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リアクション
『視察――アムトーシス編』
●ザナドゥ:アムトーシス
ザナドゥに存在する河川は、大半が妖しげな色に染まり、泡が吹き出ていたりと近寄り難いものばかりである。
そんな中にあって、アムトーシス周辺の川、および湖だけは澄んだ色をし、生物の存在も確認できる。それはこの街を治める魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)の『芸術』の一つでもあった。
「わぁ、綺麗な街! あっ、噴水があるよ!」
「おい引っ張るな歌菜、急がなくとも噴水は逃げないぞ」
まるでおとぎの国のテーマパークのような佇まいのアムトーシスを、目を輝かせて遠野 歌菜(とおの・かな)が先を行き、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は手を引かれて連れ回される格好になる。
(…………。とりあえず、危険はないようだな。校長達も来る以上、気は抜けないな)
念のため、周りに殺気を発している者がいないか確認をした羽純が、二人こうしてザナドゥの各都市を回る経緯を思い返す。
「私は、魔族の皆さんと共存したい、そう思ってる。
……だけどこの前のことで、実は私は魔族の皆さんの事をよく知らないんじゃないか、そう思ったの」
「だから、知りたいと思う。私達の事を知って貰い、そして共存していくためには、まずは私達が魔族の皆さんの事を知らなきゃいけないと思うの」
(自分に足りないと思うものを認め、行動で補う……歌菜らしいな)
悲観的にならず、立ち止まろうとせず前へ進もうとする歌菜の姿勢を、羽純は好ましく思っていたし、自分も出来る限りそうでありたいとも思っていた。
何かを為すためには、まず自分から動かねばならない。
噴水の前で記念写真を撮った二人は、人の多い所へ足を向ける。元々は文化人の街で、ゲルバドルほどではないにせよ人の賑わいとは無縁だったアムトーシスだが、観光の街となってからは内外より訪れる観光客向けのお店が増えていった。
「私は元々別の街の住民だったんだけど、アムトーシスに移ってきたの。ここの住民は皆、素晴らしい作品を作るんだけど、全員が外に目を向けているわけじゃないから」
見事な装飾のお菓子を売る店の店員から、羽純は話を聞く。彼女の店は何人かのお菓子作りの職人と契約を結んで、作品=商品を仕入れているのだという。日によって仕入れ数にバラつきがある、なんて話もしてくれた。
「なるほど……」
ショーケースに並べられた、色とりどりのお菓子を羽純は興味深そうに見つめる。試食用に差し出されたものを口に含めば、決して外面だけでなくちゃんと美味しかった。
「では、これとこれを。……後で歌菜と一緒に食べるか。
……む? そういえば歌菜はどこに行った?」
商品を受け取り、見送りを受けた羽純が、辺りへ視線を向ける。首都リュシファルの雑多な雰囲気とは違う、何となく上品な感じのする街並みを歩いていくと、あるファッションショップで品定めをしている歌菜を見つける。
「羽純くん、ちょうどいい所に! 羽純くんに似合いそうな服がいくつかあったから、着てみて!」
「俺か? ……まあ、いいだろう。歌菜に任せる」
ファッションには疎い羽純が歌菜に任せると言うと、歌菜が選んだ服を両手いっぱいに持たされる。
(これを、全部着ろというのか? 地上では見たこともないデザインだな……)
訝しがる羽純だが、期待の眼差しを向けてくる歌菜を無下にも出来ず、試着室に入った羽純は意を決して一着目の服に袖を通す。
(……お? 着やすいし、着心地も悪くないな)
奇抜なデザイン故、それらは考慮されていないかと思ったのだが、予想に反して考慮されているようであった。
(人に合わせて作ってあるということは……こういう所に、地上との交流の結果が現れているのかもしれないな)
地上と交流した影響を垣間見ながら、格好を整えた羽純がカーテンを開ける。
「素敵〜! うんうん、やっぱり羽純くんかっこいいなぁ」
うっとりとする歌菜に、羽純も少しだけ、楽しいかも、と思うのであった。
「歌菜。ザナドゥの街を直に見て、触れて、どう思った?」
お菓子を食べながらの休憩中、羽純に問われた歌菜は少し考えて、そして口にする。
「えっとね……あっ、これは地上にあるこれを意識したんだな、ってものはいくつか見かけたよ。街を歩く魔族の皆さんともいっぱいお話出来たし、楽しかった。怖い魔族さんもいたし、気難しい魔族さんもいたけど、それは人間だって同じだしね」
人間と魔族、違う所は沢山ある。けれども同じ所も、近い所もいっぱいあるのだと、歌菜は今回の訪問で理解したようであった。
「まあ、魔法少女アイドルである私としては、魔族にもアイドルが居るのか、流行りの歌があるのか、なんてことも気になるけどね♪ もしかしたらもう、ザナドゥで人気のアイドルがいるかも! その中に私も、入れたらいいなぁ」
「……いつか入れるさ。歌菜なら、きっと」
慰めではなく、思ったままのことを羽純が口にすれば、ぎゅっ、と歌菜が身を寄せてくる。
「ホント? 羽純くんに言われると、自信出てきちゃうな♪
いつかザナドゥで、沢山の魔族さんを集めてコンサートしてみたいな♪ 音楽は種族も国境も超える!」
「こら、人前でそんなくっつくなって」
照れ隠しに歌菜を引き剥がしつつ、歌菜の言ったことがいつかは叶うといい、と願う羽純であった。
「遠路はるばるお疲れさま。来訪に合わせて色々用意しておいたから、見ていってよ」
アムトーシスに到着したエリザベート一行を、居城にてアムドゥスキアスが出迎える。こちらはちゃんと『城』を感じさせる佇まいで、柱や装飾品の一つ一つに『芸術家』アムドゥスキアスのこだわりが垣間見えていた。
「理子、セレス、一緒に見て回ろっ♪ エリザベートとアーデも、ねっ」
「わぁ、ルカルカ、引っ張るなですぅ」
自由行動が認められた直後、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がエリザベートとアーデルハイト、理子とセレスティアーナを連れて謁見の間を後にする。やや強引に映る彼女の行動だが、それはある思惑に裏付けられたものだった。
(アムドゥスキアスにはムチャぶりしちゃってるかもだけど、二人に中立に接することが出来るのって、この場だとアムドゥスキアスだけなのよ。ごめんね、後はよろしくっ)
ルカルカが視線を向けた先、アムドゥスキアスの前には酒杜 陽一(さかもり・よういち)と赤城 花音(あかぎ・かのん)の姿があった。
「…………」
「…………」
(……うーん、なんか期待されてるような気がしたのは、このことかな?)
何やら気まずい雰囲気の二人、それはここに来る前の『事件』に由来する――。
「……理子さん。理子さんは魔族の街を見て、どう思いましたか?」
アムトーシスの街を歩きながら、陽一が理子に尋ねる。
「そうね……小さな問題はあったとしても、大丈夫なんじゃないかな、とは思うわね」
理子が答え、辺りに視線を巡らせる。魔族同士が、あるいは地上の人と魔族が、談笑したり会話したり、時に諍いを起こしつつも周りに窘められ、事なきを得る光景が見える。
それは確かに一つの光景、しかし、全てではない。光に照らされたその一方で裏がある、陽一は理子にそれを教えるために、考えさせるために口を開く。
「……けれども、こうして明るい光景の影で、犠牲となった人と魔族が大勢いるんです」
そのただならぬ口調に、理子の顔から笑顔が消える。そのことに若干の後ろめたさを感じつつも、陽一は話し続ける。
「……老師のイルミンスール復帰、それ自体には反省しません。
ですが、被害者達の権利を不当に奪いながら、己の幸福の権利を望む校長や老師達の態度からは、加害者としての自覚も反省も窺えません。たとえ老師が一定の償いを行ったと、誰もが認めたとしても、多くの被害者は救われず、死ぬまで苦しみ続ける。
この事実は、極めて重い」
矛先を向けられ、アーデルハイトは瞳を、口を閉ざす。望が平静を装いつつ陽一の動向を監視し、エリザベートは湧き上がる激情を明日香に宥められていた。
「今の理子さんはアイシャ様の代行者です。ここでもし、加害者への安易な赦しを与えるなら、それは女王がまったく落ち度のない被害者達を更に踏み躙る事を意味します。それは真の共存社会でしょうか?
問いかけられ、理子、セレスティアーナが答えられず黙り込む。思いがけぬ過激な発言に、一時的に思考能力を奪われていた。
「被害者達をこれ以上苦しめぬ為には、温情による赦しでなく、国益の為の冷徹な政治措置としての復帰とすべきです」
「……具体的には?」
ようやくそれだけを口にした理子へ向けて、陽一がアーデルハイト復帰への条件を口にする。
「イルミンスールは今後、政府が派遣する政府間との調整・監督・助言役の人員を受け入れる事。また、再び不祥事を犯せば政府が世界樹を差し押さえるが、学校再起の余地は残す。もし一度世界樹を手放しても、襟を正し世界樹の管理者の資格回復の機会は残す」
陽一が以上の条件を口にしたのには、以下の思いがあってのことだった。
――イルミンスールはザンスカール勢力との信頼構築に腐心する反面、他勢力との関係を軽んじてきた。
老師の魔族への接近も、その後のイルミンの騒動も、人脈作りを普段からしてれば防げた筈。他者を信じず何でも自分だけでやろうとする頑なさが悲劇を招いた、そして結局、理子様達に尻拭いさせている――
「イルミンスールの、各方面との関係構築による事件の再発防止、および信用回復のため、以上の案を提案します」
終わりにそう締めくくり、陽一が一礼する。流れる沈黙、それを破ったのは――。
「ちょっと……いいかな?」
――花音だった。
「ボクの方でも……ハッキリとさせておきたいから。
これまでの戦乱を複雑にした原因と、責任の所在はね。イナテミス戦役時、エリュシオンの第五龍騎士団との戦争の時に出た『裏切り者』が原点だと思う、と意見しておくよ」
言った花音が、申 公豹(しん・こうひょう)へ視線を向ける。そのことがきっかけとなって、花音は彼と契約を結んでいた。
「……まぁ、ここに当事者は不在だし、深く追求はしない、したくもない。それに……本来これは、個人レベルで背負えるような責任では無いよね? 結果として後のことは、イルミンスールのみんなで、もちろん校長もアーデルハイト様も、負担する形で闘ってきた。
この、ボクの認識は間違っているのかな?」
花音に問いかけられた陽一は答えられない。彼は理子に意見をすることを考えており、こういう形で『反撃』を受けることを想定していない。
「ボクにはね。なんで外野が好き勝手に文句ばかり並べてるの? としか思えないんだ。
キミの意見だって、共存社会って言ってるのに一方向からの意見でしかないんじゃない? だったらボクの一方向の意見だって聞いてもらえるよね。それに……正直、キミは事情をちゃんと把握してないと思えちゃうんだ。
悲しいことだよ、それって」
言い終えた花音が、顔を伏せる。反撃をぶつけられる形になった陽一が、湧き上がる反論の衝動を辛うじて抑え込む。自分の意見と目の前の子の意見が『ズレている』のは理解できたし、ここで言葉を重ねても、それは相手をやり込めたと捉えられかねない。自分は理子に、人生を狂わされた人々を更に苦しめる決定をさせないために意見した。決して誰かを貶め、辱めるために意見したのではない。
「……ゴメンね、キツイこと言って。
イルミンスールの状況……アーデルハイト様の復帰を機会に、改善させていきたいな。
イルミンスールの一員としてね♪」
努めて明るく振る舞った花音の言葉で、とりあえずその場の幕は穏便に降りた――。
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