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シルバーソーン(第1回/全2回)

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シルバーソーン(第1回/全2回)

リアクション


11 シルバーソーン(2)

 終はあえて振り向くことを彼に許した。
 メイシュロットでの邂逅の際、彼を見上げるバァルの目に浮かんでいたものを思い出す。あれは、それまで不確実だった2人の何かが結びついた瞬間でもあった。
 だからこそ、この手で断ち切りたい。おまえを殺すのは自分だと、バァルに知らせたい気持ちがあった。
 彼の振り向きに合わせてトリガーにかけた指に力をこめようとした刹那――終は振り返った彼と目を合わせた。
「……ちが、う…?」
 そこにいたのはバァルではなかった。
 紫紺の全身甲冑、白いマント、黒い髪、青い瞳。何もかもがバァル・ハダドであることを指しながら、決定的に、その者はバァルではなかった!

 バァルがここに来ないなんて、そんなことがあるだろうか?

 驚愕にも似た驚き。一瞬終の動きが完全に止まった。その間隙を突くように、強烈なブリザードが近距離からたたきつけられる。
 しびれた手からカルネイジがこぼれ落ちた。
「くっ…」
 まともにくらってしまい、凍りついた右腕をかばいながら退く。
「今、バァルさんと言いましたか?」
 落ちたカルネイジを壁の方へ蹴り飛ばす。それは、バァルの心友緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)だった。こうしてうす闇のなかで見れば、まるで兄弟のように似ている。遠目で間違えても無理はない。
 ただ、その瞳だけが違った。澄み渡った冬の空のような青灰色の瞳がバァルであることに対し、彼の瞳は海のような真青で、そこに宿る力は深く厳しい。同じ青でも全く違う、空の青と海の青。
 さらに今、終がバァルを狙っていたのだと知り、その瞳は冷徹さを帯びた。
「この音色、銃……もしやロンウェルであのひとを罠にはめたのもあなたですか?」
「――だとしたら?」
 腕のちぎれそうな痛みに耐えつつ、終は不敵に嗤う。
 遙遠の手が、すらりとドラゴンスレイヤーを抜いた。かつて魔龍を倒したといわれる聖剣。そこに遙遠の手からじわじわとアイシクル・ブレイドの冷気が伝わって、表面が凍気でおおわれる。
「そして今、シルバーソーンを燃やした…。
 あなたが存在することは、バァルさんのためにならない」
 無慈悲に振り下ろされる剣。相手が子どもの姿をしていようとも、その剣先に微塵も揺らぎはない。
 彼の剣げきを、終は銃舞で受けた。しかし片腕しか使えない今の状態で彼に勝機があるはずもなかった。遙遠の斬撃は正確無比で、情け容赦なく終を追い詰める。
 じりじりと後退していく終の姿がの視界に入った。
 静にとって終は何を置いても護らなくてはならない、絶対的な存在だ。焔のフラワシに炎の壁を張らせて牽制をかけるやきびすを返し、駆けつけようとする。
 自分たちから注意がそれたその姿を見た瞬間にルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は決意した。
「いくわよ、アイビス!」
「はい!」
「――シャムスから頼まれたのよ、セテカさんたちを助けてあげてって……なのに、あんなことをしてくれて…!」
 怒りに瞳がルビーのごとく燃え上がる。
 ルシェンの手から酸度ゼロのアシッドミストが放たれた。霧状の水が炎をおおったかに見えた瞬間、ブリザードの氷雪が吹きすさぶ。
「切さん!」
「あいよ!」
 炎が減退したのを確認して、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)とともに跳躍した。
 静を追おうとする彼女に向かい、今しも振り下ろされようとしたフラワシの鋭利な刃はカルキノスが曙光銃エルドリッジで受け止めた。真っ二つにするかに思えたが、銃身に半分ほど食い込んだところで止まる。
「てめぇなあ。いつまでも調子こいてんじゃーーねぇッ!!」
 カルキノスの焔のフラワシが、彼の激怒そのもののような全開の炎で静のフラワシを囲い尽くした。
「警告します、止まりなさい、そこのあなた」
「いや、そりゃ無理でしょ」
 アイビスも止まるとは思っていない。ただ「警告はした」と自分で思いたいだけだ。
 これからすることを思うと、少し、身内のどこかが震える気がする。けれど……しなければ、遙遠さんが危ない。
「――いきます」
 短く言い置いて、アイビスは奈落の鉄鎖を放った。静の左足に絡みつき、動きを阻害する。振り返ったところへ魔弾の射手。――弾かれる。これも予測していたとおり。
 静は反転した。疎ましいアイビスを先に片付けることにしたようだ。アイビスへ向かって跳躍した彼女の輪郭がブレたと思った瞬間、ミラージュが発動し、多方向から一斉に複数の静がアイビスへ襲いかかる。今しも突き込まれようとするサバイバルナイフを前に、アイビスは身を固くしながらもその場から動こうとしなかった。
 一撃は受ける。そう決めている。
「あなたたちのしたこと、許せません」
 超霊の面の奥、目と目を合わせて伝えると、腕に突き刺さったサバイバルナイフを持つ手をしっかり両手で掴んだ。はずされないよう、全力で固定する。
「今です! やってください、切さん!」
 叫ぶアイビスの胸を貫いて現れた切の一刀七刃が、まっすぐ静へ突き刺さった。
 押されるままアイビスは静にぶつかり、静は壁に激突する。
七刃……奇剣『物干竿』
 2人を串刺しにしたまま切はつぶやき、一刀七刃を引き抜いた。
 壁に血の跡をつけながらずるずると崩れ落ちる2人。身を起こしたのは、上になったアイビスが先だった。
「アイビスちゃん、大丈夫?」
「あ、はい……ちょっと変な感じがしましたけど…」
 と、刃が貫いたあたりに手をあてる。切の刀はたしかに彼女を貫いたというのに、その胸にも背にも傷ひとつついていない。胸を染めている血はすべて、静のものだった。
「……う…」
 鎖骨のすぐ下を押さえ、壁に支え手をつきつつ静は立った。震える足で、それでも、少しでも終に近付こうとよろめきながら走る。
 彼女の前、袈裟がけに切られた終が壁に激しくぶつかった。
 斬り裂かれた肩に手を添える。寸前に身をひねったことで傷は浅くすんだが、出血が止まらない。彼の心臓の鼓動に合わせてどくどくと血が吹き出し、玉となって流れた。
 2人の前に乱世が進み出る。
「あたいたちの勝ちだ。テメェをシャンバラへ連行する!」
「……それでいいんですか? 僕はシルバーソーンを燃やした……もうあの2人は助からないんですよ? 殺したくないんですか?」
 終の挑発に、乱世はギリ、と奥歯を噛み締めた。
「ああ、殺してやりたいさ! どんなに殺してやりたいか…! だけどな、あたいたちはテメェと違う。法治国家に生きる者として、犯罪者は法にのっとって処罰を受けさせる!!」
 どんなに挑発されようとも、衝動にかられようとも、法を犯せばそこで彼女のすべてがオワリだった。彼女が彼女として恥じなく在ること――それを一犯罪者なんぞのために捨て去る気は毛頭ない。
 そんな乱世の言葉を「くだらない」と言いたげに終は片方の口端を吊り上げると口元の血をぬぐった。
「せっかくですが、まだオルゴールは鳴り止んでいませんよ」
「なに?」
 終がポケットから、先のスイッチとそっくりの物を取り出した。奪い取られないよう、今度はしっかり手に握り込んでいる。
「あんな簡単に切り札のシルバーソーンを燃やすと、本気で思ったんですか?」
「だが医務室が――」
「ボトルなんて、簡単に移動させられます。……第一、やつがそれを許すはずもないし」
 最後は少し不服そうに視線をそらしてつぶやいた。直後、チャンスと見て動こうとした者の気配を感じてスイッチを握る力をわずかに強める。
「さあ、形勢逆転ですね。動かないでください。これは本当にシルバーソーンのあるドアに仕掛けた爆弾です」
 ちなみにあれです、と真後ろのドアを指す。この角度でいけば全員爆発の余波を浴びることになるだろう。
「うそつけ! 今、爆破させられないって言ったじゃないか!」
「ここは地下です! これ以上爆発が起きたら、あなただって生き埋めになるかもしれないんですよ!?」
「死なばもろともって言葉、知らないんですか? 僕は捕まってシャンバラへ連行される気はさらさらないんですよ」
 声に恐怖をにじませた彼らをせせら笑う終の前に、遙遠が進み出た。
「条件は何です?」
 その言葉に勝利を確信し、終がバァルの呼び出しを口にしようとしたときだった。
「うわうわうわうわうひゃひゃひゃひゃあーーーーーっ!!」
 悲鳴というか何というか。少し間の抜けた奇声ながらもかなり切羽詰まった声が背後から聞こえてきて、思わず全員がそちらを振り返った。
 奥のT字路を曲がって、尾瀬 皆無(おせ・かいむ)が全力でこちらへ突っ走ってくるのが見える。
 そしてその背後に迫っているのは――――…………
「やばい!!」
 最速のモンスター、オルトスの群れがすぐそこまで来ているのを見て、全員の顔からさーっと血の気が引いた。もう数秒もない。考えるより早く、彼らは回避行動に出た。つまり、飛んだのだ。飛べない者は天井近くの網路や配管へしがみついた。
 これがただ追われているのではなく皆無の策であると知ったのは終たちだった。
「見よ! これが、俺様の、ひっ、さつ! ビューティフル☆コマドー!!」
 ――ピカッ! ガコオッ! ドシャァーッ!
 直前でメンタルアサルトを発動され、タコ踊りのようなその奇妙な動きに目を奪われて回避行動が遅れてしまう。皆無自身はスライディングで終と静の足の間をすり抜けて、壁にぴったり張り付くやすぐさま粘体のフラワシで全身を覆った。
 興奮しきって我を忘れたオルトスの群れは、威嚇の咆哮を上げながら進路をふさぐものすべてを踏み砕いて走り抜ける。
 巻き込まれるように、終の手からスイッチが飛んだのを何人かが目撃した。しかし再び通路へ下り立った彼らの前には床に転がるスイッチがあるだけで、終や静はあとかたもなく、血のあとすら残されてはいなかった。
「逃げられましたか…」
 スイッチを拾い上げる遙遠。その後ろで、ひと仕事やりきったかのようなすがすがしい笑顔で皆無が額の汗をぬぐう。
「ふーっ。あとは額に肉と書ければ完璧だったんだけど。
 あっ! ねっ? ねっ? 乱ちゃん、さっきの俺様すごかったでしょ?」
 ぴょこんと床に正座して、さながらわんこのように褒めて褒めてオーラを放ってくる皆無の頭に、乱世はげんこつを落とした。
「危ないだろうが! 何考えてんだおまえはよ!」
「……えーっ? シドイっ! こんなにわが身を削って乱ちゃんにお仕えしてるのにーっ」
 よよよ、と泣き伏せるポーズをとる皆無の前、乱世はあきれたように腰に手をあてる。頭痛がすると言わんばかりにしばしの間こめかみに指を添え、深々とため息を吐いたのち、彼女は気を取り直したように笑顔を見せた。
「まあでも、よくやった方かな、おまえにしては」
 そして彼らはドアへ正面を向いた。
 シルバーソーンのボトルがあるという部屋。ついに到達した目標地点へ向かって。