リアクション
▽ ▽ シュヤーマは、怪我の回復後、救ってくれたヴァルナに礼を言って別れ、その後も世界樹を探す旅を続けた。 犬の姿で山間を走り、空腹に、小鳥を狩ろうかと狙いを定めていると、その小鳥が、歌を歌いだした。 偉大なお方のおわす世界樹に、巨大な影が覆っている…… 世界樹。 シュヤーマはピタリと動きを止め、その歌に聴き入る。 しかし、不意に枝を踏む音がして、小鳥はぱっと飛び去った。 あっ、と見送ったシュヤーマは、歌を中断され、獲物を逃がした気配の主を、恨みがましく振り返る。 その鼻先に、パンと干し肉が差し出された。 「お腹が空いてるみたいですね。獲物を逃がしてしまってごめんなさい」 地のアシラ、テュールは、失った記憶を取り戻す手掛かりを求めて、この山に入り込んでいた。 ぼーっと風景を眺め、美しい小鳥を眺めていて、彼の邪魔をしてしまったことに気付いたのだ。 シュヤーマは、差し出されたパンと干し肉をテュールと共に食べ、話しかけるテュールの言葉を黙って聞いていたが、食べ終わるとそのまま別れた。 少し名残惜しく思ったが、テュールもそのまま見送る。 自分も自分の旅を続けた。 △ △ パートナーのドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)をルーナサズ行きの仲間達に同行させて、向こうの情報を得る為のパートナー間通話を確保し、黒崎 天音(くろさき・あまね)は、以前の事件によってシャンバラ王宮で強制労働処分となっている、オリヴィエ博士へ面会手続きを取った。 「やあ、久しぶり」 現れたオリヴィエの周り、金魚のゴーレムが宙を泳いでいるのを見て、天音は少し笑った。 あれはこの夏に、天音が暑中見舞い代わりに彼に送ったものだ。 「やあ、博士。今日も作業服似合ってるね。 すっかり涼しくなったけど、変わりないかい?」 ブルーズに持たされた水筒のお茶を二人で飲みながら、ハルカの入学式の話題など、軽く世間話をした後で、天音は本題に入った。 「ちょっと訊きたいことがあるのだけど、『書』とその『守護者の一族』のこと、何か知っていないかと思って」 天音は、イルミンスール大図書室に寄って貰ってきたメモを、指で挟んでヒラリと見せる。 「このガーディアンゴーレムを造って書を護らせたのは、誰かなと」 「『書』?」 オリヴィエは首を傾げたが、 「もしかして、『ジュデッカの書』のことかい?」 と訊ねた。 「あれ、心当たりあるんだ」 もしかしたら忘れているかも、とも思っていたのだが。 「こないだ、誰かがそんなことを喚いていたからね。 そんなこともあったっけ、と、思い出したりしていた。あれに関わっているのかい?」 「まあね。何か参考になりそうな情報はあるかな。 トオルや僕達のこれからに関わることになりそうなんだけど」 オリヴィエは、問われて腕を組んで考えた。 「よく憶えてはいないけど……依頼以外のことがあったような気がしないな……」 訪れたのは、二人の魔女だった。 どちらも幼い見かけで、 “『書』を守護する戦いの中で、一族が激減してしまった。 自分達にもしものことがあった時の為に、書を隠してゴーレムに護らせたい” と、そんな依頼だった。 「そう、確か、もしものことがあったら、もう『書』とかどうでもいいんじゃないかなあとか言った気がするな。 自分達はそれに備えているけど、復活までの間に『書』が奪われては意味がない、とか、そんなことを言われたかな」 話している内に思い出してきたのか、オリヴィエは苦笑して肩を竦めた。 「ああ、うん。あの書は厄介だったね。色々誘惑してくるし」 ゴーレムの作成中、書もオリヴィエが預かったのだ。 書を迷宮の奥に納め、ゴーレムを設置するところまでが依頼だった。 「誘惑?」 「書を開いてみろ、とね」 「開いたの」 「開かなかったよ。依頼者と、そういう契約をしていたし」 それに、とオリヴィエは肩を竦めた。 「他人の命を犠牲にして、自分の願いが叶っても、ね」 「……」 彼が持っていた願いを、天音は知っている。 オリヴィエは、じっと天音を見た。 「まさか、書に吸収されるようなことにならないだろうね」 「安心していいよ」 天音は微笑み、そう答えた。 ▽ ▽ 「何か解りましたか」 訪れたタウロスと、建物の陰で密かに密談する。 シュクラを殺して、奪い取った赤い宝石。 ナゴリュウは、これがどうしても気になっていた。 適当に誤魔化して、その後も自分の手元に置き、タウロスに調査を依頼していたのだ。 どうだかな、と、タウロスは肩を竦める。 「……解らん。が、このような話を聞いた」 ヤマプリーで、世界の滅亡を吹聴している者がいる。 そして、その鍵になるのが、祭器と魔剣かもしれないと。 「……この宝石は、元は祭器か魔剣に取り付けられていた物、ということですか」 「解らん」 それ以上のことは解らなかった、とタウロスは言い、ナゴリュウは礼を言った。 じっとその宝石を見つめ、懐にしまい込む。 「この件は、どうか内密にお願いします」 ナゴリュウの言葉に、タウロスは頷いた。 「他には――」 会話の途中で、タウロスははっと背後を見た。 「誰だ!」 ばっ、と表に出ると、驚いた様子の黄蓮と目が合う。 黄蓮は、二人のただならぬ様子に気付くと、素早く身を翻して逃げた。 「……聞かれましたか」 どうする、と、タウロスはナゴリュウを見る。 「……こちらで、何とかします」 「……何だか変な雰囲気だったな……。咄嗟に逃げてしまったが」 まずかったかもしれない、と、黄蓮は咄嗟の行動を後悔する。 内緒話でもしていたようだったが、状況から、話を聞かれた、と思われたに違いない。 最も、逃げずにいても、恐らくそう思われたに違いないが。 「今更、何も聞いていなかったと言っても無駄だろうな……」 まあいいか、と、黄蓮は肩を竦めた。どうせ大した話ではないだろう。 △ △ 「行方不明……行方不明、ね」 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、前世を思い出した後行方が解らなくなったという人が気になっていた。 「もしかして、それ……『消えてしまった』んじゃないとしたら……」 そう、ちゃんと目の前にいるのに気がついていないだけかもしれない。 もしも、姿が変わってしまったのだとしたら。 リカインは、前世を思い出した人が、周囲に、前世の姿を言い残していないかと調べた。 そう、今の姿ではなく、前世の姿になってしまっているのではないだろうかと考えたのだ。 調査ははかどらなかったが、リカインはやがて別のところから、目的の情報を得ることになる。 ▽ ▽ その戦場で、黄蓮とジャグディナの戦いは、激しい剣戟の末、決着がつかずに終わった。 中々勝負の付かない攻防の中で、黄蓮にひとつの迷いが生じた。 他者の命を吸収する、マーラという種族の存在そのものについてだ。 (……もしもこのままこいつを倒せず、痛み分けとなった場合、喰うことのできなかった自分はどうなるんだ?) 疑念は、そもそもマーラとしての力は、喰った他者に依存するもので、自力とは呼べない貧弱なものではないのだろうか、という恐怖へと変わっていった。 ジャグディナとの戦いは、全体の戦況が変わったことを察したジャグディナが目の前の戦いに拘らずに撤退したことで、決着を見なかったが、この戦いを切っ掛けに覚えた疑念と恐怖を払拭する為に、黄蓮はその後、他者を喰う行為を封印した。 そして、現在の老いた外見となるに至るのだ。 この因果関係が何を意味するものなのか、その答えは、今も得ていない。 △ △ 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は、フランチェスカ・ラグーザ(ふらんちぇすか・らぐーざ)の姿を見つけて呼び止めた。 「フラン!」 フランチェスカは振り向いて、 「またお会いしましたわね」 と微笑んだ。 「フラン……フランベルジュ?」 「ええ」 二人は、殺し殺された間柄だった。 煉――レンにとって、魔剣フランベルジュは憎き復讐の相手であり、そして、その復讐を果たす為の相棒でもあった。 ▽ ▽ 「ハヤトロギアの復讐者? ……そう、レンというのね」 シャウプトの骸の前で、シルフィアは、冷たい表情で、その報告を聞いた。 彼を殺したのは、ヤマプリーの者ではなくマーラの男だった。 「レン……許さないわ」 妻として、仇は討つ。そう心に誓った。 レンは、自らの復讐の相手、トーガを捜し求めて戦い続けた。 赤い右目の刻印眼に映される世界は、邪魔する者の死に行く姿が映される。 それに忠実に、自らが新たな争いの火種になろうとも構わずに、レンは剣を振るい続けた。 ただ、トーガを斬り捨てる己の姿、このヴィジョンを再現させる為だけに。 そして、その旅先で出会った魔剣に、レンは憶えがあった。 自分を斬った、トーガの剣。フランベルジュだ。 「貴様……あいつの剣だな」 「……そうよ。でも、違うわ。今は」 「ふん、どうだか」 「近寄らないで。 そうよ、あたしは……例え捨てられたって、彼の剣よ」 トーガに捨てられて、彼女は途方にくれていた。 それでも、彼以外の者に、自分に触れることを許す気はなかった。 レンにとっては、彼女も仇の一人であり、捨てられたなどという話を簡単に信用する気はなかったが、それでも、と、考える。 彼女は、トーガへの復讐を果たす為の武器としてうってつけではないだろうか。 利用する為に、レンはフランベルジュへの殺意を鎮める。 「取引をしないか。俺が、奴にもう一度会わせてやる」 フランベルジュは戸惑う。 自分は、彼以外の剣では有り得ない。けれど、迷った。 それは、トーガと交わした誓いがあったからだ。 (いいえ……本当はそれ以上に、やっぱりトーガが許せないだけなのかもしれない……でも、それでも、あたしは……) 誓い。恨み。けれどそれ以上に、きっと、会いたいのだ、彼に。 そうして、レンとフランベルジュは、互いに利用しあう為に手を組んだ。 △ △ 煉は、フランチェスカを捜していた。此処で会ったのは、偶然ではない。 「もう一度話したいと思ってた。当時のことを、色々」 「わたくしが思い出せていることは少ないですわ。 ですけど、それを集めて行けば、きっと多くのことが解りますわね」 「トーガは、この世界では誰なんだ?」 会ってどうこうするつもりはないが、やはり気になる。 「解りません。会えていないのです」 だが、フランチェスカは、少し寂しそうにそう答えた。 そうか、と煉は呟く。 自分も、前世でパートナーだったヴィシニアに、会えていない。 他にも、会うべきと思う相手は多かった。 自分が殺してしまった人達――どんな顔をして、何を言えばいいのかは解らないが、自分にとって、必要なことだ。 「あの時、世界では何が起きていたんだ?」 フランチェスカは首を横に振った。 「解りません……。思い出せていないのか、知らなかったのか……」 「何故、世界が滅びることになったのか。それが知りたい」 フランチェスカは頷く。 「わたくしは、真実により近づく為、エリュシオンに赴こうと思っておりますわ。 そこで、何かが起きているらしいのです」 フランチェスカの言葉に、煉は頷く。 「ルーナサズか……。話は聞いてる」 煉は考え込む。前世を思い出した者達は、皆そこに引かれているだろうか。 ▽ ▽ 「何故、俺とお前が戦う」 そう言いながらも、自らの構える剣を引かない。 対峙する二人は、レンとヴィシニアだった。 「あたしだって、本当なら戦いたくなんてないよ。でも、仕方ないじゃんか!」 ヴィシニアは、戦斧を構える手に力を込める。 レンになら、殺されてもいい。そう心から思っている。 けれど手加減なんてしない。自分は、戦士だからだ。 向かうレンの目にも迷いがない。彼も、戦士だから。 今、彼の赤い右目には、何が視えているのだろう。 ヴィシニアはそんなことをふと思い、ちらりと笑って、迷いを全て捨てた。 △ △ |
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