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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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▽ ▽


 大陸のどこかに、世界樹の王が枝葉を広げる
 その袂には、偉大なお方が眠っている…………

 ――その続きは何だったろうか。
 それは、昔々に、母親から聞かせて貰った童話だったと思う。
「憶えておいで。大事な御伽噺だから」と。

 シュクラはゆっくりと目を開けた。
 自分は、マーラの青年に殺されて、死んだはずではなかったか?
「目が覚めたか?」
 目の前にあった顔が、今迄夢に見ていた母親とは似ても似つかない男だったことに、シュクラはビクッと震えた。
「ああ! いや、それがしは決して怪しい者ではなく!
 落ちているのをうっかり蹴っ飛ばしいやいやばったり見つけてまだ間に合いそうだったので助けさせて頂いただけで決してロリコンとかでは!!」
「…………」
 自分はこの人に助けられたのだ、と、シュクラは理解した。
 息絶える寸前に、殆ど本能で鏡の姿に戻ったのだったか。
 自分を封印していたところを、彼が見つけてくれたのだろう。
 そして、この人だ、と直感した。
 アザレアに託されたあの赤い宝石。あれは……
「あの。これを……」
 シュクラは、大事に持っていたそれを、ランクフェルトに差し出す。
 ランクフェルトは、それを見て目を瞠った。
「それは――」


△ △


 これをどうぞ、と、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)に渡された物を見て、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は首を傾げた。
「ナニユエに俺様にプチトマト?」
 はっ、とエメは我に返る。
「い、いえその、何となく臣君に赤い何かを渡さなくてはいけないような気が……いえ、お弁当食べますか? どうぞ」
 そんなルーナサズ行きの道中。
 黒崎天音に先行するブルーズ・アッシュワースや鬼院 尋人(きいん・ひろと)らが向かうというので同行することにしたエメの、あたふたとした様子に、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が笑った。
「前世で、彼と赤い何かに関わったわけだ」
「あっそーか。これくらいの大きさだったかなー」
 あの世界で、光一郎の前世はルビーを奪われまぬけになったのだった。
 あれは後に、エメの前世の手に渡ったらしい。
 光一郎は、ぱくりとプチトマトを口に入れた。


▽ ▽


「見つけたぜ、ランクフェルト。あんたを捜してた」
 立ちはだかるケヌトに、ランクフェルトは怪訝そうに首を傾げた。
「それがしを? 何故だ」
「理由までは知らないね。そういう任務だ」
「ふむ。それがしの大陸最強の力を欲されてのものなのだろうか。
 しかしそれがし、今は「ま」が抜けた状態。つまり間抜けな有様と成り果てて」
「そんなことは知るか! とっとと来やがれ!」
 延々続きそうなランクフェルトの口上を途中で切り捨てると、ケヌトはランクフェルトの胸倉を掴んで引っ張って行く。
「あいたた! もう少し優しく手を引いてくれまいか。それがし、繊細な魔剣にて」
「やっかましい!」


△ △


 ルーナサズに到着してみると、街は稀にみる賑わいを見せていた。
 何だか知った顔が多い、と思ったら、彼等はシャンバラから来た者達なのだった。
 聞けば、この街にはもう一冊の『書』があり、それを知った以上は防衛と対イデアに備えるのだという。
「『書』って二冊あったんか」
 ふーん、と光一郎は考える。
「やはり俺様のカンは外れていなかった……。
 片側から引き離されたら、他にくっつく要素がある場所に引き寄せられるのがジョーシキ!」
 と勝ち誇る光一郎は、『ジュデッカの書』の精神が消滅した後、
「渡りに船のルーナサズで、きっと再会できると俺様の予知能力が働いた!
 知ってるか? 俺様印のトレジャーセンスは、美人のおねぃさん専用なんだぜ!」
 と言って、ルーナサズに行くというエメ達にくっついて来たのだった。
「それって、シャンバラには美人がいないということですか……」
 と、エメのジト目を喰らってしまったが。

「そーいえば、大陸って二個あったじゃん。
 んで、『書』も二冊セット。これって何か関係してんのかな。大陸も、二個セット?」
「それは、私も思っていました」
 エメも頷く。
「選帝神が、何か知っていればいいけどね」
 クリストファーが言った。


▽ ▽


 裏切られてヤマプリーを出奔することになり、身を寄せていた村も焼かれ、レキアは放浪の旅に出た。
 遠い昔のことを思い出す。
 幸せだった頃のことを。
 魔術の才能は人並みだったが、剣の腕前は、大人も認めるほどのものだった。
 だから大丈夫だと、友人ワンヌーンを連れ出して、共に親に内緒で狩りに出、怒られたりもした。
 あの頃は、こんな日々がずっと続くと信じていた。

「ワンヌーンか……元気でいるだろうか」
 彼の、歌うような口調で話す言葉を思い出す。
 長じて後、彼は伝承の研究に、とりつかれるように没頭していて、その話をレキアに語ったこともあった。
「光の三原色が白を生み、色の三原色が黒を生むように、根源宝石の存在が、世界に色を満たし、世界を形作った、という伝承があるんだよ」
「根源宝石? どんなすごい伝承なんだ?」
「うん、俗に言う、与太話というやつだね」
 呆れるレキアに、ワンヌーンはくすくすと笑う。
「でも僕は、興味があるな。もっと詳しく調べたい」

 彼の研究は、その後進んだだろうか。今の自分にはもう、それを確かめる術は無いが。
 過去に思いを馳せていても仕方がない。レキアは前を見る。
「……力をつけよう。これ以上、何も失わないように」
 魔術を失い、居場所を失った自分にただひとつ、残された剣。
 レキアは、魔剣アストラの柄を軽く握る。
 彼は魔剣状態のまま彼の腰にあり、黙って彼に寄り添うようにしていた。

 神をもすら斬ると称えられた剣士の存在が、広く知れ渡るようになるのは、更に後のことである。


 そしてワンヌーンもまた、時折、決別した友人のことを思い出す。
 彼は、今どうしているのだろう。
 レキアと共に過ごす日々は、充実していた。
 彼との仲は理想的なものになると思えたし、友人として彼のことを好きだった。
 だが、根源宝石の伝承に囚われたワンヌーンは、レキアとの日々より探求を選んだ。
「三種族に三宝石が預けられた、という伝承もあるんだ。
 こっちの記述では、更に三種族に三玉。
 輝石と暗石、ということだね――」
 緑と赤と青。
 ちくりと疼くものを感じて、ワンヌーンは、長い髪に隠れた左の目を押さえた。
 その、青い瞳を。


△ △


「この度は、表敬訪問に伺わせて頂きました。
 お会いできたことを光栄に思います」
 イルダーナに面会を希望すると、城の応接室に通され、クリストファーは、選帝神イルダーナに礼を尽くして挨拶した。
「歓迎する。面倒事を抱えているので、歓待はできないが」
「お気遣いは不要です。
 我々にも何か、力になれることがあればと思い、参りました」
「痛み入る。その為にこちらでできることはしよう」
「それでは、幾つか伺いたいことがあるのですが」
 エメが訊ねる。
「ルーナサズにも『書』が存在すると聞きました。
 こちらでは、その『書』を読めた方はいらっしゃるのでしょうか?」
 イルダーナは、少し何かを考える。
「……その辺りの、詳しい話は弟に聞いてくれると有難い。
 後は頼む」
 イルダーナは、横に控えている弟に声を掛ける。
「承ります」
 金髪に碧眼の青年がイルダーナに頷き、クリストファー達に笑みかける。
「イルヴリーヒと申します」
 よろしくお願いします、と彼が挨拶する横で、失礼する、と、イルダーナは場を辞した。
 何か、失礼なことでもしただろうか、と戸惑うクリストファー達に、イルヴリーヒは
「申し訳ありません」
 と謝る。表情を読まれたか、と彼等は慌てた。
「兄は市井での生活が長かったので、堅苦しいことは少し、苦手なのです」
 イルヴリーヒはそう言って、エメを見た。
「『書』は、長く封印されて来ました。
 今も封印され、開くことは禁じられています。
 ですが中は白紙と伝えられ、読めた者がいるとは聞きません」
「あれは、前世に関わる書ではないかと予想しています。
 書が二冊あるのは、前世の世界で、二つの大陸があることと関係しているのではないかと。
 ですから、前世を全て思い出した者が読めるのではと考えます」
「成程……」
「前世を全て思い出すと失踪する、という話もあるらしいですが……
 失踪した先に何があるのかは、ご存知ないですか」
「それは、少し間違っているようです」
「え?」
 クリストファーの問いに、イルヴリーヒはそう答え、エメ達は驚いた。
「失踪するのは、前世の全てを思い出した時ではないようです。
 全て思い出しても失踪しない場合もあるし、思い出した内容は少なくとも失踪した例もある……
 失踪というか、別人に成り代わってしまうのです」


▽ ▽


「……以前にも、こういうことをしていたような気がする……」
 テュールは、山を歩き回りながら呟いた。
 そうだ、自分は何かを調べていた。
「……そうだ、ふたつの大陸の存亡について、とても重要なことを…………」

 ふと、草むらの中で何かが光っているのを見つけた。微かな気配。
 テュールは歩み寄って、それを拾い上げる。

 それは、緑色の石が埋め込まれた指輪だった。

△ △


 イルダーナへの面会の後、尋人は、街に出た。
 龍騎士のことを訊くと、イルヴリーヒは、
「彼は今、狩りに出ています」
 と教えてくれたのだ。
 もうすぐ帰って来るだろう、と。
 この城には戻って来ないだろうと言う彼を街門の近くで待っていると、果たして、巨大な獲物を引きずってくるトゥレンの姿を見た。
「トゥレンさん?」
「はいよ」
 呼ばれて、手を挙げる。
「どちら様? ああ、ちょっと待って」
 トゥレンが指笛を鳴らすと、卵岩の断崖の上から龍が飛んで来た。
 龍は獲物に喰らいつくと、再び崖の上へ飛び去って行く。
「龍の餌……」
「まあね。戦いがあるわけじゃなし、暫く食べなくてももつのにさ、全く、アイツ気難しくてね」
 肩を竦めて、尋人を見る。
「で、何か用?」
「あ、あのっ、龍騎士さんに色々話を聞いてみたくて……!
 あ、勿論、護衛の協力もします! 足手まといにならないように頑張ります!」
「……うっわ、眩しい」
 憧れに満ちた、輝く瞳に、トゥレンは大げさに手を翳しながら顔を背ける。
「えっ?」
「いやもう、こんな薄汚れた奴に、あんたみたいな純粋な子は色々刺さるわぁ。
 それに俺はもう龍騎士じゃないんだよね。ただのフーテンのトゥレさん」
「純粋……かな、オレ?」
 首を傾げる尋人に、トゥレンは苦笑する。
「周りの奴等は、あんたを大事に育ててるんだねえ。ま、いいんじゃない。頑張んな」
 ぽんぽんとトゥレンは尋人の頭を撫でる。
「期待に応えらんなくて悪いね」
「そんなこと!」
 あのね、とトゥレンは笑った。
「此処の選帝神様が、何で人手不足と思ってたか教えてあげよっか」
「は?」
「俺は、人手に数えられてないからだよ」
「え?」
 尋人はぽかんとする。
「元々、俺は個人的に調べてたことがあって、その流れでルーナサズに来たわけ。
 選帝神様は、俺に同情して協力してくれてんの。
「ついでに雇われろ」とか言われて手伝ってることもあるけど、結局はそれもこっちの利益の為だね」
 だから、有事の際には、トゥレンは自分の目的を最優先する。
 そしてそれを、イルダーナは知っている。
「……個人的な事情?」
 尋人の問いに、トゥレンは肩を竦めた。
「俺の仲間ね。前世云々言い始めた挙句、別人に変身してどっかに行っちゃって。捜してんだよね」