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リアクション
「うげええええええ」
若葉分校庶務のブラヌ・ラスダーが口を押さえる。
「なんだこれは、毒薬か? 俺を殺す気かー!」
青い顔でブラヌは給仕をしている関谷 未憂(せきや・みゆう)を睨みつけた。
「良薬は口に苦しって言うじゃありませんか。健康になれますよ!」
にこにこ、未憂は微笑んでいる。
ブラヌは下着を試着させ撮影をしようと、女の子達に執拗に迫っていた。
それを止める為に未憂は大麦若葉の粉末を溶かした青汁を、彼ににっこり手渡したのだ。
調子に乗って、ブラヌは一気飲みしようとして……その結果。
「ぐけげ、何か甘い物食わせろ。ないなら、お前の血をよこせ」
「何、ゼスタ・レイラン先生みたいなこと、言ってるんですか!」
くすっと笑って、未憂は甘いジュースの入ったグラスを、ブラヌの前に置き。
「こちらは、遠野歌菜さんが持ってきてくださった、ジャムです。大麦若葉パンともよく合いますよ。
甘いものに飽きたら、こちらもどうぞ」
数種類のジャムと、バター、チーズ、ビーフペーストなども、ブラヌが座っているテーブルに置いていく。
「農家の方から分けてもらった、新鮮な野菜もあります」
切ったレタスやキャベツ、トマト、キュウリを置き、サンドイッチを作ってブラヌやそのテーブルにいる彼の悪友たちに配っていく。
「サンキュー。なんかさ、お前って……」
「なんですか?」
「学食のお……給食委員みたいだよな」
「……今、おばちゃんと言いかけませんでした?」
にっこり未憂が尋ねる。
「いや、お姉さんだよ、お姉さん! 世話焼き姉さん〜」
「ふふふ、それなら喜んで。皆さんのお姉さんとして、お手伝いさせてもらいますね」
「まあ、外見的には妹だけど、あっちの方が妹的だしなー」
ブラヌ達が目を向けた先には、未憂のパートナーのリン・リーファ(りん・りーふぁ)とプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)の姿があった。
リンの方は、手伝いはしてるふりだけで、パーティが始まる前は、さぼってつまみ食いしたり、ふざけたり。今は、ゼスタと楽しそうに笑い合ってる。
未憂は軽くため息をついたが、ゼスタとリンがとても楽しそうだったので、その分も自分が働けばいいかと考えた……むしろ自分は、あんな風に自分と誰かを喜ばせるより、こんな風に誰かの世話をしていた方が、自分と誰かを喜ばすことが出来るのだ。
「……オレンジジュース、ひとつ。あと、トマトジュース沢山」
「はい、どうぞ」
近づいてきたプリムに、未憂はオレンジジュースが入ったグラスと、トマトジュースのボトルを渡す。
プリムはリンと未憂の間をいったりきたりしながら、パンや飲み物の提供をして回ってた。
「たまにしか来れない分、今日は私が皆さんのお世話を担当させていただきますが、これからはこういうことや、増築して広くなった分の掃除も、皆さんで当番を決めてやるんですよ!」
「へーい」
「ほーい」
「で、ユニフォームのモデルになってくれるんだよな? 未憂姉さん〜」
ブラヌがユニフォーム……試作のパンツが入った紙袋を未憂に押し付ける。
「どれでも好きなのをどうぞ」
「試着はお断りします」
きっぱりと言った後、未憂は中を一応確認する。
際どい下着もあったが……見せパンのようなタイプのパンツも入っていた。
「そうですね、このあたりに四葉のクローバーなんてどうでしょうか」
「クローバー?」
「ええ。地球では4枚の葉はそれぞれ「希望」「誠実」「愛情」「幸運」を意味しているそうですけれど、別に違う意味を込めてもいいですよね。『友情』とか『健康』とか…?」
「『掃除当番』とか『給食当番』とか?」
「いや、それは全然意味が違います……」
「『最強』とか『爆走』とか?」
「それもどうかと……」
苦笑しながら聞く未憂の前で、若葉分校生達は真剣に考えていく。
そして結局、4枚の葉の意味は決まらなかったが、パンツのデザインにクローバーを用いることが決まった。
「はいお代わりどうぞー」
ゼスタのグラスが空になった途端、リンはトマトジュースを注いでいく。
「リンチャン、そろそろ別のものが飲みたいんだけど」
「あたしはトマトジュース専門の給仕だから!」
悪戯気に笑いながら、リンはなみなみとトマトジュースを入れた。
「ところでさ、ぜすたんが総長さんの養子になる話ってもしかしてすごい広まってる……?」
「ぶっ」
ジュースを飲んでいたゼスタの口から、血の様に一筋赤い筋が落ちる。
「あははは、ちょっとかわいそう」
「笑いながら言うな。ま、冗談として広まってはいるけど。アレナの奴が、言いふらしたみたいで」
ゼスタはふて腐れたような表情で、シュガークロワッサンを口に運んだ。
「ふふふっ。でもさあ、広めちゃうってことは水仙のあの子的にはそれが嫌じゃないってことだよね、たぶん」
「神楽崎の子供になりたいんだろ、アレナは」
「で、更にぜすたんが弟だったら嬉しいんだよね」
リンの言葉にゼスタは複雑そうな顔になっていく。
「それっていいことだよね」
「よくない」
「男らしくどーんと構えてたらいいんじゃないかなあ。どーしてもって言うから相手の希望通りにさせてやってるんだぜ的な?」
「どーしてもって言われても、息子で弟はぜってーーーーーー嫌」
ものすごく嫌そうなゼスタの顔を見て、リンはもっと笑ってしまう。
あっさりかわせないところが、やっぱりちょっと子供だよなと思うけれど、口には出さないでおく。
「でも10年後には、どーんと構えられると思うし、その話も嫌じゃなくなりそうだよね」
「……」
リンのその言葉は否定せずに、ゼスタは蒸しパンを手に取ると。
「むぐっ」
「美味いぞ、これー♪」
リンの口に突っ込んで、「続きは2人だけの時に」と、にやりと笑ったのだった。
「ああああーあーあーあ〜あ〜。死雲慈流虎斗伽羅ぁ〜♪ 覇慈魔流世憂那鬼餓死汰ぁ♪」
「おねーさんたち、一緒に歌おうぜ〜♪」
今年パラ実に入学し、若葉分校に顔を出すようになった地球人の若者達が、隅の方の女の子だけ集まっているテーブルに乱入してきた。
「んな上品な食べ方してねーで、もっと食えって。食わせてやってもいいぜぇ」
言いながら、パラ実生達は女性陣の間に椅子を割り込ませて座っていき、肩を引き寄せようとしたり、パンを食べさせようとしたりしだした。
「お前達、この方々が誰だかわかってるのか」
パンを配っていた優子が近づいてきて嗜めようとした。
「大丈夫、度を越したら自分で拒絶するから〜。はい、あーん」
言って、パラ実生にマスタードたっぷりのパンを食べさせたのは高根沢 理子(たかねざわ・りこ)だった。
今日は酒杜 陽一(さかもり・よういち)に誘われて、セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)と共に、お忍びで訪れていた。
またジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)も、陽一から連絡を貰い、同席している。
「からっ、からっ! 刺激的なのが好みなのか、俺の刺激的なコト好きだぜぇ」
「そうなの? それじゃ今度、バンジージャンプでもやろうか、一緒に。パラミタから地球への」
「はっはっはっ、規模がでけぇな! いいぜ、一緒にダイブしよ〜」
「ふふ、約束ね。あたしは本気だからね☆ はいあーん」
「あーん……あてっ!」
今度は唐辛子たっぷりのパンを食べさせられ、パラ実生は赤くなって口を押える。
「まだ子供なんだら、背伸びしないの」
くすりと笑って、ジークリンデが水を差し出すと。
「へーい」
調子に乗っていたパラ実生は素直に受け取り、少し大人しくなる。
彼女が校長だということは知っているらしい。
「でさー」
ぺたんと、パラ実生の一人がセレスティアーナの肩に触れた。
「さ、触るなーーーーー!」
ドカッ!
途端、思いっきり突き飛ばされて、椅子をなぎ倒し壁に激突する。
「うううう……???」
「ごめんなさいねぇ、彼女男性苦手なんです。でもほら、突き飛ばされたということは一人前の男性とみられてるということですから、気を悪くしないでくださいねぇ」
理子と同じ外見の陽一が駆け付けて、治療をしてあげる。
「この子は刺激的なのはダメなの。代わりにあたしたちがお相手してあげるからね」
「そうそう、あたしたちの間にどうぞ☆」
理子と陽一は目配せをし合って、自分達の間にパラ実生を入れてあげ、ジュースを注いであげたり、パンをとってあげたりと、世話を焼いてあげる。
「こ、こんにちは……どうぞ」
控え目に、ジークリンデの前にデニッシュパンが置かれた。
ルカルカ作の、若葉マークの形したデニッシュパン『若葉パン…パン』だ。
「ありがとう。可愛いパンね」
「はい。若葉分校のユニフォームを記念して作ってくれたパン…なんです」
アレナはちょっと赤くなりながら説明する。
彼女は今もジークリンデに憧れのような感情を抱いていて、近づくと緊張してしまうのだ。
(アレナさんも昔、この辺り――王都で暮らしてたんだよな)
ジークリンデとアレナのやりとりを見ながら、陽一は考えていた。
(当時のこの地域の姿を知る人々は、未だに荒廃したままの現状にどんな気持ちでいるんだろう)
「ところで、この若葉分校の喫茶店では、アルバイトを募集してないの?」
「あ、はい。人手は足りてますので。でも、講師としてお勉強を教えてくださる方は大歓迎だそうです! 給料でませんが」
「それはいけないわ。バイトに正当な対価が払われないなんて」
それはフリーター魂を持つ、ジークリンデには許せないことだった。
「お金はもらえなくても、対価と思えるものが得られるんです。だから、先生として来てくれる人もいるんです」
「ああそうね。それは少し分かる気がするわ」
ジークリンデは楽しそうな若者達の姿を見ながら頷いた。
陽一もパラ実生達の世話をこなしながら、こくっと首を縦に振る。
(俺も金が目的ではなく、大荒野を発展させようと3年間微力を尽くしてきたが、残りの時間でどれほどものを残す事ができるだろうか)
5000年以上、この地は荒野だった。
陽一がここで生きていられる時間は、その100分の1くらいだろうか。
ぼんやりそんなことを考えながら、楽しそうな皆の姿を見守っていた。
「ん? 何か始まるみたいだぞ」
お茶を飲んで落ち着いたセレスティアーナがステージの方を指差した。
「ミルザム……いえ、シリウスさんの踊りが見られるようよ」
「そうか、楽しみだな」
「セレスも踊る? ああいう格好で」
理子が悪戯気な顔で、露出度の高い衣装を纏ったミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)……踊り子シリウスを指差した。
「な、な、なにを言うか! 私は男だからああいった服は着ないぞ!」
「そう? 世界が安定したら、お祝いにロイヤルガード女性チームでベリーダンスでも披露しようかと思ってたのに」
「……私 も 着 ま せ ん よ」
隣のテーブルにパンを配っていた優子が振り向いて真顔で言った。
「ざんねーん」
理子が声を上げて笑い、陽一、ジークリンデ、セレスティアーナにアレナ、そしてパラ実生達も笑い声を上げた。
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