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仮初めの日常

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仮初めの日常

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「椅子は端にだけ並べておこうか」
 和原 樹(なぎはら・いつき)は、パートナーと農家の四女のシアルと一緒に、会場の周りにロープを張り、看板を立てて、パラ実生達が無闇に畑に入らないよう仕切った後、ホールの準備を手伝っていた。
「そうね。椅子はない方が沢山入れるし。あっても机や床に座る人もいるしねー。喫茶店の方でもそうだけど」
 シアルはすっかりパラ実生達と打ち解けており、歳は若いのに、彼らの姉的存在になっていた。
 最近では分校生と一緒に本校の方にも顔を出すようになり、本校の生徒達にも、パラ実生の新入生として可愛がられていた。
「手伝うぜ〜!」
 ブラヌが舎弟を連れてどかどかホールに入り込んでくる。
「あ、こっちは大丈夫。ブラヌさん達は、ホールの外で来客の対応お願い。変な人が来た場合、俺達じゃ手に負えないし」
 樹はブラヌの申し出を丁寧に断る。
 会場内については、雑な彼らより自分達で行った方が良いと思えた。
 何せ今日は百合園から……彼らの総長である神楽崎優子も来るのだから。
 しかも、新しい先生も連れてくるという。最初の印象は凄く大事だ。失礼のないようにしたかった。
「ビシッと綺麗にしなきゃな! ええっと、テーブルに花瓶を……って花瓶なんて殆どないや」
 準備をする樹の姿に、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は軽く口元に笑みを浮かべる。
「苦手分野だろう?」
 樹もがさつなところがあるからな……。
 そう思いながら、フォルクスはテーブルの位置を整え、布巾で丁寧に拭いていく。
「ショコラッテ、吹き終わったテーブルにクロスをかけていってくれ」
「はい、フォル兄」
 ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)は返事をして、淡いブルーや緑のテーブルクロスをかけていく。
 真っ白より、ここでは色のあるテーブルクロスの方が良いと思われた。少しの汚れなら目立たないし、雰囲気も柔らかになるから。
「椅子に乗せるクッションも少しあるの」
 それから荷物の中からクッションを取り出して抱えながら、奥のテーブルに近づく。
 この席には、椅子が置かれている。
 優子や分校の役員が座る席だから。
 ショコラッテは、奥の席から優先的にクッションを置いていく。
「このドーナツ型のクッション、凄く座りやすいの」
 言った途端、ガタンと音が響く。
 窓の側で飾りつけをしていた不良が軽く震えていた。咳払いをしてすぐに作業に戻ったが。
 どうしたのだろうと首をかしげたショコラッテに、樹が苦笑を向ける。
「ショコラちゃん、それは一番奥の、神楽崎優子さんの席がいいかも。うん」
 詳しい説明は不良さん達が可愛そうなのでしないでおく……。
「はい、樹兄さん」
 ショコラッテは言われたとおり、一番奥の席にそのクッションを置いた。
「テーブルに花を飾るなら、籠やバスケットがいいだろう」
 花瓶を置こうとする樹に、フォルクスがそう言う。
「スポンジに挿したものなら、形も崩れにくい。陶器やガラスの花瓶では、倒したりした場合に危ないからな」
「そうか。花瓶は窓際に置いておくよ」
「花籠なら持ってきているの」
 ショコラッテが花籠を運んで、テーブルの中央においていく。
 フォルクスが手を伸ばして、花の形を整えていく。
「うん、綺麗になってきたな」
 細かな点に気付くフォルクスに樹は密かに感心するが今は言葉には出さなかった。
「食器類や料理運び入れていいか?」
 パラ実の教師の高木 圭一(たかぎ・けいいち)が分校生達と現れる。
「あ。お願いします」
 樹がそう答えると、圭一は分校生に指示を出して、共に食器や料理を運び込んでいく。
「わかっていると思うが、酒と煙草は厳禁だぞ。自称小麦粉なんて持ち込んだ奴は退学どころじゃすまないからな」
「パーティの時くらいいーじゃん」
「俺、20越えてるぜ!」
 そんなことを言う分校生のことは軽く睨んでおく。
「今日は誰が来ると思ってるんだ? パーティ中は禁止。未成年以外も周りの奴らに影響が出るから、一律禁止だ」
「ちぇ〜っ」
「その代わり、料理も菓子も食べ放題だ。総長が負担してくれるそうだぞ」
 圭一の説明に、分校生達から口笛や歓声が飛ぶ。
「こちらにお願いね」
「こっちもいいぞ」
 ショコラッテとフォルクスは準備の出来たテーブルに皿を並べていってもらう。
 中央のテーブルに軽食系の沢山の料理をバイキング形式に並べ、各テーブルごとにもメインの料理を並べることになっている。
「ナイフとフォーク置いていくね?」
 圭一のパートナーの竹芝 千佳(たけしば・ちか)は、圭一に確認を取った後、ナイフとフォークを各テーブルに置いていく。
 皆が準備を楽しそうに行っていること、そして圭一が側にいること。指導している彼も柔らかな雰囲気であることが……千佳はとても嬉しかった。
(怖いこと、本当に終わったんだ。よかった)
 ほっと息をついて、一生懸命お手伝いしていくのだった。
「優子さんもうすぐ到着されるそうです」
 料理を運びながら、フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)が報告をする。
 バイクで確認にいった分校生が、こちらに向ってくる馬車を確認したそうだ。
「分校長が迎えに行っています。そろそろ集まった方々にもテーブルについてもらいましょう」
「そうだな。今回はヴァイシャリーに協力した者達の慰労会でもある。あの依頼で成果をあげた者は優先的に中に入れ。それ以外の者は外のテーブルにつくように」
 フィルに頷いた後、圭一は皆に指示を出していく。
「俺、食い物の近くな〜!」
「俺は入り口〜。外の出し物も見やすいしな!」
 各々、好きなテーブルへと近づいていく。
 時々場所の取り合いなどをしているが、喧嘩もなく皆がテーブルについたその時。
 外から歓声が響く。
 神楽崎優子が到着したらしい。
 以前優子が分校に顔を出した時とは違い、ヤクザ風の出迎えは行われなかった。
 歓声を上げながら、分校生達は優子を歓迎し、優子は淡い笑みを浮かべながら、亜璃珠と共にホールの中へと入ってきた。
「歓迎サンキュー!!」
 優子に代わって、隣にいる人物が手を振って皆に応えている。
 亜璃珠は困惑気味の表情だった。
 ホールの中は簡単ではあるが、和紙や色紙で飾り付けられている。
 淡い青や緑のテーブルクロス。その上のバスケットの中の色とりどりの花。
 口笛や声をかけてくる分校生達に優子は軽く見回して、努めて穏やかな表情で歩いていく。
 亜璃珠にここで厳しいをしていたらダメだと釘をさされていたのだ。
「神楽崎」
 名前を呼ばれて、優子は立ち止まる。
「国頭か……こっちに来てたんだな」
 優子が軽く笑みを見せる。
「神楽崎がこっちに参加するって聞いたからな」
 そう言って国頭 武尊(くにがみ・たける)は、青い薔薇の花束を持ち、優子に近づいた。
 何かプレゼントをしたいと思っていたが、優子の好みは聞いたことがなかった。
 女性は花を贈ると喜ぶものなので、真っ先に思い浮かぶ、薔薇ををと考えた。
 以前は黄色い薔薇を贈ったので、今回は青薔薇を用意してみたのだ。
 差し出された薔薇の花束を、以前とは違い優子は嬉しそうに受け取った。
「ありがとう。きっと喜ぶよ……ラズィーヤさん」
「いや、ラズィーヤ・ヴァイシャリーにじゃないぞ?」
「ラズィーヤさん、青薔薇が好きみたいだから、もしかしてと思った。私に? 黄色じゃなくて?」
「勿論だ。黄色も似合うけどな」
 武尊の言葉に、優子は軽く笑った。
 以前黄色の薔薇を受け取った時に、変に警戒してしまったことを懐かしく思う。
「こうして、ここで。皆と一緒に無事なキミにも会えたことを嬉しく思う。お疲れ様」
 武尊が返事をする前に、会場から拍手と歓声が湧き起こった。
「それじゃ、堅苦しいことは抜きで乾杯しよう。……でいいか?」
 優子は亜璃珠に確認を取り、亜璃珠は首を縦に振った。
「優子さん、こちらへどうぞ」
 フィルが優子を奥の席へと案内する。
 そして、優子のグラスにジュースを注いだ。
「え……。今日はありがとう」
 優子はやはり、パラ実生の前では何を言ったらいいのか解らないらしく、らしくもなく少し緊張気味な顔で立っていた。
「あー、とにかく、全員、お疲れさん」
 すぐに生徒会長の羽高 魅世瑠(はだか・みせる)が駆けつけて、隣に立つ。
「総長、分校長には色々あったそうで、お疲れさんでございやした」
 そして、優子と亜璃珠に深く頭を下げる。
 それからモヒカン、リーゼント、スキンヘッド、オールバックと多種多様の頭を見回しながら、声を上げる。
「襲撃組、防衛組、ヴァイシャリーに行った探索組、情報収集、それぞれに苦労はあったと思うけれども、全員の協力があってなんとか分校は存続できたぜ。改めて礼を言う」
 その魅世瑠の言葉に優子は頷いて、自分の言葉で集まった者達に語っていく。
「皆の頑張りについて、話は聞いている。ただ、遊びに来ただけの者もいるとは思うが、今日は無礼講で……というか、いつも無礼講なのかもしれないが、楽しんでくれればと思う。費用は全てこちらで負担させてもらう、好きなだけ飲食を楽しんで欲しい。協力ありがとう。集ってくれて、ありがとう」
「あとは細けぇことは抜きだ! 存分に楽しんでくれ!」
 魅世瑠がグラスを持ち上げ「乾杯」と言う。
 分校生達も優子も、魅世瑠に続いて乾杯をする。
 直後に分校生達はわっと声を上げて我先にと飲んで、食べて、はしゃぎだす。
「今後とも分校をよろしくお願いしますねぇ」
 分校長顧問のキャラ・宋(皇甫 伽羅(こうほ・きゃら))は早速役員や要人の間を、飲み物を持って挨拶に回っていく。
「皆よく頑張ったでござるな。今日は存分に楽しもうでござるよ」
 宋・子分(うんちょう タン(うんちょう・たん))は、作戦に参加をした分校生達のグループに交ざり、談笑を始める。
「何でも、新しい先生が来られるとか。楽しみでござりまするな」
「もう来てるぜ〜」
 宋・清(皇甫 嵩(こうほ・すう))の言葉に、分校生の一人が一方を指差す。
「ん? そのような人物は見当たりませぬが」
「まさか、神楽崎総長と一緒に来られた方でしょうか……」
 宋・襄公(劉 協(りゅう・きょう))が、優子と一緒に分校に来た人物に目を向ける。
 チャラチャラした男で、とても教師には見えないのだが。
「ご挨拶しますぅ〜」
 キャラは、ジュースの瓶を持って、その男の下に向うのだった。
「食え食え、しかしお前はどこから食うんだ? 顔でかいよな? 目の位置から流し込めばいい?」
「髭の裏側に本当の口があるとか」
「子分さんあーんしてみて、あーん。このお肉とてもおいしいわよぉ」
「こらこら、自分で食べるでござるよ!」
 インパクトのある着ぐるみの子分は分校生達に弄られていく。