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仮初めの日常

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仮初めの日常

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〇     〇     〇


 神楽崎分校では、優子の到着を待ちながら、祝賀会の準備が進められていた。
 農家の人々も戻って来ており、普段から顔を出している分校生や噂を聞いた友人達が大勢訪れて、料理や会場の準備を急いでいた。
 そんな中で……。
 ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)は、今後の体制に不満を持つ分校生を集めようとしていた。
「優子様の力に惹かれてきたはずのあなたたちが……鵜飼いの鵜となることに満足いたしますの?」
 だけれど、今日この日に、ロザリィヌの言葉に耳を傾ける者は殆どいなかった。
「分校長という役割が無くなっても、優子様がここに留まる事はございませんわ。むしろ更に大きな役割を背負ってここに来る事はより少なくなっていくでしょう」
 それでも、優子を気に入っていると思われる少年を引き止めて、ロザリィヌはそう話をしていく。
「それもこれも……優子様が副団長という役職に縛られているからですわ。そしてそれは今の優子様にとっても重荷となっている……」
「けど、そこが魅力だからな〜。百合園の白百合団の副団長じゃなきゃ、四天王でもないんじゃねぇ? 寧ろ百合園でトップになってもらいたいわけよ!」
「栖手威汰栖(ステータス)を奪ってどうするよ!」
 優子自身を案じている……好いてもいるロザリィヌと、分校生達の気持ちは一致しなかった。
 ロザリィヌは優子を解放するために、分校生をたきつけたかったが、そのような気持ちを持っている者はいなかった。強い者に従って、その日その日を楽しみ、騒ぎ暴れて生きている彼らにとっては、生徒会長が面倒なことを引き受け、番長が構えていてくれるのなら、それでよかった。とはいえ、トップはより神的存在がいいわけで、パラ実生としては、辞めるより優子に百合園を支配してほしいくらいなのだ。
 そしてもし、自分の言葉に頷く者がいたとしても、具体的にどうすればいいのかロザリィヌは考えてはいなかった。
 アレナを失ったことで優子は更に負担を背負い込んだと思われる。
 おそらく、今まで以上に無理をしていくだろう。
 そうしたらきっと優子について行く崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)も優子をフォローしようと今まで以上に頑張ってしまう。
(……優子様はきっとそれを望みはしないでしょうけれど……亜璃珠がどれだけ優子様を大切に想っているかは解っているつもりですわ……同じか、それ以上に無理をしていくでしょう……)
 だからこそ、ロザリィヌは優子を止めたかった。
 結果として、百合園を追われても嫌われても構わないと思っていた。
 ――そのロザリィヌの行動が、優子や亜璃珠を苦しめ、より一掃負担を増やしてしまうということに気付かずに、ロザリィヌは優子を失脚させるために動いていた。
「ロザリィヌ……」
 そこに分校長の亜璃珠が駆けつける。
 ロザリィヌの動きに不信感を覚えた分校生が、彼女に報告をしたのだ。
「優子様と亜璃珠がこれ以上頑張る必要なんてありませんわ……」
「待って」
 駆け出そうとするロザリィヌの腕を、亜璃珠は掴んだ。
「辛いけれど……私の最後の仕事として、ロザリィヌを除籍するわ。対立を煽っていると報告を受けているの」
 亜璃珠の悲しみが篭る目に、ロザリィヌは首を強く左右に振る。
「亜璃珠……わたくしは、あなた達を止めてみせますわ……!」
 ロザリィヌは亜璃珠の腕を振りほどくと、河原の方へと駆けて行った。
 ロザリィヌと亜璃珠は共に同じ理由で百合園上層部に目をつけられている。いわばパラ実送り候補生だ。
 何か大きな問題を起こしたら、百合園には居られなくなるだろう。
 分校でロザリィヌがしていたことを、亜璃珠が分校生から詳しく聞き出して優子と百合園に提出したらロザリィヌは白百合団は勿論、百合園を退学になるかもしれない。
 でもそれは、亜璃珠も一緒なのだ。
 ロザリィヌが今、このような状態に陥った大きな理由――亜璃珠が分校の為と思い、百合園生であることを明かし、優子の名前を出した上で行ったとある交渉と誘惑行為が優子の耳に入る、もしくは百合園側に報告されてしまったのなら、亜璃珠は優子に、百合園に許されるだろうか……。
 既にパラ実送りにリーチのかかっている2人の仲違いは、2人にとって、最優先に解決しなければならないことなのかもしれない。
 だけれど、亜璃珠は追えなかった。
 今はどう言葉をかけたらいいのか解らなくて。
 どうしたら、ロザリィヌと以前のような関係に戻れるのだろう。
(優子さんの仕事を手伝わなければ……優子さんへの、気持ちを断ち切れば)
 彼女は自分の元に帰ってくるかもしれない。
 自分を慕ってくれる人が沢山いて、亜璃珠はその想いに応えたいと思っている。
 でも、ロザリィヌの愛に応えることで、愛する人を愛せなくなる。
 亜璃珠もまた、苦しんでいた。
 辛い事が沢山あった。
 至らなさを痛感した。
 分校長として、皆のお姉様として、立ち振る舞ってきた姿も。
 それも本当の姿、だけれど……。
 心に負った無数の傷を隠し、押さえつけた状態で、日々を過ごしてきた。

「ほな行きますえっ!」
 喫茶店厨房にて、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)は襷をぴしっと締めて、調理に勤しんでいた。
 事前に分校生に何が食べたいか聞いたところ。
『ボリュームがある料理』
『肉!』
『肉!』
『肉!』
『肉!』
『肉!』
 と、返事が帰ってきた。
 いつものノリで日本から取り寄せた良質食材で調理したいところだが。
 今回は急な話だったため、この近辺で調達できる食材で作らなければならない。だからこそ、料理人として腕が鳴るというもの!
 まずは巨大な骨付き巨獣の肉の塊からだ。
 どさりとテーブルの上において、広げて。
「ティアっほないきますえーっ」
 パートナーの剣の花嫁ティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)に手を差し出す。
「え? あ、うん」
 ティアはエリスの超真面目真剣モードの凛々しさに軽く圧倒されていた。
「まあ、せいぜい頑張んなさい」
 エリスの包丁型光条兵器を取り出して、彼女に手渡す。
「任せてーな!」
 華麗な包丁捌きで骨から削ぎ落とし筋を断つ。
 側には現地の岩塩、柚子、胡椒、等の和の香辛料が並べられている。
「シンプルな味付けの炙り肉がメインどす」
 てきぱき動きながら、エリスはボールに調味料を入れていく。
「ティアはこっちをたのんまっせ」
「あたしに命令?」
「混ぜておくれやす」
「生意気な事を言っ え?」
「持ち方はこうどす!」
 エリスの勢いに圧倒され、ティアは「え? え?」といいながら、言われたとおりなんだか良く解らないうちに混ぜ始めていた。
「次は、こっちをたのんまっせ〜」
「はい?」
 混ぜ終えたと思ったら、野菜を洗うよう言われる。
 反論する間もなく、やっぱり何故か手伝ってしまう。
「ファイはポテト揚げるですよ〜」
 パーティが行われると聞いて、手伝いに訪れていた広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)は、揚げ物から作っていく。
「席を移動しやすい食べ物が沢山あるとよさそうです〜」
 焼肉やサラダはエリス達が作ってくれているので、ファイリアは揚げ物、オーブン料理を中心に担当することにした。
「おおー。作ってるな〜。じゃんじゃん頼むぞ、皆良く食うからなー!」
 スキンヘッドの少年が、厨房に入ってくる。
 分校で生徒会庶務(会長付きパシリ)を担当しているブラヌ・ラスダーだ。
「美味そうだなー」
 言いながら、ブラヌは手を伸ばして、肉を手づかみしようとする。
 ぺしん。
 目にも留まらぬ速さで、エリスがその手を叩き落した。
「ドーナツ食べて待ってておくれやす」
 そして、市販のドーナツをバッと差し出す。
「うぐ……っ」
 とぼとぼブラヌは厨房から出て行った。
 何故か解らないが、ブラヌと彼の配下の分校生は、ドーナツで追い払えると聞いていた。効果覿面だった。
「こうして混ぜて、こねるでございますよ」
 邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)は炊き上がった米をすり潰し、あく抜きした木の実をすり潰したものと混ぜていく。
「変わった料理ね」
 隣には、壱与に誘われて手伝っているリーア・エルレンの姿がある。
「名前は決めておりません。野生味溢れる改良古代パンでございます〜」
 壱与は終始にこにこしていた。リーアと一緒で嬉しいらしい。
「ここの子達向きかもね。高級料理よりシンプルな物が好きそう」
 リーアも受け入れてくれた分校生達や、百合園に送ってくれた人達に感謝をしており、喜んで料理を手伝っていくのだった。