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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動――

リアクション

「ごめんね、無理やり連れ出す格好になっちゃって」
 作品が飾られたフロアに到着した所で、ルカルカが理子とセレスティアーナに謝罪の言葉を入れる。
「私は心配ないぞ! ……だが、あの者たちが心配だな」
 セレスティアーナが視線を向けた先、エリザベートとアーデルハイトの姿があった。二人ともそれぞれお付きの者(と書くと語弊があるかもしれないが)に付き添われているので大丈夫だとは思うが、相応のダメージは受けているだろう。
「そっちは、こっちでフォロー入れとくわ。理子とセレスが大丈夫って言うなら、ひとまず安心よ」
「ありがと。あたしもセレスティアーナも、大丈夫だから」
 理子がルカルカに微笑む。代王という立場である以上、この場合で言えばどちらかに偏った態度を取ることは許されない。そのことに歯がゆさを覚えはするが、そんな自分たちの気持ちを汲み取ってくれる存在が居るだけで、楽になれた。
(後は……あの二人よね。仲直り、とまではいかなくても、改善してくれるといいんだけど)
 意見の相違からくるすれ違いはある程度は仕方ないとは思っても、折角の観光(視察、とはあえて思わないでおいた)、なるべくなら楽しくいきたい。
 アムドゥスキアスの手腕? に期待するルカルカであった。

 そのアムドゥスキアスは、一行を自身が自慢とする庭園へ連れて行った。季節は夏真っ盛りのはずだが、何かの魔法がかけられているのか、厳しい暑さを感じさせなかった。景色もザナドゥの薄暗い中では明るく、自然と調和した芸術品は見る者の気分を落ち着かせてくれるようだった。
(ボクが何か口にするよりは、こういう『場』を提供してあげる方がいいと思うんだよね)
 アムドゥスキアスの思案の結果は、果たして――。

「花音……やっぱりまだ引き摺って……」
 洒落たデザインの椅子に腰掛けたウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)が、先程激しい意見をぶつけた花音を心配する。花音があれほど激昂(表には出さなかったが)したのには、この前の『失恋』が響いているのは明白であるように思われた。
「姫の発した意見は、私も幾度と無く耳にしています。……無論、前回のことが影響していないとは言い切れませんが」
 用意された飲み物に口をつけ、公豹がほぅ、と息を漏らす。
「とりあえず、ここでは敵の襲撃もないようです。私達は一息つけさせてもらいましょう。
 姫のことは……童に任せるとしましょう」
「……そうね。ところで申師叔。花音とリュー兄……どうなると思う?」
 ウィンダムの問いに、公豹は黙して語らない。経緯がどうあれ、最終的には二人の問題なのだから――。

「……落ち着きましたか?」
「うん……ありがとう、リュート……兄さん」
 庭園の一角で、佇む花音とリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)。花音が失恋してからというもの、リュートが花音の傍にいることが多くなっていた。そんなリュートを花音は『折れた』と表現し、そしてリュート自身もやはり『折れた』と表現していた。

 ――『破天荒』、この言葉の意味を、正しい意味で共有できるなら……僕が、花音を愛そう――。

 自身に誓った言葉を、リュートが思い返す。『だれも成し得なかったことをすること』、たとえば歌で世界を繋ぐとか、そういったある一つの目標を互いに抱いて、共に歩む。目標を見失っても、どちらかが先に行ってしまってもいけない。
「…………」
 リュートが隣の花音を見る、思うに今の花音は立ち止まっている状態、そんな風に見えた。背中を押してあげたいとは思うが、今の自分にそんな真似が出来るとは思えない。
(今回のザナドゥ訪問が……このような綺麗で、どこか温かみを感じさせる景色が……花音を癒してくれるといいですね)
 そして、花音がまた歩き出せるようになった時に、自分は遅れないように隣に立って歩けるように。
 そう思うリュートであった。

「…………」
 一方、別所では陽一が、先程の顛末を思い返していた。あの時は強く出ていたものの、時間が経つにつれ、もしかしたら自分の言ったことは間違いなのではないか、と弱気になってくる。
「やあ。どうかな?」
 そこに、アムドゥスキアスがやって来て声をかける。
「……ここの景色のことですか? ……ええ、素晴らしいと思いますよ」
「そっか、それならよかった。いや、ボクもいい景色作ったなって思ってるけど、最初に作った時に比べたらもっとこうした方がいいかな、って点があるんだよね。
 経験ないかな? 作った時は最高の作品が出来た、って思ってたのに、後になって見返してみたらここはこうできた、とかここはこうすればよかった、ってことが」
 アムドゥスキアスの言葉に、陽一が賛同の意思を示す。何度かものづくりを経験した人であれば、一度くらいはこのようなことを思うだろう。
「でも、後からあれこれ思うってことは、それだけ元の作品が見所のあるものだった証拠なんだよね。
 本当に酷い作品なら、何も思いつかないから」
 アムドゥスキアスに言われて、陽一は先程自分の言ったことが間違いではと思うことが、間違いではないと気付く。自分の意見に一定の価値があるからこそ、反論も生まれるし、否定も生まれる。本当にダメなものは、何も生み出さない。
「……ありがとう。少し、気が楽になった」
「ボクは想像でものを言ったまでだけどね。それじゃ、ボクは向こうに行ってるよ。時間までゆっくりしていってね」
 立ち去るアムドゥスキアスを見送って、陽一は少しだけ晴れやかな表情で、庭園を見渡す。

「一通り見て回りましたねぇ。それじゃ、最後の街に行くですよぅ」
 アムトーシスの一通りを確認した一行は、最後の目的地であるロンウェルへ向け、エリザベートのテレポートで飛ぶ。
「……ふぅ。どこも色々と複雑なんだねぇ」
 彼らを見送ったアムドゥスキアスが、何やら見え隠れした問題に嘆息する。ザナドゥだって決して盤石ではないが、地上も地上で慌ただしいらしい。だからアーデルハイトを急遽帰すことになってるのかな、とも考える。
「……うーん、少し頭を休めようかな」
 頭を振って、アムドゥスキアスは立ち上がり、庭園でも見渡そうかと扉の外に出る。
「ん? ……あれは」
 視界の向こうに佇む人影を見つけて、アムドゥスキアスが笑みを浮かべる。
 いいタイミングで、お話し相手が訪ねてきてくれたようだ。

 取り次ぎをしてもらっている間、乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)は緊張した面持ちで周りの装飾品に目を向ける。アムトーシスを訪れるのは初めてではないが、やっぱり緊張してしまう。
(……これ全部、アムくんの作品なんでしょうか)
 壁にかけられた絵画、柱に刻まれた彫像、それらは躍動感に溢れ、今にも枠から、柱から飛び出しそうに見えた。
(……アムくんはどんな思いで、この作品を作ったんでしょう)
 座っていた椅子から立ち上がり、七ッ音が柱に手を触れる。そこからアムドゥスキアスの想いが伝わってこないだろうか――。
「お待たせしたね、七ッ音ちゃん」
「!」
 ちょうど背後から声をかけられ、ビクッ、と七ッ音が身体を震わせる。自分のしていたことが恥ずかしく思え、慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、あの、突然来ちゃってその、ごめんなさい。お邪魔……でしたか?」
「そんなことないよ。いつでも歓迎する、って言ったじゃない。
 それにさ。ちょうどボクも、話し相手がほしいなって思ってたんだ」
「あっ……そ、そうでしたか。なら……よかったです」
 自分が歓迎されていると分かって、七ッ音がホッとした気持ちと嬉しい気持ちを胸に抱く。
「あの……アムくんの作品を、見せてもらっていいですか?」
「うん、いいよ。それじゃあ、どこから案内しようかな……」
 思案したアムドゥスキアスの案内で、七ッ音は部屋をいくつか巡っていく。この部屋は絵画、この部屋は彫像、と分けられていて、さながら美術館を巡っているような感覚の中、七ッ音はアムドゥスキアスからの説明に一つ一つ耳を傾け、作品を目に焼き付ける。
「……普段、アムくんはどんな思いで、こういった作品を作っているんですか?」
 一枚の胸像画を前にして、七ッ音がアムドゥスキアスに問えば、うーん、と考え込んだ末にアムドゥスキアスが口を開く。
「多分、嬉しいとか悲しいとか、怒ってるとか泣いてるとか、思ってるはず……なんだけどね。
 キミたちの作品の方がよほど、ああ、嬉しいんだな、楽しいんだな、って分からせてくれるよ」
 強く感情を出したことがない、そう告げるアムドゥスキアスから視線を外して、七ッ音は改めて作品を見る。精工で美しい作品は、決して感情が出ていないようには見えない。
「そんなこと……ないと思いますよ。アムくんの作品にも、あったかさとか、辛さとか、感じられます」
 決して嘘やお世辞でない、思ったままのことを七ッ音が口にすれば、顔を上げたアムドゥスキアスが自分の作品を見て、どこか納得したように頷く。
「……うん、そうかもしれない。困ったね、自分の作品を自分で評価できないなんて。
 ありがとう、七ッ音ちゃん。ボクに気付かせてくれて」
「あっ、いえ、そんな……」
 笑みを向けられて、七ッ音が頬を染めて視線を外す。高鳴る心臓の音が聞こえてしまうのではと思いながら、作品見学は続く――。

「とりあえず、こんな所かな。後は街のあちこちに飾ったり置いたりしてるけど、どうする?」
 入り口付近に戻って来た所で、アムドゥスキアスに尋ねられた七ッ音は、おずおずと口にする。
「あの……外で、お茶にしませんか。作品を見せていただいたお礼を、したいんです」
「気にしなくていいよ、ボクだって話に付き合ってもらったわけだし。
 ……そうだね、もしお礼が、って言うなら……今度、キミを描かせてほしいな」
「……へ?」
 思いもかけないアムドゥスキアスの言葉に、ぽかんと口を開けた七ッ音がようやく意味を理解して、顔を真っ赤にする。
「そ、そそそんな、か、からかわないでくださいっ」
「からかうつもりでなんて言ってないよ。ボクはキミが描きたいと思って言ったんだ。
 こんな風に思うのなんて、何千年ぶりだろうね」
「ぁぅぁぅ……」
 どうやら本気らしいアムドゥスキアスに、七ッ音はおどおどして何も言えなくなってしまう。
「ま、考えておいてくれると嬉しいな。それじゃ、行こうか」
「あっ……」
 歩き出すアムドゥスキアスに、遅れないようにして七ッ音が付いて行く。