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リアクション
10 シルバーソーン(1)
部屋を抜け、光術の照らし出す通路を再び彼らは歩いていた。
光精の指輪から呼び出された人工精霊も道先案内人のように前方を照らしながら飛んでくれてはいたが、通路の中央だけで四隅は暗く陰っている。天井近くを走る配管や整備用通路の網路といった死角も多かった。
「そこ」
アン・ブーリン(あん・ぶーりん)は短く言葉を発したのち、セフィロトボウを放った。太い配管の上で、ギャアとカラスが鳴くような枯れた声がする。闇のなか、ぐらり揺れて落ちてきたのはエンプサだった。
「ヒュー。やっるー、アンちゃん」
ぱちぱちぱち。すぐ後ろを歩く尾瀬 皆無(おせ・かいむ)の能天気な声と気の抜けそうな拍手に惑わされることなく、アンはさらに向かい側の闇へと光輝の矢を放つ。のどを射抜かれたエンプサは悲鳴を発することもできず前傾して、途中の網路に引っかかった。
エンプサは精神攻撃を仕掛けてくる。彼らがその技を用いる前に、即座に殺さなくてはならない。
「……真実でもないことで人心を惑わせ、ひととひとを争わせようなどと、許せませんわ。なんて性根の曲がった鳥でしょう」
「うんうん。まったくだねー。でもひとつ言わせてもらうなら、これ鳥じゃなくてコウモリ――」
「黙りなさい、下郎。だれがなれなれしくしてよいと言いましたか?」
親しげに両肩へと回った腕に、矢じりをぶっ刺す。
「いってーーーっ!! アンちゃん、俺たちの間柄でそれってないよ〜」
ぶっすり刺さった手の甲を涙目でフーフーする皆無に、アンはさらりと髪を肩向こうへ払ってこともなげに言う。
「あら。光輝でやられませんのね?」
「えー? なにソレ? 俺様エンプサじゃないですよー?」
「おかしいですわね。うそで人心を惑わす不浄のやからはこれで退治できると聞いていたのですが」
「アンちゃん……ひどいっ」
「さあ皆さま、サクサクまいりましょう。どんなモンスターがひそんでいようとも案ずることはありません。わたくしたちには「イナンナの加護」がついております。きっとこのイナンナさまの力溢れるカナンの地では、絶大な力でわたくしたちをお護りしてくださることでしょう。これある限り、不浄のやからなどには決して屈したりしませんわ」
床にぺったり座り込んだままの皆無など完璧無視。アンは先頭立ってさっさと先へ進み、エンプサがひそむ闇へ向かい、ときおり矢を放つ。
それを見送っていた皆無の耳に、背後、カツカツカツカツという硬い靴音が聞こえてくる。振り向くと、最愛のパートナー狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)がグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)の手元を覗き込みながらまっすぐこっちへ歩いてくるのが見えた。
「聞いて聞いて乱ちゃんっ、アンちゃんたらひどいんだよ〜」
「――で、どうだ? さっきのは録れていたのか?」
「どうかな…。室内のあかりは安定していなかったし、あの女性は顔を隠していたから。血まみれだったこともあるし」
「こんな場所だ、映像は期待してないさ。声の方だ。集音は?」
声さえ録れていれば、音声データを声紋鑑定に持ちこめる。そうすれば敵の正体を掴む証拠になり得るはずだ。
乱世はそう考え、あえてグレアムを戦いには参加させず、迷彩塗装で闇にまぎれこませてデジタルビデオカメラで録音・録画させていたのだった。
グレアムはボリュームを操作しながら表情を曇らせる。
「雑音がかなり多いかな。切さんとの剣げき音のほかにも足音とかほかの人の声とかいろいろ…。人数も多かったからね。こういった機器は平等に周囲の音を拾うから」
人間の耳は無意識的に音を取捨選択・調整して聞きたい音のみへ集中しほかは排除するが、機械はそうもいかない。グレアムは嘆息し、スイッチをオフにした。
「歌声も口ずさんでいただけで、かなり小さかったからね。歌っているのは分かっても、彼女が何を言っていたか聞き取れていたのは多分、僕と切さんだけでしょ。
正直、分析は望み薄だと思う。シャンバラへ送って、すべての雑音を排除してあの女性の肉声のみを取り出すだけでも何カ月もかかるよ、きっと」
「そうか…。――くそッ。もう一度襲撃してくれば、今度こそあたいが相手してやるのに!」
こぶしをてのひらに打ちあて、くやしがる乱世。
「乱ちゃん……グレきち…………ひどいッ。俺様のことまるきり無視!?」
どんどん遠ざかっていく後ろ姿に手を伸ばし、皆無はよよよと泣き崩れたのだった。
(……なんかあの人、かわいそうだなぁ…)
ちょっと憐憫の目で見ていたら。
タタッ……タタッ……と軽い、まるで床を跳ねるような足音がかすかに聞こえてきて、朝斗はそちらに両手を伸ばした。
ぴょんっと何かが手に乗ってくる感触と重みがして、手の上の空間がわずかにひずむ。パサッと布が落ちる音がして、光学迷彩のはずれたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)の首から上が現れた。
「おかえり。どうだった?」
「にゃっ!? にゃにゃっ、にゃにゃにゃにゃにゃ〜っ!」
とたん、あさにゃんの顔から彼の元へ戻れた笑顔が消えて、両手を使っての必死の訴えが始まる。その体から、危険に遭遇した場合に用いるよう指示してあった煙幕ファンデーションのきな臭さを嗅ぎ取って、朝斗は何があったかを直感した。
「みんな、いったん集まって! この先で何か問題があるみたい!」
朝斗の呼びかけで全員が集合する間、あさにゃんはハンドベルト筆箱を用いて懸命に今見てきたことを伝えようとしていた。
抑えられた光術のあかりの先にぼうっと浮かび上がったのは、超霊の面。そしてそれに続く少年の細い体だった。
彼を見てもだれにも驚く様子はない。
先に偵察らしいネズミを見つけていたこともあって、音無 終(おとなし・しゅう)もまた、彼らの見せた反応にがっかりはしなかった。
「ずい分遅かったんですね。待ちくたびれるとこでした」
軽口をたたきつつも、終は仮面の下からバァルの姿を捜す。……前列にはいない。中列にも。
かなり後ろの方に、あの紫紺の甲冑と白いマントがぼんやり見えた。
(やれやれ。少しはマシになってきたと思ったのに、あいもかわらず人の後ろに隠れているとは)
失望のため息が漏れるなか、終はポケットからスイッチを取り出し、指でつまんで振ってみせた。
「これが何かはお分かりですね?」
「……爆弾だろ」
乱世が吐き捨てるように答える。
「テメェのやりそうなこった。あたいたちがなかへ入ったら爆破させて、まとめて始末か。――エシムのときといい、自分の手を汚さない卑怯者め…!」
「あれ? 心外だなぁ。もともと策とはそういうものじゃないですか。優秀な策略家は決して自分で最後の一手をくださないものですよ。それに、僕のような子どもでは、あなたたちのような大人には肉体的に太刀打ちできませんからね」
「ふざっけんな!! 今さらそんな屁理屈に逃げ込もうとすんじゃねえ!!」
激声とともに魔銃マハータパスが抜かれた。
つきつけられた銃口に、終はスイッチを握り込む。
「短気は損気ですよ、おねえさん ♪ 言っておきますが、これは僕のせいじゃないですからね」
「まさか…!」
目を瞠る乱世の前、終の後ろで強い閃光が起きたと思った次の瞬間、医務室が爆発した。
耳をつんざく爆音が響き渡り、熱風が通路を吹き抜けていく。
「チクショウ!! アン、グレアム、消火器だ!! 急げ!!」
壁の向こうで破裂するガラス瓶の音。そしてあっという間に足元を走り抜けた炎に、乱世は叫んだ。
はじめからそのつもりだったのか、廊下は火の海と化している。
「はいっ」
少しあわてながらも、アンが来る途中で手に入れてあった消火器で鎮火に努める。消火器の粉と爆発の黒煙で、全員胸の上あたりまでおおわれた。
煙にむせて咳き込んでいたルカルカの視界に、爆発の起きた部屋の側の壁に手をついているダリルの姿が入る。
「ダ、ダリル…?」
「壁抜けができるか試してみよう。もしかすると、まだ無事なボトルがあるかもしれない」
そう答える間にも、ダリルは体半分を壁の向こうへ入れていた。だが完全に向こう側へ入り切る前に戻ってきて、首を振る。
「駄目だ。部屋じゅうの物に燃え広がっている。ガソリンでも撒いていたのかもしれない」
「そんな…っ! じゃあ、シルバーソーンは……燃えちゃった…?」
ルカルカの声に、このとき初めて絶望の色がにじんだ。
「まさか本当に爆破しやがるとは…!」
消火器を手に、いまだ信じられない思いで首を振る乱世の背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。
ほとんど本能的に身をひいた彼女のほおを熱い炎がかすめる。垂れた血と背後の壁に開いた穴に、初めて銃撃されたことに気がついた。
あの一瞬、身を起こしていなかったらどうなっていたか……ぞっとする間もなく、魔銃カルネイジの銃口が見える。
「! テメェ!!」
「ふふっ。おねえさんには卑怯者と思われちゃってたみたいだし。今回は、直接お相手しましょうか」
「乱――ああっ!」
助力に向かおうとしたアンたちを、何の前触れもなく闇から現れた鉄の刃が襲った。
フラワシではない。こちらもやはり超霊の面をつけた人間だ。顔は完全に面によって隠され、身体的特徴からまだ若い女性であるとしか分からない。
浅く切れたふくらはぎを押さえ、ひるんだアンの後ろからエオリアが飛び出した。疾風迅雷で一気に距離を詰め、チャスタティソードで敵の持つサバイバルナイフをふさぐ。
「今のうちです!」
相手は女性だ。勢いで壁の方へ押しきり、そのまま力ずくで拘束しようとする。だが次の瞬間、彼の後ろを抜けて行こうとする者たちに向け、今度こそ嵐のフラワシが荒れ狂った。
凶暴な不可視の刃が手当り次第、無差別にそこにいる者たちを襲い始める。
「うわあああっ!!」
「きゃあっ!」
「そんな…!」
呆然と振り返るエオリアの隙をついて、銀 静(しろがね・しずか)が蹴り飛ばした。エオリアもまたフラワシに斬りつけられるのを見て、自身は隠れ身で闇へと消える。
見えざる敵に翻弄される者たちの声を背後に、終は手にしていた箱を足元へ置いた。ふたを開けると、あのセレナーデが流れ出す。
「まさかまた…!」
今度はだれが操られているのか、身を固くする彼女に、終はにこやかに言った。
「これは制限時間です。ダラダラやったってつまらないし。やっぱりこういうのがないと面白くないでしょう?
この曲が終わるまでに皆さんが僕を捕まえられたら、僕もおとなしくシャンバラまでご一緒しましょう」
「っ…! ざけんじゃねえ!!」
カッと頭のなかが赤く染まって、乱世は血と鉄を発動させた。二丁を手に、銃舞を発動させる。
「たしかにこれまで捕まえられなかったがなぁ、それでテメェが許されたと思うな! テメェには二度とカナンの地は踏ませねえ!」
「カナンねぇ…」
終もまた、カルネイジの二丁拳銃による銃舞で受けて立つ。乱世の繰り出す猛攻をすり流し、ふむ、と考察した。
「ネルガル、でしたっけ? もう大分前になりますが、この国の未来を憂い、それを何とかしようと皆から反逆者と言われながらも戦い、殺された人の名前は。……まあ、よけいな事をしてくれましたよね〜、ザナドゥの横やりなんかなくたって、放っておくだけでこの国は、甘い果実がゆっくりと腐っていくかのごとくつまらない最期を迎えたでしょうに」
あの我が子をスポイルする過保護な国家神のせいで。
「なんだとッ!?」
怒りのまま、乱世は銃床で殴りつけた。しかしこれもまた、カルネイジを持つ手で跳ね返される。
終は敏捷だった。これまでパートナー静の嵐のフラワシを用いてばかりで自分からは手を出してこなかったので気付けなかったが、彼自身相当の手練れだ。
それはスキルのせいだけではない。冷静に相手を観察し、視線やかまえ、手の流れ、指の動き、重心移動、呼吸にまで細かく注意を払って攻撃を仕掛けるタイミングと狙いを見切る。これは口で言うほどたやすいことではない。見切れても即座に対応、相手の動きについていけなければ意味がないのだ。
そうして見切った攻撃をかわし、いなして、さらには乱世のカーマインを蹴り飛ばす。即、追撃をかけてくると身構えた乱世の前、終は笑みを浮かべると一歩後ろへ退いた。
「静」
己を呼ぶ終の声に敏感に反応して、静が脇へ姿を現した。
「ここは任せたぞ」
「ま、待ちやがれッ…!!」
手を伸ばそうとした乱世に静のブラインドナイブスが襲いかかる。
そして通路じゅうを吹き荒れる嵐のごとき凶悪な刃と焔。乱世は何かを叫んでいたが、その言葉は他の者の上げる声にたやすくかき消された。
もうほとんど煙は地に沈んでいて、煙幕の役目を果たさない。
(あの女に少し時間をとられすぎたか。だが、まだいける。……やれる!)
できる限り身をかがめ、うす闇と煙にまぎれて、終はバァルを背後から襲撃した。
(このままいくと、あなたの存在は僕の望みを叶えるための障害になる)
「だからバァルさん、あなたはここで死んでください! 無能なおろか者としてね!!」
無防備な背中、持ちあがるカルネイジ。
銃口は頭部を狙っていた。――この距離ならば、絶対にはずさない。
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