リアクション
キマク商店街に活気を
見るも無残に寂れ果てたキマク商店街に再び活気を取り戻すために何かできないか、と話し合った日比谷 皐月(ひびや・さつき)と神代 師走(かみしろ・しわす)は、まず寄合所を設けることにした。
地味だけど小さなことから始めよう、というわけだ。
寄合所と言っても青空教室と同じで、商店街の外れにそれらしく椅子やテーブルを並べただけの質素なものだった。
皐月と師走は、各店の店長を訪ね、寄合所の存在を教えてはその意義を説明していった。
「──それじゃ、待ってるから」
「あ、ああ……」
今も一件終わったが、やはりあまり反応は良くない。
キマク商店街を見てわかったことだが、地球人の皐月から見ると、店として客に対するサービスがまともに行われていたようには見えなかった。
プリクラも食材も、ただ置いているだけで、欲しければ客が店長に要求するといった感じだ。
原始的な市と言うべきか。
略奪が文化のキマクでは、商売のサービスといった精神が発展しなかったのだろう。
それは当たっていて、寄合所に少ないながらもそれなりに集まった店長達の口から出るのは、ため息と愚痴だけだった。
何故店を閉めることになったのか、根本がわからないのだ。
話していくうちにそのことに気づいた皐月は、商売がどういうものなのかを地球で暮らしていた頃の経験を頼りに話して聞かせた。
また、商店街というものについても。
「首領・鬼鳳帝に真正面から対抗する必要はねぇだろ。商店街で働いているみんなで一人じゃ足りない部分を補い合いながらやってくんだ」
「そうは言ってもなぁ。もう客はあっちに流れちまったし、今さら何やったところで無駄じゃねぇ?」
皐月の話しに頷きつつも、今ひとつやる気の出ない店長達。
と、そこに師走が軽食を運んできた。
「少し、休憩にしたらどうだい? 疲れていては良い考えも浮かばないからねぇ」
サンドイッチやホットドッグに重くなっていた場の空気が和む。
難しい話も愚痴もいったん引っ込めてそれぞれ好きなものに手を伸ばして食べ始めた時、三人の客が来た。
ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)にメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)、酒杜 陽一(さかもり・よういち)である。
彼らはキマク商店街立て直しのために交渉に来たのだ。
この場所は、商店街でまだ営業している数少ない店の主人から聞いた。
「歓談中に失礼。私達、このたび商品配達会社『亜魔領域』を設立することになってな。それにはこの商店街の皆さんの協力が必要不可欠なんだ。少し、話しを聞いてもらえないだろうか?」
「そっちの人もかい?」
たまたまザミエルの近くにいた男が、少し離れたところにいた陽一を見る。
「会社は別だけどな」
店長その1が彼らに椅子を勧めて話しを促すも、その目はどこか冷えていた。首領・鬼鳳帝に潰された後だけに、似たような輩がさらに何かを奪いに来たかと警戒しているのだ。
ザミエルはその様子に気づいているのかいないのか、いつもの調子で話しを進める。
「まずは『亜魔領域』がどんな会社か説明しよう。先ほど言ったとおり、商品配達会社だ。その商品にあなた達がこれまで売っていたものを扱わせてほしい」
「値段は首領・鬼鳳帝よりも安くしたいと考えてます」
亜魔領域において商品ルート確保担当のメティスが引き継ぐ。
「ネットを使って手軽に注文できるようにし、配達は我が社の腕の立つ者が確実に届けますので、きちんと売り上げが出ます」
ふぅん、と聞いていた店長達は、次に陽一に視線を移す。
陽一は軽く咳払いすると話し始めた。
「皆さんには会社設立の資金を提供してもらいます。そのお金で俺が空京に会社をつくり、その名義と資本を担保に銀行に融資してもらうよう話しをつける。まとまった金ができたら、首領・鬼鳳帝と同じ商品を当面の赤字覚悟で首領・鬼鳳帝より安く売るんだ。売る場所は、この商店街」
同じ商品なら安いほうを選ぶだろう、と言う陽一に、店長達もそりゃそうだと頷く。
だが、同時に気にかかることもあった。
「赤字が出ちゃ、すぐに潰れるだろ」
ザミエルと陽一を交互に見て言った店長その1に、陽一は頷きながら対策の説明を始めた。
「商店街に人が戻れば、その世話をする飲食業者も来るだろう。同時にこちらで新事業も立てる予定だ。それで赤字対策としたい」
「新事業?」
「新しいアイドルを売り出す」
四十八星華に対抗するアイドルを。
陽一はデビューコンサート用のポスターを見せた。
へぇ、と反応したのはザミエル。
亜魔領域では、その四十八星華メンバーを使って宣伝しようと考えていたからだ。
店長達は顔を見合わせた。
「これ、宣伝のために貼っても?」
ポスターの束を見せる陽一に、店長達は頷いて許可した。
コンサートはこの商店街の近くに舞台を作ってやるらしい。そのことも、特に問題ないと彼らは言った。
それから、ちょっと待っててくれとザミエルと陽一に断り、本題について額をつき合わせて話し合いを始めた。
一段落つくのを待っていた師走が、三人にお茶と軽食を持ってくる。
皐月が、彼らが来る前に自分達との話し合いについての状況を説明すると、ザミエルと陽一は、店長達がこれまでの話しをきちんと理解しているか不安にならざるを得なかった。
やがて話し合いを終えた彼らを代表して、店長その1が言った。
「商店街で扱ってきたのは、地球のものなんだよな。あんたらのやりたいことはわかったが、それは俺達がいなくてもできるんじゃないか?」
足りなくなれば奪いに行けばいいし、といった態度の彼ら。
それを言われては元も子もないのだが。
すると、悔しそうな顔でメティスがテーブルを叩いて立ち上がった。
「あなた達もキマクで商売を始めるだけの気概があった人間。ここで指をくわえて負けを認めていいのですか? 客を取られたのなら取り返せばいい! 売れないのであれば、売れる商品を用意すればいい! 買いやすいサービスを提供すればいい! 違いますか?」
静かな雰囲気のあった彼女の迫力に押され、思わず身を引く店長達。
そんな中、おそるおそる口を開く者がいた。
「そ、そこの兄ちゃんにも言われたがよ」
と、皐月を目で示す。
「そのサービスってのはどんなもんなのか、いまいちわかんねぇ。欲しいものは欲しい、と自分で言って交渉するもんじゃねぇのか?」
物々交換の世界で彼らはそうしてきた。そしてそれで充分だった。不特定多数の相手に、欲しがってるかどうかもわからない相手に、自分の獲物を宣伝する必要はなかったし、それは略奪者を呼ぶ危険な行為でもあった。
「よかったら、そいつを教えてくれねぇか?」
どうやら彼は商売というものに興味を持ったようだ。
しかし、それは少数派で、店長その1を始めほとんどの店長が『自分達はいらないだろう』と判断し、ザミエルと陽一の案には乗れないと断った。
そうして残ったのは、四人の店長。ここに集まっていた人数の一割程度だ。
だが、ここに来ていたのが商店街の全ての店長ではないから、彼らとも話しをすればもしかしたら協力関係を結べるかもしれない。
ザミエルや陽一の思い描く商売をキマクに発展させるのはだいぶ困難なことであるが、ここで手を引いてはキマクの経済は完全に渋谷に支配されてしまうだろう。
それともう一つ。
亜魔領域と陽一の会社のこれからの関係も、今後の渋谷との経済戦争に深く影響してくるはすである。
卍卍卍
協力関係を結んだ四人の店長との話し合いを終えた陽一は、
酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)達のもとへ戻ると経緯を話して聞かせた。
「で、こっちの調子は?」
尋ねた陽一に、美由子はニヤッとした。もともとの目つきが良いとは言えないので、いかにも悪いことをたくらんでいるように見えた。
「咲き誇り、散る準備はバッチリよ」
「散らんわボケ!」
すかさず文句を言う
ソラ・ウィンディリア(そら・うぃんでぃりあ)。
その横では、その通りと
メアリー・ブラッドソーン(めありー・ぶらっどそーん)が頷いている。
この二人が、美由子によってキマクにデビューさせようとしているアイドルユニット【ふたりはブルブラ】である。
ちょっといかがわしい妄想をしてしまいそうなユニット名だが、ちゃんと意味はある。
しかし、重大な問題があった。
意志により光条兵器を現すことはできても、瞬間的に身に纏うことは難しかったのだ。どうしても手に持った状態で出てきてしまう。
まさか舞台の上で着替えるわけにもいかず……。
「何とかしなくてはなりませんわね」
「このままじゃ、魔法戦士ブルーブライドの名が……! こ、今回は青いドレスにしとく?」
メアリーとソラが同時に美由子を見る。
「そうね……仕方ないわね。代案はまた考えるとして、ポスターも貼っちゃったしやるしかないでしょう。美しく散ってきなさい!」
「だから散らんっつーの!」
ソラの振るった拳を、美由子はヒョイとかわした。
ブルブラの今後の売り出し方もそうだが、キマク商店街や亜魔領域との関係をどうするか、陽一が考えなければならないことは山ほどありそうだった。
一方、亜魔領域のザミエルとメティスのほうはというと。
薄青 諒(うすあお・まこと)と
ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が歌の練習をしているところだった。
ノアは四十八星華の一人である。
「どうだった?」
と、尋ねる
レン・オズワルド(れん・おずわるど)にザミエルは厳しい商店街の反応と、似たような考えを持って訪れていた陽一のことを話した。今頃向こうもそうしているだろうと思いながら。
「なるほど……。首領・鬼鳳帝に新たな二社がライバルとして出るのはおもしろいが、協力してほしいキマク商店街の力を得られないとなると……」
「今回は宣伝まででしょうかねぇ」
ザミエルに問うように目を向けた
志位 大地(しい・だいち)に、彼女は軽く肩をすくめて頷いた。
「店のほうも準備の時間がほしいんだってさ」
「そうですか。けれど、確かに協力を約束してくれた人がいるなら、その人達のためにも宣伝は派手にやらないといけませんね。……成功すれば、きっと新たな協力者も得られるでしょうから」
では失礼、と軽く会釈をすると大地は宣伝配信用動画の準備のために、別室へ行った。
「今回はお留守番? ヒマになっちゃったなぁ」
諒とノアの練習風景を眺めていた
シーラ・カンス(しーら・かんす)が、頬杖をつきながら残念そうに呟く。
「ヒマならこのサイトのデザインについて意見をくれない?」
メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)がノートパソコンをシーラの前に押し出した。魔道書の彼女だが、今は人型をとっており氷月千雨と名乗っている。
画面には亜魔領域のトップページがあった。
千雨はPC用携帯用のウェブページ作成およびサーバ管理担当だ。
彼女はパラ実生達が好むようなデザインを心がけていた。
シーラはどれどれ、とマウスを引き寄せ、各項目をチェックしていく。
その様子を見ながらザミエルは今後の戦略について思案を巡らせていた。