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冬将軍と雪だるま~西シャンバラ雪まつり~

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冬将軍と雪だるま~西シャンバラ雪まつり~

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第1章


 夕方。雪の精霊が一人、曇天の街を歩いていた。ちょっと遠くに目をやると蒼空学園の上空に厚い雲がかかっているのが見える。まだ雪の降る季節には早いが、今頃は彼女達のリーダーが学園のグラウンドに大量の雪を降らせているはずだ。
「急がなくはいけないでスノー」
 他の精霊達からも協力者を見つけたという情報は次々と入ってきている。冬将軍がやってくる『西シャンバラ雪まつり』当日まではあまり日数がない。雪像を作るにしろ戦闘に参加するにしろ、早めに協力者を見つけておかなくては。
 だが、彼女はまだこれといった人物に出会えないでいた。それは腕に覚えがあるのはもちろんだが、強い意思の力や想いを持つ人物でなくてはいけない。もし雪像を作るとなれば強い想いやあこがれ――夢のようなものがダイレクトに反映されるからだ。その強さが戦場での強さを左右する。
 年末も近い街を行く人々の歩みは一様に早く、子供のような精霊がまごまごしている姿に目を止める者もない。それでも彼女は人々の顔を見上げながら、協力者となるべき人物を探して道路の端を懸命に歩いた。このまま期日までに協力者が見つからなくては仲間に迷惑をかけてしまう。焦るほどにその目は曇り、適正のある人物かどうかの判断はつかなくなっていく。
「あっ!」
 上ばかり見ていたせいだろうか、道路に足を引っ掛けて転んでしまった。痛い。だが痛いのは、すりむいた膝小僧だけではない。街の人々の足音が通り過ぎていくのを聞いていると視界が滲んでいく。焦りと無力感に一人押し潰されそうになった時、ふわりと、その小さな身体が浮いた。
「おい、大丈夫か?」
 男の大きな手が、彼女を軽々と抱き上げていた。男に一気に持ち上げられたので視界が晴れ、遠くまで見渡せるようになった。爽快感に思わず笑みがこぼれる。
「あ……ありがとうでスノー。……お主は……?」
「――俺か? 俺はただの――」
 持ち上げた彼女をそっと降ろす男。古い傷跡のある顔が、夕陽を背にして微笑んでいる。彼女は直感的に感じていた、この男こそ求めていた人物に違いないと。大きな夢の力を持つ男に違いない、と。
「通りすがりの帝王だ」
 これが彼女とその男――ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)との出会いだった。

 ヴァルが溜まり場の扉を開けると、そこにはいつもの面々が集まっていた。ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)をギルドマスターとする『冒険屋ギルド』のメンバーだ。その名の通り多くの冒険者と厄介事が集うこのギルドなら何かしらの情報が得られるだろうと、雪の精霊の話を聞いたヴァルは真っ先にここに来たのだ。
「『雪だるま王国』の皆さんには負けられませんよー!」
 案の定、似たような風体の精霊を連れて気勢を上げているノアがいた。その傍らでは、パートナーのレン・オズワルド(れん・おずわるど)が手を挙げて挨拶をしているのが見える。ヴァルが連れて来た精霊をクイっとあごで指した。
「その様子だと、おまえもご同様のようだな」
「ああ。あの調子だと雪だるま王国の連中も参加するようだな。ウチのギルドはどうするんだ?」
 ちらりとノアを横目で見たレン。その視線の意図はサングラスで隠されているため、いつも読めない。
「陣頭指揮はおまえに任せるさ。俺達は後方支援で総指揮を取ることにする。」
 レンはノアの側から三人の精霊を呼び寄せ、ヴァルに引き合わせた。
「俺達のところに来た精霊だ。『雪だるマー』とやらを着るつもりはないから、おまえに譲ろうと思う――どうせ大将狙いだろ」
 ぐっと握り拳を作るヴァル。
「当然だ! 冬将軍だろうが何だろうが好き勝手させるわけにはいかんからな」
 冒険屋メンバーのリストを放るレン。見ると名前のところに幾つかのチェックが付いている。
「現時点での参加者のリストだ、目を通しておけ。もう当日の下見に行った奴もいる……気の早いことだ」
 若いねえ、とレンは窓から蒼空学園の上空からしんしんと雪を降らせ続けている雲を眺める。だがその口調の反面、口元には信頼と期待の笑みがこぼれていた。

「早く早くー!」
 そんな噂をされているとは夢にも思わない冒険屋のメンバー、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はパートナーであるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を引っ張りながら蒼空学園のグラウンドに来ていた。
「そんなに急ぐな、ルカ。雪は逃げないぞ」
 例年のシャンバラ地方では見られないほどの雪を見たルカルカはすっかりはしゃいでいる。
「だってー、こんな早い時期にこんなたくさんの雪、見たことないよー」
 普段ならありえない非日常的な情景を見ると誰でも心躍るもの、まあ気持ちは分かるが、とダリルは諦め顔だ。どうやらしばらく雪遊びに付き合ってやらなければならないようだ。だが一応、言っておかなければいけないこともある。
「雪まつりという名目だが、戦闘行為もあるのだからお遊び気分では困るぞ、ルカ」
「分かってるよー。蒼空学園主催ってことはつまり校長が大将でしょ。本陣をしっかりと守るわよ、これはもう戦争なんだから!」
 蒼空学園校長、山葉 涼司(やまは・りょうじ)の顔が思い出される。
「涼司の親友としては、しっかりとサポートしてあげなくっちゃね!」
 気合を入れるルカルカ。ダリルはそんな彼女の様子を見守ると、手元のメモを出した。
「よし、なら今日はしっかり下見をしておかんとな。当日の配置とかの助言に使うんだろう? 他校生である俺達が直接の指揮を取るわけにもいかんしな」
「そのメモは?」
「これは当日のための買い出しメモだ。ついでに家の準備もしておきたい……どうせしばらく忙しいだろうからな、まとめて買い込んでおかないと」
「あはは、その辺は任せるよ、いつもサンキュー。ホラ見てよ、もう雪像作ってる!」
 家事全般が苦手なルカルカはいつもダリルに任せっきりだ。子供のように雪の中を走り出すルカルカを見ながら軽い笑みと共にため息を漏らすダリルだった。
 
 ルカルカが見たのは一対の女性と女の子が雪像を仲良く作っているところだった。パートナー同士だろうか、金髪の女性と黒髪の5歳児の組み合わせは姉妹にも見えない。
「こんにちは、何作ってるの?」
 気軽に声を掛けたルカルカに気を悪くすることもなく元気一杯の少女、童子 華花(どうじ・はな)は明るく答えてくれた。
「うん、オラを作ってるんだ!」
 見ると、ちょうど華花と同じくらいの身長の高さに雪が積み上げられている。まだ雪まつり開催まではわずかに間があるので、これからどんどん仕上げをしていくのだろう。金髪の女性、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はそんな華花の様子を微笑ましく見守りながら手伝っているようだ。
「もっと丈夫に作っておきましょ。ハナは強いからね」
「うん!」
 確かにまだ雪の柱というべき状態だが、その芯は硬く固められた氷になっている。なるほど、これを中心にすればそれなりの硬度が期待できるだろう。
「へっ、まーだそのぐらいしかできてねえのかよ。」
 突然乱暴な口調で割り込んできたのはアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)だ。リカインのパートナーである彼だが、いかんせん口が悪い。
「何よ。あんたのほうはどうなの?」
 じっとりと横目でアストライトを睨みつけるリカインだが、口で言うほど仲が悪いわけではないのだろう、特に険悪なムードは感じられない。「へっへっへ。それは当日までのお楽しみってね。すげえの見せてやるから楽しみにしてなって!」
 そう言うとリカインのもう一人のパートナー、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)の方へと走り出すアストライト。そちらはリカインと華花の雪像に比べて大きく、2m近くはありそうだが、こちらも芯を作っている状態なのでまだどういう形になるかは分からない。

 同様に多くの生徒達が雪像作りに励んでいた。遊びで作っている者もいれば、当日の冬将軍戦に参戦するために作っている者もいる。雪まつりを前にして、生徒達の熱気が蒼空学園を包んでいるのが分かった。

 そんな中、クロス・クロノス(くろす・くろのす)は当日の救護班に参加の申し込みに来ていた。
「では、よろしくお願いします」
 祭りは楽しそうだと思った彼女だが、特に戦闘自体には興味がなかったので自分の得意分野で役に立つことにしたのだ。
「毛布とイスと暖房と……あとは暖かい飲み物も用意したいですね……」
 自分のところに来た雪の精霊の話によると、当日は冬将軍側の仕掛けるブリザードが吹き荒れる中での戦闘となるそうだ。相当の寒さになるであろうと予想されるので、いかに雪だるマーを装着していても凍える事はあるかもしれない。万が一のことに備えて準備しておかなくては、と彼女は長い黒髪の三つ編みを揺らして街に向かっていく。

 多様な人材が蒼空学園に集まりつつある。こうして着々と『西シャンバラ雪まつり』の準備は進んでいくのだった。