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リアクション
第四章 山路越え6
【マホロバ暦1190年(西暦530年) 9月15日 12:07】
先が原村(さきがはらむら)――
東軍、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)の本陣では、刻々と変わる戦況が伝えられる。
貞康も丘の上からその状況を見守っていた。
「思ったよりも悪いのう」
貞康本陣では、イコンオレステスとともに待機していたルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)の報告に、そんな貞康の独り言を聞いた。
前線は激戦であり、西軍に押されている陣隊も少なくない。
長引けば、じり貧になる可能性がある。
「貞康様、他に指揮する武将がなければ、私も出ましょうか。指揮なら、私とて……」
「いや。そなたはわしとともについてこい」
貞康が刀を持って動き出すのを見て、ルディはいささか驚いた。
「貞康様自らがお出になるのですか。それでは、私は衛生兵として志願しましょう。私の能力的に貞康様のお役に立てるのはこれでしょうからね。いざとなれば、オレステスも使えます」
「頼む」
もちろん、イコンは緊急用である。
貞康は側近たちと主に丘を下り始めた。
「貞康様が、本陣を動かれますほど、事態はよくないのですか」
「それもある。あともう一つ……」
貞康は遠く南の山をにらんでいる。
「乗るかそるかの賭けじゃ」
貞康の本陣が動いたのを知って、西軍がいっそう慌ただしくなった。
貞康の首を狙おうと詰め寄ってくる。
ルディは蒼く輝く水晶の杖を握る。
「私も武器をもって戦います。治療しかできない女だと侮れれても困りますから」
本陣は前進し、途中、瀕死の兵を介抱しているスウェル・アルト(すうぇる・あると)とアンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)に出くわした。
「生きて。将来、また敵として出会うことになっても……どうか、後の世のマホロバを守って」
驚いたことに、その傷ついた兵は西軍の足軽だった。
足軽は今にも自ら命を絶とうとしている。
アンドロマリウスが小刀を取り上げ、みぞおちに一撃を与えた。
「命がけで戦った相手には、アンちゃんも命がけで気絶させちゃいますよ」
そのアンドロマリウスは、貞康たちに気づいた。
スウェルがさっと兵の身柄を隠す。
「貞康……この場で死なせたくないの。彼らの未来も、きっと繋がっていくものだから」
貞康は何も咎めなかった。
代わりに彼らに、ついてくるように命じた。
スウェルは少し考えて、聞き返す。
「何?」
「わしはさっきのことは見知らぬことにする。代わりに今から言うわしの頼みは、難題だぞ。これから激戦区の前線を抜けて、南の山に向けて大筒をうつのだ。空筒でも構わぬ。とにかく相手が驚くほどの大きな音だ。さすれば、合戦を早く終わらせることができるかもしれぬ」
「それで、いいの?」
「良い。合戦は勝つことが目的じゃ。兵を殺すことが目的じゃない」
「うん」
「その兵はどこか隠しておけ」
アンドロマリウスは気を失った足軽を引きずり、オレステスの下に隠した。
「生き延びて。そして、いつか今日の日を思い出して。お月様を見て。月の兎、お月見。お団子、月見酒……きっと、生きてて良かったって思うから。おススメ」
スウェルはそう語りかけ、アンドロマリウスと共に身を翻えす。
ルディが貞康に尋ねた。
「どうして彼らを……あちらの方角はたしか葦原の陣では?」
しばらくして、雷の轟く音が聞こえた。
アンドロマリウスの起こした雷だろう。
それは、大砲の音のようにも聞こえた。
「わしも月見がしとうなった。皆で、楽しめる月見が。急げば、まだ間に合うかと思うてのう」
南の山、葦原 祈姫(あしはらの・おりひめ)に向けられた合図。
それは東軍、そして貞康の後の運命をも決めかねないほどの賭けであった。
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