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リアクション
第一章 ゆめのまたゆめ2
【マホロバ暦1190年(西暦530年) 4月5日】
奈丹羽(なにわ)瑞穂屋敷――
瑞穂国主瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)は日輪 秀古(ひのわ・ひでこ)の見舞いから帰ってくるなり、瑞穂屋敷の自室に一人引きこもっていた。
天 黒龍(てぃえん・へいろん)が恐る恐る薄暗い部屋に入ると、舶来織物の上で横になっている魁正を見つけた。
「殿下のご容態はいかがですか」
魁正は振り向きもせず、ただ一言「かんばしからず」と答えた。
「太閤からは『五人の衆、頼み申し上げ候』と託された」
「では……魁正殿はどうされるのですか。もしものときは……」
秀古の容態は日増しに悪化し、一時は危篤状態にまでなった。
今、太閤薨去(こうきょ)となれば、マホロバは再びバラバラとなり、戦乱の世に逆戻りとなるだろう。
「海外へ遠征したままの将兵はどうなるのです」
「俺はこの遠征は失敗だと思っている。しかし、失敗だったからとはいえ、マホロバ人が雲海の外へ出るのは間違いではない。これからの時代、マホロバという島の中だけに居れば良いという話ではないからな」
魁正は太閤の意思を継ぐ覚悟があるとも言った。
「殿下……秀古とは違うやり方で、雲海を渡り、世界にでる。そのためにはマホロバ内を固め、天下をゆるぎないものにしなくてはならん」
「それでそのロザリオなのですか? それだけですか。鬼への恨みはもう忘れたと……」
地球儀を回しながら、胸のロザリオに手をかけている魁正をみて、黒龍はつい言葉が出た。
魁正は異国を夢見ているのか。それだけだろうか。
「鬼?」
魁正の目がわずかにつりあがる。
「鬼城のことはどうお思いなのですか。このまま戦を仕掛けるおつもりか」
かつて、恐ろしいほどの切れる頭を持った秀古であったが、安心できないからといって貞康を扶桑の都から遠のけ、東方に追いやったことは誤算であったと魁正は思う。
貞康は新しい領土の開拓と称して海外出兵をたくみに逃れ、ついには自力で三百万石とも噂される領地を開拓し、日輪を脅かすほどの実力を得てしまった。
「鬼城はうまくやったものだな」
「それには……未来人や前葦原国主葦原 総勝(あしはら・そうかつ)の入れ知恵とのうわさが、ある」
紫煙 葛葉(しえん・くずは)が『鷹』を腕に部屋にやってきた。
葛葉は一瞬、魁正をみてはっとしながらも、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「鬼城と葦原周辺を……さぐって分かったことだ」
「鬼と手を結んでいたのか。油断ならんな」
魁正は鬼を憎んでいる。
ほぼ盲目である高 漸麗(がお・じえんり)にもその『気』を感じることができた。
「魁正さんの気持ちはわかるよ……妹さんを殺されて……でも、それだけかな?」
漸麗は『筑』を手に取った。
「鬼城が滅びたら、他の鬼はどうなるのかな」
「何が、言いたい」
「終わりなんてないんじゃないかな……戦いに」
「俺がただ、私怨のみで動いてと思うか。人の世はどうなる。鬼に天下を取らせてしまえば、マホロバは終わりだ。俺は、太閤すら思いのままにしようとした貞康に、このまま政権を握らせるつもりはない」
戦国の世は義と勇、忠孝といった精神はあっても、常に死と裏切りと隣り合わせなだけに友情は珍しい。
秀古とは戦うこともあったが、互いに苦労し、よく知る相手とあって、それに近いものを感じていたのかもしれない。
少なくとも、義を反故し、鬼城が何もせずにともその懐に天下が転がり込むなどとは、我慢ならないことであった。
「貴方が望むのは鬼の滅亡というのですか!? 弱きものが生きることのできる世に鬼は不要とでも……それでは、ますます鬼城に『泰平のための戦』という口実を与えてしまう。あの『声』に従ってはダメです。水の中で聞いた。それがまだお分かりにならないか!?」
「貴様は私と鬼城、どっちの味方だ」
「決まっているでしょう。口に出して言わねばわかりませんか!」
「……!?」
魁正は立ち上がり、黒龍は憔悴しきった顔でその場を離れた。
屋敷の外で待っていた黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)が背中から声をかける。
「鬼城と瑞穂の因縁……天下分け目の対戦をそう簡単に避けられると思うておるのか? 互いが最大の敵、倒さねばならない相手」
「本当に……似てるよ。あの人に……愚かとわかってても真っ直ぐな蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)に……」
葛葉の言葉に黒龍は黙ったままだった。
大姫は彼の長い髪を軽く払った。
「まだ大戦までには間がある。最悪の結末を避けられるやもしれぬ。わらわは鬼城の大殿の様子を見て参ろう。鬼子母帝(きしもてい)殿のことも気になる」
大姫はひらりと馬にまたがった。
鬼鎧飛兵も控えていたが、黒龍とともに鬼城のもとへ馳参じるわけにもいかない。
「まったく世話のやける……! 葦原藩士の娘がこうして鬼城の大殿のもとへ参るというのも何とも皮肉なものよ」
先が原の戦いまであと約五か月――。
卍卍卍
【マホロバ暦1190年(西暦530年) 4月18日】
奈丹羽(なにわ)――
「私の人生は露のようにはかないものだったなァ……」
身分の低い貧民から、一躍、天下人となり、時代を駆け抜けた寵児が土に還った。
地位、名誉、金、権力すべてを手にしたものが最後に残した言葉は、意外にも、『まるで夢の中で夢を見ているよう』だった。
その訃報は、マホロバに新たな火種を生んでいた。
「もう、わししかおらぬ。わしが……立つしかない」
鬼城 貞康(きじょう・さだやす)は、秀古の死を悼みつつ、覚悟を決めていた。
「ここで日輪家が割れれば、マホロバは乱世へ逆戻りじゃ。天下を巡って暴れだす者たちがでてこよう。
織由 信那(おだ・のぶなが)公も
日輪 秀古(ひのわ・ひでこ)殿下も、泰平のための天下統一がご意志であった。それがわかる故、わしも従ったのじゃ。泰平の世はわしの……彼らの悲願じゃ」
貞康の脳裏に、これまでに戦い、志半ばで散った武将たちの無念の顔が浮かんでは消える。
武菱 大虎(たけびし・おおとら)、
葦原 総勝(あしはら・そうかつ)――。
「葦原城攻めの時から考えていた。東方へ国を移して気持ちが強くなった。太閤殿下の遠征の失敗をみて腹を据えた。これからわしは、天下の安泰のためには一歩も退かぬぞ」
貞康はその後、秀古の辞世の句を背に負いながら、遺訓を破ってまでも天下を目指す。
奈丹羽のことも ゆめのまたゆめ――
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