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嘆きの邂逅~離宮編~(第2回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第2回/全6回)

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第2章 猜疑

 地中とは違い、ヴァイシャリーの街は光で溢れていた。
 休校日だったが、離宮対策に携わる者や、部活動のために訪れている生徒達の姿が多く見かけられる。
 その百合園女学院に、八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)は、女装させたタロー・ボヘミヤン(たろー・ぼへみやん)を引き連れて、訪れた。
「高等部の八ツ橋って言うんだけどさ。ちょっと手伝って欲しいんだけど?」
 中等部の生徒に、優子はそう声をかける。
 しかし。
「ご、ごきげんよう。申し訳ありません、部活がありますので……っ」
 声をかけられた生徒は友人と共に走り去ってしまう。
「ガンつけすぎなんだよ」
 タローに言われ、優子は不機嫌そうな顔になる。
(別にガンつけてる訳じゃないし。こういう顔だっての)
 そう思うも何も言わないで、声かけはタローに任せることにする。
 優子はミクル・フレイバディという百合園生の少女――いや、少年の護衛を担当している。
 病院で彼のことについて尋ねても、大した情報は得られなかった。
 共に護衛を担当している仲間に生徒会から提供された情報にも、ミクルの素性に関することは載ってはいなかった。
 聞けばある程度は教えてもらえるのだろうが、ミクルの同級生に話を聞いた方が、書類上とは違う情報が得られるかもしれないと思い、学院を訪れたのだった。
「意識が戻ったら本人に聞いてもいいんだけど。何か隠してる可能性もあるし、直接は聞きたくないんだよね」
 そんなことを呟いている間に、タローはミクルの同級生との接触に成功し、話を聞いていた。
「ミクルが目を覚ましそうなんだ。あいつの家族に知らせてやりてぇけど連絡先とか知らねぇ?」
「知りません……。ミクルちゃんのご実家は確かアメリカですけど、それ以上のことは聞いたことがないです」
「地球との連絡は時々しかとれないから、生徒会を通してやってもらった方がいいと思うの」
 少女達はそう答えた。
「親戚とかでこっち来てる奴もいないかな?」
「いないと思います」
「そっか……。ありがとな!」
 礼を言って、百合園生達と分かれて、タローは優子の元へと戻る。
「……というわけで、家族の情報は友人からは掴めそうもないぞ」
 タローの報告に、ふうと優子は息をついた。
「旅費が信じられないくらいかかるし、まあ両親がこれないのも無理ないか。寧ろ、学校側が伝えてない可能性もありそうだ」
 契約者ではなくても、特殊な道具を携帯していればパラミタに入り込むことは不可能ではないのだが、旅費などを考えると今回のケースの場合、見舞いはかなり難しい。
 更に事件の関係者であるミクルの家族が狙われる可能性や、人質にとられる可能性も考えると、護衛の出来ない場所にいる地球人の家族には知らせるべきではないのかもしれない。
「それじゃ、病院戻るか?」
 タローは女装を解きたくて先に門の方へと飛んでいく。
 優子も小型飛空艇のキーを手に、百合園女学院を後にするのだった。

 校長室では、離宮対策本部の副本部長である神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)と相談を行っていた。
 パートナーのうちプロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)は本部で雑用をこなしながら、皆の護衛についている。出入りは激しいが、不審者の乱入等は今のところ起きてはいない。
 それらのことや、連絡係から報告を受けた離宮の状況、本隊の準備の進み具合をエレンはラズィーヤに説明する。
 そして、ミクルの状況についてラズィーヤから説明を受けた後、エレンはラズィーヤにこう切り出した。
「ラズィーヤさんにお願いがありますの」
 エレンは友人の桐生 円(きりゅう・まどか)について説明をし、彼女をソフィアにつけたいとラズィーヤに話を持ちかける。詳しい事情までは話さない。
「……桐生円さんならよく存じておりますわ」
 ラズィーヤは良い顔はしなかった。
「有事には白百合団員が動きますわ。命を狙われる危険性がある大切な客人に問題のある方をつけるのはどうかと思います。客人に粗相のないよう問題児を監視するための人手も必要になってしまいますわ。エレンさんにも何かお考えがあるのでしょうから、反対はいたしませんけれど……」
「彼女、白百合団の見習いとして学ぶつもりもあると言っておりますわ」
 エレンの言葉にしばらく考えた後、ラズィーヤは後方に目を向ける。
 視線の先には、書類を整理している男性の姿がある。
 エレンと目が合うと、その男性――エミール・キャステン(えみーる・きゃすてん)は、会釈をした。エレンも会釈を返す。
「彼のパートナーである神楽崎分校の春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)さんも、是非ソフィアさんの下で働きたいとのことで、ソフィアさんにご紹介しましたの。一緒に仲良くお世話してくださいませね。互いに何かがあった際には直ぐに連絡を入れて下さい」
 にこにこと微笑むラズィーヤ。
 つまり、互いを監視し合えということだと、エレンは瞬時に察した。
「彼にはここでわたくしを手伝ってもらっていますの。何かの際に、素早く連絡が取れますから」
 そう言うラズィーヤを見て、エミールが小さく息をついた。
 ……その様子に、エレンは瞬時に察した。彼は人質のようなものだと。
「しっかりしてくださいよ? あなたに何かあったら契約者の私まで巻き添えなんですから」
 エミールは窓の外を見ながら、誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた。
「互いに切磋琢磨して、成長を遂げるとよろしいですわね。アトラにもソフィアさんのサポートをさせますわね」
 エレンがそうラズィーヤに言うと、ラズィーヤはティーカップを置いて、こう答えた。
「白百合団員もついていますから、そんなにはいらないと思いますわよ。世話や護衛というより監視のようになってしまい、ソフィアさんを束縛してしまうことになりそうですわ」
 しかし、ダメとは言わなかった。
 エレンはエレンの責任と権限で桐生円をソフィアにつけることにする。

 ……その後、早速エレンはソフィアの元に向かい、交渉をする。
「私の可愛い後輩にちょっとした問題児がおりますの」
「はい」
 そう切り出したエレンに、ソフィアは怪訝そうな顔をする。
「このままでは将来が心配ですから誰かのそばでお勉強させたいのですけど、何しろ問題児ですから普通の方にはお願いできませんの。そこで是非ともソフィアさんにその子を預かっていただきたいのですわ」
「申し訳ありませんが、私にはそのような余裕はありません。エレンさんご自身が預かられた方がいいのでは?」
「私ももちろん、時間の許す限り指導を行っておりますけれど、最近、どういうわけかソフィアさんが気になっているようですし、有名な騎士であるソフィアさんのところでお勉強することはきっとその子にとってプラスとなるでしょう」
「……」
 困ったような顔のまま、何も言わないソフィアにエレンは微笑んで言葉を続けていく。
「小間使いとして存分にこきつかっていただいて結構ですわ。もちろんその子について問題点やどう指導していくのがいいかなどお気づきになった点がありましたらご報告くださいませね」
「小間使いと言われましても……。お力になれるとは思いませんが」
「何しろ問題児ですから危険な状況でも多少のことは平気な子ですわ」
「護衛していただけるのなら、助かりますが……」
 ソフィアはエレンの交渉に消極的だったが、エレンは押し切って了承させるのだった。

○    ○    ○    ○


 ミクル・フレイバディの容態は安定しつつあった。
「そろそろ目を覚ますかもしれないって話だけどさ」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)が一緒に護衛をしている仲間達に小さな声で話しかける。
 現在、ミクルの病室には、ケイの他に、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)轟 雷蔵(とどろき・らいぞう)の姿がある。
 ケイの申し出で、隣室を休憩室として使わせてもらっており、今はツィーザ・ファストラーダ(つぃーざ・ふぁすとらーだ)と、マリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)が仮眠をとっている。
「ミクルの本当の性別について言及するのは、しばらく様子をみることにできないだろうか」
 ケイはそう言って、ベッドに目を移す。
 百合園で少女の姿で過ごしてきたミクルは、現在男性用の寝間着を着ており、少年の姿をしている。
 これがミクルの本当の姿なのだけれど……。
「友人のミルミの反応が気にかかってて……」
 ケイは複雑な思いを抱えていた。
 白百合団のミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)は、ミクルととても親しくしていた女の子だ。
 それなのに、ミクルの状態を知って、心配をするよりも先に疑念を抱いていた。
 ケイにはその時のミルミの態度が冷淡に見えた。
 男だったということを知って、全てが一変したかのように。
「ミクルは自分のことが好きで友達だったわけじゃないとミルミは思っているようだったけど、そんなことはまだわからない。何か目的があって近づいてきたのだとしても、少なくともミクルと一緒にいたときだけは、本当に友達でいたのだと、俺は信じてる」
 そうケイは仲間達に語りかける。
「目覚めたミクルがもう一度百合園学院に戻れるように、何とかしてやりたいんだ」
「わかりました」
 真っ先に答えたのは、幼馴染のソアだった。
「オレも特に気にしてないし、言わない方がいいのなら言うつもりはない」
 瓜生 コウ(うりゅう・こう)はそう答え、
「俺は元々その経緯をよく知らないしな。護衛したいのは目の前にいる彼だから。性別のことを聞いたりはしないぜ」
 と、雷蔵が答えた。
「さんきゅ」
 仲間達の返答にケイは笑みを浮かべる。
 あの一度の狙撃以来、ミクルに危害を加える者はいなかった。
 怪しい人物が接触してきたこともない。
「しかし……なんかやっぱり何かと腑に落ちないところがあるよな」
 雷蔵が呟く。
「ミクルの襲撃が悪意からのものか、それとも悪意と見せかけた誰かの善意か……」
 雷蔵の言葉に、皆も難しい顔をしていく。
「狙われた理由を、『ミクルが危険に晒されていると、誰かに思い込ませるため』とマリザは申しておったが……」
 カナタが深く考え込む。
「でも、そんなことをして誰に何の得があるんでしょうか?」
 ソアがそう言葉を続け、皆を見回した。
「挑発行為なのかもしれませんが、本気でミクルさんを狙うなら、やはり無駄が多い気がします……」
 頷く皆に、ソアは自分の考えを述べてみる。
「……だとすると、もしかしたら狙撃したのは『ファビオさん』ということは、ないでしょうか? 彼がまだ生きていて、何かの事件の最中にいるとすれば、自分のパートナーであるミクルさんの命を狙われることを恐れる気がします。そこで、自分の生存は隠したまま、学生達にミクルさんを守らせるために狙撃によるパフォーマンスを行った……とか」
 うーんと皆で深く考え込む。
「百合園から提供された一連の資料によると、ファビオは盗みや迷惑行為はしたけれど、人を傷つけることは自分が傷ついてもしなかったらしぞ。付き添いを巻き込んでしまうようなことをするだろうか?」
 と、ケイが言う。
「では狙撃自体は彼本人ではなく、彼の関係者という可能性も……」
 ソアは考えを纏めようとするが、やはり何か違和感がある。
「逆に考えてはどうだろう」
 カナタが言葉を引き継いだ。
「わらわたちはそれが自分たちに対して行われたものだとばかり思い込んでおった。だが、そうではないのかもしれぬ」
 カナタが皆に真剣な目を向け、皆も真剣な目でカナタの次の言葉を待つ。
「わらわたちの他にもミクルを思う者がおったことを忘れておったわ」
 そして、カナタはゆっくりと名を口にした。
「ファビオよ」
「ファビオさん……」
 ソアの中で違和感が少しずつ解消されていく。
 カナタは頷いて、言葉を続ける。
「わらわ達に思い込ませるためではなく、もしや全てはあやつを誘き寄せるための罠だったのではないか?」
 囚われたファビオが逃げ出した可能性。
 ファビオを捕らえた勢力と別の勢力がファビオを欲している可能性。
 まだ、他にも考えられる気がする。
「コウ、交代の時間よ。ちゃんと休んでよね」
 考え込む皆の元に、マリザが顔を出した。
「あ、マリザさん少しお話を聞かせていただけますでしょうか?」
 ソアがそう声をかけた。
「ん? なあに」
 マリザは椅子を持ってきて、コウの隣に腰掛ける。
「ミクルさんを狙撃した人物ですけれど……ファビオさんご自身という可能性はないでしょうか?」
「彼がそういう方法とらないとは言い切れないけど、重傷者を出すような失敗はしないと思うわ」
「そうですか……」
「では、ミクルが女の姿をしておった理由は何と考える?」
 カナタの問いに、マリザは少し考えた後こう答える。
「百合園女学院に入学するためだと思うわ。ファビオの代わりに、ルリマーレン家の末裔に近づくことなどの役目を担っていたんだと思う。ファビオの年齢じゃ女装して入学したとしてもルリマーレン家のご子息と親しくなるのには無理があったと思うし。……目を覚ましたら、本人に聞いてみましょう。隠しはしないはずよ」
「うむ……何故そんな回りくどいことを……」
 どちらにしろ、その理由は今回の事件とは結びつきそうもない。
「この子が目を覚ましたら呼ぶから、コウもいい加減休みなさい」
 マリザがそう言い、コウは軽く苦笑して立ち上がる。
「それじゃ少しだけ仮眠を取らせてもらう」
 ドアの方へと歩き、ドアを開いたその先に――。ウサギのきぐるみが立っていた。
 コウが皆に注意を促すより早く、そのきぐるみの中に入っている人物が、子守歌を歌う。直後にきぐるみは廊下の向うに走り去った。
 皆に強力な眠気が押し寄せる。
 遠くから小さな悲鳴が響いてくる。
 コウは乱暴にドアを閉めて、皆の元に走り寄る。
 しかし即座にドアは乱暴に開かれて、今度は大きなクマの気ぐるみをきた人物が姿を現す。
 武器を向けては来ない。
 何者かわからない人物に、誰もこちらから手を出すことはしなかった。
「っ……護るぞ!」
 雷蔵が皆の一歩前に立ち、ディフェンスシフトを使い大きな身体を皆の盾にするべく、立ち塞がる。
 ミクルを庇い、眠気と戦いながら立っている護衛達に、そのクマの気ぐるみは毒虫の群れを放った。
「ぐっ」
 更に前に出て、雷蔵が毒虫をその身に受ける。
「近づけさせぬ!」
 カナタが氷術を放つ。ソアとケイ、コウ、マリザはミクルの護りにつく。
 気ぐるみは部屋には入らず、ドアを盾にして攻撃を防ぐ。
「お前達だけではない、院内に毒虫を放った。院内の者達全て人質だ。……ミクル・フレイバディを渡してもらおうか」
「さっきの悲鳴は……っ」
 雷蔵が拳を握り締める。
「ミクルは渡せない」
「そんなことをしても無駄です。この病院はヴァイシャリー軍に護られてますから」
 ケイとソアが大声で言った。
「さて、この病室の向かい、集中治療室にいる者はどれだけ持ちこたえられるか」
 響く声は男性のものだ。
「離れなさい!」
 隣の部屋で休憩を取っていたツィーザがホーリーメイスを手に現れる。
「私、キュアポイゾン使えるよ! だから早く!」
 途端、雷蔵がドアを破るように飛び出して気ぐるみを押さえつけようとする。
 ケイは広範囲魔法をいつでも唱えられるよう手を気ぐるみに向け、カナタが氷術を再び放つ。
「行きますよ!」
 ソアは雷術を放った。
「あっ」
 小さな悲鳴が廊下の先から上がった。
「ご主人! 怪しい奴捕らえたぜー!」
 外の見回をしていた雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の声が響く。
 氷と雷でダメージを負った男は、悲鳴の方へと逃走する。
「追うな。ツィーザは、倒れている人の治療を!」 
「うん」
 雷蔵の指示を受け、ツィーザは倒れている病院の人々を治療しようとする。
 追いかけるより、攻撃より、皆ミクルの守護を選んだ。