
(同じ女なのに、何でこうも違うのか……)
「ねえ、あそこに……きゃっ」
 ムシャクシャしてきたマリエッタは、振り向いたゆかり目掛けて足元に寄せた波をぶっかけた。
「ちょっ、何するのよっ」
 ゆかりは思わず、同じく波をマリエッタに掛けて応戦する。
「いいでしょ! スタイルいいんだから!」
「どういう理屈よ?」
 ワイワイと騒ぎながら、ゆかりとマリエッタは水を掛け合う。
 何だかんだと言いながら、二人は波打ち際で水遊びを楽しんだ。

 こういう時でもなければ、なかなか羽目を外せない。ここぞとばかりに、ゆかりもマリエッタも水浴びをしたのだった。
「一旦休憩にしましょ」
 程よく疲れが出てきたところで、ゆかりとマリエッタは海の家に引き上げた。
「うーん、のんびりするのも大切ね」
 長イスに座ったゆかりの視線の先で、マリエッタは、海の家のおじさんが手にしているバケツを眺めていた。
 壁に『潮干狩りの道具貸し出し中』というポスターが貼られているのを確認してから、マリエッタはおじさんに話しかけた。
「おじさん。潮干狩りの道具、借りていい?」
「ああ、どうぞ」
 マリエッタはおじさんから受け取ったバケツを手に、ゆかりの元に駆けてきた。
「……潮干狩りするのね?」
「もちろん!」
 マリエッタに連れ出され、ゆかりは再度波打ち際へと戻ってきた。
「……あら、随分周辺が騒がしくなってきたわね」
 ゆかりの耳に、遠くの悲鳴が届いた。水遊び中のものというより、鬼気迫ったもののように聞こえたのだ。
(……ま、今は管轄外ね)
 ゆかりは一旦騒がしい周囲のことを忘れ、マリエッタと潮干狩りを始めたのだった。



 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)夫婦は、バカンス中だ。
 結婚して一年、七月になってやっと休暇の取れたジェイコブとフィリシア。
 二人はちょうどいいタイミングで懸賞の旅行券を当て、パラミタ内海を訪れていた。
(……)
 サーフパンツにパーカー、サングラスという格好のジェイコブ。
 ジェイコブは、ビーチパラソルの下で冷たい飲み物を飲みながら、波打ち際で波と戯れるフィリシアを見つめていた。
 水着姿のフィリシアは寄せる波を救っては零し、水浴びをしている。
 夏の太陽の下ではしゃぐフィリシアを、改めてジェイコブは見た。
 出るところはきっちり出ていて、締まるべきところはキュッと締まっている。
 そんなフィリシアのスタイルの良さをじっくりと観察する、ジェイコブのむっつりスケベな視線を、サングラスが隠している。
 と、フィリシアが突然、ジェイコブの元に駆け寄ってきた。
「ね、一緒に遊びましょうよ」
 フィリシアはジェイコブの腕を引っ張り、波打ち際へと連れて行こうとする。
「おっ、おい」
 ジェイコブはフィリシアに導かれるままに、波打ち際へと引っ張り込まれた。
(さ……さっきの視線に勘付かれたのか?)
 何となく気恥ずかしくなったジェイコブは、それを誤魔化すように波を掌に掬い、フィリシアにかけた。
「きゃっ! ……ふふ」
 フィリシアは嬉しそうに水を掬い、ジェイコブに水を掛け返す。
 ガタイの良いジェイコブと、スタイルの良いフィリシアは自然と目立つ。
 それ以上に、心底楽しそうに水を掛け合う二人の幸せそうな空気が、周囲にも自然と広がっていた。
「それっ!」
 びしょ濡れになるのも構わず、はしゃぎ回るジェイコブとフィリシア。
 そうこうするうちに、もつれ合って波打ち際に倒れこんだ。
「……ふふっ」
 フィリシアが思わず笑い、つられてジェイコブも笑い出した。
 お互いの顔を見て、楽しそうに笑う二人。どちらともなく手を繋ぎ、ビーチパラソルの元へと戻る。
(久しぶりに、柄にもなくはしゃいでしまったな)
 そう思っているジェイコブの手を取って、フィリシアがそっと微笑む。
「来年の夏は、私とあなたと……息子か娘と一緒に過ごしてるはずですわ」
 ジェイコブは一瞬、何を言われたのか分からないように固まり、次の瞬間目を丸くした。
「お、おい、それは本当か!!」
 フィリシアは微笑みながら、少しだけ視線を伏せた。
「二ヶ月ですって……」
「信じられん……俺が父親になるのか!?」
 ジェイコブは突然の報告に驚きながらも……次第に、幸せが湧き上がってくるのを感じた。
 そしてジェイコブは、何も言わずにフィリシアをそっと抱き締めたのだった。



 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、アイドルと学生としての超多忙な生活の中、結婚後初の休暇を過ごしにパラミタ内海にやってきていた。
 さゆみたちにとっては、これが新婚旅行でもある。
 現役アイドル「シニフィアン・メイデン」ではなく、「綾原さゆみ」と「アデリーヌ・シャントルイユ」という個人として、バカンスを楽しもうとしていた。
「いい日差しね」
「本当……波も心地いいですわ」
 髪を下ろし軽く髪型を変えてイメチェンした、水着姿のさゆみとアデリーヌ。印象がガラリと変わるため、二人がアイドルだと気付く人はそう多くないだろう。
 二人は周囲に多少空間のある砂浜の上で、ピタリと足を止めた。
「さあ、いくわよ」
 さゆみはアデリーヌに、水鉄砲を手渡した。
 二人にとっての海での定番の遊び……水鉄砲バトルの始まりだ。
「アディ……今年こそ私の勝ちなんだから!」
「あら、勝負は常に流動的なものですわよ?」
 水鉄砲を手に、さゆみとアデリーヌは背中合わせになった。
 一歩、二歩、三歩……十歩離れたところで、二人はぴたりと動きを止めた。
 数秒、時間が止まったかに感じられた。
 どちらが先に動いたか。それもわからない。
 振り向きざま、互いに向けた水の銃撃戦が始まった。
「はっ!」
 さゆみの行動パターンを読み、先読みした未来位置に見越し射撃を行うアデリーヌ。
 そんなアデリーヌの攻撃をすれすれでかわしながら、さゆみはアデリーヌの攻撃の隙を狙い、水鉄砲を叩き込む。
「やっぱり……上達してるわね!」
「今年こそは勝ちますわよ!」
 互いの攻撃は、良い位置に入るもののなかなか当たらない。
 アデリーヌはさゆみの攻撃をスレスレで交わしながらも、次の動きを読む。放つ。
 さゆみとアデリーヌの目には、今、お互いしか映っていない。
 激しくも優雅な戦いを魅せる二人の殺陣のような動き。
 いつの間にか、周囲には観客が集まってきていた。
「そこ!」
 水鉄砲の水が尽きる頃。さゆみとアデリーヌは一気に猛攻をかけた。
 ……相打ちだ。
「今年も相打ちでしたわね」
 程よい運動を終えて、少し悔しそうに、けれど満足げな表情を浮かべるアデリーヌ。
 さゆみとアデリーヌは、お互いだけを見ていられるこの時間が、好きだ。
「……なあ、もしかしてあの二人って……」
 さゆみは、二人の正体に気付いたらしい観客の一人を見て、イタズラっぽく微笑んだ。
「シッ」
 人差し指を唇に添え、微笑みを見せたままさゆみはアデリーヌと共に砂浜を駆けていったのだった。