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冥界急行ナラカエクスプレス(第1回/全3回)

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冥界急行ナラカエクスプレス(第1回/全3回)
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序章 死人の谷



 霧は深く立ちこめていた。
 土から岩から横たわる獣の死体から、染みだすように霧は現れ、渓谷の上にゆらゆらと広がっている。
 ヒラニプラ山岳地帯の一角に現れたこの小さな裂け目は、いつの頃からか『死人の谷』と呼ばれていた。生ける者なき静寂が死を想わせるとも、霧に迷い帰らぬ人々が谷に死をまとわせたとも言われるが、由来は定かではない。
 なだらかな斜面は砂利と岩に覆われ、ところどころ痩せた草が顔をのぞかせている。その中に、幾つもの石像が打ち捨てられていた。悪鬼の如き容貌の像だ。近付く者を拒むように、彼らは憤怒の形相で虚空を睨みつけている。
「何千年、いや……、何万年ぶりにこっち側に来たってのに、なんともつまらねぇ眺めだ」
 像の上に腰を下ろす不気味な影が、吐き捨てるように言った。
 それから、斜面の底にそびえ立つ東京駅を思わせるレトロな外観の遺跡を見つめる。
「ナラカエクスプレスか……。森羅万象、全てはやがて散りゆく定め。あんなガラクタ引っ張りだして、世界の理を乱そうなんざ正気の沙汰とは思えねぇな。5000年前からちっとも進歩してねぇぜ、こっち側の連中はよぉ」
 すると、はす向かいに立つもうひとつの異形の影が答えた。
「よほどあの女に値打ちがあるんじゃろうて」
「ふん、ただの生意気な小娘にしか見えねぇがな……」
「そうやって本質を見ようとせんから、お主はいつまで経ってもお山の大将なのじゃ」
「んだとコラァ!!」
「あの女にそれだけの価値がなければ、わらわ達がこのような卑賤な土地に足を踏み入れることもあるまい」
「ぐ……、そ、そんなことわかってる!」
「まあ、それは抜きにしても、我が領地に踏み込まんとする浅ましい輩には然るべき歓迎をせねばならんがな」
「何言ってやがる! あそこは俺様の領土だ、オカマ野郎!!」
「たわけ、お主のような馬鹿ザルには小山のひとつもあれば充分じゃ」
 口論する二つの異形の傍に、ふと、大きな翼を持った影が浮かび上がった。
「そのぐらいにしておけ。見てみろ、奴からの情報通り、例の連中がやってきたようだ」
 真綿のような霧の向こう、一面白の空間にぽつぽつと灯りが無数、それはまるで彷徨う魂を思わせた。
 その一群は霧の海を掻き分けながら、谷底の遺跡にゆっくりと歩を進めているようだ。
「たかが女一人のためにご苦労なことだ……、ハヌマーン、タクシャカ、準備はいいな」
 翼の怪人の言葉に、二人の異形はむっと顔をしかめた。
「おう、コラァ! リーダー面しやがって、俺様に偉そうな口利くんじゃねぇ!」
「左様、お主ごときに言われるまでもない」
 どうもこの三人、相容れぬ関係のようである。
「……まぁ、それはそれとして、生身の身体で闘うのは久しぶりだ。腕が鳴るぜ!」
「ふん、サルはいつまで経ってもサルのままじゃな。まあよい、これもまた一興じゃ、新たに得た力にもまだ慣れぬ。相手がか弱い人間と言うのがいささか不満じゃが……、この機に存分に試させてもらうとしよう」
 ただならぬ気配をまとった怪人たちは霧を見つめ、爛々とその目を輝かせた。