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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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 今日はそろそろ戻るかと、イルヴリーヒが時間を確認しようと思った頃、トゥレンがひょこりと現れた。
「トゥレン」
 イルヴリーヒが意外そうな顔をする。
「皆さんお揃いで」
「……来たのか?」
「多分ね」
 ふっと笑ってトゥレンは、解放された入口を見やる。人影があった。



「『書』は此処か」
 イデアが、ゆっくりと、礼拝堂に入ってくる。
 背後に二人の、部下と思しき男を従えていた。

「イデア!」
 ゆかりは、その姿を見た瞬間、駆け出した。
 彼を見た時に、自分がどんな態度を取るのか、それまでゆかり自身も解らなかった。
 けれど今、脳が焼けるような感覚と共に飛び出し、その感情のままに、イデアに戦いを挑んで行く。
 前世なんかと関わりを持ちたくない。思い出せば思い出すほど、そう思う。
 けれど、逃げてしまっては、もう一人の自分、あの蒼い髪の少女を見捨てることになるのだ。
 絶望の中で感情を現すことを諦め、呆然と立ちすくむ少女が、自分の中で泣いている。
 イデアはゆかりを一瞥し、すっと手を払った。
「きゃあ!」
 何かに弾き飛ばされるように、ゆかりは地を転がる。


「来やがったな!」
 ラルク・アントゥルースが、倒れたゆかりを庇うように、前へ飛び出した。
 リンネがゆかりを後方へと連れ出す。
 一番遠くで様子を伺っている、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の側まで下がった。

「よぉ、会いたかったぜ。いい加減吐いて貰おうか。テメェの目的をな!」
 ラルクは叫びながら、雷霆の拳で先制攻撃を仕掛ける。
 イデアは、ばっと両手を振り上げた。
 一帯を、闇の魔法が吹き荒れる。
「目的は、じきに解る。楽しみにしているんだな」
「くっ」
 ぐらりと眩暈を感じて、杠 桐悟(ゆずりは・とうご)が体勢を崩した。
 ループが頭を押さえて悲鳴を上げる。
「いやあー!」
 至近距離で喰らったラルクは、凌ぎきって顔を上げた。
「こんなもんで、俺が倒れると思うなよ!」


「ちっ、やっぱりそういうことか」
 効果範囲外に潜んでいた竜造が呟く。
 前回対峙した時に、動きを封じられたような気がしたあれも、ソウルアベレイターが使う死の風のような、精神に異常を来たす攻撃を受けたものだったのだろう。
 それが解っているなら、後方から近づかずに攻撃を仕掛けるだけだ。
 周りを巻き込んでも知ったことではない。
「気にくわねえ」
 いきなり前世の記憶を勝手に植えつけて、自分の目的の為に勝手に利用しているイデアが。
 どうせ、質問などしたところで答えないのだ。
 もう、イデアの目的などどうでもいい。『書』もだ。
 竜造はヴァルザドーンで砲撃をすべく、砲口を向けた。

「……奪った『書』は、持ってきたのか」
 桐悟がフラリと立ち上がった。
 イデアの攻撃のせいか、記憶が混乱している。必死で冷静を保つ。
「まさか」
「説得は、無駄だろうな。交渉も、不可か。
 だが言わせて貰う。大人しく『書』を返してもらおう。
 拒否するというのなら、腕や足の一本は覚悟してもらうことになる。
 何、両方とも二本ずつあるのだから、問題はないだろう?」
 何を言っているのだ、と思う。
 我ながら、随分と攻撃的だ。
 影響されているような気がした。このまま、記憶は混濁して行くのだろうか。

 竜造の砲撃が炸裂した。
 ラルクは寸前で気付くと、桐悟を突き飛ばして飛び退く。
「やれやれ、派手だな」
 爆炎の中で、イデアは肩を竦める。
 はっ、と竜造は上を見上げた。
 巨大な虚無霊が、真下に口をあけている。
 ドシン、と、竜造達に向かって半ば落下した。
「リンネさん!」
 博季がリンネを抱え込む。
 ばっくりと竜造を銜えこんで、すうっと虚無霊が消えた。
 居た場所に、竜造が倒れている。
「よかった! 飲み込まれたかと思った!」
 博季の腕の中で、リンネがほっとした。
「虚無霊、床とキスするハメになってたから、丸飲みできなかったんだねっ」
「気味悪ぃこと抜かしてんじゃねえ!」
 がば、と竜造は起き上がる。


 爆煙に紛れて、周防春太が進み出た。
 思い出した記憶から、試してみようと思ったことがある。
 一か八かの賭けではあるが。
「イデア、思い出したよ」
 イデアは、首を傾げて春太を見る。

「“君は僕に逆らうことはできない”」

 それは、前世で彼を縛った、呪いを発動させる言葉だった。
 全てを思い出したというのはハッタリだ。
「ナラカに蠢く外道と化してまで生きてくれたのですね。
 御苦労でした。今後“計画”は、僕が指揮する」

 イデアは一瞬顔をしかめた後、ふっと笑った。
「……生憎だ」
 ずい、と、一気に春太の元まで歩み寄る。
「君が、俺の計画の何を知っていると?」
 春太は咄嗟に飛び退こうとして、その胸倉を掴まれた。
「その呪いを発動させたかったら、元の姿に戻ることだ」
「くっ……」
 ぎり、と締め上げられて、春太は顔をしかめる。
 足が浮いた。
「生憎、君はもう、役割を果たし終えている」
「……な……?」
「何故、君らが等しくこの世界に転生を果たしたのか、考えてみるんだな」
 イデアは、ぐい、と春太に顔を近づけて笑った。
「そう。君が、この世界を選んだんだ」

「――そいつを、放しな!」
 輝夜が突っ込んだ。
 ミラージュによる多重残像で、春太を放って飛び退くイデアの肌が裂ける。
「ほう」
 輝夜はすぐさま身を翻し、返す手でイデアに飛び込む。
「FLYNG TO BURN OUT!」
 歌いながら、イデアの懐に攻撃を仕掛けた。



 一方、イデアの二人の手下達が、礼拝堂の奥に入って来る。
「『書』を狙ってんのね!」
 ルカルカは、ポイントシフトで一気に近づき、既にブーストしたショックウェーブを叩きつける。
 だが、それは、男の身体を僅かに揺らめかせただけだった。
「えっ!?」
 ルカルカは目を見開く。
「当たってるよっ?」

「書は、渡さないっ!」
 と、逃げる振りをして、和輝は持っている書を敵にあえて奪わせる。
 その瞬間、細工しておいた仕掛けが発動して爆音が上がった。
 男は身を竦ませたが、特にダメージを負った様子は無い。
 偽物と解った書を放り捨てて、ぐるりと周囲を見渡した。

「変だ」
 ダリルが呟く。
 攻撃が効かない。それはもう自身でも体験した。だが、おかしいのはそこだけではない。
「こいつら、攻撃をして来ない」
 イデア以外の二人が、攻撃を全くしないで、ただまっすぐ、一人の男を目指している。

「ヤバいんじゃない。気付かれてるぜ」
「……そのようだ」
 トゥレンとイルヴリーヒが囁きあう。


「元の姿に戻れば、と、言ったのう」
 物陰に潜んでいた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が、イデアの前に進み出た。
「せっちゃん!」
 刹那のパートナーの、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が声を上げる。
 ザンスカールの森での仕事の後、刹那は行方をくらませていた。アルミナはずっと捜していたのだ。
 リンネ達と対峙したらしいという話から、リンネの近くにいれば或いはと、ずっとリンネに同行していた。
 ようやく見つけた。
「イデア。お前の計画を阻止せねばならん。もうやめるのじゃ」
「――そうか、君はあの時の子供か。
 ああ、君は確かに、完全な失敗作だった。迂闊だったな」
 イデアは苦笑する。
「どうやら、君は殺さなくてはならないようだ」
 す、と刹那は目を閉じた。深く記憶の底を探り、もう一人の自分に、身を委ねる。

『いいんじゃない。あんたもこっちに来ればいいわ』

「――!」
 ぐい、と、その手が強く掴み上げられた。
 突然の痛みに、刹那の意識が一気に引き戻される。
「悪いけど」
 刹那の腕を掴み上げているのは、トゥレンだった。
「それ、俺の見てるところでやらないでくんない」
 いつもと同じ、気軽な口調。気安い笑み。
 だが刹那は彼に、体が硬直するほどの恐怖を覚えた。

 ぽい、と放り投げられて、刹那は床に転がる。
「せっちゃん!」
 アルミナが走り寄った。
 しかし、刹那はアルミナに目を向けず、何も言わずにその場を立ち去る。
「せっちゃん……!」
 追いかけることもできずに、アルミナは立ち竦んだ。


▽ ▽


 人知れず、朽ち果てるばかりだったその骸の傍らに、佇む者がいた。
「ふむ、まだ、間に合いそうだ」
「何をするつもりです」
「さてね。それはこれから考える」
「……こう言っては何ですが、死体など、珍しくもないでしょうに」
「確かに。そうだな、強いて言えば、殺され方が気に入った。
 まるで虫けらみたいな殺され方だった」
「…………」
「この者の命には、価値がなかったのか?
 そして、魂を失い、今や単なるモノに過ぎないこの体には、何らかの存在理由が得られるものか?」
 イデアは、メデューの死体を抱え上げる。
「君にも解るだろう、ナゴリュウ。マーラは、魂に魅入られた存在だ」



 闇に途切れた意識が、強制的に起こされた。
「――逃げるんだ。此処にいちゃいけない」
 誰かが、自分を何処かに導く。
「君がどんな実験をされたのか、解らないが……いいか、決して自分を見失うな」
 行け、と言われて、行く。
 でも、ケシテジブンヲミウシナウナって何だろう。

 メデューは、自分が歩いて移動しているのではないことに気付いていなかった。
 まるで幽霊のように、進む時は、身体を少し浮かせて移動する。
 そして、そこに生き物の気配があれば、意思と関係なしに、髪の毛が伸びて絡みつき、周りのものから生命を吸い取った。
 殆ど無意識のことなので、周囲が騒然としていることも、それが何故かも解らなかった。
 自分が化け物になったことなど、メデューには解らなかった。
 ただ進みながら、目的もなく、ただ進みながら、やがて意識が再び闇に途切れる前に、最後に、思った。

 わたしは、世界を滅ぼしてしまう、と。


△ △