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リアクション
第二章 鉄生と鬼鎧1
【マホロバ暦1190年(西暦530年) 5月1日】
葦原国(あしはらのくに)――
「見回りご苦労、唯斗クン? 今日も精がでるねぇ」
葦原 鉄生(あしはら・てっしょう)はおにぎりをほおばりながら鬼鎧(きがい)の確認に余念がない。
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は鬼鎧魂剛に話しかける鉄生を見て、思わず叫んだ。
「ちょとまて、『唯斗』は俺。それは『魂剛』。いい加減覚えてくれよ!」
「ははは、ごめん。僕は人の顔をなかなか覚えられなくってね。許してくれたまえよ!」
そう笑いながら隣の鬼鎧に語りかける鉄生。
唯斗は頭を抱えた。
「だめだ……鬼鎧しか目に入ってねえ……」
「仕方あるまい、唯斗。鉄生の頭の中は鬼鎧でいっぱいなのだ。とりあえず食事、唯斗と朱天童子(しゅてん・どうじ)の分だ。少し休め」
エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が手料理をふるまう。
24時間交代で警備する彼らにとって唯一ほっとできる時間だった。
唯斗は、むさぼるようにほおばりながら朱天童子を見た。
ほとんど手が付けられていなかった。
「妾の料理が口に合わぬか」とエクス。
「そうではない。このところ、食が進まぬ。代わりに、のどが渇くように血が欲しくなる。腹の底が火のように熱くなったかと思えば、氷のように冷える」
「鬼鎧化がはじまっているのね?」
木賊 練(とくさ・ねり)の問いに、朱天童子はうなづいた。
彼女は機械系の知識と経験を活かして、鉄生の鬼鎧作りを手伝っていた。
鬼にもなにかしら事情があったと思う。
そこまで覚悟を決めているのなら、過去を責めず、葦原を守るために力を貸そうと決めた。
今では、パートナーの彩里 秘色(あやさと・ひそく)と共に、鉄生や朱天童子らとともに寝起きし、エクスの料理をパクついている。
「さて、鉄生さん。機晶技術についてなんだけど、うまくいった?」
練の問いかけに鉄生は頭をかいた。
「うーん。理論上は間違ってないはずだけど、何かが欠けているんだよねえ。この間のキミたちのように、何度も暴走されちゃかなわないしね」
「私なら平気ですが。なんなら、もう一度鬼鎧に乗って見せましょうか」
と、秘色。
「私はマホロバ人ですから。自分の中に流れる鬼の血を誇りに思っているのです。次は失敗しませんよ」
「キミ、鬼なの? じゃあ、キミを鬼鎧にできるかな?」
「本気でいってるのですか」
秘色と鉄生の真剣なまなざしに、慌てて練が割り込んだ。
「ちょっと待って。鬼鎧の完成には協力するけど、ひーさんをいじるのはやめてね!」
彼らのやり取りに、しびれを切らしたのか朱天童子が声を荒げた。
「いつまで油を売っているのだ。我は本気だ。とっととやってくれ」
朱天童子は自らの肉体を差出し、鋼鉄の鬼――鬼鎧になりたがっていた。
唯斗が声をかける。
「俺の『魂剛』と一緒になれば……もっと強くなれるんじゃないか? 魂剛には未来の知恵、技術がつまっている。それと同化すれば――」
「鬼鎧はそれぞれ個体だよ。キミは他人と混ざり合いたい?」
鉄生は、技術的にも違うものだといった。
練が唱和するように続く。
「鬼が鋼鉄の鎧のような皮膚をまとい、金剛の力を持つ。肉体は老いて朽ちることもほとんどない。ただし、その鬼のもつ意志、魂、生命力を結晶化して動力とする。それが鬼鎧よ」
何度ととなく聞かされた説明の一つ一つを朱天童子はかみしめた。
鬼鎧となれば、生命のもつ生きるための欲求からは解放される。
引き換えに、強靭な力も得られるだろう。
しかし、もはや『生きているとはいえない』かもしれない。
鉄生は、「だから『鬼鎧(きがい)』のことを『気概(きがい)』とも書くんだよ」とも言った。
「貴様の『魂剛』とやらも、そのような想いをして鬼鎧となったのだろう。大事にしてほしい」
「ああ」
唯斗は『魂剛』を見上げ、彼が生きた時代のことを思った。
「なるほどのう。ではこの鬼鎧無銘も、そうした鬼の成れの果て……」
玉藻 御前(たまも・ごぜん)が微笑を浮かべながら、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)に耳打ちする。
セリスたちは鬼鎧に関する情報を得るために、この時代に飛んでいた。
「みたいだな。まあ、こうして護衛をしていれば、もっと情報を得られるだろう……、にしても、鉄生はさっきからマネキ・ング(まねき・んぐ)に『お手』だの『ねずみを捕まえろ』だの無茶いいやがるな」
鉄生はセリスたちが連れてきたしゃべる陶器の猫、ングに興味をもったようだ。
そのからくりを知ろうと、逆さにしたりひっくりかえしたりといじくりまわしていた。
ちなみにングは、れっきとしたポータラカ人であり、本名もあるらしい。
「寝所と飯代だけでこんな面白いものが集まってくるとはなあ。猫の手も借りたいとはよく言ったものだね」
「も、問題ない。我は正義を行うものだからな」
招き猫は苦しそうだが、それでも弱音は吐かない。
「仮に、鉄生にもしものことがあっても、問題ない。我の名が代わりに歴史を刻むだけ……ゴホォッ!!」
鉄生がわざと落下させた。
どうやら強度を見ているようだ。
なんといっても陶器である。
さすがのセリスも少し心配になった。
「頭のそれ、ヒビじゃ……」
「ノープロブレム! 問題ない!!」
ちょっと打ち所が悪かったのかもしれない。
ングは壊れたおもちゃのように「問題ない」を繰り返してた。
「ずいぶんと楽しそう。私たちもお仲間に入れてほしいな」
牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が三人のパートナーたちを連れ立ってやってきた。
「さっきのお話聞かせてもらいました。鬼鎧とイコンまったく同じというわけでもなささそうですね」
イコンそのものの全解明は行われていない。
従って鬼鎧がイコンそのものとも、イコンが鬼鎧とも言い難い。
ただいえることは、古代シャンバラ技術が関わっており、それもごく一部の者限られるということである。
「実は流行の『ジセダイキ』を連れてきましたー。どのくらいの強さかよくわからないから、戦ってみてもいいですか?」
「誰と?」と、鉄生。
「もちろん鬼鎧となった朱天童子さんとですわ」
ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が朱天童子を指す。
「戦場で仕掛けてもよろしいですよね」
「うん、いいよ」
鉄生は朱天童子の代わりにあっさりと返事した。
「もしかしたら、大きな戦が起こるかもしれない。僕も鬼鎧の強さが知りたい。古代の技術は不明なものばかりがたら、僕が補完してる部分も大きいしね」
「本気で言ってるのか、それ」
鉄生の身を守る一人として葦原国を訪れていた酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、眉根を寄せた。
「じきに大きな合戦が起こる。遊んでる余裕なんてあるのか」
陽一には一つ気がかりなことがある。
『鬼の仮面』のことだ。
朱天童子が暴漢となって暴れていたこと、それに不気味な鬼の影が潜んでいたことを鉄生は知らない。
今のところ直接の被害はないが、鉄生も不審な気配を感じたことがあるという。
「朱天童子が鬼鎧になることについて、とやかくいうつもりはない。自ら望んだことだ。しかし敵に……わざわざ隙を与えていいもんじゃないだろう」
「うーん、そのためにキミたちがいるんじゃないかい? 前にも言ったけど、僕はからくりの研究が続けられるならそれでいい。瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)クンは、鬼鎧に興味を持ってくれてるようだし。彼は異国とか、新しいものに抵抗がないんだろうかね」
鉄生の散らかった机の上には、瑞穂から来たと思える大量の書簡があった。
どれも目を通されることなく積んだままになっている。
唯斗のパートナーである紫月 睡蓮(しづき・すいれん)とプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が丁寧に仕分けていた。
「この字は魁正さんのもので間違いありません。私たちは彼の日記を見てますから間違いありません」
睡蓮が代わりにと書簡に目を走らせる。
プラチナムが書簡と日記を見比べて「ああ、そうか」と頷いた。
何か手がかりをつかんだようだ。
「魁正の日記には『鬼の裏切りにより、人が滅ぼされそうになった』とある。結局これが、退くに引けぬ争いになったのだろう」
プラチナムが『鬼鎧一千機が諸悪の根源になった』と書いてあるともいった。
「鬼鎧一千機……? どうやったらそんなにそろえられるというんだ。ここにいる鬼だけでもせいぜい数十機だろう?!」
鉄生は頭をかきむしっていたが、考えるのをやめたようだ。
再び作業に戻っていった。
「鬼か……どういった一族なんだろうな」
陽一の知るマホロバでは、鬼の血を引く鬼城家が天下をとったあと鬼は日陰者に追いやられていた。
鬼城 貞康(きじょう・さだやす)が何ら手を打たなかったとも思えない。
「そういえば、鬼城家には貞康公の母君である鬼子母帝(きしもてい)は、すべての鬼の母と言われてなかったか。もしや彼女が……」
陽一は、酒呑童子の気概と鬼子母帝の想いと、貞康はどちらを取ったのだろうかとぼんやりと考えた。
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