リアクション
地下道への入り口は、調査済みの各塔の他に、比較的大きな建造物の側には設けられていた。 ○ ○ ○ ○ 先遣調査隊と平行して、既に安全が確認されている範囲内の別邸確保に数人の契約者が動き、厩舎に近い場所の別邸に目星をつけていた。 「何かないかなー」 葛葉 翔(くずのは・しょう)のパートナーアリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)とイーディ・エタニティ(いーでぃ・えたにてぃ)は、王族のものと思われる別邸の室内を調べて回る。 もちろん罠が仕掛けられていないか、注意をしながら。 鍵のかかった奥の部屋をピッキングで空けて、中に入り込む。 ソファーにガラスのテーブル。机と椅子は1つずつ……私室のような部屋だった。 「本棚とか調べようじゃん」 「そうね」 アリアと共に、イーディは本棚へと近づいて、書物を手に取ってみる。 「昔の……小説?」 読めない字で書かれているものが多い。 イラスト付きの本が多く、難しい本ではなさそうだった。 アリアががばっと広げた大きな本をイーディが覗き込む。 「女性の大きなイラストじゃん……!」 「……男性の別邸だったのかしら」 装飾は暖色でシンプルだ。 電気のスイッチらしきものがあるが、触れないで光精の指輪で弱めに照らしながら調べていく。 この別邸には荒らされた形跡もなく、罠もなさそうだった。 「埃だらけだね」 クレアは倉庫の中にあった清掃用具で裏口に近い部屋を掃いていく。 玄関は南側にあるが、怪我人は宮殿と使用人居住区の方面である裏口から運び込まれることが多いと思われることと、キッチンからも近いため、水を用意しやすい。調理器具や食器類も使えそうだった。 「水は出ないようですから、交代でキッチンで作っていきましょう。暖炉や焜炉で火が使えそうですが、煙が外に流れるのはよろしくはないので、控えた方がいいでしょう」 設備の状態を調べ、涼介は医療が出来るよう準備を始める。 氷術で氷を作り、火術で溶かして水を作り、布をぬらして拭いていき清潔な空間を作っていく。 イーディとアリアが一通り調べ終わった頃に、救護の体制を整えるため、担当する契約者、それから宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が百合園生を連れて訪れる。 この別邸には大浴場はなく、バスルームに移動のできるバスタブが1つあるだけだった。 「今のところここは安全と思われるけど、大声を出したり、電気をつけたらダメよ。特に敵に発見される可能性があるから、離宮側に面した部屋はカーテンを閉めてあっても、ランプも含めて、光は一切使わないこと。歩く時も静かにね」 祥子の言葉に、百合園生達は声を上げずに頷いた。 「室内にいる時にも、バディを組んで行動は必ず2人一組で、お風呂もトイレもよ」 頷く百合園生の中で……先ほど平手をした少女の腕を、祥子は掴んだ。 彼女は少し怯えた表情をしていた。 「あなたは私とね」 こくんと頷いた彼女と、祥子は浴室に向うことにする。 排水設備は大丈夫そうだが、下水の流れで敵に気付かれる可能性もあるから。 今は入浴はせずに、濡れタオルで身体を拭きあうことにするのだった。 太陽の光は届かず、まともに明かりをつけることも出来ない空間だから。 心の平静のために、温もりを感じあうことはとても大切なことだ。 本陣は南の塔の方に築くことになりそうであり、西の塔は離宮西側の宝物庫の調査に向う者達のサポートを行うことを目的とした陣になりそうだった。 アルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)は、倉庫を設けることを提案し、塔の一角にあった作業員休憩所と思われるスペースを倉庫とする許可を得た。 先遣調査隊が持ち帰った調査対象物や、周辺で拾った使えそうなものなどをこの倉庫の中に保管していく。 今のところ貴重な者は運び込まれていないが、発見者の名前や場所もきちんと記録をとり、まとめて本部に提出予定だ。 また、希望者の荷物も預かっている。仲間内での盗難沙汰も絶対ないとは言い切れないから。 ずっと張り込んでいるわけにも行かないので、本隊到着後は交代で番をすることになるだろう。 別邸や南の塔に出かけた者が多く、西の塔に留まっている契約者の人数は、現在10人程になっていた。 軽く息をついて、アルフレートは呟く。 ファビオを攫った鏖殺寺院。そしてソフィア・フリークスという女性……。 「……厄介な罠、封印を解除させて、かつて手に入れられなかった離宮を手にする気だろう、とは思っている……だが、どうやって? 契約者もこれだけの数がいる……軍隊もいる。真っ向からぶつかって奪えるものでもない……まして、ここは地上と行き来が限られている、はず……転移に紛れ込む? それとも……地上の動きでこちらを制することができる、とでも?」 謎が深まるばかりで、思惑がまるで読めない。 「ファビオにソフィアに……まったく、どいつもこいつも……騎士という奴は腹を読ませないものなのかね……」 そう苦笑する。 テオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)が、カップに茶を注いでアルフレートに渡す。 「こちらが勝手に痛くもない腹を探っている可能性も、あるがな」 軽く苦笑して、テオディスは自分のカップにも茶を注ぎ、アルフレートの隣、倉庫に背を向けて立った。 「しかし……気味悪さも拭えない。問い詰めるにも根拠がない。打つ手がないまま、調査は進む……」 大きく息をついた後「もどかしいな……」と声を発し、その言葉にアルフレートが頷いた。 「気になることは沢山あるが、今は全体の生存が最優先だな」 2人の呟きを耳にし、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)がそう声をかける。 「ああ」 「そうだな」 アルフレートとテオディスはそう答えて、軽く頷き合った。 「風呂……はボク達は……遠慮するにして、飲み水は常に確保しておかないとね」 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が言いながら、カップをクリストファーに渡した。 「大量に作るには清潔な器具があった方がいい。器具を清潔に保つにはやはり水が必要だ。なかなか大変そうだが、これは別宅確保に向った者達に任せるしかないな」 茶を飲みながら、クリスティーとクリストファーは見回りに外に出ることにする。 この塔の周辺には罠などは一切ないようだった。 「息苦しくなるくらい、静かだね」 小さな声でクリスティーが言い、クリストファーが頷いた。 空は見えなく、雨はもちろん土が降ってくることもない。 風もなく、まるで閉ざされた地下施設の中のよう、というべきか。 そして、あのソフィアという女性が使った、転送方法。 (離宮への転送は、もっと装置然とした方法によるのかと考えていた。鏖殺寺院幹部とかが使うワープと似ているように思える) クリストファーは真剣な表情で記憶の中の、鏖殺寺院幹部によるテレポートの感触を思い出していく。 そんな彼をクリスティーは何も言わずに見守っていた。 (似ている……とはいえ、鏖殺寺院の特殊能力というわけでもないだろう、し) クリストファーは吐息をついて、警備を続けることにする。 空を見上げても、星さえ見ない。何も見えない。 本当にここはヴァイシャリーなのか。 それさえも疑わしくなってくる。 |
||