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リアクション
エリザベートの足跡を求めて
ドイツ・魔術結社ミスティルテイン騎士団。
ここに、ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)と神代 明日香(かみしろ・あすか)は、二人連れだってやって来た。
目的が同じだったため、自然と一緒に行動するようになったのだ。
ここミスティルテイン騎士団には、イルミンスール魔法学校の校長・エリザベートの両親がいるはずである。
ファトラと明日香は、エリザベートの両親に会いたかったのだ。
「ここまで来たはいいですけど、ちゃんと会ってもらえるでしょうか……」
明日香が不安げに、ミスティルテイン騎士団の建物を見た。
見る者を威圧する、黒壁。
来訪者を拒んでいるようにも見える。
「ま、会えなかったら会えなかったで、派手に動いて向こうから接触するしかない状況を作るまでですわ」
会えないはずがない。そう信じているファトラだった。
何にせよ、修学旅行生としてはトラブルを起こさないほうがよいに決まっている。
ひとまず正面突破を試みることにした。
建物の門を守る守衛に、パラミタから来たということ、エリザベートと面識があるということなどを手短に伝え、証拠として明日香の東シャンバラ国民証などを見せて身分を明かした。
「しばしお待ちを」
意外なほど丁寧な対応で、守衛はどこかに電話をかけている。
その数分後、門は二人のために開いたのだった。
「んー、なんかコワイかも」
明日香が、ぽそりと感想を漏らした。
外の印象と同様、内装も必要最低限の調度品のみで、非常に冷たい印象を与える。
「華やかなテーマパークを予想したりはしてなかったけど、さすがにちょっとシンプルすぎますわね」
ファトラも、薄ら寒いものを感じていた。
「こちらでお待ち下さい」
通されたのは、立派な応接室だった。
やたらと腰が沈んでむしろ疲れそうなクッションに座り、二人はおとなしく待った。
「ねえ。あなたはどうして、ここに来ようと思ったのかしら?」
ファトラが、この時間を利用して明日香に話しかけた。
ファトラは当然、このような行動をとるのは自分一人だと思っていたのだ。
何せ、楽しい修学旅行である。このような小難しいところに、誰が望んで来るであろうか。
「エリザベートちゃんのためだもんっ」
明日香は、明るくそう言い切った。
「エリザベートちゃんのこと大好きだから! どうやって育ってきたのか、聞いてみたいの」
ファトラは明日香の瞳に、きらめく星々を見たような気がした。
(どうも……少し目的が違うようね。やりにくいかもしれない)
同席したのは失敗だったかと、ファトラは内心舌打ちした。
(こうなったら欲は出さず、できるところまで聞き出すまでだわ)
ファトラが黙って作戦を練っていた時。
「お待たせしました」
ドアが開き、上品な男女が応接室に入ってきた。
黒いスーツを身にまとった紳士と、派手すぎない落ち着いた紫のドレスを身にまとった女性。
「エリザベートの父と母です」
二人は、エリザベートの両親だ。
「はっ、はじめましてっ!」
明日香がぺこりと挨拶をする。
「お忙しいところ、お時間をくださったことに感謝しますわ」
次いでファトラも、丁寧に挨拶をした。
秘書であろうか、初老の落ち着いた男性が、応接室のおそらく大理石でできているテーブルに、飲み物を運んできた。
ファトラの前に置かれた、繊細な花模様が描かれたカップから、豊潤なコーヒーの香りが立ち上っている。
「素晴らしいコーヒーですわね」
コーヒーに詳しくない者でも、ある程度の高級品であるだろうということは容易に想像ができるほど、濃厚な香りだった。
明日香の前には100パーセントのオレンジジュースが置かれたあたり、この初老の秘書は仕事ができるに違いない。
「彼は私の秘書と同時に、娘の世話役もしておりました。娘の近況を聞きたいとのことなので、同席させますがよろしいですか?」
エリザベートの父が秘書を紹介し、ファトラと明日香に許可を求めてきた。
「もちろん! たくさんお話ありますよ!」
「こちらもお聞きしたいことがありますので、いてくださるとありがたいですわ」
二人は了承し、秘書もそばに控えた。
「エリザベートさまは、お元気でいらっしゃいますか」
さっそく、秘書が尋ねてきた。
(世話役、というくらいだから、きっと両親以上にエリザベートに関わってきたのよね)
ファトラは、孫を心配するような気持ちだろうかと、秘書の気持ちを汲み取った。
「近況であれば、明日香さんのほうが詳しいでしょう」
ファトラは、話を明日香に振った。
「えっとね、エリザベートちゃんは立派に校長先生してますぅ」
「それはよかった」
秘書の目が糸のようになった。
「いつも娘がお世話になっています」
それを聞いたエリザベートの母も、頭を下げた。
「皆さんを困らせていなければいいのですがね」
父は、腕組みをして薄く笑った。
そのとき、明日香とファトラは、同じことを感じた。
(よそよそしい……)
エリザベートの両親は、突然尋ねてきた二人に対し、時間を割き、紳士的に対応してくれている。
だが……なんだか無機質なのだ。
本当にエリザベートを心配しているというような、そんな気持ちが感じられない。
出会ってから今まで、機会はいくらでもあったのに、一度も両親からエリザベートの近況を尋ねたり、心配したりする言葉が出てきていないのだ。
ピピピ……。
携帯電話の音。エリザベートの父の胸ポケットから響いている。
「失礼」
エリザベートの父はひとこと断りを入れると、電話に出た。
小声なので、話している内容は聞こえない。
1分ほどの通話の後、彼は申し訳なさそうにファトラと明日香のほうに向き直った。
「せっかく来てくださったのに申し訳ないのですが、私は別の来客に対応しなければならなくなりました」
そして、立ち上がる。
続いて、エリザベートの母も立ち上がった。
来客に、夫婦そろって対応するということなのだろう。
「これからも、エリザベートをよろしくお願いします」
そう言って二人は頭を下げると「せめてゆっくりお茶を飲んでいってください」と言い残して、部屋を出て行った。
「ふぅ」
ファトラがコーヒーをすすると、まだ充分にあたたかかった。
エリザベートの両親と面会できたのは、ほんの数分間のことだったのだ。
「本当に……エリザベートちゃんを心配しているのかな」
最後の「娘をよろしく」の挨拶も、なんだか形式ばっていて愛情が含まれていない。
明日香はそう感じ、思ったことをそのまま言葉に出した。
「……申し訳ありません」
それを聞いて、初老の秘書が頭を下げた。
「あ、いえっ。ごめんなさい〜! 余計なこと言っちゃいましたぁ……」
焦る明日香。
「いえ。ご両親がエリザベートさまに関することに対して、あのような応対をしてしまうのも、仕方がないといえば仕方のないことかもしれません」
秘書は、両親が手をつけずに置いていったコーヒーを片付けながら、遠い目をしてつぶやいた。
「少し、お話を聞かせていただけると嬉しいですわ」
ファトラは、この秘書から話を聞きたいと思った。
「……わたくしでよろしければ」
秘書は片付けの手を休め、ファトラと明日香に向かって語り始めた。
「エリザベートさまは、才能に恵まれました。いえ、恵まれすぎました」
エリザベートの魔力は強すぎたのだ。
幼い頃から魔力が暴走して、いろいろと問題を起こしていた。
エリザベートの魔力は、隔世遺伝なのである。
従って両親には、エリザベートほどの能力はないのだ。
だから余計に、普通の子ではないエリザベートのことが疎ましかったのだろう。
「突然、アーデルハイトさまが現れてエリザベートさまをパラミタに連れて行ってしまった時、実はご両親はほっとしていらっしゃいました」
遠く離れた両親と娘。
普通であれば悲しむべき境遇も、皮肉なことにお互いにとって好ましい状況を作り出したのだった。
「話しすぎましたかな」
秘書は、年をとるとぼんやりしてしまってね、と笑った。
それは、会話の終わりの合図だった。
ファトラと明日香は、来たときと同じように門まで案内され、秘書に見送られて建物を出た。
「もうちょっと話を聞きたかったですわ……」
「あ、エリザベートちゃんの私物をおみやげにもらってくるの忘れたぁ……」
ファトラと明日香の目的が、完全に果たせたとはいえないかもしれない。
だが二人は、この行動を起こしたからこそ得られた、貴重な話を胸に刻み込んだ。
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