リアクション
▽ ▽ シャクハツィエルは、愛用の縦笛を、恋人アマデウスに託した。 「……すみませんが、この笛を預かって頂けませんか」 「でも、これは、あなたの大切な物ではありませんの?」 「僕はもう、長くないようです。そんな気がするんです。 これは私にとって一番大切な物です。あなたなら、信頼できる」 シャクハツィエルは微笑んだ。 「もしも……もしも、大陸がナラカに没することになったら…… その時には、ナラカにこの笛を流してください。 そうすれば、私が愛した竹製の笛は、輪廻の果てに、多くの人々に愛されるようになるでしょう。 そう、笛には僕の名が冠せられて」 託された縦笛を、アマデウスはじっと見つめる。 そして、シャクハツィエルを見上げて笑みを浮かべた。 「……お預かりいたしますわ」 「ありがとう」 △ △ 「それはシリアスなのロマンスなのギャグなの」 「ロマンスですよ!」 ルカルカの突っ込みに、春太は真面目に答える。 何という前充。負けてはいられない。現世も充実させなくては、と強く思っている。 ルカルカは、話をしてくれた各自の前世を、次々にパソコンに打ち込んで行く。 前回はエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が行っていたことを引き継いだ。 「イデアって、どっち側の人間だったんだ?」 エースが首を傾げると、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)がそれに答えた。 「マーラだったはずです」 「やっぱりそうか……」 エースの呟きを聞きながら、それをパソコンに打ち込み、ルカルカが、じっ、とゆかりを見る。 目が合って、にこ、と笑った。 ゆかりは黙って目を逸らす。 ▽ ▽ 「へえ、上玉じゃねえか」 街で巨漢の男達に囲まれて、アレサリィーシュは立ち止まった。 逃げ場は無い。彼女は心優しく、戦士には向かない繊細な少女だった。 悪漢の一人が、アレサリィーシュの腕を掴み揚げる。 「なぁに、難しい話じゃねえ。ちょっと俺達の酒の相手をしてくれりゃあな」 「きゃ……」 「見苦しい真似はよせ」 そこへ、ずい、と、その男の顔に剣先が突きつけられる。 「なっ!?」 隙を突いて男の手を引き剥がし、カズはアレサリィーシュを背後に庇った。 「何だてめえ、この女は俺等が先だ、すっこんでろっ!」 「下衆だな」 溜め息を吐き、カズは次々に武器を構える輩を冷たく見た。 「大丈夫ですか」 「はい。ありがとうございました」 礼を言ったアレサリィーシュに、カズは一瞬だけ残念そうな表情をした。 通りの向こうで絡まれている彼女を見つけた時、彼は当初、生き別れの妹かと思って駆けつけたのだ。 別人だったことが少し残念だったが、目の前の少女が無事だったのはよかった、と思う。 「怪我がなくてよかった」 カズは微笑んだ。 ――もう、ずっとずっと昔のことのような気がする。 アレサリィーシュは、イデアに監禁される前、恋人だった人のことを思い出す。 幸せだった。暖かな恋を育んでいた。 けれどもう、自分は身も心も汚れてしまって、自由の身になっても、彼の元へは戻れなかった。 「……カズ。カズ……」 会いたい。けれど会えない、永遠に。 △ △ 「目的が、さっぱり解らないんだよなあ……。 一体、何をするつもりなんだろう」 エースは首を傾げる。 「何にしろ、今度は奪われないようにしないとな。 ジュデッカの書を持って来るなら、それも奪還したいところだが、今ある『書』を護る方が優先か」 「うーん、やっぱりそうかな」 ジュデッカの書を奪還したい、と思うのは、ルカルカも同様だ。 「二兎を追うものは、っていうか、二兎にならないかもだよね」 「ジュデッカの書だけでは足りないんだろ? イデアの目的を達する為には」 「……エース」 横でエースの様子を伺っていた、パートナーのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が名を呼ぶ。 「大丈夫ですか?」 「……ああ。大丈夫」 本当は、大丈夫ではない。 何だか、自分の思考と、前世のエセルラキアの思考が、段々混ざってきているような気がしている。 「あまり、前世に引っ張られないように」 「解ってる」 じー、と、ルカルカがそのやり取りを見ている。 「……だいじょぶなの?」 「ああ」 「皆大変なんだね……」 「ルカルカが羨ましいよ」 「何それ、どゆ意味?」 「……意志がしっかりしてるって意味」 「間が気になるなあ。間が」 まあいいか、と、ルカルカはパソコン画面に視線を戻す。 思い出したように再び顔を上げた。 「『書』の読めた部分って、自分の前世に関わったところなのかな」 文字が見えた部分が、ページのところどころだったのが気になる。 ルカルカは、ジュデッカの書を見た時のことを思い出した。 「二つの大陸に対して二冊、っていう案があちこちで出てるんだよね?」 「ああ」 「……前世の世界って、何で滅びたのかな……?」 ▽ ▽ 「私をどうするつもりなの」 アレサリィーシュは、再び目の前に現れたナゴリュウに対し、厳しい視線を向けた。 どうして居場所が解ったのだろう。 ヴィシニアの助けによって、あの場所を脱走したはずなのに、この運命からは逃れられないというのか。 「……あなたは、僕とのことを誰かに話しましたか」 ナゴリュウは訊ねる。 本当は、こんなことを言いたかったのではなかったはずだった。 凌辱したことを詫びる為に捜していたはずだ。 だが、内心ではそんなことは無理に決まっているとも思っていた。 (知り合いの幸福に対する嫉妬で出てきたもう一人の自分があなたを凌辱しましたと詫びて、許されるとでも?) その、もう一人の自分が、脳裏で囁くのだ。 どの道、ことが露見したら破滅する。 お前はそれを受け入れられるほど強くはない。ならばいっそ、と。 「言うわけがない」 アレサリィーシュは答える。 思い出すのもおぞましい、あの時のことなど。 彼は知らないだろう。彼の子供を身ごもり、出産し、そして捨てたことなど。 ナゴリュウは、アレサリィーシュの答えを聞いて、衝動的に彼女を押さえ込んだ。 きっと、返答がどのようなものであっても、ナゴリュウは彼女を拉致しただろう。 アレサリィーシュは連れ去られた。 △ △ |
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