|
|
リアクション
2枚のコインに託す願い
ヨーロッパで有名な観光名所を挙げろと言われると、かなり早いうちに「トレビの泉」という名所の名前を思い出すのではないだろうか。
トレビの泉はローマにあり、大理石を流れ落ちる水が涼しげな、地元の人々にも観光客にも人気の、憩いの場だ。
そんなトレビの泉に、金住 健勝(かなずみ・けんしょう)とレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)は、二人でやって来た。
「おおー、壮観でありますな」
健勝は、他の観光地で何度も言ったのと同じセリフを、ここでも言った。
デジカメのシャッターをさかんに押している。
「おお、ジェラートの店がたくさん並んでいるでありますな! あとで食べなくては!」
「もう、あんまり騒ぐと迷惑ですよ。他の人もいるんですから」
そんな子どもみたいな健勝を、レジーナがそっと制した。
「それに一応学習目的ですからね、この旅行」
レジーナはそう言うが、これが修学旅行だということを、おそらく旅行参加者の8割程度の生徒は忘れてしまっているだろう。
「この泉で、後ろ向きにコインを投げ入れるのでありますな」
映画などで聞きかじった知識なのか、トレビの泉ですべきことは知っている健勝。
レジーナも、笑顔でうなずいた。
「ええ。やってみましょう」
健勝は、ゴルダ硬貨を1枚握りしめ、泉に背を向けた。
「いや。遠くから投げ入れればもっと効果が出るかもしれないであります!」
「あの、そういう問題じゃ……」
レジーナの静止は聞かず、健勝は泉からどんどん離れていく。
ざわ、ざわ。
周囲の観光客も、健勝のしようとしていることが分かったらしく、注目が集まっている。
結局、かなりの距離を置いて、健勝は立ち止まった。
これは正面を向いていても難しそうな距離だが……。
「行くであります!」
ぶんっ!
健勝は全力で、腕を振り上げた!
コインは、きらきらと光を反射しながら弧を描き、泉の方に向かっていった。
距離があるぶん、滞空時間が長い!
その間、周りの観光客が「行け!」「がんばれ!」などと応援してくれている。
そして……。
ぽちゃん。
「すごいっ! 入りました!」
レジーナがぱちぱちと手を叩く。
さすがにこの距離を入れられるとは思っていなかったので、落ちたコインの回収のためにスタンバイしていたレジーナは、飛び上がって喜んだ。
周囲からも、完成と拍手があがり、健勝は堂々とそれに応えたのだった。
「これで、ローマにまた来れるでありますな」
健勝は、にいっと笑った。
「では、私もコインを投げてみます」
続いてレジーナが、泉に背を向けた。
健勝のように、長距離チャレンジをするような無茶はしない。
泉から数歩のところに立つと、レジーナはコインを2枚取り出した。
「あれ? 2枚でありますか?」
健勝が、その手元を覗き込んで不思議そうに言った。
「ええ」
レジーナは笑顔で頷いた。
「なるほど。自分のように長距離で投げることができないから、枚数で効果を上げようというのでありますな!」
健勝は、勝手な解釈をして、勝手に納得した。
「……」
レジーナは、言わなかった。
コインを2枚投げ入れる意味を。
「……行きます!」
祈りを込めて、レジーナは2枚のコインを見つめた。
この時のために用意していたコインは、握っている時間が長すぎて、あたたかくなっている。
意を決してレジーナは、コインを投げた!
じっと目を閉じ、うまく2枚とも泉に入るのを待つ。
ぽちゃん。
落水音が、ひとつしか聞こえない。
「ま、まさか……ひとつ外れた?」
レジーナが慌てて振り返った。
「いや、両方入ったでありますぞ。見事!」
コインの動きを見届けていた健勝が、どうなったかを説明してくれた。
2枚のコインは、落水のタイミングがちょうど同じだったため、音がひとつしか聞こえなかったのである。
レジーナのコインは、2枚とも無事に、泉の中に吸い込まれた。
握りしめられてあたたかかったコインは、おそらく今は泉の水に冷やされ、冷たく輝いていることだろう。
「……よかった!」
ほうっと、レジーナは深く息を吐き出した。
「コイン2枚で効果2倍を狙うとは、けっこうどん欲でありますな。いや、人はある程度どん欲でなければならないので、よいことでありますぞ!」
「もう何とでも言ってください」
レジーナは、もう言いたい放題にさせ、放置を決め込んだ。
コインを2枚投げ入れる意味を、説明するのがなんだか恥ずかしかったから。
コインを2枚投げ入れると、大切な人と永遠にずっと一緒にいられるという。
(その人には別に恋愛感情があるわけじゃないけれど、教導団にいる以上は戦場でいつ危険な目に遭うか分からない。そんな時でも、いつでも彼の傍にいられますように……)
レジーナは、既にジェラート屋しか見えていない健勝の横顔を見つめ、もう一度泉に祈りをささげたのだった。