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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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第四章 先が原1

【マホロバ暦1190年(西暦530年) 7月25日】
 大山(おやま)――


 扶桑の都の周辺では、日輪 秀古(ひのわ・ひでこ)亡き後の政権を巡って、水面下での争いが起こっていた。
 秀古という重石のない今、噴石はいつ吹き出してもおかしくはない状況であり、瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)が日輪家に代わって実力行使に出るのは明らかであった。
 鬼城 貞康(きじょう・さだやす)は、それを黙ってみているほど冷徹でも楽観主義者でもなかった。
 貞康は、この対立に対して武功派に肩入れするなど、扶桑の都にて五大老の筆頭としての力を見せつけた。
 そして、反発する大名は謀反の疑いありと討伐の口実を得て、自領の北にある北勢討伐を宣言する。
 貞康はかつては、四方ヶ原(しほうがはら)の戦いで武菱 大虎(たけびし・おおとら)に誘い出され、こてんぱんにやられたときの経験があった。
 この経験を踏まえた計算の上でのことか、違う目的があってのことか。
 いずれにしても、西方から貞康がいなくなれば、反鬼城派が決起することは明らかである。
 貞康の留守を見て、魁正はこの間に武将を集め挙兵。
 8万人の大軍が東方へ向けて進撃を開始した。
 事実上の決戦をたたきつけたのである。
 貞康はこの報せを24日、宿場町大山(おやま)で聞き、翌25日に、武将が東軍西軍として敵味方にわかれる大山評定(おやまひょうじょう)といわれる軍議を行った。

卍卍卍


 大山では、急きょ仮御殿が作られ、武将たちの物々しい顔がそろった。
 貞康の直の家臣本打 只勝(ほんだ・ただかず)をはじめ、戦国の世を生き抜いた諸将である。
 瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)が挙兵したという報は、この地に集まった7万人の将兵の運命に重くのしかかった。
 彼らの主(あるじ)は、この一夜で、東につくか西につくかを決めなければならない。
 各陣の多くの足軽たちは眠ることもできずに、主人に向かって、「ぜひとも西側へお付きくだされ」と懇願していた。
 討伐軍の中には日輪家恩顧の武将が多くおり、また西方には、多くが妻子を人質としてとられていた。
瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)はとうとう本性を現したの。きけば、西軍は8万もの兵を集めたそうじゃ。一方、討伐軍は7万。この中で、西軍につくものが次々と現れれば、わしの負けじゃ」
 貞康は前日の晩、側近にだけこっそりと語った。
「わしはこの一晩で、討伐軍7万人を一挙に鬼城軍の軍勢にしてしまわなければならん……できると思うか?」
「難しいでしょうね」
 只勝が押し黙ったまま口を真一文字に結んでいる中で、瀬名 千鶴(せな・ちづる)はあっけなく否定した。
「人の心を相手にする合戦ですもの」
「人の心……か。きっと固唾をのんで他人を疑いながら、東西どちらにつくか、相手の顔色を伺っておるのだろう。明日の評定が目に浮かぶようじゃ」
「だからこそ、強い一言が必要なのです」
 千鶴は策があるといった。
「第一声が大事。あとは右へならえとばかりに続くはず。必ずや、貞康様のお望みどおりにしてみせます。ですから、必ず天下を――争いのない太平の世を見せてくださると、お約束してくださいませ」
「約束しよう。わしは必ず天下を取る。そして、泰平の世を築く」
 貞康にとっても、武将を味方につけるのが失敗すれば、これまでの苦労も努力も無駄になることがわかっていた。
 そうなれば、戦う前から負けたも同然である。
 鬼城家も、血と汗を流して平定・開墾してきた東方の未来もこの先にはない。
 約束するまでもなく、彼にはもう、その道を目指すことしか残されていなかった。
 千鶴は頭を下げると座を退し、奈落人マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)ののりうつったテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)を書状を持たせた。
 そこには『天下はめぐりめぐるもの。時勢に遅れることのないように』とある。
「これを各陣営のもとへ置いてくればいいんだな。わかった」
 テレジアは黒衣に身を包み、闇を走り抜ける。
「やれやれ、千鶴の過去の因縁ってやつかね……」
 そして、運命を決めるその評定は開かれた。



「よくぞご一同、お集まりくださった。すでにお聞き及びのことと存ずるが、瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)が日輪家を私(わたくし)し、そのご沙汰なりと偽って鬼城内大臣を討たんと兵を挙した。お集まりいただいたのは、他でもござらん。これより、鬼城内大臣のお言葉をお伝え申す」
 仮御殿では重苦しい空気の中、、鬼城家家臣、本打 只勝(ほんだ・ただかず)が諸将に向かって詞を発する。
 只勝は、ぐるりと諸将を見渡した。
「ご一同の中には、妻子を人質にとられておるゆえ、さぞ心配でござろう。西方にお味方したい御仁があれば、今すぐ陣を払い、国へ戻って、とくと戦の支度をされるとよい。邪魔立てはしない。……以上でござる」
 あたりはしんと静まったままだった。
 武将たちの間にこれまでにない緊張感がただよう。
 誰が東につき西に走るのか。
 みぎひだりと顔色をうかがう中で、まっさきに口火を切るものがいた。
「各々方、心を一つにして聞いて。故右府様、そして太閤秀古様の天下統一以来、各々方には山よりも高く海よりも深い大恩があるはず。今こそ、このご恩に報いるときではなくて? 西軍を討つのではありません、逆賊瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)を討つのです!」
 厚い甲冑の下から発せられる声の主の名は、瀬原鶴斎といった。
 千鶴は女子が評定で発言しても聞いてはもらえないと、名と姿を変えていた。
 只勝が、他人からはわからないほどわずかな動きで千鶴に目くばせする。
 千鶴の高説に、武将の一人がにわかに立ち上がった。
 日輪家の猛将といわれて名高い武将だった。
「その通りでござる。拙者、残してきた妻子を犠牲にしても瑞穂魁正を討伐する! 鬼城殿にお味方いたす!」
 一人がひと声発したとなるや否や、「我も」「我も」と続いた。
 諸将は遅れてはなるまいとこぞって場の空気を読む。
 白が白、赤が赤と一斉に変わるように、たちまち鬼城一色に染まった。
 このとき、後の暁津藩(あきつはん)初代藩主も「鬼城殿に我が城と領地を差し出す」と言って、合戦後に暁津24万国を手に入れている。
 貞康はにんまりとしながら、武将たちの申し出を快く受けた。
「かたじけない。各々方の心意気、ご厚意。貞康、生涯忘れはせぬ」
 軍議は、北側討伐より西の瑞穂を討てと決まった。
 北勢討伐は中止し、7万の軍勢を西に向けて、瑞穂魁正と決戦することになったのである。