校長室
話をしましょう
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「私もあと一つ若ければ選挙に出られたかもしれないのに。ね、優子お姉様?」 「出たければ出ればいい。地球校と違い、パラミタ校では何年学んだって恥ずかしくないぞ。年齢もそれぞれだしな」 「自分は卒業しますのに?」 優子を指名した最後の人物、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は悪戯気に言い、優子と微笑み合いながら席に着く。 「そういえば、プライベートでも聞いたことはなかったよな。亜璃珠は今年度で卒業するのか? 進路はもう決めてあるのか?」 「決まってはいないわ。卒業後は……そうね。百合園女学院や古都ヴァイシャリー、それと何よりあなたに愛着があるし、ヴァイシャリーで商業か、今の経歴を活かした警備の仕事に手をつけたいと思っている」 「就職希望か」 「ええ。大学でしっかり知識を習得すべきとも思うけれど、ヴァイシャリーは歴史の古い都市、伝統や習慣も多いから。それなら学んだ理論で押すより、実地で体験を交えた方がいいと私は考えてる。それに向け、可能ならヴァイシャリー家で女官として仕えながら、勉強をしたいところね」 「なるほど、ね」 優子は亜璃珠の言葉をファイルに記していく。 「優子さんは、どうするつもりなの? 進学を希望しているって噂があるけど。何故進学を希望してるのかしら?」 その問いに、優子は軽く自嘲気味な笑みを見せた。 「無論、学びたいことがまだまだあるから、だが……。私はキミと違って、そこまで自分の道というものが、見えていないから。まだ、学生でいたい、のかもしれない」 進学を希望しているというより、まだ就職をしたくないという考えのようだ。 「学校ならパラミタにもあるけれど、地球からの援助のある大学に進学するとなると、ここを離れることになるわよね? 東シャンバラからさえも……。東のロイヤルガード隊長の任はどうなるのかしら」 「ロイヤルガードを辞めるつもりは今のところはない。けど、西の学校に編入したら、西のロイヤルガード所属になるだろうな。より、女王の傍で仕えることが出来る。隊長の任を解かれたとしても、栄誉なことだよ」 亜璃珠はじっと優子を眺めている。 優子はそんな亜璃珠から、軽く目を逸らせてぼそりと続ける。 「……って、建て前的に答えてる」 「本心は? 勉学とロイヤルガードの活動とどこまで両立が出来るつもりでいるの? 自分の今までを見て、これからを考えて、自分にとって誰が、何が一番大事なの……?」 「即答できない」 そう優子は即答した。 「ヴァイシャリーにはいたい。だけど、いない方がいい気もする。今はじっくり考える時間がないから。世界が危機を脱した後で、アレナと一緒に考えてみるつもりだ」 「そう」 亜璃珠は軽く息をついて、微笑みを見せる。 「良く考えて、それらをちゃんと踏まえた上で……いつになるかは分からないけど、いい答が出せるといいわね」 「そうだな」 弱く微笑む優子からは、深い迷いが感じられた。 「私も相談に乗るわよ」 そう言葉を添えると「うん」と、微笑みを強めて優子は頷く。 「っと、今日はキミの面談をしてるんだったな。亜璃珠には何か、悩み事や気がかりなことはあるか?」 「……あるわ。恋愛関連の悩み事」 「どんな?」 少し間をおいて。 亜璃珠は軽く目を伏せて、語り始める。 「気持ちを伝えたい相手がいても、『まだその時ではない』と煮え切れない態度をとっていることが、自分や周囲によくない影響を及ぼしているような気がするの」 優子の視線を感じながら、ゆっくりと話していく。 「例えば、顔色を窺おうとして必要以上に傍にいようとしたり、割り切った関係を持つことが出来なくなったり……そのせいで、誰かを傷つける」 「難しい悩みだな」 「……ええ、そうよ」 亜璃珠は顔を上げて、優子を見た。 亜璃珠と目が合うと、今度は優子の方が目を逸らした。手元に目を向けてメモを取り始める。 「だから軌道修正も兼ねて、今度こそはっきり言葉にしに来たの」 亜璃珠がそう言うと、優子はぴたりと手を止める。 彼女が自分を見るまで、亜璃珠は拳を握りしめてじっと、優子を見ていた。 優子の黒い瞳が、亜璃珠の顔に向けられる。 途端。亜璃珠はしっかりとした口調で話しだす。 「友人ではなく一人の人間として、私は神楽崎優子が好きだと」 「……」 「私のいい所も、悪い所も見てくれる、まっすぐでたまに可愛らしいあなたが愛しかったのだと」 優子は、しばらく黙っていた。 亜璃珠と目を合わせたままで。 二人とも、何も言わずに。 照れて笑いだしたりもせずに、真剣な顔のまま。 「……ありがとう」 しばらくして、優子は淡く微笑みを浮かべる。 「素直に、嬉しい」 その言葉の意味を理解しようと考える亜璃珠に向って、ゆっくりと言葉を続けていく。 「こういう時。私が、キミに何をしてあげられるわけじゃないから。……本当なら、嘘をついてでも、キミとキミを大切に想う人達の為に、拒絶すべきなのかもしれない。真に、キミの幸せを望むのなら」 「私が話したことも、あなたの都合を考えていない自分の都合。だからあなたの都合を聞く覚悟もあるわよ」 嘘はつかないで、と言う亜璃珠の言葉に、優子は頷いた。 「亜璃珠の気持ちを私は今、素直に嬉しいと感じた。出来るならば、これからも……。自分を必要としてくれる人の為に、私のことを好きだと言ってくれる人の許で、剣を振るっていたいから。――卒業、するのなら。せめてそれまでは、今のままでいてほしい」 嫌いにならないでほしい。 優子の言葉は、そんな風に聞こえた。 そう言った後で。 小声で、呟くように優子はこう続けた。 「以前キミは『いずれ卒業するか、結婚するか……一緒にはいられなくなる』と言っていたけれど……。卒業しても、結婚しても、一緒にいてもいいじゃないか。今だってそんない一緒にいるわけじゃない。だから、本当は卒業までは、とは思ってない」 「……ありがとう。優子さんの今の本当の気持ちを聞かせてくれて」 亜璃珠はそうとだけ言い、好きだから、どうしたい、と。 付き合って欲しいとか、自分のものになってほしいとか、そういう要求はしなかった。 「そろそろ、パーティに戻らないと、皆が心配するわ。ここの机や椅子は私が片付けておくから、先に行ってて」 「ありがとう。それじゃ、先に行ってるよ」 優子は最低限のファイルや書類を持って、先に部屋を出た。 「……」 彼女の背を見送った後。 亜璃珠は一人、部屋の中で佇んでいた。 頭の中で優子の言葉を反芻して。 自分は、どうすべきか。 これからの関係を、考えていく……。