リアクション
卍卍卍 大山では、急きょ仮御殿が作られ、武将たちの物々しい顔がそろった。 貞康の直の家臣本打 只勝(ほんだ・ただかず)をはじめ、戦国の世を生き抜いた諸将である。 瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)が挙兵したという報は、この地に集まった7万人の将兵の運命に重くのしかかった。 彼らの主(あるじ)は、この一夜で、東につくか西につくかを決めなければならない。 各陣の多くの足軽たちは眠ることもできずに、主人に向かって、「ぜひとも西側へお付きくだされ」と懇願していた。 討伐軍の中には日輪家恩顧の武将が多くおり、また西方には、多くが妻子を人質としてとられていた。 「瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)はとうとう本性を現したの。きけば、西軍は8万もの兵を集めたそうじゃ。一方、討伐軍は7万。この中で、西軍につくものが次々と現れれば、わしの負けじゃ」 貞康は前日の晩、側近にだけこっそりと語った。 「わしはこの一晩で、討伐軍7万人を一挙に鬼城軍の軍勢にしてしまわなければならん……できると思うか?」 「難しいでしょうね」 只勝が押し黙ったまま口を真一文字に結んでいる中で、瀬名 千鶴(せな・ちづる)はあっけなく否定した。 「人の心を相手にする合戦ですもの」 「人の心……か。きっと固唾をのんで他人を疑いながら、東西どちらにつくか、相手の顔色を伺っておるのだろう。明日の評定が目に浮かぶようじゃ」 「だからこそ、強い一言が必要なのです」 千鶴は策があるといった。 「第一声が大事。あとは右へならえとばかりに続くはず。必ずや、貞康様のお望みどおりにしてみせます。ですから、必ず天下を――争いのない太平の世を見せてくださると、お約束してくださいませ」 「約束しよう。わしは必ず天下を取る。そして、泰平の世を築く」 貞康にとっても、武将を味方につけるのが失敗すれば、これまでの苦労も努力も無駄になることがわかっていた。 そうなれば、戦う前から負けたも同然である。 鬼城家も、血と汗を流して平定・開墾してきた東方の未来もこの先にはない。 約束するまでもなく、彼にはもう、その道を目指すことしか残されていなかった。 千鶴は頭を下げると座を退し、奈落人マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)ののりうつったテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)を書状を持たせた。 そこには『天下はめぐりめぐるもの。時勢に遅れることのないように』とある。 「これを各陣営のもとへ置いてくればいいんだな。わかった」 テレジアは黒衣に身を包み、闇を走り抜ける。 「やれやれ、千鶴の過去の因縁ってやつかね……」 そして、運命を決めるその評定は開かれた。 ・ ・ ・ 「よくぞご一同、お集まりくださった。すでにお聞き及びのことと存ずるが、瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)が日輪家を私(わたくし)し、そのご沙汰なりと偽って鬼城内大臣を討たんと兵を挙した。お集まりいただいたのは、他でもござらん。これより、鬼城内大臣のお言葉をお伝え申す」 仮御殿では重苦しい空気の中、、鬼城家家臣、本打 只勝(ほんだ・ただかず)が諸将に向かって詞を発する。 只勝は、ぐるりと諸将を見渡した。 「ご一同の中には、妻子を人質にとられておるゆえ、さぞ心配でござろう。西方にお味方したい御仁があれば、今すぐ陣を払い、国へ戻って、とくと戦の支度をされるとよい。邪魔立てはしない。……以上でござる」 あたりはしんと静まったままだった。 武将たちの間にこれまでにない緊張感がただよう。 誰が東につき西に走るのか。 みぎひだりと顔色をうかがう中で、まっさきに口火を切るものがいた。 「各々方、心を一つにして聞いて。故右府様、そして太閤秀古様の天下統一以来、各々方には山よりも高く海よりも深い大恩があるはず。今こそ、このご恩に報いるときではなくて? 西軍を討つのではありません、逆賊瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)を討つのです!」 厚い甲冑の下から発せられる声の主の名は、瀬原鶴斎といった。 千鶴は女子が評定で発言しても聞いてはもらえないと、名と姿を変えていた。 只勝が、他人からはわからないほどわずかな動きで千鶴に目くばせする。 千鶴の高説に、武将の一人がにわかに立ち上がった。 日輪家の猛将といわれて名高い武将だった。 「その通りでござる。拙者、残してきた妻子を犠牲にしても瑞穂魁正を討伐する! 鬼城殿にお味方いたす!」 一人がひと声発したとなるや否や、「我も」「我も」と続いた。 諸将は遅れてはなるまいとこぞって場の空気を読む。 白が白、赤が赤と一斉に変わるように、たちまち鬼城一色に染まった。 このとき、後の暁津藩(あきつはん)初代藩主も「鬼城殿に我が城と領地を差し出す」と言って、合戦後に暁津24万国を手に入れている。 貞康はにんまりとしながら、武将たちの申し出を快く受けた。 「かたじけない。各々方の心意気、ご厚意。貞康、生涯忘れはせぬ」 軍議は、北側討伐より西の瑞穂を討てと決まった。 北勢討伐は中止し、7万の軍勢を西に向けて、瑞穂魁正と決戦することになったのである。 |
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