リアクション
「こっちの方から、変な声が聞こえてきたんだけどなあ」 アキラ・セイルーンが、どこからか聞こえてくる悲鳴とも呻き声ともつかない声を辿って、展示室の一つに入っていった。 「うわっ、エロだ、エロいのきた!」 「えっ、えっ、どうしたネ!?」 突然両目を手で隠されて、アリス・ドロワーズがアキラ・セイルーンに聞き返した。 「見ちゃいけません!」 しっかりとアリス・ドロワーズの目を隠したまま、アキラ・セイルーンは彼女を引きずって退散していった。途中で、リネン・エルフト(りねん・えるふと)に軽くぶつかるも、それを無視して去って行く。 「痛いわね、いったいどうしたって……。何、これ、なんで私がいるのよ」 展示室をのぞいたリネン・エルフトが絶句する。 倉庫のような展示室の中では、傷だらけの自分が床に転がっている。 この光景は、以前、彼女がさる組織につかまって実験体として扱われていた時の物に間違いない。 だが、これはいったいどうしたということなのだろう。 だいたい、ここは美術館のはずだ。その証拠に、展示室であるはずの部屋の奥には、絵が飾ってある。だが、その絵こそ、まさに今このシーンを描いたものであった。だとすれば、いったい誰がこの絵を発注し、ここに飾ったのだろうか。 「さて、続きをするとするか」 「あまり痛めつけると、使い物にならなくなるぞ」 「そうなったらそうなったで処分するさ」 反対側の入り口から、人影が不穏な会話を交わしながらやってくる。その姿は、リネン・エルフトの記憶と同じで曖昧だ。顔などは逆光でよく分からない。 「だめよ、逃げなきゃ、私。そうよ、自分の力で逃げなきゃ」 これが現実なのか幻なのかは、もうリネン・エルフトにとってはどうでもよかった。ただ、こんなことは幻であっても許されない。あの時の自分は、一人では逃げだすこともできなかった。だが、今の自分なら、運命を打ち砕くことができるはずだ。 「さあ、立って!」 倒れている自分を無理矢理起こそうとするが、ぐったりしていて自力では動けそうもなかった。 「だったら……」 リネン・エルフトが、則天去私で組織の男たちを倒そうとした。だが、それよりも一歩早く、光り輝く大剣が男たちを薙ぎ払った。真っ二つにされた男たちの姿が霧散して消え去る。 「ユーベル?」 リネン・エルフトがつぶやいた。あの時と同じだ。そう、あの時自分はユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)に助けられた、それが出会いだった。 「動けますか? さあ、逃げましょう、ところであなたは……」 「リネン?」 戸口に立つあり日のユーベル・キャリバーンの姿が一瞬ゆらめいたかと思うと、その姿を突き抜けるようにして今のユーベル・キャリバーンがヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)と共に現れた。ぱっと霧が飛び散るようにして、部屋の外へと流れていった気がする。 「姿が見えないと思ったら、こんな所にいたのですか。どうかしましたか?」 呆然と立ちすくむリネン・エルフトを見て、ユーベル・キャリバーンが訊ねた。 結局、また助けられてしまったのだろうか。 「趣味の悪い絵が飾ってあるよね」 ヘイリー・ウェイクが、展示室の奧に飾ってあった絵を見て言った。 いつの間にか、倒れていたリネン・エルフトの姿も消え、部屋は普通の展示室に戻っていた。 「これは、あの時の絵でしょうか?」 『[過去の記憶]黄色人種11号』とタイトルのつけられた絵を見て、ユーベル・キャリバーンが言った。 「誰がこんな物を……。他の絵は、ちゃんとしているのに」 ユーベル・キャリバーンが、別の場所に飾られている自分の絵姿を見て言った。 「そういうことは調べればいいんだよね」 「そうね」 ヘイリー・ウェイクの言葉に、リネン・エルフトはうなずいた。自分の過去を知り、わざとらしくこんな場所に展示するような者なら、つきとめることができるだろう。リネン・エルフトは、その時はそう考えた。 |
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