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リアクション
クリスマスマーケット
この時期、幸運なことにドイツはまさにクリスマスマーケットの真っ最中である。
冬の、ほんの一時だけのお楽しみ。
その催しを見るため、長谷川 真琴(はせがわ・まこと)とクリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)は、クリスマスマーケットの発祥の地といわれているドレスデンを訪れていた。
「わぁ……!」
ひとこと感嘆の声をあげた後の言葉が続かない。
決して狭くはない広場だが、たくさんの露店が所狭しと並び、きらきらの電飾で飾り付けられている。
露店で売っているものも、ツリーの飾りやかわいらしいアクセサリー、ホットワインやフランクフルトなど、様々である。
「きれいですね……。それに、寒さを忘れるほどのエネルギーがあふれています」
会場は音楽と笑い声に溢れ、ワインやチョコレートを飲んで体をあたためたせいか人々の顔は上気している。
ここに立っているだけで「楽しい」と感じてしまう空間だった。
「一緒に見たかったな……」
真琴は、今回の修学旅行に来られなかった、大切な人のことを思い出した。
こんなにも周りの空気は明るいのに、真琴の心は暗く沈みかけていた。
少しずつ、周りの音が遠くなり、切ない気持ちに支配されそうになった。
その時。
「ほら、まずは腹ごしらえだよ!」
気が付くとクリスチーナが、フランクフルトを二本買ってきて、うち一本を真琴に差し出していた。
(ちゃんと励まさないとね)
真琴の気持ちを知っているクリスチーナは、とにかく真琴を元気にすることが先決だと考えた。
ほかほかと湯気が上がるフランクフルトは、とてもおいしそうだ。
「いただきます」
真琴が、買ってきてくれたクリスチーナの手前、すぐにかじりつく。
「……あつっ。おいしいっ!」
感想をふたこと漏らした真琴は、口の中に広がる味に満足して、自然と笑顔になった。
「そう、その顔がいいんだよ」
クリスチーナは、満足そうにうなずいた。
「もう悲しい顔をしていないで、お祭りの雰囲気を楽しもう」
「……はい!」
真琴とクリスチーナは、元気にクリスマスマーケットの会場を歩き始めた。
フランクフルトを食べたあとは甘いものが欲しくなり、二人はホットチョコレートを買い求めた。
濃厚な甘さが口に広がると同時に、じんわりとあたたかさが体に広がる。
真琴は、元気がみなぎるようだと感じた。
「あ、素敵」
真琴が足を止めたのは、ドイツ陶器を売っている店だ。
上品で繊細なデザインを施されたカップやソーサーが並んでいる。
もちろん、最高級マイセンの食器に手が届くはずがないが、この店で売っているものは比較的お手頃な価格帯のものだ。
「買おうかなぁ……」
真琴は、一組のペアカップに目を付けた。
上部がすぼみ、下の方が若干膨らんでいるミルクポットのようなかたちをしたカップが、青と緑のペアでセットになっている。
たっぷりめのコーヒーが飲めるサイズだ。
「あいつと揃い? いいじゃん!」
クリスチーナがぽんっと手を叩いた。
「そうかな? これ、気に入ってくれるかな?」
カップの裏、中、横をまじまじと観察する真琴。
「それはかなりセンスがいいと思うけど」
それはクリスチーナの本心である。そのカップはかなりかわいいと思ったのだ。
「……わかった。これにする!」
真琴が会計をしている間、クリスチーナは周囲の他の露店を覗いていた。
無理を言ってラッピングをしてもらっているため、時間がかかっているのだ。
やがて買い物を済ませた真琴が戻ってきた。
「……はい」
クリスチーナに、ひとつの包みを渡す。
「ん?」
それをクリスチーナが受け取り、厳重な梱包を取り外して中身を見ると、それはバラが描かれたカップだった。
「あたいにも……?」
驚いているクリスチーナに、真琴は笑顔でこくんとうなずいた。
「あ、ありがと……」
クリスチーナは大切に、そのカップを包みごと抱いた。
「これで思い出、全員分ですね」
真琴も、包みを抱いていた。
中身はもちろん、先ほどのペアカップをラッピングしたものだった。
飛行機で帰ることを店員に告げたところ、割れないようにとしっかりくるんでくれたため、カップふたつにしては包みがやけに大きい。
そのことをクリスチーナに指摘されると、真琴は笑って答えた。
「これは、人のやさしさのぶんの大きさです」
幸せは、自分一人では掴むことができない。
あの人と、パートナーと、そして周りに様々な人たちがいるからこそ、幸せになれる。
真琴は大切な人と離れた異国に来てみて、そのことを強く噛みしめたのだった。