リアクション
▽ ▽ 前線で成果を上げ、指揮能力も高いジャグディナは、軍の中で着実に出世を果たし、クシャナはそんなジャグディナに、内心で憧れていた。 「私、他人には興味がないと思ってたのだけど」 いつもジャグディナを見てしまう自分に気付き、苦笑する。 無理もない、と思った。同郷の出でありながら、彼女は今や、首脳の一人だ。 遥かな力と、強い意志を持っている。 それに比べたら私は、と考えて、クシャナは軽く首を振った。 「……いいえ。上へ行けるチャンスはまだあるはずよ」 一方ジャグディナは、「首脳の一人」であることに甘んじていはいなかった。 目指すものは、頂点。 実績を上げ、軍を掌握しながら、ジャグディナの狙いは、スワルガとの戦いに勝利した後、ディヴァーナによる完全支配体制を確立させることだった。 その為の布石、準備は密かに、着実に進められている。 彼女を危険視する者も勿論いたが、その功績の前に、声を大にしてそれを口にする者は少なかった。 そんな矢先、ジャグディナは、幽閉したアザレアの脱獄を知る。 「愚か者め……」 アザレアが成そうとすることは、おおよそ把握できる。 追っ手を出すべきか、放置するか。 「全く、この大切な時期に」 ジャグディナは舌打ちをした。 ジャグディナが、クーデターを画策している。 別の任務で調査をしていたエセルラキアとミオォリーザは、偶然その事実を知ることになった。 エセルラキアが、身分の高い名家の出であり、軍の中でも高い位置にいたことで、軍事機密にあたるような内容のことでも、知ることができたのだ。 流石に、これが知れ渡れば、ジャグディナは今の立場から馘首となるだろう。 だがミフォリーザは告発を躊躇った。 「私は……他人を陥れることは、したくないわ」 誰かを追い落とすことで、自らの立場を強化させるような、そんな気にはなれなかったからだ。 「確かに、こんな状況下で、こんなことを騒ぎ立てても、混乱を煽るだけだ……」 エセルラキアも、そう判断する。 そうなれば、いたずらに敵軍に好機を与えることになり、結局自国を危機に晒すことにも成りかねない。 それよりは沈黙を守ることを、彼は選んだ。 ジャグディナは現状、この戦争中にはことを起こす気はないようだった。 この件は、二人の胸の内に秘めることに決めた。 △ △ ざっ、と、グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)はルーナサズの地を踏みしめた。 ルーナサズで、何かが起きているらしい。 自分に起きたことが最優先で、当初グラルダは、他で起きたことなど知ったことではなかったが、耳に入ってくる色々な情報をまとめて、結果ルーナサズに行くことに決めた。 「確かめなければ……。何が起きて、何が起きようとしているのか。それも早急に」 ルーナサズの街に入り込むことは容易かったが、それから、どうしようかと迷った。 仔細を知っている人物に会いたいと思ったが、既知でもなく何処の紹介も無い。 選帝神ともあろう人物が、面識の無い他国の人間に、簡単に会うとは思われなかった。 「チッ……やっぱり司書に話を通して貰っとけばよかったわ」 ジュデッカの書に関する記録があれば、或いはと思ったが、司書に事情を説明するのを躊躇ってしまったのだ。 だが、グラルダの懸念をよそに、面会希望はあっさりと許可が下りた。 ▽ ▽ 「あなたは祭器だね」 旅先で出会ったグリフィンが、タスクに話しかけた。 街の酒場で話を交わした後、彼はタスクに 「相談があるのだが」 と、ひとつの指輪を取り出して見せた。 緑色の石が埋め込まれた、シンプルな指輪だ。 「……これは、祭器ですね?」 「ええ。 彼女には、共に旅をしていた人がいたのだが、その人とはぐれて以来、この姿から戻らない」 彼の妻、ルクミリーに頼まれて、旅のついでにその男を捜しつつ、この指輪を所持していた。 「彼女の思いを、あなたなら解ってやれないだろうか」 「……それは、解りませんが」 色々な事情があって、この指輪を所持し続けることが難しくなってしまったのだろう。 タスクは、この祭器を案じるグリフィンの心を察する。 指輪を受け取った。 「私で良いのなら、預かりましょう」 再び旅に出るグリフィンに、ルクミリーは、嵌めていた指輪を外した。 「今度は見付かりますように」 指輪を両手に包み込み、それを口元に当てて、そっと祈る。 そしてルクミリーはそれをグリフィンに渡した。 「気をつけて、行ってきてね」 「ありがとう。 君も。何かあったら、きっとすぐに駆けつけるから」 寂しい思いをさせているルクミリーに、グリフィンは、ネックレスを取り出した。 「代わりにもお詫びにもならないけど。 昨日見つけて。きっと似合うと思って」 「まあ、素敵。ありがとう」 ふわ、と嬉しそうに笑うルクミリーに、グリフィンはネックレスをつけてやる。 それに手を触れて、ルクミリーは微笑んだ。 「それじゃ、行ってくる。愛してる」 「愛してるわ」 キスを交わし、旅立つグリフィンを、ルクミリーは手を振って見送った。 △ △ 話に聞いていた断崖の上の宮殿ではなく、街の中にある、重厚な佇まいの城に、選帝神イルダーナはいると聞き、リンネ達は、面会の為にその城を訪れた。 「あれ、君らが例の、助っ人さん?」 話しかける声に振り向くと、長身で細身の青年が立っている。 「そう! リンネちゃんだよよろしくね。 ひょっとして、あなたが遊び人のレンさん?」 「またの名をフーテンのトゥレさんと呼んで。 ああ、あんたがザンスカールの森で『書』の防衛に失敗したっていう」 「ガーン、そんなことまで知ってんの!」 驚くリンネの横で、ずき、と芦原 郁乃(あはら・いくの)が表情を曇らせた。 護れなかった。リンネの役に立てずに『書』を奪われた。 そう、前世でも、わたしは役に立てなかった…… 「トゥレさんの情報収集力を甘くみないよーに。ええー、君らで大丈夫?」 トゥレンは、値踏みするようにリンネを見る。 「今度は、大丈夫です。今度こそ」 博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)が言った。 トゥレンは、じっと博季を見て肩を竦める。 「だってシャンバラでは、偽物作戦で本物を預かっておきながら、書より恋人を優先してたからあっさり奪われたりしたんじゃないの?」 「そんなことないよっ!」 リンネが肩を怒らせた。 「書は、皆で護ってたんだから!」 ゴツ、と、背後から誰かがトゥレンの頭を殴りつけた。 「てめえで呼んでおきながら、何絡んでやがんだ」 「ちょっと、今痛かったんだけど」 額に十字の紋章を刻んだ黒髪の男が、問答無用でトゥレンの三つ編みを引っ張って連れ出して行く。 「申し訳ありません」 と、彼と共に来て、その場に残ったもう一人の金髪の青年が、リンネ達に謝った。 「彼の失礼を、お詫びします」 「あ、ううん! 平気だよ!」 リンネは、ね、と博季を見る。 「どうか気にしないでください。ただの、八つ当たりなのです」 「八つ当たり?」 リンネは首を傾げた。青年は苦笑する。 「ようこそルーナサズへ。心強く思います。 街や龍王の卵の岩がある断崖は、何処もご自由にご覧下さい。 必要なものがありましたら、便宜を図ります。 騎士の誰かに伝えてくだされば、我々に届くようにしておきますし、直接呼んでくださっても構いません」 「あなたは?」 博季に訊ねられて、これは失礼を、と彼は礼をした。 「挨拶が遅れました。 私は、選帝神イルダーナの弟、イルヴリーヒと申します」 ▽ ▽ 幼馴染のエセルラキアが自分に剣を捧げ、騎士となってくれていることに、レウはとても感謝しているが、いつも護られてばかりではいけないと思う気持ちもある。 それが、レウが剣と魔法の修練に熱心になる一因でもあった。 けれど今、その思いが、揺らぎ始めている。 エセルラキアの親友でもある穏音媛に、レウもまた、悩みを打ち明けていた。 「私は、スワルガの者に家族を殺されて以来、スワルガ全てを敵だと思って、戦いを続けてきました……。 でも、現実には同族同士ですら殺しあう。 私がしてきたことは一体……何だったのでしょうか……」 「わたしも、同じく悩みます」 穏音媛は、レウの言葉に深く聞き入ってから、そう言った。 「以前、ヴァルナという方が此処に立ち寄り、戦争の無意味さを訴えていました。 わたしもそれに共感します。これ以上、悲しみや憎しみが、この世界の誰にあってもいけないと……」 ヤマプリーの祭祀としてではなく、この世界を愛する者として、この戦争を止めなくてはならない。 「私の命は、そのために使う。そう誓います」 その穏音媛の思いは、しかし、叶うことはなかったのだが。 レウと話してくれてありがとう、と、エセルラキアは親友に礼を言った。 悩んでいる様子のレウを、気分転換になればと穏音媛と会わせたのは彼だ。 「いいえ。わたしも色々話せて楽しかった」 「……もしも、俺に何かあった時は、レウのことを頼む。 もう彼女には、他に家族がいないから……」 「頼ってくれて嬉しい」 穏音媛は微笑んだ。 「けれど、あなたも死なないで。そんなことになったら、レウさんもきっと悲しむ」 「努力はする」 「エセルラキア」 何だかとても不安になって、穏音媛は、長身の彼をじっと見上げた。 「遠く離れてても、何年経ったとしても、わたし達、ずっと友達だよね。 ……あの日、あの時あったこと、わたしは忘れてないよ」 エセルラキアは微笑んだ。 「ああ。俺も忘れていない」 種族の違いも、立場の違いも、隔たりなどにはなっていない。 祭祀と戦士として、在る場所は違っても、ずっと変わりなく、いつまでも。 例え、この世界から遠く遠く、果ての果てまで離れてしまったとしても。 △ △ |
||