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リアクション
ついに攻め入ってきたバズラ・キマクの騎馬隊が、少しでも分校内に踏み込んでくるのを阻止しようとルカルカ・ルー(るかるか・るー)が光条兵器の片手剣の切っ先からレーザーを放って抵抗している時、彼女はあることに気づいた。
「……ゆる族がいない!」
気をつけて! と、ルカルカはこのことを周囲の味方に大声で伝え、さらに声の届かないところにいる味方に携帯で知らせようと素早く開いたが……。
「何で電波のアンテナが一本も立ってないの!?」
「……妨害されてるのかもな。せめてここだけでも止めるぜ」
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の落ち着いた声がルカルカの心を静めた。
彼女の行動を邪魔したのは、キマク騎馬隊の中ほどにいた斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)である。
これにより、分校側は光学迷彩で姿を消して向かってくるゆる族への対処が遅れた。
ルカルカ以外にもう一人、ゆる族の動きに注意していた者がいたが、分校内にいなかったためそこでの事情を知ることができなかった。
もっとも彼女──カリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)の狙いはバズラ・キマクだ。
先頭部隊に混じって馬を走らせるバズラを見つけたカリンは、狼を先に行かせてゆる族の居場所を知らせてもらい、そこを回避して迫るつもりでいる。
狼を追いかけるように、カリンは自身を乗せる虎を走らせた。
狼が途中で何もないところをぐるりとよけていく。ゆる族の部隊がいるのだろう。
分校のバリケードを越える直前で、カリンはバズラを捉えた。
「バズラ・キマク! てめぇに賞金首がサシで勝負を申し込むぜ! 1万Gと安い首だが勝負しようぜ!」
カリンは刀を突きつけて挑戦状を叩き付けたが、バズラは鼻で笑った。
「五果将の相手でもしてな!」
初めて聞く名だが、断られたのは確かなのでカリンは無理矢理にでも勝負に持ち込もうと、そのまま刀身を突き出した。
バズラの脇腹に吸い込まれると思われた切っ先だが、見えない壁に阻まれたかのように弾かれた。
バズラがニヤリと笑う。
「甘いよ。メロンかんなちゃん、遊んでやんな。でも、すぐに戻ってくるんだよ」
何かが動いた気配をカリンは感じた。
直後、それが自分を取り囲んだことがわかり、
「えぇ!? ちょっと何だよコレ!」
気づいたら金属製の何かに体を押さえつけられ、虎から落とされていた。
地面を転がり、痛みに顔をしかめるカリンの目に一瞬見えたのは、刺又を持った五人の果物のゆる族だった。
「あれが……五果将? バズラの護衛か?」
雅刀を防いだのはバズラの後ろに乗っていたメロンかんなちゃんとかいうヤツなのだろう、とカリンは思った。
他もバズラの馬にくっついていたかバズラにくっついていたかで、狼にもどうしようもなかったのだろう。
もう見えなくなったバズラの背に、カリンは舌打ちした。
バリケードのすぐ内側に仕掛けられていた落とし穴にはまった仲間を置いて、バズラはキョロキョロと何かを探していた。
バズラの目的は、ミツエはもちろんだがもう一つあった。
「どこにいるのかな。目立つからすぐ見つかると思ったのに……」
不満気に口を尖らせるバズラの前に、
「バズラ!」
と、にこやかに手を振りながら駆け寄ってきたのは緋月・西園(ひづき・にしぞの)。
落とし穴を回避できた騎馬隊員数名が武器を向けるが、緋月に敵意が見えないので警戒だけしている。
不機嫌そうなバズラの様子にはかまわず、緋月は抱えていた紙袋の中から知り合いから預かってきた同人誌を数冊取り出して見せた。
「分校を潰すということは、パラケットを潰すということになるわね……。そんなことして、パラミタ全土の同人誌ファンにどう顔向けするつもり?」
そう言って、中身をパラパラとめくってバズラに見せ付ける。
それをじっと見つめていたバズラだったが、緋月が手にしている本の種類に不快そうに顔をしかめた。
「あんた、同人に興味ないだろ」
「どうしてそう思うの?」
首を傾げる緋月に、バズラの眉間のしわが深くなる。
バズラは指差して怒鳴った。
「持ってるジャンルがバラバラ! 扱いがぞんざい! 言葉に熱意が感じられない! 失格!」
失格も何も緋月はそもそも同人誌にあまり興味はない。むしろバズラにそれを見抜かれたことに感心したほとだ。
「よくわかったわね」
「もうっ、あんたにかまってる暇はないよ! じゃあね!」
プリプリ怒りながらバズラは分校内を駆け回りはじめた。
彼女に続く騎馬隊員の中から、顔の半分に包帯を巻いた男が傍に寄って穏やかな声で呼びかけた。
「まあまあ、少し落ち着きましょう」
クロエという男でエンキというボサボサの赤い髪の女と騎馬隊に加わっていた。
「これでも見る?」
エンキが担いでいた袋の中からアニメDVDやキャラクターのフィギュア、濃いBL本などを取り出す。
とたんにバズラの目が据わった。
「だから、何でもいいってわけじゃないんだよ。あんたも失格だね」
かえって機嫌が悪くなってしまったようだ。
肩をすくめるエンキに苦笑して、代わりにクロエは別のものを差し出した。
チョコレートだ。
「同人誌の世界は詳しくなくてね。悪かったよ。お詫びにこれでも食べてください」
受け取ったバズラはしげしげと箱詰めされたチョコレートを見つめる。
あんまり見つめるものだから、クロエはチョコは苦手だったかとやや不安になったが……。
「ふぅん……ちょっと食べてみてよ」
「え?」
バズラはにっこり笑うと、箱からチョコレートを一つつまみ出し、クロエの口元に寄せた。
「せっかくの好意なのに悪いけど、初対面の人からの贈り物は要注意なんだ。地位があるといろいろ気をつけなきゃなんないんだよ。面倒だけどね。だから、これは大丈夫ってことを証明してよ」
「……」
クロエは一瞬エンキに目配せすると、観念してチョコを口に入れた。
女の子に食べさせてもらったというのに、複雑な気分のクロエだった。
そして。
クロエは昏倒した。
わかりきっていたように支えるエンキ。
何とも言えない表情で二人を見ているバズラ。他の騎馬隊員は呆気にとられている。
「さ、行くよ」
バズラはクロエとエンキを捕らえることはせず、自分の目的を優先させることにした。
校舎の一室にて。
ぐぅぐぅ眠っているクロエに、寒くないようにとホワイト・カラー(ほわいと・からー)が毛布をかけてから、エンキを見上げた。
「それは残念でした……。こちらも沢山衣装を用意して待ってましたのに」
「さすがはS級と言うべきですね。甘く見ていました」
今までとは打って変わった品のある話し方で答えるエンキ、いやギルガメシュ・ウルク(ぎるがめしゅ・うるく)。
「私もいろいろと練習したんですよ」
今のホワイトは適当に巻いたターバンからところどころ黒髪がはみ出した男の子の格好だ。もし、眠り薬の効いたバズラが運ばれてきたら、口調も男の子のようにして目が覚めた後に対応するつもりでいた。
「バズラ様の着せ替えアルバム計画はまたそのうちに、ですね」
壁際にハンガーにかけられてずらりと並んでいる、ナース服や百合園女学院制服、ゴスロリ服やきわどい服を、ホワイトは残念そうに微笑んで見上げた。
顔の半分に包帯を巻いた男──エル・ウィンド(える・うぃんど)は、まだ呑気な顔で眠っていた。