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嘆きの邂逅(最終回/全6回)

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嘆きの邂逅(最終回/全6回)
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〇     〇     〇


「クリスさん、大丈夫?」
 百合園生の茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)のパートナーであるキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)は、倒れたクリス・シフェウナを病院へと運んできていた。
 数は多くないとはいえ、街中でキメラが暴れているため、急いで避難させる必要もあったのだ。
 尤も、そのキメラを束ねる役目を担っているのがこのクリスなのだが、キャンディスはそれを知らない。
 クリスは這ってでもどこかに行こうとするのだが、キャンディスはそれを許さずに、彼女を押さえつけて寝かせておく。
「嘘なんてみんなつくノヨ。気にしちゃいけないネ」
「気にしているわけじゃない、の……でも、行かな、きゃ……連れていって」
 苦しげに、途切れ途切れにクリスは言葉を発する。
 キャンディスは頭を左右に振る。
「百合園にお友達もたくさんいるんでしょ?」
「そう、だから、お友達のため、にも……友達の為なのよ」
 クリスは涙を浮かべる。
「些細な事でそれを失うなんてもったいないヨ」
「そう、だけど、今は行かなきゃ……いけないところが、あるの」
「お友達も心配するから、今は休まなきゃネ」
「いいから、お願い、離して……っ」
「ミーは平気だから、押し付けていいのヨ」
「……そんなことよりっ! 今は大事なことがあんのよ!!」
 まるで哀願するような口調だったクリスだが、次第に声を荒げ、キャンディスを振りほどこうとする。
「邪魔よ、離せッ!」
 どうやら泣き落としでキャンディスを振りほどくか、騙して協力をさせるつもりだったらしい。
「すみません。ここにクリスさんがいると聞いて来ました」
 病室のドアが開き、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が姿を表した。
 ヴァイシャリー家でミクルに付き添っていたところ、百合園女学院の本部経由で連絡を受けたのだった。
 ラズィーヤや本部の人達から十分注意するようにと歩は言われている。
「あの、クリスさんとちょっと2人でお話させていただけますか?」
 キャンディスは組織とも事件とも無関係だとも聞いていた。事情を説明する余裕も、していいかの判断も出来ないため、歩は友達として2人だけで話しがしたいと言って、キャンディスに席を外してもらう。
「クリスさん、興奮してるみたいだから、飛び出さないよう側についてあげててネ」
 そう言って、キャンディスは飲み物を買いに出て行った。
「具合悪いんだよね、寝てて下さい」
 起き上がろうとするクリスを、歩は両手で押して横にならせる。
「あたし、百合園の七瀬歩です。直接お話したことはなかったけど、離宮対策本部で一緒に活動してきた仲間だし、クリスさんのこと、お友達だと思っていました。クリスさん……百合園を狙う組織に入ってるんですか? どうして?」
 歩の言葉に、クリスは何も答えない。
「学院でのことが全て嘘だったとは思えないんです。何か理由があるんじゃないですか?」
 クリスは苦しげな呼吸を繰り返しながら、手を握り締めているだけで何も言おうとはしなかった。
 歩は少し迷った後、クリスのパートナーである御堂・晴海(みどう・はるみ)の状況について、クリスに話した。
 この話には、クリスは強い反応を見せて、激しい目で歩を睨みつけてきた。
「すごく卑怯だとは思うんです……。でも、晴海さんのためにも組織からは抜けるべきじゃないでしょうか」
 歩は悲し気な目で、クリスにそう訴えた。
「百合園がそんな学校だなんて、知らなかったわ。組織と、変わらないじゃない」
 その言葉に歩は少しの間、黙ってしまう。
「直ぐに晴海を回復させて。それとも、晴海を盾に私を脅すのが百合園のやり方? あなたは本部に直ぐに向って、意義を唱えるべきじゃない? 友達よね、私達」
 必死に並べられる言葉に、純粋で優しい歩は戸惑いを覚える。
 歩は晴海が重体であり、回復が行われていないということだけしか聞いていない。どうして重体になったのかの経緯などの説明は伏せられている。
 それでも、死にそうな状態である友達を回復しないで苦しめておくということは、やっぱり歩にとって辛いことでもあった。
 だからクリスの言葉に、つい、頷いてしまいそうになる。
 多分、この上クリスに攻撃などする者がいたら、クリスを庇っただろう……。
「本部者だ」
 男性の声が響き、ドアが開く。
 エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)と、護衛としてついてきたパートナーのメリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)ヴァレリア・ミスティアーノ(う゛ぁれりあ・みすてぃあーの)ミサカ・ウェインレイド(みさか・うぇいんれいど)が病室へと入ってくる。
「転送術者……」
 クリスの目が鋭さを帯びる。
「すまないが外してくれ。この状態の彼女に危害を加えたりはしない」
 エリオットがそう言葉を発する。
 本心としてはやられた借りを直ぐにでも返したいところだが、立つこともできない女をいたぶる趣味はない。
「わかりました。お願いします」
 歩は頭を下げて、悲しみを感じながら病室を後にする。話をしたこともなく、被害を受けたわけでもない自分とでは、心を通わせるのは無理そうだと感じて。
 廊下に出はしたが、やっぱり気になって、歩はそっとドアに耳を当てて様子を伺うのだった。

 エリオットは歩が向っていることを知り、まずは彼女達に説得を任せたのだが、やはり組織の女は一筋縄ではいかないらしく、百合園のやり方ではクリスから情報は得ることは不可能だと判断せざるを得なかった。
 エリオットがクリスの方へと近づく。
「無茶はダメよ。また燃やされたらと思うと……」
 武装したメリエルがエリオットの前に出て、彼の守りにつく。
「エリオットさん……」
 ミサカも不安気な目をしている。
 大丈夫とパートナー達に言った後、エリオットはクリスに語り始める。
「説得に応じた方が身のためだと思うがな。というのも、貴女のパートナーの命は我々が握っている。私が本部に連絡を入れれば、それを介してパートナーの殺害命令が出る」
 ピクリとクリスの眉が揺れる。
「晴海についている『志位大地』という男は意外と趣味が悪いから平気で殺すだろう……。それでもいいならかかって来い。なに、殺しはしない。せいぜい叩きのめして貴女から装置を奪い取るだけだ」
「……っ、やめて。私達も被害者なの」
「ならば、キメラ制御装置を渡してもらおうか。持っているんだろう?」
「そんなもの、持っていないわ。組織に利用されていただけなの」
「先ほどまでの会話、外で聞かせてもらっていた。貴女に同情は無意味と判断した」
 哀願を始めたクリスにエリオットがそう言い、更に近づいた。
「これが最後だ。降伏か死か。時間が無いのだ、さっさと選べ!」
 途端、クリスはエリオットに手を向けて魔法を発動する。
「エリオットくん!」
 メリエルがエリオットを庇う。……しかし、クリスの魔法は不発だった。かなり消耗して魔法を使える状態ではないらしい。
 それでも、一瞬できた隙に、クリスはベッドから転げ落ちるように下りて、壁に手をつきながらドアの方へと歩く。
「ヴァレリア」
「了解」
 ヴァレリアはクリスを転ばせる。
「離せっ!」
「いつ回復するかわからないしね」
 弱弱しく暴れるクリスの手足をヴァレリアは登山用ザイルで縛っていく。
「大人しくしていてください」
 ミサカは悲しみの歌を歌って、クリスの気力を殺いでいく。
 手足を縛ったクリスを、メリエルとエリオットでベッドに転がす。
「これ以上抵抗すると、パートナーにも響くと思うが?」
「当然……降伏より死を選ぶわ。本部メンバー全員殺すつもりだったんだもの、それくらいの覚悟はあるわよ。晴海だって……っ」
 苦しげな息の下、ギラリとクリスは目を光らせた。
「仕方ない」
 エリオットが腕を振り上げ、クリスは歯を食いしばり目を閉じた。
 拳はクリスの腹を打ち、彼女は意識を失う。
 パートナー達に体を探らせて、エリオットはキメラ制御装置と思われるペンダントを回収した。
 クリスのことは、登山用ザイルで口を塞ぎ、体もぐるぐるに縛り付けておく。
 そして直ぐに本部に連絡をして、ペンダントを持って本部に戻るのだった。

 歩はエリオットが出てくる直前に、ドアの前から離れて隠れていた。
 クリスを庇いに出て行きたいと思ったけれど。
 彼女に想いは通じないという事も、もう解っていたから……。
「でもこのままじゃ、クリスさんも晴海さんも危ないかも」
 でも、命を奪うのは絶対嫌だから。
 治療をお願いするために、歩は医者の下へと走った。