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リアクション
6 地下2階(1)
●地下2階
体長10センチ、モウセンゴケの花妖精ペト・ペト(ぺと・ぺと)は、今日も今日とてパートナーアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)のコートのポケットに入って同道しながらふんふん鼻歌を口ずさみ、結婚式での出来事を思い出していた。
魔女モレクの襲撃やその後の悲劇はたしかにおそろしいことだった。内乱が終わり、その元凶のひとつでもあったザナドゥとの戦争も終結して、これからみんな幸せになりましたとさ、めでたしめでたしというハッピーエンドで締めくくられるとばかり思っていた、その矢先にシャムスが狙われて。矢が彼女へ向かって飛んだのを目にしたときは、胸がぎゅうっとなった。けれどその直後、となりにいた東カナンの騎士が己が身を盾としてかばい、彼女の代わりに毒矢を受けた…。
(襲われる王女を、身を挺して守る異国の騎士。ロマンチックなのです。ラブなのですよ〜)
問題は、2人がどんな関係なのか? だ。今まで1度もシャムスの口から彼の名を聞いたことがない。そもそも特別な男性がいる様子など影も形も見せなかった。
あの男性は恋人? 婚約者? それとも彼の片思い? ……異国の王女へのかなわぬ想いに胸を焦がしながら命を賭けて守ろうとする騎士。これはこれでものすごーーくロマンチックだ。妄想の翼は果てしなく広がる。
「これはぜひとも調査しないといけないのですっ。アキュート! 2人の関係を調査開始なのです〜」
「…………」
つんつん引っ張ってくるペト・ペトから使命(?)を帯びたアキュートだったが、彼にはそんなときめく乙女心なぞというものはカケラもない。
ま、ペトが知りたがってるなら訊くぐらいはいいか、程度の考えで周囲の者に訊いてみた。幸い、彼の周りにいる者たちはほぼ全員セテカと面識のある者たちだった。彼らは口々にこう答える。
「バァルの親友で、側近で、東カナン12騎士の騎士団長の息子。東カナン軍上将軍。ほかに何かあったかな?」
「嘘つきの策略家」
「如才がない」
「抜け目がなくてしたたか」
ペト・ペトはむうぅ〜〜となる。シャムスと接点になりそうなことがないのだ。直球で訊いてみても、だれもが首を傾げるか横に振るだけだった。
「だれも知らないのです〜?」
ペト・ペトの質問に、全員首を振った。モンスターの目を引かないようにするため、光術によるあかりは最低限に抑えられていた。アキュートは最前列にいる。全員の細かな表情までは読めなかったが、特に何か隠している様子はなさそうだ。
「だ、そうだ」
ますますむうぅ〜〜となったペト・ペトが黙考にふけるためポケットへ沈み込んだころ、彼らは地下2階へ下り立った。
「広いなぁ。ここを全部端から探索するのか」
壁に打ち付けられたプレートの番号を見て、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が思わず腰に手をあて嘆息する。
「リリア?」
メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の問いかけるような声で、そちらを向いた。
「しっ」
とリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は口の前に人差し指を立て、集中を始める。彼女が何かしていると知って、黙して見守るなか、やがて彼女は大きく息を吐き出すと首を振った。
「駄目だわ。人の心、草の心でもしかしてシルバーソーンの声が拾えるんじゃないかと思ったんだけど…」
「いきなり動かなくなったと思ったら、そんなことをしていたのか。情報によれば採取されて数百年を経ている。その前に干されて乾燥しきってもいるだろう。死んだ草が応えるわけがないな」
やれやれと言うようにメシエは腕組みをする。
「まあっ! 植物は強いのよ! どんな環境にだって適応しようとするし、たとえカラカラになっても休眠しているだけの子たちだって大勢いるんだから!」
憤慨して食ってかかるリリアを、どこかしらけた目で見下ろすメシエ。
「事実、無理だったのだろう?」
「……うーっ…」
「ま、まあまあ。何もそんなことでいがみ合わなくても…」
ああまたか、と思いつつもエースが仲裁に入る。
「これでしたいことはすんだのだろう。あとは後ろへ下がって、前には出ないようにしていることだ」
「なんですって!?」
「……あああ…」
どうしてリリアに対してだけはこうも冷淡に接するんだろう? あれは、ようは「危ないから」ということだろう? なのにわざと誤解されるような発言ばかりして…。
エースは内心頭を抱えつつも、とにかくメシエを下がらせ、リリアの視界に入らないよう前へ立ってなだめようとする。
その後ろでは、偵察に出ていたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)からの報告(筆談)を受けた者たちが二手に分かれる相談をしていた。
「ご苦労さま」
榊 朝斗(さかき・あさと)からほめられて、あさにゃんは上機嫌でお気に入りの場所――朝斗の頭の上――へと駆け上がる。
デパートになるだけあって艦内は思っていた以上に広いが、この地下2階と3階はどうやら機関部区域が半分近くを占めていて、特に今いる2階部分は機関部区域へ入る通路がない分、せまいということが判明した。このまま全員で手分けするほどでもないと、地下1階で分かれた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)や高峰 雫澄(たかみね・なすみ)たちとのときのように、時間を惜しんで2階と3階に分かれて探索をすることに決まった。
「じゃあ僕たちがここを担当します」
矢野 佑一(やの・ゆういち)、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)、シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)、プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)、それにファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)、ジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)、ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)、ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)が2階の探索班となり、残りの者たちは3階へと降りる。
ヘッドライト付きヘルメットをかぶったジェーンが先頭に立ち、とりあえず端の部屋から順々に見ていこうと、意気揚々廊下へと歩き出した。
「おお! マスター、マスター! こここそ戦艦島! 戦! 艦! 島! でありますよ!
帰ってきたジェーンさん探検隊! いざ迫らん戦艦島の秘密へ! はるかいにしえよりよみがえりし戦艦島! 魔境と化したその地下に太古の植物『シルバーソーン』は実在した! でありますね!」
「御託はいいから振り返るな! まぶしい!」
さあ行かん、未知なる領域へ! と両手を広げて見せるジェーンの首を、ファタがぐりんっと回して正面へ向けさせる。
「ほら、さっさと行け! おまえが行かぬとだれも進めぬじゃろう!」
「マスター。マスターはときめきが不足しているのではないかと思うのでありますよ」
ひねられた首をさすりさすり、ジェーンは言う。
「そういうマスターにはこれ! 『人生がときめくハートの魔法〜心のなかの整理整頓術〜』! ぜひこれをお休み前の愛読書にしてほしいであります!」
「いいからおぬしはいちいち振り向かず前へ進めばよいのじゃ! このポンコツッ!!」
ふところから引っ張り出した新書をすかさず奪い取り、思い切りそれではたいてやった。
直後。
「なんだ、ファタ。ときめきが不足しているのか」
下腹部のあたりがぞくりとするささやきがすぐ耳元で起きる。
「こんな物を読まずとも、俺がいつでもベッドでおまえをときめかせてやるぞ。こんな物と違って、タダでな」
「う、ううう、うるさいっ!!」
熱くなった耳を抑え、バッと横に一歩飛びずさる。いつの間に距離を詰めていたのか、シュヴァルツが前かがみになっていた。
ファタの反応に満足そうな笑みを浮かべ、身を起こす。
「必要ないわ、そんなものっ!!」
「無料で奉仕してやると言っているのに。なんならお試しをしてもいいぞ。きっとおまえも気に入るだろう。そうだな……これが終わったらおまえの部屋でどうだ? さすがにここでは無粋すぎる」
「いらぬと言うておるに! おぬしの耳は塞がっておるのかッ!!」
「おまえは魔眼で目を酷使しすぎだ。ホットな布を用いていろいろとマッサージをしてやろう。そうすればどんな効果があるか、おまえは驚くぞ」
「ひとの目をふさいで何する気だ、何をッ!!」
おや? とシュヴァルツが首をかしげる。
「心外だな。俺はただおまえのことを心配してやっているだけなのに」
「心配していると言いながら、なぜこんなことをしているッ!」
ファタは声を張り上げた。話しながらどんどんどんどん距離を詰めてくるシュヴァルツから逃れようとしていたら、いつの間にか壁に囲い込まれてしまっていた。
「こういうことをするからおぬしは信用できんのじゃ!!」
おおいかぶさるように接近しているシュヴァルツの顔から逃れようと、懸命にそっぽを向く。
「そうか? だが」くいっとファタのあごを持ち上げ、彼女にだけ聞こえる言葉でささやいた。「あまり目を酷使していると、俺みたいになるぞ…?」
ふと、そこに一片の真実を感じて正面に向き戻り、至近距離でシュヴァルツと視線を合わせる。彼の眼帯に覆われた方の目を見つめたとき。
「アネゴー、そういうの見るのキライじゃないっスけどねー、できたらもうちょいあかるい所でやってくれませんかねー?」
後ろを歩いていたヒルデガルドがニヤニヤ笑ってちゃちゃを入れた。
ローザは初めて見た2人のやりとりに興味津々、特にシュヴァルツに見入っている。
2人を見て、カッとファタが赤面――というと怒るので――顔に血の気を昇らせた。
「きさまらを面白がらせるためにしとるのでもないわッ!!」
「えー? でもこういうネタでもないと、やってられないっスよー。モンスターの巣窟ってんで暴れられるとうきうきしてたのに、こんなん担がされて」と、梟雄剣ヴァルザドーンをコツコツたたく。「アタシはこぶしで殴るのが一番イケるっての、分かってくれてると思ってたんスけどねぇ?」
「このせまい場所でタバコなぞ吸うな! ミシェルやプリムラがけむたがるじゃろう!!」
「――ケッ、モクでも吸ってネェとやってられネェんだよ」
注意されて、ますますスパスパやり始めるヒルデガルド。そしてそれを怒鳴りつけるファタ。そんな様子をミシェルははらはらしながら後ろで見守っていた。
「ゆ、佑一さん、どうしよう…?」
となりを歩く佑一の服の肘のあたりを引っ張る。
「ん? ……ああ」
と、ファタたちのやりとりに真剣に耳を貸した佑一は、くすりと笑った。
「プリムラ、煙で気分悪い?」
問われてプリムラは首を振る。
「べつに」
「ミシェルは?」
「ううん、平気…」
「そう。大丈夫だね。よかった」
にこやかに笑みを浮かべる佑一に、ミシェルは今度は少しためらいがちに服を引いた。
「佑一さん……さっき、何か考え込んでなかった?」
「え? ああ……いや、考えていたんじゃなくて、さっきのやりとりでちょっと思い出しちゃってね」
それが何かといえばもちろん、あの某東カナン一不運な男のことだ。
「「よく死にかけるやつ」というのも言っておけばよかったかな。実際、最近会うたび何かしら深刻なけがしてるよね、あいつ。そのたびに僕たちが駆けつけて…。
本当にこれで何度目だろう? 今回はシャムスさんをかばったからこうなったっていうのも分かってるし、しかたないんだろうけど……でも、自分を大事にしない人って、どうなんだか…」
こうして言葉として口に出すと、ますます腹がたってきて。それを少しでも放出するように、深々とため息をつく。
「そうね。きっとそういう人って、1度死んでみないと分からないんだと思うわ」
「いや、セテカは死んだこともあるんだ」
2回ほど。
「あらそうなの。じゃあ癖にならないといいわね。それとも、もうそうなっているのかしら? 自分で首に巻いた紐締めたりする人っていうのもいるみたいだし……とんだドMなのかしらね」
あっさりした声でプリムラがとんでもないことを言い、佑一も特に否定しないのを見て、ミシェルはあわてた。
「ゆ、佑一さん…っ、あのっ……あのねっ」
「ミシェル、そう真面目に思い詰めなくていい」シュヴァルツがぽんと肩をたたく。「これはいつもの事だ。セテカのやつももう慣れているだろう。死にかけることに対して耐久力がついているはずだ」
「そーそー。あれは何があってもしぶとく生き残るヤツだって。そう簡単にくたばったりしねぇよ」
「でもっ…!」
「そんなに1人で気負うなミシェルよ。みんなちゃんとセテカのことは心配しておる。でなければここまで来はせぬよ」
「アタシは殴り合いさえできりゃ何でもいーんだけどー?」
「まあ、助言ぐらいでしたらできないこともありませんね」
心配はしているかもしれないが、それぞれ重さに各段の差があるらしい。
「むぅ…」
「とりあえず、この辺りから始めるかねぇ」
「1人1部屋じゃ。何かそれらしいボトルを見つけたら呼ぶのじゃぞ」
「分かりましたわ」
何と返せばいいのか分からず、思わず頭を抱え込みそうになってしまったミシェルの前、全員が手分けして左右の部屋へ散って行く。佑一がなぐさめるように頭をぽんぽんとたたき、プリムラがそっとミシェルの手に手をすべり込ませた。
「……うん。ボクたち一緒に探そ」
それからしばらく、彼らは通路の両側にある部屋を探索していた。ほとんどの部屋がせまい、シングルベッドと小さな机があるだけの個室だ。機関士たちの部屋だったのかもしれない。冊数の少ない机上のブックケースを見て、なんとなし検討をつけていたころ。
突然廊下が騒がしくなった。ファタが見張り兼用で配置していた傀儡たちだ。
何ごとかと飛び出した先の暗がりで、傀儡の1体がぼんやりと体がななめにかしいだ状態で宙に浮いていた。すぐに浮いているのではない、グールがくわえているのだと分かる。ジェーンのヘッドライトを目に受けて、まぶしげにうなったグールは、プッと傀儡を吐いて壁へとたたきつけた。彼らがほしいのは肉であり、人形ではない。
グールたちが自分たちをエサと認識したのを感じて、ファタは己の武器――氷の大鎌を生成する。
「来るぞ! 気を抜くでないぞ!」
同時に、グールは前衛で最も小さき者、ファタへ突進した。
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