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リアクション
サークル棟に籠城した全学連は、最初の衝突の後は外部から何の攻撃も受けることはなかった。そのかわり完全包囲され、外出不能なのはもちろん、昼も夜も緊張状態に晒され、食料も次第に乏しくなっていく。電気や水道はとっくに止められていた。
不安感とストレスが支配していた。クレアと戦部の内部対立も深刻になっていた。いつ崩壊するともしれないぎりぎりの状態で闘争生活が続いていた。
そんな中、ひとりのメンバーの元に、差出人不明のメールが届いた。タイトルは『成績の真相』。内容は、シャンバラ東西分裂の影響を受け、地球政府はシャンバラ人を、友好的シャンバラ人(西側)と、潜在的敵性シャンバラ人(東側)の二分化を進めており、今回の騒動でも西側領域出身のシャンバラ人には政府から特別な措置が執られるというものだった。
もちろん完全なデマゴーグだった。
だが、次第に携帯のバッテリーが切れて通話不能になり、外部と情報が遮断されていく中で、笑い飛ばされていたそれは次第に真実みを帯び始め、一人歩きを始めた。
ある日、食料の配給係が西側出身のシャンバラ大学生になったとき、導火線は引火した。十数人が乱闘になり、大勢のけが人が出た。そしてそれをもって運動に失望し、バリケードを出て行くものが現れ始めた。
最初の晩はひとり。次の晩はふたり。寝静まった隙をついて逃亡してしまった。
士気は下がる一方だった。
ゲルデラー博士の演説もむなしく空を切った。
「ハツネの仕業にしては賢すぎる、いや、妙に品格を感じない」と、ファタとクロノスも戸惑うだけで対処に困り果てていた。
が、事件は思わぬところで解決する。
志方 綾乃が深夜の定時パトロールをして回っていると、ふと空き部屋から光が漏れているのに気がつく。
「おかしいですね、こんな時間に……」
綾乃がドアノブに手をかける直前、ドアの向こうから、うす気味の悪い話し声が聞こえてきたのだ。
「もしもし……ハツネたんだよねぇ? その声は絶対ハツネだよだよねぇ? ボク、ハツネたんの役に立ったよ。すごいんだよ。聞いてよ。ぐふふふふふ……」
「誰、ザマスか……こんな時間に。それに何でワタシの電話番号を知ってるザマス?」
ーーハツネの声だ。
綾乃にとってそれは聞き覚えのある声、幾分おびえているようにも見えるが、間違いなく彼女の声だった。
「聞いてくれる? 聞いてくれるよね? えへへへ。ボク、ハツネたんの役に立ったよ? サークル棟内はもうバラバラだよ。全部ボクのおかげ。すごいでしょ? ぐふふふふ」
「……な、何がしたいザマスか?」
「トモダチになってよう? いいでしょう?」
「お断りザマスっ!」
「えぇー、そんなこといっちゃうんだ? そんなこといっちゃうと、たいへんだよー?」
おびえるようなハツネの声と、聞いているだけで嫌悪感を覚えるネチャネチャしたしゃべり方、一刻も早く逃げ出したかったのだが、「声の正体こそ内紛の元凶」とにらんだ綾乃は、決心してドアをそっとあけてのぞきこんだ。
がちゃっ。
「ひいいっ!?」
ぞぞぞぞぞぞぞっと、綾乃の背筋に悪寒が走る。その先には、瓶底メガネをかけた脂肪の塊、とでも言うべき生き物が、携帯モニタの薄明かりに照らし上げられて、じっとこっちをみていたのだった。
「あ。みつかっちゃったぁ」
にやーーっと笑みを浮かべる。彼こそがイルミンスール最強の忌まわしき存在、いるだけで、見るだけで、話すだけで不愉快にする才能を自在に操る男、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)だった。
「キミは確か綾乃だね? 今日のパンツの色は緑色だったかなぁ?」
強力な一撃である。
「……そうです。だったら何でしょう」
正解である。でも綾乃は開き直る。
「今、ハツネたんと、ハツネたんとお話ししてるんだよ? すごいでしょ? びっくりでしょ?」
「いいえ。残念です。電話の向こうのハツネさんに、作戦は失敗したと言ってください」
「うふふ。そうだねえ。でもボクだって、ただでやられるわけには……」
火術の詠唱を始めたブルタに、綾乃は突っ込んでいった。全身をパワードユニットで固めた綾乃は、ブルタをがっちりとアームで捕まえ、
「志方ないですねーーっ!」
と、ブルタを全力でぶん投げた。
ブルタは部室の窓のバリケードを突き抜けて、遙か彼方へ飛んでいった。
そして翌朝、綾乃はファタとクロノスに昨晩の出来事を話した。
「そういうことでしたか……ブルタ・バルチャ。確か、一番最初に、『匿名の人物からメールが来た』って言った男ですよね」
クロノスが記憶をたどりながらつぶやく。
「全ては彼の自作自演から始まったんです」
「でも、見つけてもらって本当に助かりました。お礼を言います」
「私はただ内部分裂で組織がバラバラになるのを避けたかっただけですから」
「ごめんなさい、本当のことを言うとあなたのことを疑ってました」
「志方無いですよ。それに今は疑惑も晴らす事ができましたし」
綾乃は少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「そんなことよりそのバルチャの携帯を貸すのじゃ」
ファタがそういうので綾乃が携帯を渡すと、ファタは早速電話をかけ始めた。
受話器を耳に当てファタは、
「楽しみじゃのう。むふふ」
と、ひとりで笑っている。
「もしもし、わしじゃ。ファタ・オルガナじゃ。昨日はよく眠れたかの?」
ファタがにやにやしながら話しかけると、電話の向こうから
「今度はお前ザマスかっ! ……さてはお前ザマスね。真夜中にキモイストーカー電話をかけさせてたのはーーッ!」
と、ハツネの怒声が届いた。
「ちょ、ファタさん、履歴からハツネに電話してるんですか?」
「さすがにやめませんか? そういうことするのは。せめて同じ女性として……」
クロノスと綾乃が苦笑いする。
「これから毎晩やるぞよ。遠慮するでない。むふふふふふふ♪」
ファタが笑う。と、その瞬間、突然ファタの足下がぼこっと陥没した。
「んきゃーーーーー!」
と言う叫び声と共に、ファタは地下に転落していく。
そのかわりに顔を出したのはグロリア・クレインだった。
「お待たせです同志諸君! 補給物資を届けに来ました! で、今落ちていったのは何ですか? ん? 何かしちゃいましたか?」
「志方無い、と思います……あはははは」
クロノスと綾乃が苦笑する。
一方、開いたトンネルから転落したファタは受話器を持ったまま目を回していた。
携帯電話からは、
「ほーっほっほっほ。何があったか知らないザマスがいい気味ザマス!」
と、勝ち誇ったハツネの声が聞こえていた。
サークル棟籠城の中にはこんなエピソードもある。
それは茜が屋上で見張りについていたときのこと。
「ん、だーれ?」
茜は屋上にたたずむ人影に話しかけた。
屋上の人影に反応はない。
「ちょっと、いったい誰よー? 不気味なことしないでよ」
「あなたこそ誰?」
人影はようやく口を開いた。
「わたしたは茜だけど?」
「いいえ、茜はあたし」
「え?」
「空京大に茜はふたりもいらない!」
「は?」
そう言ってその人影はゲバ棒で殴りかかってきた。
「あたしは湯島 茜(ゆしま・あかね)っ、空京大唯一にして本物の茜だーーっ!」
南野茜もゲバ棒で応戦する。
「ナンセンスっ! 私こそ本物の茜よっ。どこの誰だか知らないけど、この私南野茜に内ゲバ挑むとはいい度胸ねっ。階級的鉄槌で総括してあげるわっ!」
「上等じゃないっ! 獄門台の裁きにかけて、シャンバラ名物の乾し首にしてやるっ!」
そんなことを叫びながら南野茜と湯島茜は一晩中殴り合った。
翌日、「うるさくて皆が寝眠れなかった件について、ふたりは自己批判文を提出させられた。
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