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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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第六章 裏切り1

【マホロバ暦1190年(西暦530年) 10月】
 扶桑の都 ――



 ほどなく、『先ヶ原の戦い』 に至るまでの首謀者が捕えられ、都中引き回しと処刑が行われる。
 西軍の侍大将を務めていた日数谷 現示(ひかずや・げんじ)は、都を引き回された。
 桐生 円(きりゅう・まどか)たちが必死になって助命嘆願していた。
「現示くんを過去に連れてきたのはボクたちなんだ! 責任は、彼だけのものじゃないよ!!」
「そういっても、けじめはつけなくてはならん。未来人とて例外ではない」
 貞泰は現示に、「瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)の居場所を知っているか」と聞いた。
「たとえ知ってたとしても、てめーには教えねーよ。鬼」
「現示くん!」
 円は真っ青になりながらとりなした。
 西軍の総大将は影武者がおり、本物はまだ捕まっていないのだ。
 今、瑞穂縁者を絶ちきれば、混乱が続く恐れがある。
「わかった。瑞穂魁正の処遇が決まるまで、こやつの命は預かろう」
 先が原の合戦は東軍の勝利に終わった。
 これによって、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)の地位は不動のものとなった。
 貞康は、先が原に東軍として加わった諸大名に厚く報い、論功行賞(ろんこうこうしょう)に取り組む一方で、戦後処理にも追われた。
 西軍に味方した武将や大名の処罰には余念がなく、領地没収や島流しなども行う。
 しかし、大名の取り潰しには慎重だった。
「泰平の世を築くためには、これらをどうするかにかかっている」
 貞康はすでに後世の国づくりをにらんでいる。
 天下取りと浮かれて立ち止まる暇はない。
 天子の化身といわれる桜の樹、扶桑は芽吹く。
 言い伝えによれば、数千年に一度の花が咲くという。
「わしは新たな政治を作ろうと思う。新しい幕府を開く。そのためには――天子様にお会いしなくてはならぬ」
 マホロバの大将軍となり、武家を束ねる将軍家を築く。
 それが貞康の目指すべきものであった。

卍卍卍


「扶桑の都もずいぶんと慌ただしくなりましたね……」
 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)は過去の扶桑都の姿を間のあたりにしていた。
 天下が定まりつつある一方で、都には浪人があふれている。
 戦がなくなり、職を失った侍たちだ。
「戦がなくなった世でどのように人を飢えさせずに国を築いていくか、将軍家に課せられる使命と課題は大きなものだな」
 灯の言葉にも武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)はずっと黙り込んだまま、歩いていた。
 酒瓶をあおる武神 雅(たけがみ・みやび)は、弟の考えのおおよその予測がついている。
「これから刀を捨てて生きていくことになって、途方に暮れているのだろう。飲まねばやってられぬものもいる。もっとも無事に開府できればの話ではあるが……やはり、このタイミングであろうな。牙竜?」
「ああ」
 彼らは真っ直ぐにあの場所へ向かっていた。
 大きな桜の樹。
 桜の世界樹――扶桑。
 いつも、いつでも、その桜の樹は、マホロバを見守っている。
「……刀真、隼人。ここに来ていたか」
 牙竜は現代で何度となく顔を合わせてきた彼らがいるのを知って、いよいよ確信を深めた。
 樹月 刀真(きづき・とうま)は、桜の樹の下で枝葉を見あげていた。
「そうだ。ここに天子の願いがあった。俺は彼女を追っていた」
「彼女?」
雪うさ(ゆき・うさ)……彼女こそが、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)が昔、桜の根元に埋めたと言っていた天子の姿だと思う」
 現代のマホロバで、貞康は鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)の身体を借りて語っていたことがある。
 扶桑の樹、桜の樹の下に、自分が少女を埋めたと。
 その少女を、天子は「もうひとりの私」と呼んでいた。
 少女は生きも死にもせず、数千年の時を経て掘り返されていた。
 刀真はそのことを指摘していた。
「天子は人に憧れ、人の営みを羨んだ。俺は、彼女の望む事を叶えてあげたい」
「それが本当かどうかは知らないが。どのみち……急いだほうがよさそうだ」
 風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、警戒を強めている。
葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)の御筆先(おふでさき)、1190年のマホロバは白紙になった。以前に御筆先で示された、扶桑の花枯れた原因が起こるかもしれない。原因は、取り除かなくてはならないんだ。貞康が、将軍宣下を賜る前に……!」
 貞泰は天子からマホロバの統治権を与えられ、名実ともに天下人となった。
 だとすれば、いつのタイミングで譲られたのか。
 彼らは桜の周辺を、雪うさの姿を求めて探し回った。
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の「あ!」という声が上がった。
「月夜、いたか。雪うさは無事か」と、刀真。
「う、うん。いたんだけど……」
 月夜は自分よりも雪うさを気に掛ける刀真に気落ちしながら、彼女たちを指差した。
葦原 祈姫(あしはらの・おりひめ)も一緒にいるよ」
「祈姫?」
 刀真は眉根を寄せた。
 隼人も不思議に思う。
 葦原の姫君が扶桑に、雪うさに何の用があるのか。
「予言か……御筆先の?」
 隼人が聞く間もなく、祈姫は持っていた巨大な筆を雪うさに……扶桑に突き付けていた。
「――どいて。噴花を起こさせては、だめ」
 祈姫の瞳には、何かの執念に取りつかれたようだった。
 雪うさはおびえたように立ちすくんでいた。
「未来の噴花を止められないなら、ここで止めなくては」
「……祈姫!? 何をされるか!」
 鬼鎧ダイリュウオーで待機していた重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が、異変に気づいて駆け付けていた。
 リュウライザーがある人物に見せるためにと用意していた映像が、祈姫が描いた『時空の月』の輪の中に勝手に作動し投影されたのだ。
 その映像は、現代のマホロバで起こった出来事の数々。
 彼らが見、体験してきた記録だ。
「『時空の月』の時を超える力は……『扶桑の記憶』が源。扶桑の記憶をたどり、時を超える
 祈姫は嗚咽の混じった声を振り絞った。
「でも、扶桑の記憶を……花びらを集めるために……噴花で多くの葦原の民が散った。私は……見ていることしかできなかった……!」
 ひらり、またひらりと桜の花びらがどこからともなく舞い落ちていた。
 リュウライザーの映像に合わせたように交差していく。
 雪うさのつんざくような悲鳴が響いた。

「ようやく繋がった……長い長い長い……永い!」

 『時空の月』から白い手が伸た。
 白い手は闇をまとい、闇は徐々に鬼へと変わる。
 鬼子母帝は鬼の姿を取り戻しつつあった

「わらわが絶ってくれよう。人間が織りなす時の流れなど」

「お待ちください。鬼子母帝様!」
 灯は桜の花びらを払いのけるように、月の輪に向かって近づいていく。
「貴女様は、鬼城家の母君でらっしゃいますね? 失わなければならない悲しみの深さを、誰もが理解できるとはいいません。でも、やがて生まれくる生命(いのち)を、鬼の行く末を見守ってはくださいませんか。私は、そう願います」
 灯は両手の指をからませて願う。
「私はそんな鬼子母帝様を見守りますから! ずっと、この先!!」
「その役目……私がお手伝いいたします。【扶桑の巫女】として」
 封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が髪飾りを「お守り」いって、雪うさにつけてあげていた。
 もう、自分には不要なものになるからと言いたげであった。
「扶桑に取り込まれて、私の命を以て扶桑が生き続けるのでしたら……ごめんなさい、月夜さん……刀真さん!」
「白花、お前はまた扶桑に取り込まれようというのか……!」
 刀真は白花の考えを見通していたのだろう。
 彼女を送り出すべきか、止めるべきか、苦悩しているのが牙竜にも見て取れた。
 牙竜は顔を上げる。
「鬼子母帝、俺はアンタが何をしようとしているか知らないし、邪魔する気もない。どんなに時間に干渉して歴史を曲げようとしても、後始末をつけてやるつもりだからな。ただ、これだけははっきりしている。アンタは、望みどおりになってもならなくても、鬼の行く末を見届けなきゃならん。鬼の血が一滴も受け継がれなくなって、地上から鬼一族が消えてもだ!」

「わらわの望みは鬼一族の繁栄と、鬼を滅ぼす原因の排除……すなわち、こなたたちのことじゃ」

 桜の花びらが、時空の月に吸い込まれていった。
 
「過去と未来、二人の神子の力を借りて時をつなげようぞ。扶桑の噴花とともに、マホロバに災いをもたらす人間を一掃してくれよう……!」